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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ずっと……
 BARライブラリーに客はやってくる。誰にも見せることの無かった胸のうちをほぐすために。
 今日は痛みを分かち合える心優しい女性、シュライン・エマが来店。
 草間興信所事務員として草間兄妹に深く繋がってきたエマは、ここで何を語るのか。

 ○

「お前さんか」
 マスターはグラスを磨く手を止めずに呟いた。エマは微笑むとカウンターの端から一つ左隣に座った。
「奴さん、先日散々毒を吐いて潰れおったわい」
 マスターがエマの右隣、端の席を見やる。この席は草間興信所探偵、草間 武彦(くさま たけひこ)の指定席だ。
「零ちゃんから聞いた。マスター」
 早合点したマスターはシェイカーを手に取るもエマは首を振り、ウィスキーボトルを指差した。
「トゥワイスアップで」
 マスターはストレートグラスに指定のウィスキーを注ぎ、もう一つのグラスにミネラルウォーターを注いでエマの前に差し出した。
「ありがとう」
「いつものじゃと思ったんだがな」
 視線を落として控えめに笑うと、そういう事もあるのよと呟いた。
「奴さん来るのじゃろ?」
 グラスをくゆらせてグラスに映る自分を眺める。
―武彦さんに見せる表情じゃないな。
「ええ」
「冷静に物事を見渡せるお前さんじゃ。人よりも気づき、考える事が多いだろう」
 エマには何が言いたいのか分かる。いつもと違った、いや、いつも通り微笑みに隠したまま武彦と会えば自分の本意とは違った方へ物事が進んでいくぞと言っているのだ。
 少なくともエマにはそう聞こえた。
「彼が来るまで聞いてくれる?」
「話によっては、奴さんにも聞かせにゃならん」
 手の平を横に振るエマ。
「駄目よ。彼―」
―本当に優しいから。
 エマは言いかけて止めた。
「独り言でも何でも話すといい」
「ありがと」
 エマはストレートグラスをあおると、ミネラルウォーターを少量口に注いだ。
 右隣の席に触れる。
「優しさって……仇になるものだと彼から教わったのよ。お金に執着が無いって言えば、商才に話は変わるけど、そうじゃない」
 額にグラスをあてる、ひやりとした感触。
「依頼主の事情を聞いてしまうと、どうしてもそれ以上踏み込めないのよ」
 興信所事務をしているからこそ、エマにしか知りえない事情もあるのだろう。
「そして零ちゃんに不自由させたくない想いと板ばさみ。なら、私にももっと構ってよ! ってね」
 エマは微笑んだ後、今は自分を誤魔化さなくていいのだと振り返る。
「零ちゃんね、今笑っているのが奇跡なのよ。彼女表情が作れても底には何も無かった。空っぽだったのよ」
 瞳を閉じれば今も思い出す。零が島に一人佇んでいた光景を。そして武彦さんに引き取られ、少しずつだったけど底から沸いて来る本当の自分を受け入れていった。
「マスター、不老不死って信じる?」
 マスターはエマのグラスにウィスキーを注ぐ。
「人間には考えられん話じゃな」
 人外、そんな単語を思い浮かべてエマは振りほどく様に首を振った。
「零ちゃんね、体質から年を取るのがとても遅いの」
―寿命でこの世から離れられない程
「私達がおばあさんになっても、彼女は綺麗なお肌しているでしょうね」
―だから、私たちは彼女を置いていってしまうみたいで……
「側にいても離れていくみたいで悲しい」
 バーには沈黙の帳が下りる。答えは分かりきっている。誰だって自分の信じる先へ走る事が出来れば苦労はしない。
 マスターが鼻で笑うと、エマは勢いよくグラスをテーブルに叩きつけた。
「私だって怒る事もあるのよ」
「奴さんに言った言葉、お前さんにも言おう」
 怪訝な表情をするエマに、表情を崩さないマスター。この構図は絶対に他で垣間見る事は出来ない。
「お前さんがこうやって悩んでいるのを知らないと思っているのか? 機転のいい子じゃ、きっと分かっておる」
 エマの頭上に昇っていた血の気が一瞬で引いていく。酔っぱらうのが早いなと、こめかみを押さえた。
「ごめん、マスター」
 マスターは再度鼻で笑った。マスターの態度は何も変わらない。変わったのは。
「私の見る目……」
 マスターがトングで氷を掴むと、エマのグラスに追加する。からりと音を立てて、氷がグラス深くに沈んだ。
「ねぇ、マスター」
 反応はよこさないが、耳をそばだてているのが分かる。
「私、皆いつまでも一緒にいたいの。ずっと、ずっとよ。それだけなの、それだけなのに叶わないのかしら」
 グラスを持つ手が震える。たまらなくなって俯いた。
「お前さんの幸せを願う気持ち、それは尊いものじゃ」
 視線を床のタイルに合わせたままマスターの言葉を待つ。
「じゃが、現実はお前さんの思ってる通りかもしれん」
 反射的にマスターの顔を焦点を合わせる。言ってくれるな、そんなメッセージがひしひしと伝わってくる。だがマスターはエマと視線を交わすことなく、どこか遠くを見つめていた。「離れ離れになってからでは遅いんじゃ」
「マスター……」
 二人から言葉が忘れ去られたように沈黙が続く。

