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<東京怪談・PCゲームノベル>


Birdcall

 今日の草間興信所は、いつもと違った雰囲気だった。
 入り口には営業終了の札と「急ぎの方はこちらの電話にご連絡ください」という張り紙。いつもであればドアには鍵もかかっておらず、来る者拒まずの事務所にしてはかなり珍しい事だと言える。
「何か悪いな。情報交換とはいえ、営業妨害みたいだ」
 応接セットの前に置かれた湯飲みに手を伸ばしながらそう言ったのは、蒼月亭のマスターであるナイトホークだ。いつもと違う場所にいるせいで、何となく落ち着かないその姿に、シュライン・エマがくすっと笑う。
「呼んじゃったのはこっちなんだから、気にしないで。ね、武彦さん」
「そうそう。そもそも、営業妨害になるほど客も来ない」
 草間 武彦(くさま・たけひこ)は、自分でそう言った後、軽く頭を抱えて溜息をついた。それを見た草間 零(くさま・れい)が、手みやげのケーキを出しながらニコニコと笑っている。
 普段なら、蒼月亭も夜の営業が始まる時間だ。それなのにナイトホークがここにいるのには訳がある。
 鳥の名を持つものたち。綾嵯峨野研究所。
 それらに関してお互い知っていることを、情報交換しようと言うことでここまで出向いてもらったのだ。
 場所をここにしたのにも訳がある。ナイトホークは時々無意識に戦闘人格に移る事があるので、割れ物が多い蒼月亭よりは興信所の方が安心だろうという、シュラインの判断からだ。もしそうなってしまったときのために、零が同席する事も承知の上だ。
「改まっちゃうのもなんだから、リラックスして話しましょ」
 ファイルを自分の横に置き、シュラインがナイトホークの前に座る。
「でね、私も伝手とかが色々あるから、約束事でどこから情報が来たのかって話せない事もあるの。それはいいかしら」
「うん、それはお互い色々あるだろうから……俺も多分そういう事あるかも知れないし」
「あと、私がナっちゃんに教えた情報の内容に関して、他の人への情報提示の判断は任せるわね。多分私以外にも、研究所とかの事とか調べてる人いそうだし」
 ナイトホークは黙って頷く。
 この謎に関しては、シュライン以外にも関わっている人間が多い。多分同じように謎を追いかけている者も多いだろう。ナイトホークが教えてもいいという相手なら、シュラインは情報を出し渋るつもりはない。
「じゃあ、まず俺から話した方がいいのかな。鳥の名前とか、シュラインさん全部知らないだろうし……あ、煙草いいかな」
 零が差し出した灰皿に軽く会釈してから火を付けると、ナイトホークはまるで歌うように鳥の名を口にした。

 ……研究所の鳥は十三羽。
 最初がコトリで最後がヨタカ。
 コトリ、モズ、カワセミとスズメ。メジロにハト、カッコウ。
 ヒバリにカラス。…チドリとコマドリは二羽で一羽。ツグミにツバメ、最後にヨタカ。
 どれも研究所の大事な鳥たち。

 最後のヨタカを除いては。

「……最後ヨタカってのが、マスターか?」
 しばらく無言でいた後、武彦の呟きにナイトホークが頷く。
「そう。でもその呼ばれ方が嫌だから、今はナイトホークって名乗ってるけど」
 その名前をシュラインはささっとメモに書き留めた。分かってはいたが、聞いたことのある名前が結構ある。零はナイトホークの横で静かに話を聞きながら、少しだけ首をかしげた。
「ナイトホークさんは、他の方と何か違うんですか?」
「うーん、他の鳥たちは皆研究所育ちだったみたいだけど、俺は後から放り込まれたからかな。あんまり大事にされても嫌なんだけどさ」
 他の鳥たち……と言うことは、ナイトホークは後から「鳥の名を持つものたち」として、加えられたと言うことか。一口お茶を飲むと、シュラインは知っている鳥の名の横に印を付け、メモを見せながら質問をした。
