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月下集会への招待
一枚の招待状が、ひらり、森の中に舞い落ちた。
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ずんずんと歩いているのは、天狗、天波・慎霰だ。
手に何か握り締め、ついでに大きな麻袋を肩に乗せ、どこか強い決心を秘めたような顔で古道を行く。
「狐の癖に!天狗を仲間はずれにしたらどうなるか思い知らせてやる…」
何だか、子供のような台詞にも聞こえなくはないが、歩む足は留まる事がない。
そう、今宵は満月に開かれる月下集会の日。と、知り得るのは、主催者の喜三郎と言う狐から『紹介状』が届いた者だけ。慎霰はその月下集会に行くべく、古道をざくざくと歩いているのだ。しかし、慎霰にも『招待状』が届いたか?といえば、否、である。極めて偶然に、手に入れたのだった。
その『招待状』を手に入れた時の、慎霰の激昂と言ったら無かった。周りの妖たちも宥めるのに手間取り、大変だったのはつい先日の事だ。
「粋がった狐をどう料理してやろうかな…」
なんて、物騒な事でも考えているのか、恐ろしい言葉を呟きながら歩いていれば…灯りが見える。青白い…狐火独特の蒼。どうやら古い社の石灯篭の中にあるようだ。そして…揺らめく白い影、ざわめきも。集会は始まっているようだ。さあ、気張り時だ、しっかり天狗の威厳を見せ付けなければ。と、意気込んで慎霰は宴の中へと飛び込んでいった。
「…頼もう!」
ざわ…と、絶えず波紋のように響いていたざわめきが止まる。静かな海のように、しん、と静まり返って皆々が慎霰の方をきょとんとして見やった。…道場などなら兎も角として、まさか、宴の席で「頼もう」なんて…力の入った言葉を聞けるとは、思っていなかっただろうから、宴の席に着いた客人たちは目を丸くしている。
「何じゃ…おぬし。……天狗を招待した覚えは無いが」
「だからこそ来たのさ、天狗を仲間外れにするなんざ…良い度胸だな、稲荷の喜三郎!」
「…ほう、若い天狗だが、わしの名前を知っておるとは見込みがありそうじゃ」
「天狗の情報網嘗めるなよ!…って、言っても、俺も子供じゃないし?ちゃんと礼儀くらいは弁えてるさ…、ほらよ、土産だ」
先ほどとの剣幕とは打って変わって、大きな麻袋をドスン!…喜三郎の目の前へと振り落とした。小さな悲鳴、続いて呻き声が聞こえ、周りの妖たちは少々唐突な挨拶で驚きを隠せていないが、喜三郎と言えばマイペースに受け取り礼を述べる。
「最近の天狗は確りしたモンじゃのう…。この土産、何やら喋るようじゃが」
「天狗は何時の時代でも確りしてるっつうの。…中々の土産だろ?」
麻袋はもぞもぞと動き出し、袋の入り口からは汚れているが…高そうな靴が暴れている。喜三郎は興味津々と言った風に、その様子を眺めているが、麻袋を乱暴に取り払い現れ出でたるは……
「…これは珍しい!蛸面人間じゃな」
「……一応、れっきとした人間だぜ」
蛸面と称された頭の禿げた男は、顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げている。妖たちが大勢で周りを取り囲んでいると言うのに、怒鳴れる神経の図太さは物凄い。…暴れないのは、きっと術でも掛かっているのだろう。芋虫のようにもぞもぞと這っているだけの男の姿は少々哀れにも見える。
「さて、茹蛸はさぞかし美味かろう。どうしてやろうか、皆の衆?」
問うた喜三郎の声は社に響き渡る。慎霰と喜三郎のやり取りに呆気に取られていた妖たちだったが、その喜三郎の一言は鶴の一声、一気に湧き上がる
声、声、声
…それは森の草木を揺らし、満月も五月蝿いと言わんばかりに雲の幕を引いた。這いずる男は、と言えば…さすがに恐ろしくなったのだろう。ぶるぶると震えているまま、喜三郎と慎霰を見ている。
「食っちゃ駄目だぜ、こいつは何百って人間の家族の行く末を握ってるんだからな」
「?何と、蛸の癖をして随分と高位な人間じゃったか」
人間と言うのは本当に、見かけによらないものだと仲間達で言って笑いあう。男はといえば、怒鳴りつけたいが恐怖でそれ所ではなく、わなわなと唇を震わせているだけに終わった。
「だが、こいつは鎮守の森を無くそうとした組織の一番上の奴だ。早々許すわけにゃいかねえ」
「なるほど、ではオイタをした罰に、わしらを楽しませてくれると?」
にや
喜三郎の顔が、人と狐の中間のような、少し不気味な顔になって笑う。男の恐怖は増すばかり、周りの妖たちも各々のリズムで笑い出す。冷や汗をダラダラかいている男の首根っこを引っつかみ、慎霰は喜三郎に示した。
「こいつ自身で楽しむのもいいが、こいつを使って、幻術勝負と行こうじゃないか」
お稲荷様?
慎霰はにこりと屈託の無い笑みを見せた。
喜三郎もにやりと、愉快そうに口端を上げる。
「良かろう。…その勝負、乗った」
パン!と小気味良い音を立てて、金扇が開かれた。ゆるりとした動きで喜三郎は口元を隠し、男へと目線を移す。
「さ、退くが良い天狗の小僧。わしの手前を見せてやろう」
「小僧じゃなくて、天波慎霰だっ」
喜三郎の言葉にむっとした慎霰は、きつく喜三郎へと言い放って、男をぺいっと放り投げる。喜三郎は慎霰の言葉に耳を貸した風も無く、ふわりと扇を宙へ泳がせる。
ざざ、ん……
ざざん…
遠くから、音が聞こえる。音が打ち寄せる。放り出された男の顔は更に真赤に変色し、本当に茹蛸のようだ。…みるみるうちに、手が増え、足が増え、掌には幾つもの吸盤が見えた。そうして、寄せてくる音の正体に浚われる。
ざぶん!!!