 ○

「おまえさんには解決出来ないのか?」
 疑問符を表情で表わすエマ。
「その、寿命がうんたらかんたらについてじゃ」
「分からない……」
「そうか」
 ウィスキーを並々注ぐマスター。表面張力ぎりぎりでなんとかこぼれないでいる。
「このウィスキーをこぼさず飲みたい。お前さんならどうする」
「口を近づけて―」
 エマは口をグラスに近づけてウィスキーを少量吸い取った。
「問題に対して、労力を惜しまずお前さんから歩み寄って解決したんじゃな?」
 エマは何を言っているのか掴めない。
「これと、その問題は同じじゃないのか? 違うのか?」
 マスターの語気が強い。いつも一歩離れて見守ってくれているマスターが今日に限って。
「マスターも同じような事、あったの?」
「わしの質問に答えんか。抱えているもんをなんとか出来んのか」
 マスターの癇癪を見て、エマはやっと自分のペースに戻ったとほほ笑む。
「可もなく。不可もなくよ」
 そんなはずがない。限りなく不可能に近い。
「それなら―」
「もちろん、生きている間に納得できる道を見つけてみせるわ」
 マスターはその言葉を聞くとシェイカーを手に取り、軽快にシェイカーを振り始めた。
 しばらくして、エマにカクテルが差し出された。
「これは……」
「アペリティフじゃ」
 思い出した。フランス語で食前酒を意味する。エマはカクテルグラスを額まであげる。
「もちろん、朝飯前で解決してみせるわ」
「姉さん……」
 エマの目が点になる。
「わしが言ったんじゃない。奴さんの妹さんじゃ。お前さんの事をいつかそう呼べる日がくればと言っておったのを思い出しただけじゃ」
 はらりとエマの頬に涙がつたう。無意識に。
「お前さんの想う気持ち、しっかりと伝わっておる。結果にこだわらず、お前さんが想う最善を人生を懸けてやり通せ」
 もちろんよ。そう言いたくても声がかすれる。
 テーブルに突っ伏してエマは心にたまっていたものをとめどなく流した。

 ○

 顔をあげて、時計を見やる。もうそろそろ、武彦が来る。
「化粧室借りるわよ」
 椅子から立ち上がるエマ。
「奴さん朴念仁もいいとこじゃ。まずそこからじゃの」
「余計なお世話よ。必ず攻略してみるわ。朝飯前に」
 エマは唇を釣り上げて、化粧室の扉を開いた。

 【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【零零八六 / シュライン・エマ / 女性 / 二十六 / 草間興信所事務員】


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■         ライター通信          ■
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 二度目の受注ありがとうございます! 吉崎です。 今度、大阪のイベントに参加するので都合が合えばお会いできると嬉しいです!
 エマ、二度目の執筆となりましたがクール・ビューティを書いていると楽しくてしょうがないです。実は吉崎の執筆工程としては、構想に大幅に時間を費やします。その中で一番バランスとキャラクターに合った行動が思い浮かべば執筆に取り掛かるのですが、エマに関してはあれもいい、これもいいと構想時間に費やしていますので吉崎としては嬉しい悲鳴盛りだくさんの魅力的なキャラです。
 今回はエマの感情的なシーンをどうやって描いていこうかと考えた所、最終的に淡々とエマが感じる心のツボにひっかかれば非日常のエマを垣間見てもらおうと努力してみたのですが如何だったでしょうか?
 これからも機会を頂ければ、様々なエマを所狭しとクール・ビューティーカラーに塗っていきたいのでこれからもよろしくお願いします。
 ではでは!