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満月印のお見合い大作戦?
「……えーっと」
ステラは視線を泳がせる。
「ですからぁ、こっちの人が困ってましてね。へへへ。
草間興信所なら、なんとかしてくれるかなーって思ったんですぅ」
はははと薄い笑いを浮かべる彼女の横にはほっそりとした黒髪の美人がいる。ステラの後ろに隠れている彼女はこそこそと武彦をうかがっていた。
「なんとかって、事情も説明せずに何を言うんだおまえは」
腕組みしてステラを見下ろす武彦を見遣り、ステラは視線を逸らす。心にやましいことがあるとステラは目を逸らす癖があるのだ。
「こっちのカグヤさんはー、お見合いが嫌で助けを求めてきたってわけなんですぅ」
「見合い?」
「身代わりが欲しいそうなんですよねぇ」
「身代わり?」
眉間に皺を寄せる武彦は、フ、と笑う。
「女の身代わりは俺にはできないんだが」
「そんなの知ってますよぅ。だから人が集まるここに来てるんじゃないですかぁ。
それと、相手が一人じゃないんですよぅ。求婚者は一人じゃないんですぅ。だから身代わりはなるべく多く欲しいんだそうで。
でもって、彼氏役でも構わないってことなんですぅ」
「はあ?」
「身代わりがいないなら、自分の恋人ということで同席して欲しいってことで……」
「そんな見合い、断ればいいじゃないか!」
面倒そうに言う武彦に、ステラは背後をうかがいながら言う。
「それができてるならここには来てませんよぅ。協力してくれないなら仕方ないんですけどぉ。
あ、でも身代わりは恋人がいる方でもいいんですよ。彼氏さんと一緒に見合いをしてもらってブチ壊してもらえれば言うことないですぅ」
「おいおい……」
「美味しいお団子のためにも頑張りませんかっ!」
「はあああ〜!?」
団子? なんで団子?
ステラの背後のカグヤは、ステラにこそこそと耳打ちする。恥ずかしがり屋なのか、それとも男性が苦手なのか、ステラにべったり状態だ。
「ふむふむ……。大丈夫ですよ、カグヤさん。この草間武彦さんは、怖い顔はしてますけど、それなりに使える人なんです!」
「こらぁ!」
思わず怒鳴るがステラは聞いていない。
「それよりも約束忘れないでください〜。満月印のお月見団子は絶品だって聞いてますぅ。うへへ」
「お、おまえ……まさかと思うが団子のためにここに連れてきたんじゃ……」
「ち、違いますよぅ! 人助けですぅ!」
絶対嘘だ、と武彦は思った。
こんな依頼に協力するヤツなんて、いるのか……?
***
「つまり、縁談を壊すために女性の方にはカグヤさんの身代わりをお願いしたいわけですぅ。男性の方はカグヤさんの恋人役でもいいですし、身代わりの女性の恋人に扮してもらってもいいですぅ。とにかく、極力カグヤさんを見合いに行かせない方向でお願いしますぅ」
ぺこっとステラが頭をさげた。
「なるほど! 了解したわ!」
いの一番にそう言って身を乗り出したのは藤田あやこだ。
「じゃあこんなのはどう!?
カグヤにはお見合いに出てもらって、私は透明人間になるマントを被って助言するの! 男が惚れる黒髪を白と灰に染めて、喪服を着て、家業が葬儀屋でこれが普段着って嘘を言うのよ!
つけている香水は線香の香り! 趣味は読経! 着メロは木魚にするでしょ。でもって、不吉な電話番号なわけ。アドレス帳は檀家で占められてて、デートコースは仏具店!」
ペラペラと喋るあやこの言葉を全員黙って聞いていたが、途中から全員の顔色が変わり始める。やや、青い。
「仏具店では木魚がかわいいって言うのよ! で、精進料理店で高野豆腐を貪り食う! それから少林寺映画を観て、地声で興奮! 寺院で袈裟を強請り、スネにはつけ毛を用意ね! スネ、ボーボーよ! ハナクソ、これは本当は佃煮なんだけど、これを美味そうに食べるとどう? 相手はドン引きよ!
