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<東京怪談・PCゲームノベル>


おいでませ幽艶堂

 全員を女家に集めた紅蘭は、熱弁を振るった。

「せやからもっとお客を増やさなあかんと思うんよ!婆ちゃんや爺ちゃんらを東京まで連れて来たンやし…ただ地道に京に品卸してるだけやったら何もならんと思うんや」
「そうは言っても…師匠たちはご高齢だから、お客を呼び入れるにしてもあまり沢山の方を入れると疲れてしまいますよ」
と蒼司。
もっともな意見にグッと言葉を飲み込み、むくれる紅蘭。
ところが奥の囲炉裏ばたを囲っている三老人はかましまへん、と茶をすする。
「じゃあ!一回にとるお客制限しよ。それなら婆ちゃんたちにもそんなに負担にならないでしょ!?」
それなら、と納得する蒼司と師匠たちがいいのなら、と承諾する黄河と翡翠。

「っしゃ!んじゃ決まりやね!さぁこれから忙しくなるでーー!」


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 「え、なんで」
 法条風槻(のりなが・ふつき)の朝はそんな台詞を通話相手の友人に言う所から始まった。いや、実際は昼だが。
 立て続けの仕事をこなし、暫しの暇が出来た為、さぁゆっくり寝ようかと思ったのが本日の午前三時。
 それからぐっすり眠っていた所、昼の二時過ぎにかかってきたこの電話でたたき起こされる。
 食事を取ったのは寝る一時間前ほど。
 電話越しに聞こえた溜息と、妙に明るい声色に半覚醒の頭も瞬時に冴え渡る。
 嗚呼、きっとこの電波の壁の向こうで、満面の笑顔でブラックなオーラを迸らせているに違いない。
 仕事柄どうしたって不規則な生活と杜撰な食生活になってしまうものだと、正当化したいところだが如何せん相手の方が正論である。
 そんな正論をぶつけてくる友人から、たまにはしっかり休めてこいと三泊四日の旅行を命じられた。
 旅行ったって、何処に…そう言い掛けた矢先、FAXの音が室内に鳴り響く。
 送られてきたのは行き先と行き先までの乗り換え案内表。
 何て準備のいい。
 まっとうな生活してきなさい。そう言われて否応ナシに通話は終了された。
 往復の料金は自前だろうが、現地の予約に関してはプレゼント、らしい。
「……まぁ、一週間ばかし何も予定ないし」



  らせん状の山に沿って伸びる道路の途中にバス停があり、そこで降りて少しばかり山登りをすることになる。
 山道で無いだけ幸いだが、寝不足の体にはどうにもキツイ。
「あれかな?」
 カーブに差し掛かった所に、竹で作った囲いがあり、覗き込めば手前には落ち葉の下に石畳が見える。
 竹林に囲まれたなだらかな山道を見上げれば、京都や伊勢などで山寺へ続く途中の道のような、木組みの階段が広めの間隔で伸びていた。
 国道と隣接した、何とも微妙な位置で、急に世界が変わる。
 この垣根の先が異界のような、そんなわくわくした気分にさせてくれる…が、如何せん眠くてその感動も眠気ですぐに遠のく。
 秋の夕暮れ。
 青々としていた笹の葉は色褪せ、生成り色。
 風に吹かれてシャラシャラと鳴る葉擦れの音も、乾いた音が響く。
 音の波の中をゆうるりと歩いて、気持ちよさにまた睡魔が襲ってくる。
「(…この場で寝そう)」
 そんな行き倒れのような事になっては大変だ。風槻は最後の体力をふり絞って光が差し込む上を目指す。
 竹林を抜けた先にぽっかりと開けた空間。
 その中にコの字型に並んだ三軒の古民家。
 中庭では白い人形の頭が幾つも俵に刺さっており、なかなかにシュールな光景だ。
 さて、人は?そう思って辺りを見回した所で丁度障子を開けて出てきた人と目が合った。
「もしかして、予約の?」
 出てきたのはくたびれたカッターシャツにジーパン姿の青年。
 目が青く、心なしか顔付きも欧州の血が入っているように見える。
「法条です。今日から数日お世話になります」
「ようこそ、人形工房幽艶堂へ。僕は頭師見習いの蒼司といいます」
 蒼司と名乗った青年に案内され、工房で作業をしている老人三人と若衆とご対面。
「あ」
「おや、貴方でしたか」
 お互いに先だってはどうも、と会釈する。
 白髪で和装が目を惹く青年は翡翠というのだそうだ。
 いつぞや異空間でのコスプレ雛祭の時に見た顔。
 ここの住人だったのか。
「お疲れでしょう、お部屋に案内しますよ」
 そういって蒼司から引継ぎ、工房として使っている古民家の隣の古民家へ。
 三つをそれぞれ工房、男屋、女屋として扱ってるらしい。
 食事の際は皆揃って女屋の囲炉裏端へ集まるという。
 だがそうやって説明されても、もうかなり意識が朦朧としている。
「では、本日はどうぞごゆっくりお休み下さい。多少何かが煩いかもしれませんが、お疲れのようですし、気にせずぐっすり眠れることでしょう」
 客間として通された部屋には既に布団が用意されていて、目の前にオアシスがあるといっても過言ではなかった。
 しっかりとお辞儀をして、障子がしまったところでばったりとそのまま泥のように眠った。



