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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


「薔薇狩りの契約書」

 薔薇は美しい。風に吹かれて広がるその香りは、薔薇園周囲の家屋にとってもありがたい芳香だった。
 薔薇のとげは痛い。けれどだからこそ、美しさは際立つもの。
 赤、白、黄色……
 さまざまな色の薔薇が、風にくすぐられ優美に揺られる。

 ――その薫り高い芳香の中に、異質な匂いが混じったことに気づくのは、なぜか毎回難しかった。

 炎が燃え上がる。
 薔薇園を埋め尽くす、真っ赤な色。
 それはまるで巨大な赤い薔薇のように天を染めて、やがて消えた頃には薔薇たちは姿を消しているのだ。

     ● ● ● ● ●

『次のニュースです。連続放火事件、またもや美しい薔薇園が犠牲となりました――』
「ん?」
 柴樹紗枝が何となくつけたTVでは、ちょうどニュースをやっていた。
『――今回ですでに7件目となります。警察は同一犯の犯行と見て、捜査を続けています』
「何だろ、これ」
 紗枝は同じ部屋にいた2人を振り返る。
 金髪の巻き髪をツインテールにした、アレーヌ・ルシフェル。
 長い銀髪を横でテールにしている、ミリーシャ・ゾルレグスキー。
 2人は紗枝の問いに、知らないとそれぞれ意思表示した。
「そんなこと、わたくしが知っているとでも?」
 アレーヌが眉をひそめる。
「………」
 無口なミリーシャは、首を横に振る。
「ふうん……」
 3人は人気サーカス団の団員である。サーカス巡業がある時期は昼と夜両方に興行があって、テレビなどとても観ていられない。
 巡業が一息つき、こうしてミリーシャの部屋でゆったりしていた3人なのだが。
『今回はこの連続薔薇園放火事件について、専門家の方にご意見をうかがおうと思います』
 ニュースは続いていた。
 紗枝は興味を持ってテレビを見ていた。
 TVには、どこかの大学の某先生が出ていた。
『今回の犯人の目的はなんだと思いますか?』
『警察が発表したとおり、犯人は薔薇を燃やすために放火をしているわけではないようです。薔薇の残骸が現場に残されておりませんので、やはり薔薇を盗んだ痕跡を消そうとしているのかと思われます』
「……薔薇を盗む?」
「まあ、あの美しい花を盗みたくなるのも仕方ありませんわね」
 アレーヌが茶菓子をつまみながら言った。
「でも……7件……」
 ミリーシャがぼそぼそっと言った。彼女の言いたいことは、紗枝やアレーヌにも伝わった。
「7件分の薔薇って相当よね」
「美しいものに取り憑かれたのですわよ」
「そういう問題かなあ?」
 紗枝は長い青い髪を手で梳きながら首をかしげる。
 アレーヌは憤然として、
「どのみち、わたくしたちには関係のないことでしょ」
 と、この話は終わり! と強制終了させてしまった。
 TVのチャンネルが、アレーヌの手によって替えられる。
「でもなあ……何か引っかかる――」
 何かを思い出そうとして眉をひそめた紗枝は、やがて「あっ」と小さく声をあげた。
「………?」
 ミリーシャが紗枝を見る。
「思い出した……薔薇には、魔力がこもっているものもあるんだ」
 それはちょっとした出来事で得た情報。
「まさか」
 とアレーヌが難しい顔で紗枝を見る。
「……そのまさか、かもしれない」
「………」
 ミリーシャは視線で、「行く?」と2人に問いかけた。
「どうにかしなきゃ!」
 紗枝はぐっと握り拳を作った。「3人で!」
「……何でわたくしまで手伝わなくてはいけないのかしら?」
「友情の絆よ、アレーヌ!」
「わたくしは空中ブランコの花形ですのよ。手を怪我でもしたら本っ当に大変ですのよ」
「そこは友情の絆でっ!」
「わたくしがサーカスに出られなくなったら、このサーカスは終わりも同然ですわ」
「そこは勘違いで!」
「どういう意味かしら?」
 アレーヌが額に青筋を立てる。紗枝はつい本音が出て、はっと口に手を当てた。
「………」
 ミリーシャが無言で2人の間に割って入る。
 そして、つぶらな緑の瞳をアレーヌに向け、ちょこんと首をかしげた。
 う、とその愛らしさにたじたじとなり、アレーヌは「こ、こんなことで……っ」指先をわらわらさせていたが、
 ミリーシャの緑の瞳は純粋で。
「友情の絆よ〜」
 紗枝の銀の瞳は……「うるさいですわあなたは!」一蹴し。
 やがてミリーシャの瞳に負けて、
「仕方ないですわね」
 ふうとアレーヌはため息をついた。「せっかくサーカスが休みの日ですのに……ほんとにわたくし、何て働き者なのかしら」
「この事件解決できたら団長に特別お給料もらおう!」
「無理……」
 無口なミリーシャにずばりと言われ、紗枝の野望は撃沈したのだった。