線香のタバコを吸って、とどめは墓地でプロポーズ! 同じ過去帳に載りたいってカグヤが言ってるところに私が仲人として登場! でも、その男に私は情が移ってて、男を拉致しようとするの。でもそれをカグヤが止めちゃうのよねー。でも私負けない! 結婚できなきゃ死ぬって言うの! 愛よ、愛! でも、無理だと悟って服毒自殺…………気まずくなっちゃってお見合いは終了」
ふふっ、と恍惚の表情で語り終えたあやこは、室内を見回した。全員が青ざめ、部屋の隅に固まっていた。できるだけあやこから避難した結果である。
ステラは武彦のほうを振り仰ぐ。
「あのぉ……この人はひとの話をきちんと聞いていらっしゃるんでしょうか?」
「いや、聞いてないと思うぞ」
さらりと武彦が言う。
ステラは青い顔で嫌そうにする。
「……藤田さんに初めてお会いしたんですけど、巷で言う『痛い人』ってやつなんでしょうか……それとも変態……?」
草間興信所にいた全員が、あやこにドン引きである。誰が聞いても「痛い」発言であることを、あやこ自身はわかっていないようだった。
「藤田さん、回れ右ですぅ」
「回れ右?」
ステラの言葉に従ってあやこがその通りに行動する。ステラはあやこの背中を押し、そのまま草間興信所の外に彼女を追い出した。
「妄想は一人だけでしてください〜」
さよならですぅ、とステラは言って、ドアをぱたんと閉めた。
「ええーっ! どうしてぇ!? 確実に見合いがぶっ壊せるのに!?」
抗議するあやこの言葉に、ドアが少し開いた。そこからステラが覗く。
「そもそもあんな提案を受ける人、常識で考えればいるわけないですぅ。
すみませんが今回はなかったことに〜」
ぱたむ、とドアが完全に閉じられてしまった。呆然と佇むあやこは「あれえ?」と首を傾げた。
*
「さて、と。仕切り直しね」
シュラインが場の空気を変える為に軽く手を打つ。
「お見合いって事は相手方に年齢や外見、経歴など、ある程度の情報は渡ってるわよね。私で大丈夫かしら? 身代わり」
「あ、その点はだいじょぶですぅ。相手はカグヤさんの姿や年齢は知らないはずですぅ」
「……それ、お見合いとしてアリなの?」
「カグヤさんの家はちょっと特殊なんですぅ」
言い難そうなステラの背後で、カグヤが申し訳なさそうに眉をさげる。
「じゃあシュラインさんは身代わり。俺は恋人役、ってことかな」
夜神潤をちらりとカグヤが見た。すぐにステラの背後に隠れる。とは言っても、ステラのほうが小さいので隠れられていない。
「お見合い相手は三人ですぅ。エマさんと、カグヤさんと夜神さん、でもってわたしで丁度いいですね」
「お、おまえもやるのか……!?」
困惑する武彦にステラは胸を張った。
「わたしだって、手伝えるならしますよぉ。あれ? 皆さん、その目はなんです?」
大丈夫かなぁ、という目で見られてステラは頬を膨らませた。
シュラインはカグヤをうかがう。
「なぜお見合いを壊したいのかしら? 友達になれるかもしれない人とか、居るかもよ?」
彼女の問いに応えたのはカグヤではなく、ステラだ。
「実はカグヤさんは――――――」
*
清楚な着物を選んだ。お見合いの席はなるべく大人しい印象を受けたほうがいい。ただ今回は。
(相手にお見合いを断らせるように仕向けなければならないってことよね)
料亭でのお見合いにシュラインは来ていた。仲居に案内されて廊下を歩く。自分の背後には面倒そうな表情をした、黒いスーツ姿の武彦がいる。ボディガードという名目でついて来ているのだ。
(しかしここ、高級料亭で有名な店じゃない)
周囲を視線だけで眺め、シュラインは内心軽く溜息をつく。
案内された和室は広く、なかなか高級そうな物まで置いてある。部屋の奥の掛け軸はかなり値のついているものだろう。
座っている人物を見て思わず「う」となる。
かなりご年配ですけど……なぜ???
「いやはや……この歳になってこんな若い娘さんとお見合いをすることになろうとはのぉ」
(こ、これは予想外……!)
ガーンとシュラインがショックを受ける。笑顔で毒を含んだ言葉を吐くのが、なんだか気の毒に思えてきた。
相手の名前しか知らない状態ではなかなか難しい。相手の経歴を調べられなかったのは時間がなかったせいもある。
「失礼します」
向かいの席に座ったシュラインの背後に武彦がかなり距離をとって座る。
「ボディガードの者です。気になるなら退がらせますけど」
「いやいや、ここに居てくださって結構ですよお嬢さん。こんなジジィが相手で申し訳ないね」
「そんなことはございませんけど……」
微笑んでみせるシュラインは心の中で気合いを入れ直した。相手は自分より年上だ。いや……こんなに年上が本気で見合いをするだろうか?
