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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ 不夜城奇談〜要因〜 ■

 日中の陽射しも幾分か和らぐようになって来たこの日、大学からの帰宅途中にあった天薙撫子は、紬の袖口に口元を隠しながら苦い笑みを浮かべていた。
 その五感、第六感を刺激するのは奇妙な気配。
 現在のような人混みに紛れてなお決して揺らがないものを、彼女は数日前から、付かず離れず常に一定の距離を保った向こうから感じていた。
 そのあまりにあからさまな尾行の仕方に、不審な行動に出るようならば即祓う予定でいたのだが、意外にも動きを見せない。
 どういうつもりで自分を監視しているのか気になることもあり、しばらく様子を見ることにしたのだったが。
(さすがに考え物ですわね…)
 今日で何日目になるだろう。
 胸中で指を折りながら日を数えている間にも苦笑が漏れる。
 何の行動も起こさずに、ただ尾行し続ける相手。
 その気配に、覚えが無いわけではないからこそ目的を知りたかったのだが。
(そろそろ自分から動くことに致しましょうか…)
 このままでは埒が明かないと判断した彼女は帰路を逸れ、万が一、戦闘になろうとも無関係の人々を巻き込まずに済む場所を目指した。
(…やはり一連の事件に関係する者なのでしょうか…)
 ここ最近、撫子の周囲ではある魔物の出現が頻発していた。
 元来は人間の負の感情を糧とし、それを発する者の肉体を己が物として悪事を働くとされる“闇の魔物”。
 これが魔都・東京に流れ着いたことで変異したと語ったのは、魔物による失踪事件に関わった際に出逢った闇狩一族と呼ばれる狩人の青年達だ。
 朽ちた建物に憑く。
 無人の家屋に憑く。
 そうして中に彷徨う死した者の魂が抱えた孤独や寂しさを利用し、糧となる生命体を呼び込むという、魔物が直接は動かない事象故に、狩人には感知し難くなっているのだと。
(影見様からお預かりした腕輪も反応を示しておりますし…)
 魔物の気配にのみ反応すると言われた腕輪が、今までとは異なる様子ではあったが確かに輝いてる。
 ならば腕輪を通した己の術も相手には有効のはず。
(お相手いたしましょう)
 決意を固めた撫子は歩調を変えること無く、しかし表情を改めて先へと進んでいった。
 数日間の監視を受けていても、敵に何ら疑いを持たせずに誘い込める場所。
 目的地は住宅街から離れた木々の奥、いまは人気のない神社だ。