 「おっきゃくさ〜ん、朝やよ。起きぃや――!」
「うわ!?」
 障子越しに女性のシルエット。確か若い女性は一人だけだったから、紅蘭って名前だったような?
 よく通るその声に、目覚ましでも偶に目覚めないのに瞬時に飛び起きた。
「ぇ、今何時…」
 携帯を開けばまだ六時半。
 こんな朝早くから!?
 昨日の夕方から寝ていたとはいえ、その時間ゆえにまだ寝ていたいと反射的に思ってしまう。
 しかし、お膳立てで申し込まれた時に規則正しい生活をと注文が添えられてた事により、2日目からはたたき起こされる手はずが整っていたようで。
「ほらほら!沢の水汲んできたしぃ、顔洗ってはよおいでぇな。朝ごはんやで」
 引きずられるように連れて行かれ、顔を洗う時の水の冷たさにまず驚いた。

「おはよう御座います。よく眠れましたか?」
「…あ、おはよう御座います…」
 こんな朝早くに起きる事がまずないため、その眩しさに目が慣れていないと苦笑する風槻に、翡翠は柔らかに微笑み、居間へ案内する。
 自分を含めて八人が囲炉裏端を囲む。
 お膳が用意され、そこに並ぶ料理は京野菜をメインとした精進料理に近い内容で、牛肉や豚肉が入ってないことにホッと一安心した。
 他人が食しているのを見るのは平気なのだが、どうしても、過去のトラウマゆえに食べることは出来ないでいる。鶏肉・魚介類はいけるのだが。
 野菜中心であることで、遠慮なく出されたものを平らげる。
「このシラス干し、山椒がきいてて美味し〜」
 前に京都特集で見た事があったかな。そんな事を考えつつ炊きたてのご飯によくあうそれと共に二膳も食べてしまった。



  食後は実にのんびりと過ごした。
 忙しなく何かをしなければ、と思うこともなく、携帯電話の電源も切っていた。
 都会の喧騒から離れ、昔の時間をゆっくりと肌で感じよう。
 翡翠の案内で竹林を散策し、季節になれば人形流しをするという沢まで足をのばしたり。
 見晴らしのよい所へ出れば、そこから見える山々は所々が赤に、黄に染まり、秋の装いを見せる。
「―――いいなぁ…」
 紅葉の綺麗な場所での散策プラン、そのリストにあの辺も加えておこうか。
 仕事に直結しているわけではないが、リサーチ材料はあって邪魔にはならない。
 この日は童心にかえったかのように、野山を歩き回った。
 晩御飯も日頃自分が食べる時間帯から何時間も早くて、食べれるだろうかと思ったが、それも杞憂だった。
 起きた時間と朝食をとった時間を考えれば、それが極々普通の夕飯時なのだから。



  規則正しく朝に目覚める事にも慣れたのはまだ二十代ゆえか、などと思いながら目覚めた三日目の朝。
 今日は昼から工房の方を見せてもらえる事になっている為、食事の進みも速い。
 雛祭の時みた五人囃子。あれも古いものだった。
 最近の量産型と昔の人形の違いなどもじっくり観察したいものだ。
 食事を済ませてのち、九時頃にのそりと作業を開始する老人達とその手伝いをする若衆。
 その様子をつぶさに観察しながら、そのうち使うことになるかもしれないと撮影許可を貰う。
 職人の手元を写し、引きで全体を写し、いつの間にか取材をしている自分がいる。
「あ、そっちも見てみていいですか?」
 デジカメに収めた写真と、取材したテレコのデータを帰ったら早速整理しよう。
 休みに来たはずが結局、最後は仕事のような事をしてしまう辺りは、完全な職業病だと風槻は苦笑する。
 でも、この時過ごしたホンの僅かの日数でも、今までの生活からは遠くかけ離れていて十分な刺激になったと思う。
 たまにはこういう生活も悪くないかな。


 だけど今度は友人にお膳立てされるんじゃなく、自分で場所を発掘したいかも。


― 了 ―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6235 / 法条・風槻 / 女性 / 25歳 / 情報請負人】

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■         ライター通信          ■
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