「じゃあ、ナっちゃんさんが知ってる鳥の名と能力、性格や外見。あと、お互いの親密度とかあったら教えてもらえるかしら……私が知っている人たちには印を付けたんだけど」
 シュラインが知っている名前はカッコウ、ヒバリ、カラス、チドリとコマドリにツグミだ。
 チドリとコマドリが歌を歌うことで人の心を動かしたりすることが出来ることと、ツグミが発火能力があることは、自分が関わったアトラスの事件で知っているし、カラスは多分興信所のお得意様でもある、夜守 鴉(よるもり・からす)の祖父のことなのだろう。
「俺も全員の能力をよく見てる訳じゃないんだよな。知ってる限りでいい?」
「もちろんよ」
 何か遠い記憶を掘り返すように、ナイトホークが考え込む。
「分からなかったら、無理にじゃなくてもいいんだぞ」
「あ、いや、そうじゃなくて……記憶が微妙にあやふやでさ」
 自分がどうして戦闘人格に入るのか分からないように、ナイトホークの記憶は所々途切れているらしい。
「研究所に入れられる前の事はさっぱりで。まあ、忘れててもあんまり困ったこともないけど」
 皆を安心させるように少し笑い、名前が書かれたところを指さしてナイトホークは一つ一つ確認するように皆に鳥の外見と能力を告げていく。
「えーっと、コトリは後回しにして……モズは黒い髪に眠そうな目してて、細身の男。色んな物の形を変えて攻撃するのが得意だった。はやにえみたいに串刺しとか……基本的に誰かとつるむ方じゃなかったけど」
 その名前をシュラインはメールで知っていた。注意する名前を聞いたときに、教えられたからだ。
「ナっちゃんさんと仲良くなかったの?」
「どうだろう。何考えてるか分からなかったし、基本的に俺は他の鳥たちとあんまり仲いい方じゃなかったんだ……いや、カラスやハトとは割と普通だったか」
 カラスは本人が触ることを許可しないと、触れることすら出来なかったり、短距離であれば空間を曲げて移動することが出来、ハトは千里眼で地獄耳という能力を持っていて、普段は目と耳を布で覆って生活をしていたという。
「カラスさんは夜守さんのお祖父様よね?」
「そうだね。金髪銀眼だったりするところはそっくりだ。でも性格はあんな感じじゃなくて、もっと真面目だったかな」
 メモに次々と能力や容姿が書き足される。
 カワセミは女性で、目を見張るような美女であると共に、容姿を自由自在に変えられるらしい。その美しさと人懐っこさで相手の垣根を外し、情報を聞き出すことに長けているという。スズメも女性だが、こっちは逆に相手の印象に残らないと言うことに長けていて、どこにでも入り込んではその記憶力を駆使してスパイのようなことをしているという話だ。
「情報収集型の方と、戦闘型の方に別れているようですね」
 零の言葉にナイトホークが頷く。
「そうだな。で、メジロとカッコウに関しては能力がよく分からん。カッコウは頭の良い嫌なガキだったけど。メジロは……『囀る鳥』とは呼ばれてたけど、誰とでも仲良くしてる代わりに、抜け目ないって印象がある」
 メジロは茶色い髪の明るい青年らしい。それもメモに取りながらシュラインは質問をする。
「ここから私が知らないのは、ツバメだけね。ヒバリさんは見たことがあるんだけど」
「生きてるのか?」
 それには少し語弊がある。ヒバリは確かに存在しているが、本当の鳥の体に入り一人の少女に付き添っている。それを話すと身を乗り出したナイトホークは、椅子に座り直して天を仰いだ。
「そっか……ちゃんといるならいいんだ。ヒバリは俺が出てく前に死んじまったからさ。面倒見が良くて、大人しい子だったよ」
 少しの沈黙。
「ナっちゃんさんと仲が良かったのね」
 シュラインがそう言ってお茶を飲むと、ナイトホークも少し笑う。