 ■

 深い木々の道を縫うように進み、その先に見えた境内で手を合わせた。
 例え人気はなくとも、――否、この静けさの中だからこそ周囲を包む木々の合間を流れる風は心優しい神の息吹に思え、葉の隙間から射し込む陽光はこの季節にあって若葉の色が滲んで見える。
 古びた社には、巫女である撫子の瞳だからこそ映る気の良い老人姿の御本尊がにっこりと笑んでいた。
(少々騒がしくなりますこと、どうぞお許しくださいませ)
 胸中に詫びて瞳を閉じる。
 その手首に輝く白銀の腕輪。
 人気のない場所で祈りに集中している背後は、常であれば隙の宝庫。
(これを逃すような相手でしたら、また考え直さなければなりませんが…)
 どうやら先のことは心配せずに済みそうだ。
 あれほど几帳面に一定の距離を保っていた気配が、ゆっくりと、だが確実に近付いてくる。
(もう少し…)
 あと僅か。
 撫子は足元の微かな物音に反応してみせたフリをする。
「虫かしら…」
 わざとらしい呟きは、だが背後の敵への誘導。
 気配が揺らぐ。
 今までの監視するような視線は、敵意に。
「覚悟!」
「っ」
 驚きを装って振り向く、その鼻先に届くかどうかという至近距離で妖しい光りを放つ凶器は、敵の指先から伸びた鎌のような爪――。
「っ…ぅぐ…っ……!」
 それが、止まっていた。
 宙に浮いた石膏のように、四肢の自由を奪われて。
「これは…っ…!?」
 凶器の向こうには三十代半ばと見られる男がいた。
 上下共に黒のスーツ。
 体格は格闘技選手のように鍛えられており、傍目には要人の警護を務める人物のように見えただろう。
 だが、そんなわけがない。
 撫子の眼前で四肢の自由を奪われ空中に固定されている男から感じられるのは闇の魔物によく似た邪気。
 その爪先で彼女を切り裂こうとした敵だ。
「尾行のなさり方もどうかと思っておりましたが、やはりこういった駆け引きは不得意な方でいらっしゃいましたのね」
「なんだと…っ!?」
「わたくしが態と此処に来たのだと、まだお気付きではありませんの?」
「ワザとだと!? 巫女のおまえがワザと神社に…っ…」
「ええ、先ほどはお詫び申し上げておりましたの」
 隙だらけのように装いながら。
 それはあえて口にせずとも相手に伝わった様子。
 男は怒りで顔を真っ赤にしながら怒鳴るように言い放つ。
「貴様! 俺に何をした! 手足を縛り付けるコレは何だ!」
「妖斬鋼糸をご存知でしょうか? その結界です」
 告げる撫子の視界には、この境内に辿り着くまでに通った道すがら触れた木々の枝を借りて張り巡らされた鋼糸の網が張られていたのだ。
 敵がある範囲に入ったと同時に手元の糸を引けば、網目が獲物の四肢を捕らえて締まる。
 その締まり具合も撫子の指先一つ。
 彼女の意思でなければ逃れることは決して出来ないだろう。
「バカな…っ」
 だが男は反論する。
「巫女であろうが何であろうが、この東京周辺に存在する能力が俺達に効果無いのは実験済みだ! 他に何か…!」
 男の言葉に、狩人も同じことを言っていたと思い出す。
 魔物を滅せるのは闇狩の狩人だけ、それこそが一族の存在意義だと。
「ええ。ですからこれを」
 そうして敵の前に差し出すのは狩人から預かる白銀の腕輪。
 男は瞠目する。
「貴様…っ…その匂い…っ! 貴様やはり十二宮様の計画を邪魔した連中の仲間だったんだな!?」
「じゅうにみや…?」
「っ」
 聞き返されたと同時に己の失言に気付いたらしい男はそれまでの怒りが凍りついたように、途端に血の気の引いた顔を逸らした。
 撫子は悟る。
 それが敵の正体だ。
「十二宮とは何者ですの」
「だっ…黙れ! この世を魔で満たそうとする愚か者がっ」
「――」
 信じ難い言葉が返されて、撫子は深くにも絶句してしまう。
 そんな彼女の反応もさることながら、自由を奪われているのも、もう限界なのか、男は自棄になったかのごとく口を割る。
「貴様のせいで十二宮様の計画は一からやり直しになったんだ! あの家の子供の魂を盗んだのも貴様だろう!? あの方が、この東京から悪しき者を消し去ろうとなさって計画したものをよくも邪魔したな! あれはこの東京を救うために必要な礎であったのに!」
「救う…?」
 撫子は目を瞠る。
 相手の発言があまりにも不可解だった。
「あのような気の毒な子供の寂しさまで利用する計画の先に救いなどありません」
「っ、ふんっ、おまえもいつか必ず思い知る! あの黒い靄の特性も知らずに正義の味方気取りの愚かな人間…っ…この魔都を救うのは十二宮様をおいて他にはない!」
「魔物の特性…?」
「あれの負の感情に対する敏感さは異常だ」
 それ固体では何の力も持たない黒い靄。
 だが負の感情を持つ人間に憑き、それを糧とした時、靄は魔物として計り知れない力を得る。
「あれを巧く利用すればこの魔都の…いや…っ…世界の負の感情が一掃されるんだ!」
 男は断言する。
 その力強さには一片の迷いも無い。
「十二宮様こそが世界をお救いになるんだ!!」
「……!」
 叫んだ男は、上気し赤くなった顔を更に赤らめながら、力技で撫子の鋼糸による結界を砕こうと気を詰める。
「くっ…」
 撫子にしてみれば、まだ情報は足りず、今しばらくの時間が欲しいとは思う。
 だが、膨らみ、肥大し、その肉に鋼糸を食い込ませ、その内に肌を傷つけ血を流すかと思いきや、毀れるのは黒い靄。
 闇の魔物。
「いけない…っ」
 あれを散らしてはいけない、そう判断した撫子は咄嗟に鋼糸を放ち、それら一つ一つを捕えようと試みた。
 だが、数が多過ぎる。
「無駄だぁ!!」
 男が叫ぶ、狂喜の表情で。
 再び鉤爪を構え、鋼糸を引き千切った体を撫子に向けて突進して来る。
 その、今までにない速度に撫子の目が見開かれ。
「おまえ一人で俺は倒せん!」
 危険だと、心の奥底に響く警鐘。
 直後。
「では僕達の能力なら如何ですか?」
「!?」
「あ…っ」
 思わず後退しつつも更なる結界をと手を動かしかけた撫子だったが、不意に背後に庇われる。
 緑光だ。
 深緑色の輝きを放つ刀で、その丸い体を両断。
 その迅速さは軌跡すら残さない。
「ぐあああああああっ!」
 噴き出す靄は、しかしその場で次々と炎上した。
 同じく撫子を背後に庇った影見河夕の仕業だ。
 空に散ろうとしていた靄も同じこと。
 一切が狩人の炎に呑まれた。
「くそぉっ…クソ…っ…ウオォォォッ……!」
 絶叫と共に炎に巻き込まれて行く男は、後に奇妙な球体一つを残して、落ち消えた。


