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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


蜜目

 細い路地を奥へ奥へ、潜っていくとアンティークショップ・レンはある。だから、帰るときにもやっぱり細い路地をずっと抜けていかなければならなかった。
「これ、持っていきな」
買い物を追えて店を出ようとしたとき、主人の碧摩蓮が一個の飴玉を投げてよこした。おまけ、ではなさそうだ。
「近頃外の路地に妖怪が出るんだよ」
行きの客には大人しいのだが、帰るときに限って姿を見せる。アンティークショップ・レンの出入り口は一つだけなので避けようがなかった。
「蜜目って言って、なんでも願いを叶えてくれる奴なんだけどね」
叶える代償に目玉を一つ欲しがる妖怪だった。願いごとがなくても目玉を欲しがるので、無事に路地を抜けるためには目玉の代わりに飴をやらなければならない。
「目が惜しけりゃ飴を投げるんだね。ただし、あんたが片目を差し出しても構わないくらいに狂おしい願いごとがあるのなら…」

「ちょっと、どういうこと!?」
細い指を固めた握り拳は見た目に似合わぬ力がこもっており、カウンタをどんと叩いた瞬間ウサギの置物が二つ跳ねた。ついでに、古いコインの山が音をたてて崩れた。数えなおしか、と蓮は煙管の煙を吐いた。
「れ・ん・さーん?」
明らかに客を見ていないような目つきの店主に苛立ち、店へ飛び込んできた藤田あやこはその漆黒の瞳を覗き込む。ふうっとたなびいた紫煙を、これ見よがしに手の平ではたきながら。
 あやこが前回店へ来たのは二ヶ月ほど前だったろうか。新しい事業を立ち上げると嬉しそうに喋っていたから、蓮もうまくいくといいねと愛想で返したのだ。そういえばそのときに開店祝いだと言ってアクセサリーを一つ廉価で譲った気がする。
「あれ、全然効かないじゃない。おかげで会社の業績は右肩下がりで弱ってるのよ。新しく始めたのだけじゃなくて全部よ、全部」
「……」
蓮はちらりとあやこの顔を見て、それから首をなぞるように胸から腰、足へと視線を走らせる。一旦爪先まで動かしてからやや上へと戻り、太腿で止まった。季節流行に関係なくスカートを好むあやこは、細めの脚線美を惜しげもなく晒している。
 カウンターの引き出しから青味がかったレンズの虫眼鏡を取り出し、蓮はしげしげとあやこの右太腿を覗き込んだ。虫眼鏡の表面は光を反射させるとわかるのだが、どこの文明とも知れない文字がうっすら彫り込まれている。ほの暗いランプの光が虫眼鏡越しに太腿へと照らされて、あやこはむずかゆさを覚える。
「なにしてんのよ、そんなところ見て」
「見たくて見てるんじゃないよ、こっちは」
まったく大したもんだと虫眼鏡を持っていないほうの手で一つ、あやこの腿をぴしゃりと叩く。音が派手だった割には痛くはないのだけれど、蓮の平手が赤く綺麗に残ってしまった。
「厄介な連中ばっかり、どこでこんなに拾ってきたんだい?」
「…厄介?」
大抵、問題ごとを抱える張本人はそれに気づかないものだ。あやこだろうとも、それは例外ではない。

 自分で確かめてごらんと手渡された虫眼鏡であやこは手形の残る自分の太腿を覗き込んだ。自慢の白い肌に、染みのようなものがぼんやり浮かんでいる。指でこすると生き物のようにするりと逃げていった。
「なによこれ」
「決まってるじゃないか、あんたの不景気の原因さ。疫病神の卵ってとこか」
逃げていったはずの染みが、気づくとまた同じところに戻ってきていた。しかも一つだったはずが三つに増えている。
「こいつらはね、力はないけどしつこいよ」
「どうすればいいのよ、なにをすれば追い払えるの?」
会社の業績がこのまま下がってくのも参るが、たまらないのは染みのほうだ。いくら特殊な虫眼鏡越しにしか見えないといっても、そんなものが自分の太腿に存在していると認識するだけで鳥肌が立ってくる。
「だから追い払ったってまた戻ってくるんだって」
「だから嫌なの!」
二人の言葉はそれぞれに一方通行であった。あやこは諦めるという言葉を知らない。そのしぶとさはさすがの蓮をも仕方がないと折れさせるほどであった。
「仕方がないねえ」
本当に蓮はそう言ったのである、だだをこねる聞き分けのない子に対するように。そしてさらに蓮は子供をあやすようにカウンタの壺の中から黄色い色の飴を一つ、取り出してあやこに放ったのであった。
「いいかい、これは…」
「これがなに」
しかしあやこは、蓮が説明を始めるよりも先に飴の包み紙を開いてビー玉ほどの大きさのそれを口中へ放り込んでしまった。
「あんたって人は、まったく…」
蓮の説明を聞こうとしないあやこの無鉄砲さは、ある意味で貴重だった。もう次はないよともう一つ、同じ色の飴を取り出して蓮は、今度は手渡す前に蜜目という妖怪の話をあやこに聞かせた。
「本来蜜目は偽物の目玉じゃ願いは叶えてくれないんだけどね。この特別製の飴なら、ちっぽけな願いくらいは叶えてくれるだろ」
「ちっぽけって、どのくらい?」
「そうさね」
太腿の染みを取るくらいには、役立つだろう。