「割とね。俺、研究員と仲悪くて結構痛い目にも遭ってたけど、その度に手当てとかしてもらってた。さて、続きいくか」
 何かを振り切るように息をつき、最後に残ってしまったツバメに関してナイトホークが話す。彼は空気を操ることが出来、カマイタチのように相手を切り裂いたり、窒息死させたりと言うことが可能らしい。零が言っていたように、能力が情報収集と戦闘の二タイプに別れているようだ。
「マスター、コトリってのはどんな能力なんだ?」
 するとナイトホークは困ったように首を横に振った。
「コトリが最初の鳥ってのは知ってるけど、どんな能力かは多分鳥の名を持つ誰も知らないと思う。俺もあいつに関しては何も知らない」
 何も知らない。
 そうは言ったが、もしかしたら、ナイトホークが話したくないことなのではないだろうか。シュラインには声の調子からそれが分かっていたが、あえて聞かないことにした。
 まだ焦ることはない。聞く機会ならたくさんあるし、まだ始まったばかりなのだ。
「ごめん……話してはみたけど、あんまり役に立たないかも」
「そんなことないわ。ありがと、ナっちゃんさん。じゃあ、私が関わった事件の話をするわね」
 謝らなければいくらでもごまかせるのに、そう言ってしまうところがナイトホークらしい。それには気付かぬ振りをして、シュラインは今まで自分が関わった「鳥の名を持つものたち」に関する事件をリストアップした物をテーブルに広げ、話をし始めた。
 月刊アトラスでのカッコウの事件やチドリ、ツグミの話。ゴーストネットOFFでの怪しげな人工知能ソフト……コマドリの話。それに加えて鴉の事等を話すと、ナイトホークは興味深そうにそれを聞いていた。
「って事は、チドリは何処かにいるって事か。コマドリに関しては、ちょっと俺は分からないけど」
 チドリは一時期大騒ぎになった「正気を失うDVD」に関わっている。だがチドリがコマドリを探していたのとは逆に、コマドリは自分の足で世界を見ることを望んでいた。
「チドリとコマドリは考えが相容れないにも見えたけど、二人とも別意識を認識してたみたいだから、新たな形での修復は可能かも知れないわ」
「だといいな。二人はシャム双生児で、どっちか片方だけ起きるって感じだったけど、チドリの方がコマドリや研究所に依存してるように俺は見えてた。コマドリは逆に独立傾向があったっぽいけど」
 研究所に依存というのは、何となく分かるような気がする。だがコマドリが戻るまでは籠から出られないというチドリの話からすると、コマドリがいると分かれば研究所から出る可能性はあるのではないだろうかと、シュラインは思う。
「お茶、入れ替えますね」
 鳥の話をしてもナイトホークが落ち着いていたのに安心したのか、零は冷めてしまった湯飲みをお盆に乗せて立ち上がった。
「ありがと、零ちゃん。あと、ナっちゃんさんに教えてかなきゃならないことがあるんだけど、一つだけ約束してくれるかしら?」
「なに?」
「今から教える場所には、ナっちゃんさん一人では絶対に行かないでちょうだいね。それで一人で行って、いなくなったーとか言ったら怒るわよ」
「シュラインが本当に起こると怖いぞ……っと」
 煙草を吸いながら笑う武彦を肘で突く。それを見て、ナイトホークは笑って小さく頷いた。
「いや、一人で行って捕まったらアホ丸出しだから大丈夫。約束するよ」
 シュラインが教えたのは、研究所の跡地の場所だった。そこで火事が起こり、研究所がなくなったことを話すと、ナイトホークが小さく頷く。
「研究所が火事でなくなったってのは知ってたけど、都内にあったのか。何かもっと別の所にあると思ってた」
「私も昔の記事とか調べて知ったの。元々鳥類研究所って偽ってたって。あと、磯崎氏に関して何か知ってるかしら」