男は泳げないのか、わたわたといつの間にか打ち寄せてきた波の合間にもがいている。蛸の手足がうねうねと水を無駄に掻いている。喜三郎と言えば…ずずんと、大きな岩を足元に、高みの見物。周りの妖たちも空を飛んだり、跳ね回ったりと大喜び。慎霰も空を舞って、喜三郎の幻術を観る。
「さすが」
ひゅうと、風が啼いたような口笛を喜三郎へと送った。そして、大時化と成り出した波の上へと降り立つ。…喜三郎が扇を振るい、能の舞台が現れた。慎霰へ文字通り、幻術の舞台を用意してやったと言うわけだ。
「秋に海は時期はずれだぜ?」
慎霰が手を伸ばし、掌をくるりと返す。激情の場面転換のように、くるりと海が消えた。
「そう言うな、紅い蛸を紅葉代わりにして楽しもうかと思ってな」
「ふーん、じゃあ、もっと良く見えるようにしなくちゃ」
にやりと口端を上げて慎霰は余裕の笑みを見せた。さあ、始めようか、此処からが本当の宴。男は未だに泳ぐ、と言うよりも足掻くのが精一杯で、何度も何度も浮き沈みを繰り返していた。
伸ばした腕を緩やかに振るえば、4本増えた手足が消えた。しかし、それと同時に強風が男を襲う、びゅおうと吹きつけられた風に煽られ…危うく
倒れる!!
と、言う所まで風が強くなったが、何故か男の背に痛みは感じない。いつの間にか閉じていたたるんだ瞼をそっと持ち上げる。……遠い、何もかも、遠いのは何故だ。
「やっぱ、凧はこうやって観るもんだろ?」
「タコ違いじゃ」
たーまやー…なんて、慎霰はふざけて掛け声をかける。男はそう、まさしく【凧】のように大空を舞っているのだ。御丁寧に紐が何処からともなく出ている。妖たちが我先にと紐を奪い合い、高く飛ばしたり、わざと森の気に引っ掛けそうにしたりと、性質の悪い悪戯を施しあっている。
「でも、さすがに凧だけじゃ、なあ」
数珠をじゃりと音を立てて握る、再び舞いの振り付けのように腕を振るえば、ひらり、ひらと空から舞い落ちた紅葉の葉が、ぱさり、喜三郎の鼻先に落ちる。それが誘引となったか、段々と紅葉の葉は多くなる。これではまるで嵐だ。
びゅう、びゅう
吹き荒れる嵐が治まる頃には、まだ早いはずなのに、森は一面の赤と黄に染まる。地面すらも先ほどの嵐で吹き荒れた紅葉の葉が敷き詰められ、赤の絨毯と洒落込んでいる。
一気に秋へと模様替えをした会場に、妖たちも更に盛り上がる。凧を操り、太鼓をたたき、歌を歌えば笛もなる。華やかな着物をいつの間にか着て、舞を踊り愛想を振りまく。
「これは、なるほど…見事じゃ」
「これが天狗の本領発揮、どうよ」
「…良かろう、慎霰。中々の手前、感心した」
喜三郎が狐だけあって、目を細めて笑えば狐そのものに近い顔になる。慎霰はにやりと笑って、胸を張った。
「今度からは天狗も呼べよ、桁違いの幻術を見せてやる」
「本業の狐には劣ろう」
「なっ!ま、未だ言うのかあ?!」
ふふんと笑う喜三郎は、どうにも食えない。
「ま、呼ぶには呼ぼうかのう。…大勢の方が、盛り上がるしの」
「…天狗は盛り上げ役じゃねえぞ?」
「硬い事を言うでない、ほれ、座れ。誰か、酌をせい!今宵は新顔の功労を称えようぞ!」
喜三郎の言葉に、妖たちは一斉に腕を上げて声を張り上げる。それは地を揺るがすほどの、大声となって社に響いた。ぎんぎんと鳴る耳を思わず押さえた慎霰も、苦笑しながら腕を振るった。
酒が振舞われ、肴も美味い。来る前よりは、狐への印象も変わったかもしれない。
少々、熱くなってきた頭を擦る、その時だ。
「――――…ん」
ふわりと、慎霰の目の前に一枚の紅葉の葉が舞い降りた。
空をふわりと揺らめいているうちに、取る。…確かに感触があった。
「…本物だ」
そう、呟いて慎霰が空を仰いだ。空は高く、星が煌き、先ほどまで顔を隠していたはずの月は、覗き見るように顔を見せている。満月は嵩を被って、宴の様子をそっと羨ましげに見ていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1928/天波・慎霰/男性/15歳/天狗・高校生】
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■ ライター通信 ■
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■天波・慎霰 様
こんにちは、ライターのひだりのです。此度は発注有難う御座います!
今回は宴に潜入とい言う事で、盛り上げてみました。
やはり社長と言えばタコ、と思い、季節はずれながらも凧にさせて頂きました。
楽しんでいただければ、幸いです。
これからも精進して行きますので、機会がありましたら
是非、宜しくお願い致します!
ひだりの
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