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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


蝶屋敷にて



1.
 軋んだ音を立てる扉を開いて黒川が馴染みの黒猫亭の中へと入ったとき、おや、と小さく呟いた。
 彼の指定席とも言えるカウンタの隅に、ひとつの封筒が置かれており、どうやら自分宛らしいと判断した黒川は、やや眉を潜めながらカウンタに近付きその封筒を手に取った。
「……ふん」
 中を見れば、招待状らしき文句が述べられている手紙があり、また黒川は軽く眉を潜める。
 何かしらの招待を受けたものの態度としては些か妙なものだ。
 手紙に書かれていた内容によると、招待主は蝶のコレクターだという。
 蝶屋敷と自ら名付けた屋敷に棲み、自慢のコレクションを是非黒川に見せたいというのがくどくどと何処かねちっこささえ感じる文面の概略だった。
「どうも、こいつはきな臭いな」
 普段ならば奇妙な誘いを断ることなどしないどころか、招かれていなくとも姿を現すこともある黒川がそう言ったのは珍しい。
 招待主に覚えはないが、向こうはどうやら街中か何処かで黒川の姿を見かけ、是非屋敷に訪れてほしいと思ったためこうして招待状を出したということらしい。
 しかし、その顔にやがていつもの不敵な笑みが浮かんだ。
「まぁ、良い。ご自慢のコレクションとやらを拝見しに行こうか」
 しかし、と黒川は考えた。
「僕ひとりで行くのもつまらない。手は大いに越したことはなさそうだ」
 そのほうが、僕は手を抜けると付け加えたのは普段の黒川の口調そのものだった。
 黒川の言葉を待っていたようなタイミングで扉が開き、新しい客が店にやってくる。
 そちらを振り返った黒川は、一瞬訝しそうな顔をしてからじっと相手を見ながら口を開いた。
「どうしたんだい、キミ、その頭は」
「ちょっと脱毛したのよ」
 それにしても、と黒川は何か言いたそうな様子を見せたが、その前にすっかり坊主頭になってしまっているあやこが取った行動のほうが早かった。
「ねぇ、あなたの持ってるそれは何?」
 興味深そうにあやこは黒川の持っている招待状を指差した。


2.
「確かに胡散臭い話ね」
 話を聞く前に強引に奪い取った招待状を読んでから、あやこは手紙の主についての意見を述べ始めた。
「ホラー映画では蝶の蒐集家は誘拐犯で偏執狂と相場は決まっているわ」
「コレクターそれすなわち犯罪者という考えには少々賛同できないがね」
「でもこの手紙を書いたのは間違いなく犯罪者、それも新たなる犠牲者を求めてに決まってるわよ。いままでの犠牲者がまだ生きている望みは薄いわね」
 人の意見は聞かず独自の理論を並べていくあやこの言葉を、黒川は酒を飲みながら黙って拝聴していた。
「これは犯行声明文、そして逮捕を願う末期症状ね。とんだナルシストよ」
 容赦のないあやこの言葉だが、黒川は我関せずと聞き役に回っていたが、次の言葉には些か不意を突かれたようだった。
「じゃあ、乗り込むわよ」
「乗り込むとは、何をする気だい」
「決まってるじゃない、ナルシストの犯罪者を倒しに行くのよ」
 言ったと思うとひとり息巻いていろいろと準備を始めているあやこの様子を、黒川はやや呆れながら眺めていた。
「どうも、僕が行く必要は特になさそうだがね」
「何言ってるの、招待状はあなたに来たんだから結末を見る義務があるのよ。犯人はそのためにあなたにこれを送ったんでしょ」
 あやこによれば相手は逮捕を望むナルシストの変質者であり、その願望をかなえてもらうために黒川へこの招待状を送ったということになっているようだが、黒川はやれやれと肩を竦めてみせた。
「彼自慢のコレクションを眺める暇もありそうにないね」
 間違いなく、あやこはそんなものを見る暇も与えてはくれまい。
 そう言いながら、黒川は招待状を持ってあやこと黒猫亭を後にした。