 ■

「大丈夫か」
「来るのが遅れてしまい申し訳ありません…お怪我は?」
「平気ですわ」
 少なからず着物は汚れてしまったが、それだけだ。
 普段と変わらぬ様子で返す撫子に、しかし二人の狩人は恐縮顔。
「ここの空気が清浄過ぎるというのは言い訳だが…、気付くのが遅れた。悪かった」
「仕方ありませんわ、この場所を選んだのはわたくしですもの」
 神社には、社に住まう神がおり、周囲は神仏の領域。
 そこに撫子自身の結界が加われば、易々と見つけられる方が問題とも言える。
「ところで…あの男は最後に何を残していったのか…」
 光が呟きながら地面を探し、いつしか黒い球体を手にして調べ始めるうち、撫子は数日前から魔物に尾行されていたことや、十二宮の名前など、自分が得た情報の全てを河夕に伝えた。
「十二宮…? 聞かない名だな…」
「魔物の特性を生かせばこの世界から魔を一掃出来るのだと…」
「ぁっ…」
 撫子と河夕が話している最中だった。
 光が驚きの声を上げ、手にしていた黒い球体を遠ざける。
「河夕さん、撫子さん伏せて!」
「!?」
「なっ…」
 声と同時にそれは暴発した。
「…………っ!!」
 強大な風に煽られて、撫子も、狩人達もその場に踏み止まるのが精一杯だった。
 時に肌を掠めて行くのは割れた球体の欠片か、大地の小石か。
「…なにが…っ」
 ようやく風が弱まってきたのを確認して目を開けた。
 その視界に。

 ――…君達が魔物の宿敵か……

 靄が人を象り、口をきく。
「…っ…貴方が“じゅうにみや”ですか…っ?」
 問い掛けに口元が弧を描き、瞳とは思えない瞳が撫子を見遣った。

 ――……なるほど…、君のように可憐な巫女姫までいるとはね……

 それきり質問には答えることなく、声は意味深な言葉を残して消え行く。

 ――…もう間もなく…皆さんを楽しいショーに御招待しますよ………
 ――…それはそれは楽しい…人間ショーに……
 ――…人間の感情とは…脆くも遊び甲斐のある玩具ですからね……

 その意味深な言葉を残してそれは失せた。
「待っ…!」
 制止の声も届かない。
 残るは暴発して欠片となった黒い球体と、不気味な静寂。
「敵は何を計画していますの……っ?」
 無意識に毀れる撫子の言葉に、だが誰一人、答えを知らない。
 だが十二宮と呼ばれる者の計画は、刻々と彼らの周囲に悪しき手を伸ばし始めていた――……。




 ―了―

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【登場人物】
・0328 / 天薙撫子様 / 女性 / 18歳 / 大学生(巫女):天位覚醒者 /

【ライター通信】
「邂逅・発生」に引き続きのご参加ありがとうございます。
今回の物語は如何でしたでしょうか。少しでも楽しんで頂ける事を願っております。
リテイク等、不備がございましたら何なりとお申し立て下さい。

再びお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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