     ● ● ● ● ●

 次に狙われそうな薔薇園はどこか、3人はめぼしをつけた。
 幸い都内に、狙われそうな薔薇園は限られていた。
 実際に現場に行ったのは紗枝とアレーヌの2人。薔薇園の陰で張り込み、様子をうかがう。
 ミリーシャは外で、車を準備して待っているはずだ。
 ――紗枝はデジカメを用意していた。

 張り込むこと2時間ほど――
 深夜になり、張り込む場所を間違えたか? と紗枝とアレーヌが焦りだした頃。
 ……ひっそりと、忍んできた気配があった。
 男2人、とアレーヌがつぶやいた。
 紗枝とアレーヌ、息をひそめていると、男たちは次々と薔薇を乱暴に引っこ抜き始めた。
 やはり、と紗枝とアレーヌは目を見交わしてうなずきあう。
 ――ひとしきり薔薇を抜き終わった後、男の1人がガソリンらしきものを撒いて、火をつけた。
 オレンジ色の炎が燃える、燃え上がる……

 外にはもう1人の男が車を準備して待っていた。
 薔薇園を焼き払った2人組は、引っこ抜いてきた薔薇をトランクにつめる。そして、2人で後部座席へと入った。
 エンジンをかける音。やがて犯人たちの車が発車する。
 その後に、ミリーシャが運転する車がついた。ミリーシャの運転の腕前は最高だ。尾行ぐらいわけない。
 右へ左へ。くねくねと移動する男たちの車にほどほどに距離を置いて張り付いて。もちろん今まで走ってきた経路は忘れない。
 やがてネオンサインの輝かしい場所に出た。
 道が狭い。人寄せが大量にいて、中々車を進められない。
 そんな中も、ミリーシャは冷静に追跡を続ける。
 ――ネオンサインが過ぎると、うら寂しい通りに出る。
 雑居ビルが立ち並ぶ場所。その中のひとつの駐車場に、犯人たちの車は止まった。
 ミリーシャは別のビル用の駐車場に車を止め、犯人たちの近くまで静かに移動する。

 車から出てきた3人の男たちは、まず大きく伸びをした。
「――ったく。毎回毎回ガソリン臭くてやになっちまうぜ」
 男の1人がぼやく。
「そう言うな。実入りはいいんだ」
 一番長身で、薔薇園の外で車を待機させていた男が冷静に言った。
 そして、その男は胸ポケットから携帯電話を取り出した。
 ミリーシャは息をひそめる。
 何度かの呼び出し音の後、相手が出たようだ。
「俺だ」
 男は言う。――名前で告げなくても伝わる相手ということか?
 それとも名前を告げるのははばかられるということか。
「――ああ。――約束通り薔薇は処分した。金は、何時払う気だ?」
 ミリーシャは耳を澄ました。
『――今す……港……第4倉……』
 ところどころだけ、相手の声が聞こえた。
 ミリーシャは少し眉をひそめる。
 ――相手の声が、随分冷えて聞こえた。
 携帯電話が切られた。ミリーシャははっと我に返った。
「これからすぐ港第4倉庫だとよ」
 長身の男が言う。「にしても相変わらず気取った野郎だ」
「最初から冷めた男だったじゃねえか」
「まあな」
「俺は今でも反対してんだぜ? あいつに関わるのはヤバいってよ」
「いいだろう、今まで成功してきたんだ」
「――魔力を持つ薔薇だかなんだか知らねえが、そんなもんに執着してる連中に取引を持ちかけるなんて……」
「取引はもう終わるも同然だ。バレる心配はない。もう問題ない」
「にしてもよお……」
 男の1人が、車のトランクを開けてぼやいた。
「この薔薇、処分するの勿体ねえよ」
 そこにつめられていたのは、まだ摘みたての薔薇たち――
 車に乗っていた時間を考えたら、もう枯れているだろうと思っていたミリーシャは驚いた。
 これが、紗枝の言っていた『魔力を持つ薔薇』の力か?
 男たちが再び車に乗り込む。バタンという音がした。
(港第4倉庫……)
 ミリーシャは急いで、自分の車へと戻った。

 男たちの話を聞く限り、どうやら『魔力を持つ薔薇』の存在と、それを追う誰かの存在を知ったこの3人組が、取引を持ちかけたとみえる。
 その取引相手が港にいるのだ。
 ミリーシャはそのことを携帯電話で紗枝とアレーヌに伝えた。
「じゃあ港第4倉庫、全員集合ね」
 紗枝の声が聞こえた。
 ミリーシャは、ロシア人らしく「ダー(はい)」と答えて車をスタートさせた。

     ● ● ● ● ●

 夜の港は静かだ。潮騒が聞こえるほどである。
 朝の間はあんなに活気があるのに――
 今は、行われようとしている秘密の取引を、息をひそめて待っているかのように。

 男3人を乗せた車が港についた。
 3人が一斉に車から出てくる。
(……無防備)
 追跡してきたミリーシャは思う。いざという時逃げるために、1人ぐらいは運転手を車に残しておくべきだ。
(あまり……頭……よく……なさそう……)
 取引がそれでうまく進むのか。ミリーシャは外で待機組として、車に乗ったまま静かに待った。

