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■ 不夜城奇談〜始動〜 ■
「十二宮(じゅうにみや)ねぇ…」
ぽつりと呟き、口元に淡い笑みを浮かべた男は、その名に“懐かしい”と思いを語る。
「十二宮と言えば、昔の…、あの組織のことですよね…?」
「君も覚えていたんだね」
確認するように問うて来る相手に男は微笑う。
もう何年前になるのか。
数えるのも億劫になるほどの年月を経て、再び「十二宮」の名を聞くことになるとは流石に予想もしなかったが。
「まったく…。今生の狩人は様々な出逢いをもたらしてくれる」
クックッ…と喉を鳴らして笑う男の頭上に輝くのは細い三日月。
古代の人々が数多くの物語を描いた星空の中心には北極星。
北国の山中。
彼らの住居以外の灯りは皆無の土地で、大宇宙の輝きは何に阻まれることも無く地上を照らす。――この環境に慣れた彼らを、不夜城はどのように迎えてくれるだろうか。
「どれ…俺達も東京とやらに行ってみようか?」
屋内には彼を含めて四人の人物が居た。
その内の一人、まだ学生服を着ていて然るべき年頃ながら鮮やかな金髪の少年は、男の視線が自分に向いているのを知って目を瞬かせる。
「俺!?」
「当然」
「何でだよっ、黒天獅(こくてんし)を連れて行けばイイじゃねーか!」
「明後日は朔の日だよ、彼を白夜(びゃくや)から離すわけにはいかないね」
「だからって何で俺…っ」
「雷牙(らいが)」
問答無用という強い語調で制されて、金髪の少年は思いっきり頬を膨らませる。
「贔屓だ!」
「適材適所だよ」
にっこりと告げた男は、雷牙を手招きして庭に出す。
「行こう」
命じれば、少年はぶつぶつと文句を言いながらも結局はその姿を変化させた。
人型から鳥型へ。
男一人を背に乗せても飛行可能な大きさは、翼を動かすだけで辺りに強風を起こしたほどだ。
「じゃ、行って来るよ」
「…くれぐれも影主や光君の邪魔はしないで下さい」
「邪魔とは心外だね、俺は彼らの始祖として責任を果たしに行くだけさ」
笑顔で返された言葉を最後に、白夜と黒天獅、二人に見送られて彼らは夜空に飛び立った。
「十二宮、か…」
東京に向かう彼らの姿が見えなくなった頃、初めて黒天獅が口を開く。
「…俺は名前しか知らないが…、聞いた話が繰り返されなければいいな…」
「うん…」
祈るような呟きは夜闇に掻き消されて、世界には届かない。
人間の負の感情を糧に生きる魔物。
それらを滅するために彼らが興した一族、闇狩。
いま、時代は動き始めようとしていた――。
■
「死なないでお母さん!」
娘、玲奈の懇願を意識の遠くに聞きながら藤田あやこは自らの死を予感せずにはいられなかった。
失敗したな、と思う。
まさかこんなにあっけなく人生が終わりを告げようとは。
「お母さん!」
必死に自分を呼ぶ少女は、これからどうなってしまうのだろう。
大事な娘。
愛しい存在。
この子を一人残して、この世を離れなければならないとは――。
「お母さんっ…これも前に言っていた魔物の仕業なの…っ!?」
少女の言葉にドキリとする。
「魔物がお母さんをこんな目に遭わせたの……っ!?」
悲しみと、それ以上の怒りから溢れる涙を湛えた瞳に見つめられて、病床にあったあやこの体に電撃が走った。
「お母さん……!」
海老反るあやこに、玲奈はしがみ付く。
その姿を意識の遠くに見遣りながら、あやこは涙を溜めた。
玲奈は魔物の存在を知っている。
狩人の存在も知っている。
危険が常に隣り合わせならば、その恐ろしさを自覚して欲しくて全てを話した。
得た知識が、そのまま魔物からの自衛手段になると狩人達も言ったからだ。
しかしそれが、このような形で意に反した未来を手繰り寄せようとしている。
何てことだろう、この少女だけは守りたかったのに。
「お母さん…っ…」
「ちが…違うわ……」
あやこは必死に言葉を紡いだ。
彼女を守るために。
「…違う…っ…どうか…憎しみなんて抱かないで…っ」
「お母さん!」
「誰も…ぇも…悪くないの……」
だから誰も責めないで。
憎まないで。
――魔物が求める負の感情を、その内に抱かないで。
それが、あやこが娘に伝えられた最後の言葉だった。
これが死後の世界か、と。
あやこは不思議な気持ちで自分の焼けた頭蓋を火箸が割り、壷に納まっていく光景を眺めていた。
彼女は風になっていた。
そして、まだその心に意思があることを確認した。
自分の骨壷を抱いて絶叫する娘の頬を撫で、伝わらないと知りつつも語りかける。
どうか悲しまないで。
私はまだ、貴女を守れるから。
――……
そうして彼女は動き出した。
この子が魔物に関わることのないようにと神に祈るくらいならば、自分がやってみせる。
風となったこの身だからこそ出来ることがあるはずだ。
最後まで諦めない。
どんなに些細な可能性だとて確かめもせずに捨てたくない。