 その名を聞いた途端、ナイトホークの顔色が変わった。聞き覚えのある名だったらしい。
「磯崎って……磯崎 竜之介(いそざき・りゅうのすけ)?」
「知ってるの?」
「知ってるも何も、綾嵯峨野研究所で鳥の名を持つ者を作った奴だ……あいつ、まだ生きてるのか」
 ナイトホークが知っている者と同一人物なのか、それとも名を受け継いでいるのかは分からないが、鳥の名を持つものたちが出てくるときに、何故彼が顔を出す理由も分かってきた。点と点が繋がれば、また顔を合わせることもあるだろう。
 頭を抱えているナイトホークの肩を、零がポンと叩く。
「大丈夫ですか? おしぼりでもお持ちしますね」
「あ……うん、ごめん。ちょっとどころじゃなく動揺した」
 綾嵯峨野研究所。それは表向き華族の道楽で、その当時は「鳥類研究所」として鳥たちを研究していると言っていたらしい。鳥の研究をしているのに鳥の姿が見えない……というのは有名であったと、当時の様子を知る老人が言っていた。
 華族繋がりでシュラインはふいと顔を上げる。
「ねえナっちゃんさん、華族繋がりで聞くんだけれど、ナっちゃんさんと篁さんって何か関係あるのかしら?」
 シュラインがよく知っている研究者の篁 雅隆(たかむら・まさたか)や、その弟の雅輝(まさき)は、その直系らしい。ナイトホークが親しくしているので、何かあるのかも知れないとシュラインの勘が告げる。
「ああ、篁とはあの二人の爺さんの頃からの付き合い。鳥たちには直接関わってないけど、綾嵯峨野と旧敵らしくて……今は時々体の具合見てもらったりしてる」
「旧敵?」
「俺は良く知らないけどね」
 それは初耳だ。今度機会があれば聞いてみようか……シュラインはメモを取ると、開いていたファイルを閉じた。
 今日一日だけで鳥の名や能力などの情報が聞けた。あまり焦っても仕方がない。小さく伸びをすると、シュラインは台所の方にいる零に声を掛けた。
「零ちゃん、お茶は良いから例のもの用意してちょうだい」
「はーい」
 目の前に出てきたのは、シュラインがあらかじめ用意してあったつまみと、少し前に収穫したばかりの葡萄酒だった。広口瓶から普通の瓶に移して少し冷やしたそれは、フルーティーな香りを漂わせている。
「シュラインさん、これは?」
 いきなり目の前に出されたグラスなどに戸惑っているナイトホークを見て、武彦がクスクスと笑う。
「ああ、完熟フリーランの葡萄酒。今日はマスターも色々話して疲れただろうし、これ飲んで景気づけにって、な?」
「そうよ。このお酒、聖人の加護があるって話だから、ナっちゃんさんにもお裾分けしなきゃって。先は長いけど、ゆっくり行きましょ」
 きっとまだまだ先は長い。
 分からないこともあるし、まだ見えない部分も多い。
 それでも明けない夜がないように、こうしている限りはきっと大丈夫だ。そんな気がするのだ。
「乾杯しましょうか」
 ちょこんと座ってグラスを持った零に、皆が笑う。
「じゃあ、この先上手く行きますように……かな。あんまり欲張らないで」
「それがいいわね」
 この先何があってもきっと上手く行く。
 その想いを響かせるように、グラスが高い音で鳴った。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
鳥の名を持つものたちに関して特化した「Birdcall」ですが、全部の鳥の名前や能力などの情報交換と言うことで、こんな話を書かせて頂きました。シュラインさんは「鳥の名を持つものたち」が出てくる事件などに深く関わっていますので、分かっている部分は省略している部分もあります。
一応全員の名前は出ましたが、今後どう関わるのかはまだ未知数ですので、よろしくお願いいたします。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。