3.
 黒川の予想通り、あやこの行動は非常に早かった。
 屋敷に到着し、胡散臭い主が笑顔をもってふたりを出迎えた瞬間、その顔が驚愕のものに変化したのもしかたがない。
 あやこの手には経の書かれた本、そして反対の手にはなにやらぶ厚いアルバムがあり、どう見てもコレクションを鑑賞しに来た者でもなければ、主が望んでいた犠牲者がやってきたとも思えない。
「すまないね、僕はキミのコレクションを是非拝見したかったんだが……彼女はそういう気はあまりないらしい」
 黒川がそんな謝罪を形ばかりしている間に、主が止めるのも聞かずあやこはずかずかとリビングらしき部屋へと乗り込んだ。
 壁には一面に蝶の標本が飾られていた。羽の色や大きさなどによって細かく分けられている。
 ただのコレクションであったのなら見事なものだが、あやこはその正体についていち早く看破していた。
「これはただの蝶じゃないわ。蝶の形をしているけれど別のものよ」
「その意見には僕も賛同する。どうやら人の魂のようだ……キミが持ってきたものが役に立ちそうだね」
 そう呟いた言葉にはお好きにどうぞというやや投げやりな様子が見て取れたが、あやこはそれに気付く前に早速彼らを解放させるべく行動を開始する。
 経文の書かれたものを並べ、ついでに香も焚く。いま目の前にある蝶たちの本体はすでに死亡しているだろうが、魂だけはこれで成仏できるはずだ。
 あやこが経を唱え始めてしばらくすると、鈍い銀色のピンで留められていた蝶がぴくぴくと動き出した。
 同時に、ゆっくりとピンが外れていく。
「さぁ、こんな屋敷からはあなたちは早く解放されなさい!」
 そう言って、あやこはケースを次々と割っていく。蝶が一頭、また一頭と飛び立っていく。
「わ、私のコレクションが……!」
 あやこの行動に呆気に取られていた主が、そこに至ってようやく我に返りそんな悲鳴をあげたがあやこは聞いていない。
 くるりと主のほうを向き直ると今度はアルバムのほうを取り出した。
「今度はあんたよ。犠牲者は成仏させたけど、あんたみたいなのは退治して成仏させたところで業を背負って生まれ変わってくることになるものよ。そんなことになったら迷惑だから、この屋敷で彼らと永久に自己自慢していれば良いわ」
 言いながら、あやこはアルバムを開き、中に入っていた写真を周囲にばら撒きだした。
 写真は全て心霊写真。それも、あやこ曰く『自惚れ屋の地縛霊』のものばかりらしい。
 地縛霊というのはその地から離れることができない霊を指し、写真に移動することはない。だが、彼らが映っている写真には彼らの思念が宿っている。
 大量のそんな写真が屋敷に散乱しては、もともと魂など集めていたらしい屋敷ではその思念の活性化は凄まじいものだろう。
「早く脱出するわよ! この屋敷を連中ごと封印しないといけないんだから」
 やることは終えたとばかりにあやこは黒川にそう言いながら屋敷を脱出した。
「やはり、僕が来る必要はなかった気がするんだがね?」
 まるで暴風雨のような一連のやり取りを傍観していた黒川はやれやれとそう呟いた。


4.
「これで一段落ね。ナルシスト犯罪者は永久にあの屋敷で苦しみ続ける、因果応報だわ」
 屋敷を後にしながらあやこは満足そうにそんなことを言い、黒川は特に何を言うでもなく黒猫亭へと向かっている。
「じゃあ、僕は店に戻るので、ここで失礼するよ」
「あら、私も行くわ。カレーを食べさせてほしいの」
 その言葉に、黒川は僅かに首を傾げた。
「カレーかい?」
「そうよ、坊主といえば仏教、仏教といえばインドのカレーよ!」
 些か無理があるあやこの理論に反論する気はないらしい黒川と食べる気満々のあやこのふたりはそのまま黒猫亭へ向かっていった。
「ところで、坊主といえばキミのその頭はどうしたんだい?」
「任務で全身脱毛状態になったのよ。まぁ、頭はカツラを買ったしエステ代ととんとんってところかしら」
「どうやら、いろいろと派手にやっているようだね」
 ふたりのそんなとりとめのない会話は黒猫亭に着くまで続いた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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7061 / 藤田・あやこ / 24歳 / 女性 / IO2オカルティックサイエンティスト
NPC / 黒川夢人

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■         ライター通信                    ■
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藤田・あやこ様

この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
討伐目的での屋敷への乗り込みという雰囲気に、コレクションを鑑賞する時間がなくなってしまいました。
その方法に関してもあやこ様の毎回提示される奇抜な発想に今回も驚かされてしまいました。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