(探りを入れつつ……こちらにその意はないってことを伝えて、できれば武彦さんがいつもの不機嫌顔で睨んで……)
ちら、と背後を見ると武彦はかなり不機嫌顔だ。これはかなり居心地が悪い。
(とにかく、相手からこの話はなかったことに、と言われればオッケーてことね)
*
潤は自分の背後をこそこそと歩く着物姿のカグヤを肩越しに見る。ステラからの話を聞いた今となっては、彼女が見合いを断りたい理由はよくわかった。
(確かに、あんな事情があるなら断りたいよね……)
「えっと、最初は付き添いとして一緒に居て……紹介の時に恋人って名乗る、って方向でOK?」
段取りを確認するように尋ねると、彼女はコクコクと首を激しく縦に振った。
高級レストランの個室で待っていた相手を見て、潤は思わず目を丸くした。
子供だ。かなり幼い子供がいる。蝶ネクタイに、吊りズボン。何かのギャグかと思ってしまいそうだった。
彼は座っていたイスから降りるや、カグヤに向けて軽く会釈をした。
「お待ちしていました、カグヤさん。そちらはどなたです?」
待ってましたとばかりに潤が口を開く。
「彼女の恋人の夜神潤です。見合いの席について来て、失礼なことをしてしまいましたが……私が彼女に同行をお願いしたんです」
「あなたが?」
「彼女を譲るわけにはいかないので、お願いにきました。このお見合い、断っていただくことはできませんか?」
「…………」
眼鏡を押し上げて少年は潤をじろじろ見てくる。
「無礼な恋人さんですね。まぁ、事情はわかりました。ボクとしても年上の恋人は少々遠慮したかったのです。詳しい事情は座ってからうかがいましょう。食事をするくらいはいいでしょう?」
「…………」
口が達者な子供だ。潤は薄く笑うしかない。
(なかなか賢そうな子供だな。いや、子供だと思わないほうがいいか。カグヤさんの恋人を演じきって、尚且つこの子から断るように仕向ける……。よし、がんばろ)
*
「ぶ、ぶじにぃ、断りましたぁ」
えへへぇ、と疲れた笑みを浮かべて草間興信所に現れたステラはそう言うなりソファに腰掛けた。
「相手の好みと真逆に映るスプレーを使っていたんですけど、見てるだけで相手が可哀想でしたからねぇ。顔が引きつってるのに頑張って笑顔浮かべてましたし」
とにかくこれで、依頼は完了。無事に、見合いは全て断ることができた。
カグヤは立ち上がり、持っていた袋からお団子の入ったパックを取り出す。表に満月を模したシールが貼ってあった。
「あの、ありがとうございました、皆さん」
初めて声を出したカグヤのそれは……低い。女性とは思えないものだ。彼女は照れたように微笑む。
「ちょうど肉体がどちらに成るかという時期だったので本当に困っていたんです。できれば男になりたかったんですけど、周りは女になるべきだと言っていて……この見合いも、そういう意図で組まれていたんです」
「で、身体のほうは?」
尋ねた潤にカグヤは頷く。
「徐々に男性体に変化しています。一ヵ月後には無事に変化も終わるはずです」
「どちらの性にもなれる一族って、変わってるわね。まぁでも、確かにお見合いは断り難い状況に違いないわ。男性になるまで待ってくれないでしょうし」
シュラインは頬杖をついて言う。女性体に近かったカグヤは最近まで本当に切羽詰っていたのだ。
「この過悔尋、心からお礼を申し上げます……!」
過悔、と書いて「カグヤ」と読む。実は苗字。カグヤの名前はヒロ、という。
「うちで作っている、お得意さんにしか出さないお団子、お礼に持ってきました。どうぞ皆さんで食べてください……!」
みたらし、あんこ、きなこ、と三種類の味。何よりお団子が絶品だった。
シュラインは尋に「今度は注文させて」と連絡先を聞いている。食べるのに夢中のステラは口の周りがあんこまみれだ。
「どうなるかと思ったけど、無事に終わって良かった」
「そうだな」
潤の言葉に武彦が頷きつつ、団子を頬張る。確かにかなり美味い。
そういえば今日は――。
「中秋の名月」
先に潤に言われてしまった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【7061/藤田・あやこ(ふじた・あやこ)/女/24/女子高生セレブ】
【7038/夜神・潤(やがみ・じゅん)/男/200/禁忌の子】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
草間氏をボディガードにし、お見合いの身代わりになっていただきました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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