それは生きていようが、死んでいようが、決して変わらない、あやこの信条だった。
***
母の骨壷を抱いて、三島玲奈は絶叫した。
あやこが事故に遭って…と警察から連絡を受けて病院に駆けつけた玲奈は、死の間際に居る母の姿に、彼女がここ最近、追い続けていた魔物の関与を疑った。
何かと几帳面で、そして強かった母が事故などで死に瀕していることが信じられなかったからだ。
だが母は誰も悪くないと言い残した。
責めないで。
憎まないで。
どうか魔物と狩人の争いに巻き込まれたりはしないでと――。
「お母さん……っ」
それは母の遺言だ。
最後の言葉。
ならば守るべきだと、頭では判るけれど――。
家に一人。
明かりすらつける気になれず、母と過ごした部屋で骨壷を抱いて座り込んでいた。
何をする気にもなれない。
どうすることも出来ない。
ただ、呟く。
「…狩人のバカ……」
まだ姿も見た事の無い、母が知り合ったという二人の青年。
彼らへの、…説明の仕様がない感情ばかりが膨らんで行く。
「狩人のバカ…助けが遅れたせいで…」
母の死には魔物が関与している。
少女の中で、それは次第に真実となって彼女の心を侵食する。
そうして、それが鳴った。
――こんばんは。今夜も『ミッドナイト・トーキング』が始まります。担当は僕、アキです。六十分間、最後までお付き合い下さい――………
急に電源の入ったオーディオ。
届いた声。
――…今日の最初のお手紙はこの子…『私の大好きな人が、ある人達のせいで亡くなってしまいました』……
「え…?」
玲奈は耳を疑う。
突然のラジオ番組が語り始めた内容に瞠目する。
――『あの人達がもっと早く助けに来てくれれば母は助かったはずなのに』……
――…それは悲しいな…まずはお母さんのご冥福をお祈りします……
聞いた事の無い声が告げる。
慰めてくる。
――……狩人を憎む君よ……
語り掛けて来る、その存在は。
――……悲しみは時が癒してくれるだろう……
「何よそれ…っ…」
玲奈は憤る。
零れた水はまた汲めばいいとでも言いたげな男の言葉が少女の怒りを煽った。
――…狩人を憎む君よ……
告げる声に、玲奈は骨壷を置き、外に駆け出した。
母の想いに反し、玲奈は自らを突き動かす衝動から逃れる事が出来なかったのだ。
■
風の中、あやこは地上の動きを感じていた。
大気がひどく騒がしく、その身に纏わり付く異質の魔物を確かに感じ取っていた。
――……闇の魔物がこんなにも広がっていたなんて……
人間の視覚でも、エルフの視覚でもなくなった視界に広がるのは、大気に混じり、薄く広がる魔物の群れ。
人々の感情を探るように。
人間そのものを覆うように、それは魔都一帯を覆っていた。
そしてその中。
慌しく動く人々の気配を闇狩一族のものであるとあやこは正しく察していた。
彼女が接してきた二人だけではない。
十、二十。
百、二百。
都の東西南北に散った彼らは“その時”を静かに待っているようだった。
更に、動き出す一族とは異なる能力者達。
中にはあやこが顔見知りの人物もいる。
「私は白樺夏穂、彼は杉沢椎名――」
幼い外観ながらも不可思議な能力を秘めた少年少女が、二メートルを超えようという長身の男、五降臨時雨と遭遇し、魔物を追うべく動き出した。
一方で、狩人の力のその腕にはめた阿佐人悠輔、天薙撫子は一族の者の言葉を拒み、自ら魔物討伐に立つことを宣言した。
「ショーと言うからには、観客が大勢いなければ成り立ちませんわ」
「電波の発信元は電波塔…、観客が大勢集まる塔と言えば…」
そういうことなのね…とあやこは納得する。
更に他にも大勢の協力者がいる。
今夜が決戦の時なのだと確信した。
同時に、一人残してしまった娘の事が気掛かりだった。
突如鳴り響いたラジオに反発するように外へ飛び出した少女。
――…玲奈……
彼女は、いま疲れ果てたように眠っていた。
許されるならば、そのままずっと眠っていて欲しい。
今宵の争いが過ぎるまで。
■
「…お母さん……?」
亡き母の声を聞いた気がして目を覚ました少女は、周囲に人の気配など皆無であることに気付いて孤独を思い知る。
――…狩人がもっと早く助けてくれれば…
再び胸中に呟かれる言葉は、連鎖的に先刻のラジオを思い出させた。
その正体を彼女が知ることはなかったが、しかし母から聞かされていた闇の魔物の存在を認知している分だけ、思考はそちらに近いところを巡る。
負の感情が一掃されれば世界は平和になる。
手段はともかく、その考え方に一理あるとは思った。
「だからって…存在を否定するようなこと…私はしないわ…」
その言葉が持つ力すら、知りようがなかったけれど。
少女は街を彷徨う。
繁華街、夜の野球場、遊園地――眩い光りに溢れた場所を、あても無く歩き続ける内、目の前に一人の青年が現れた。
「誰…?」
「神様だよ」
本気か、正気か。
にっこりと微笑んで返してくる青年に、玲奈はまさかと目を見開く。