 男たちが第4倉庫の扉を開けると、
「……遅かったですね」
 素っ気ない声が聞こえてきた。
 黒い髪にアメジスト色の瞳。取引をするには似つかわしくない、白いスーツを着ている。
 彼は壁にもたれかかり、腕を組んでいた。
「約束の金は」
 長身の男が低い声音で問う。
 取引相手は、近くの積みあがった荷物の上に置いてあった、ジュラルミンケースを軽く持ち上げた。
 長身の男は、取引相手に近づいていった。
 2人の距離が近づくにつれ、壁にもたれていた白スーツの男が体勢を整える。ジュラルミンケースを持って。
 そしてケースは――長身の男の手に渡った。
「これで契約成立だな」
 と男が言ったその瞬間。
「そーは、いかないわよっ」
 紗枝の高らかな声が倉庫に響いた。
 次の瞬間、倉庫はさまざまな色に彩られた。赤、白、黄色……
 薔薇の花が舞う。悪事をさらけだすために舞う。
 男たちに、白スーツの男に、花びらが舞い落りて視界の邪魔をした。
 うるさそうに白スーツの男が花びらを払っているところに――ひらりと落ちてきた何枚もの写真。
「これは……」
 スーツの男は写真を拾い上げた。
 それらには、男たちが薔薇を抜いてからガソリンを撒いて薔薇園を焼いているところまでの一部始終が映っていた。――あの薔薇園に潜んでいた時に、紗枝がデジカメで撮ったものだ。
「薔薇は『処分』しろと言ったはずですが……」
 スーツの男は冷めた声で言った。
「どうやら薔薇は残っているようですね。――契約を破りましたか」
 しかし、そういう彼の紫の瞳には、特に興味もなさそうな光。
「まあ、最初から期待はしていませんでしたがね。あなた方がどこまでやれるか拝見したかっただけですから」
 暇つぶしだった――
 まるでそう言いたげなつぶやきだった。
 男たち3人は一斉に倉庫のドアに向かって逃げだした。
「遅いですわっ!」
 倉庫のドアを開けた時、目の前には輝きあふれるアレーヌが立っていて、
 その背後にはずらっと警官が並んでいた。

 男たち3人は、警官隊にあっさりと捕まった。
 しかし、取引相手だった白いスーツの男は捕まらなかった――紗枝が気づいた時には、どこかに姿を消していたのだ。
 倉庫は静かに静かに、薔薇に包まれて口を閉じていた。

     ● ● ● ● ●

 カノ・ラルハイネは、
「くだらない遊びだ」
 と肩をすくめた。
 白いスーツ。アメジスト色の瞳。ネクタイを締め直してから、彼は携帯電話を取り出す。
「――ラルハイネです。はい、あの3人に任せたのは思った通り失敗でした。窃盗の常習犯ゆえに……」
 そして穏やかに、不敵に微笑んで、
「……まあ、ニュースで『薔薇を盗むのが目的』と流されている時点で失敗していることに気づいていないほど、知恵のないやつらですからね」
 相手は何かを言ったようだった。
 カノは、くすりと笑った。
「ええ、これからもよろしくお願いしますよ、お互いに――」

     ● ● ● ● ●

 窃盗の常習犯であった、薔薇園放火犯人3人組みは、留置所で謎の変死を遂げた。現在、遺体解剖が行われている。
 しかし、おそらく真相は闇の中に葬られるであろう。

     ● ● ● ● ●

「紗枝。何を見ているの」
 アレーヌが欠伸をしながら紗枝に言う。
 ミリーシャが紗枝の見ている紙を覗き込んだ。
「あの倉庫に唯一残されていたものなの……」
 紗枝は沈んだ顔でその文面を読んでいた。

『これらの薔薇を処分したのち契約完了とみなし、十億円の報酬を支払う……』

「十……億……」
「金額が大きすぎますわ」
 アレーヌは柳眉をひそめた。「敵が大きかったということですわね。……わたくしたちも、下手したら火傷ではすまなかったかもしれませんわよ」
「………」
 ミリーシャが目を閉じる。
「薔薇……狩り……」
 どこかで聞いたことのあるような言葉を、紗枝はつぶやいた。
 つぶやくだけで、背筋に汗が流れた。
「それでも……薔薇、護れた……」
 ミリーシャがとつとつとつぶやいた。
 その言葉に、紗枝とアレーヌは思わず微笑む。
 そうだ、薔薇はもう盗まれることはない。
 あの後、放火された薔薇園すべてに、紗枝たちは薔薇の苗木を配って歩いた。
 もう大丈夫。大丈夫――

 事件は不気味な背後を残しつつ。
 それでも彼女たちは、明るい表情を残すことに決めた。
 笑顔でいること。
 それはサーカス団の一員として、当たり前すぎることだったから……

 ―FIN―

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ライター通信
こんにちは、笠城夢斗です。
今回はシチュノベのご発注ありがとうございました。
NPCカノ・ラルハイネの性格上、少々プレイングとは違う方向へと話を持っていってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
このたびは書かせていただけて、とても嬉しかったです。またお会いできますよう……