「そんなの御免よ」
なんとかしたいと騒いでいた染みがなくなるのだから、素直に喜ぶのだろうと思ったのだが大間違いだった。あやこは渡された飴を一瞥するなりそのまま壺の中へと放り返してしまった。
「どうせ叶えるのなら願いは大きくなくっちゃ。保守的に回ったら、商売なんてやってられないのよ」
「じゃああんた、蜜目に片目を差し出すってのかい?」
説明をちゃんと聞いていたのかと蓮は、失った目は決して元通りにはならないことを繰り返した。たとえば左目を蜜目に差し出したならば、その目がはまっていた部分そのものが蜜目のものになりその後臓器移植で新しい目を手に入れても時間が経つにつれ再び食われてしまうのだ。
「本気かい?」
心配するのではなく、呆れているのである。だがあやこは大真面目に頷いてみせた。ならばと今度は興味で蓮は訊ねる。
「どんな願いごとをするつもりだい?」
「簡単じゃない」
飴を口に含んだままあやこが笑う。
「この目の代わりになる、別の目を貰うのよ」
「……」
心底、それがどうなるんだという顔の蓮であった。灰盆に置いていた煙管に手を伸ばし、一度、二度大きく煙を吸い込んでは吐き出す。
「で?」
ゆっくり間を置いて、続きを促す。
「その目はなにができるんだい?」
「そうね、いろいろ考えたんだけどね」
埋蔵金の埋っているところが見える目だとか、人の心の中が見える目とか、いっそのこと破壊光線の出る目だとか。本当にいろいろと考えていたらしいあやこだったが、最終的にはこれに決めたらしい。
「右肩下がりの運勢が見える目がいいわ」
「……」
最早蓮は相鎚を止めてしまった。無闇に打たなくても、あやこは一旦興が乗ると回りに関係なく喋りつづけるからだ。それに蓮が口を開こうとすると出てくるのは
「だから?」
の一言しかなかった。このあやこという異邦人の中身は、未だ果てしない。

「もしもこの目を持てれば、私は自分の会社がどうなっているかがものすごくよくわかるわけよ。業績が少しでも悪化すれば数字に表れるより先に目に見えるから、改善策を練る時間は随分稼げるわ」
ついでに私にくっついている連中だって、会社の景気がよくなったら逃げ出すでしょうしねと太腿をぱしんと叩く。弾けそうなその体と心意気、今すぐにだって逃げ出していくかもしれない。
「ちなみにどうして、好調な運勢の見える目を選ばないかっていうと」
別に蓮は説明を促したわけではないが、あやこの演説は終わらない。
「私以外の会社が好景気なのを見るのが悔しいから!それに業績の悪さが目に見えれば今にも潰れそうな、でも実力のある会社を好条件で買収できるってわけなのよ」
経営というのはそうやってのし上がっていかなければならないのだと、逞しく拳を握る。女の細腕一本で今までやってきたのだ、立ち止まっている暇などない。どんどん上っていかなければならないのだ。
 そういうもんかねえと蓮は煙管をくわえた。一応、蓮も商売人と名前のつく職業の片隅に加わってはいるものの帳面をつけたことはなく、経営状況に思案を向けたこともやはり一度だってなかった。
「どう?蓮さん、完璧でしょ?」
だからあやこがこっちを向いて笑っても、素晴らしいとは言えそうにない。
「愉快なことを考えるもんだねえ」
それが精一杯というより、未知の分野としておざなりな感想しか述べられなかったのだった。あやこはそれを誉められたと思ったのかそれとも単なる会話の継穂とだけ受け取ったのか、どちらとは言及しなかったが笑顔とピースサインを返す。
「取られるばっかりじゃ、商売はやってらんないわよ」
「確かに」
それについては同意できると、蓮は唇だけで笑った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

7061/ 藤田あやこ/女性/24歳/女子高生セレブ

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
蜜目という妖怪は創作なのですが、もう少し設定を細かく
したほうがよかったかなと反省しています。
曖昧であることが自由度の上がるわけではないということです。
今回あやこさまには初めての発注をいただき、どんな性格だろうと
結構迷いながら書かせていただきました。
苦手ながらも精一杯明るい口調を意識してみたのですが、
イメージ通りでしょうか…。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。