「貴方、十二宮…!?」
いまこの時に自分の目の前に現れた正体不明の男をそう判じたところで、彼女を責める者などいはしない。
十二宮かと問われた本人も、眉一つ動かすこと無く、肯定も否定もしなかった。
「狩人が憎いかい?」
ただ、問い掛ける言葉。
「魔物の力を借りてまで狩人に復讐したい? 確かに、憎しみは他人にぶつけることで少なからず緩和されるけれど」
「…バカにしないで…っ…」
突如現れ、勝手な事を言う男に、玲奈はそれまで抱え込んできた激情を吐露する。
「十二宮! 貴方達の言っていることは正しいかもしれない! でもやっている事は滅茶苦茶だわ! 熱力学の原理に従えば無秩序は増大するばかりなのよ! 宇宙は冷える一方で、だから物事が順序立つの! 負を一掃すると言うなら、それをどこに捨てるつもり!」
一息に言い放つ少女に、しかし自らを“神様”と言い切った男の微笑みは変わらない。
「それ、自分で言っていて理解している?」
「知らないわよ!」
小気味良い反応に、男は今度こそ声を立てて笑った。
「なかなかに聡明なお嬢さんだね。魔物にくれてやるのは惜しい人材だ」
同時、玲奈の背後に風が吹く。
現実のものでは有り得ない強風。
大気を揺るがす力。
「――…っ」
「憎しみを抱かない人間などいない」
彼は告げて片手を上げた。
すると上空から大きな羽音が聞こえて来る。
何事かと仰ぐと、そこには夜闇ではなく、星の瞬きを隠す影が浮かんでいた。
巨大な翼。
人一人を乗せても飛べるだろう迫力。
「ただ、そんな自分に負けないよう自らを鼓舞することは可能だよ」
告げる彼の背後に舞い降りたそれへ、男は飛び乗る。
「待っ…」
玲奈の制止の声を羽音が遮り、その姿はあっと言う間に夜空に消えた。
「神様って何よ…!」
募る苛立ちを吐き出したくて。
彼女の足は気付けば教会へと向かっていた。
彼女は知らない。
十二宮による、魔物を利用した悪事。
東京中の人々が人質に取られていた状況の中で自分が真実“神”によって解放されたことなど、知る由もなかった。
一つの争いが起き。
一つの争いが終わり。
再び、新たな争いが起ころうとしている。
「…地獄だとか天国だとか…人の勝手な基準で決めるのは止めて…」
無人の教会で呟く少女は、静寂と、荘厳なる内装に圧倒されたかのごとく、その意識を奪われつつあった。
「…私は…不幸に抗うわ…」
それこそ天翔ける翼のように遮るものなど全て飛び越えて。
「だから…人の命で贖うのは止めて…」
呟く眦から零れる涙。
「……お母さん……」
遠のく意識を、温かな風が抱き締めた。
■
気が付けば、そこは見慣れた薄暗い空間だった。
目の前にはクローン培養槽。
そこに浮かぶのは――。
「ぁ…っ」
いま、縁に手を掛けて上がってくる女の姿。
藤田あやこの名を持つ彼女は。
「…ふぅ…、私は何人目かしら?」
苦笑交じりの言葉に、だが玲奈は首を振って抱きついた。
「私のお母さんはあなた一人だけよ!」
触れ合った肌から伝わる温もり。
鼓動。
解放された孤独に、玲奈の表情には満たされた笑みが浮かんでいた――……。
―了―
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■ 登場人物 ■
【1564・五降臨時雨様/男性/25歳/・殺し屋(?)】
【7061・藤田あやこ様/女性/24歳/女子高生セレブ】
【7134・三島玲奈様/女性/16歳/メイドサーバント】
【5973・阿佐人悠輔様/男性/17歳/高校生】
【7182・白樺夏穂様/女性/12歳/学生・スナイパー】
【7224・杉沢椎名様/男性/12歳/学生・蜘蛛師(情報科&破壊科)】
【0328・天薙撫子様/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
(参加順にて記載させて頂いております。)
■ ライター通信 ■
今回のシナリオへのご参加、まことにありがとうございました。
〜始動〜というサブタイトルにある通り、全4話と予告していた「不夜城奇談」はこれで完結となりますが、同時に、新たな物語が動き始める序章でもあります。
十二宮の真の目的を巡り、狩人達は今後も新たな戦いに身を投じます。
その時には、再び皆様のご協力を頂ければ幸いです。
【三島玲奈様】
まずは不夜城奇談のシナリオ進行上、頂いたプレイングの通りに話を進められませんでした事をお詫び致します。
最大限、お書き下さった台詞など組み込ませて頂きましたが、もしよろしければご意見、ご感想等をお聞かせ頂ければと思います。
今回は本当にありがとうございました。
長い物語となりましたが、少しでも皆様の心に何かを残すものとなれることを願っております。
またお会い出来ることを祈って――。
月原みなみ拝
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