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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ 不夜城奇談〜邂逅〜 ■

 都内のとある美術館から知る人ぞ知る怪奇探偵事務所――と言っても、所長本人は頑なにそれを否定し続けているのだが、その草間興信所に一つの依頼が舞い込んできたのは夏の終わりの昼下がりだ。
 何でも中庭に飾られている天使の彫刻に、綿塵のような黒い物体が纏わりついて離れず、これが見える者、見えない者がいると言うだけならまだしも、来館客の中には魂を抜かれたかのようにその場に倒れてしまって以降、今日まで目を覚ました者がいないと言うのだ。
 もちろん現在は閲覧を禁じ、周囲の立ち入りも完全に遮断している。
 依頼を担当することになったシュライン・エマは、まずは下見にと問題の美術館を訪ねる事にしたわけだが、その途中で遭遇したのが彼らだった。
 漆黒の髪と黒のはずなのにどこか透き通ってみえる瞳を持つ青年と、彼を「河夕(かわゆ)さん」と呼ぶ栗色の髪の青年。
 こちらは「光(ひかる)」と呼ばれており、一歩後ろを付き従うように歩く姿は主従か、それに類する関係のようだとシュラインに推測させた。
「…ったく…何だってこんな魔都に、これだけの人間が集まるんだ?」
「逆ですよ、河夕さん。これだけの人間が集まるから魔都に成り得るのでしょう」
「人間だけならまだしも…よくもまぁ、ここまで多種多様な生物が揃ったもんだ…」
「毎日、色々な方にお逢い出来るのは見方を変えれば幸運なことですよ」
「……おまえは楽しめていいな」
「人生、楽しまなければ損ですからね」
 にっこりと微笑む光に、呆れた息を吐く河夕。
 歩く方向が同じなために意図せず聞こえて来る彼らの会話に、シュラインは思わず笑んでいた。
 見た目には人間と何ら変わりない彼らだが、どうやらその潜在能力は一般人から掛け離れているようだ。
「それにしても…これだけ雑多な気配が散在していると魔物の気配もあやふやだな」
「此処と断定出来る目的地があればいいのですけれどね…」
 気配を読むという感覚が優れているのだろうか。
 ならばこの都での暮らしが楽でないことは想像がつく。
 仕事上、様々な現象に立ち会ってきたシュラインもまた、この土地で様々な存在と関わってきた。
 その一つ一つに反応していては、目的に辿り着くまで相当の時間を要してしまうだろう。
「ま、今回のコレは間違いなさそうだが」
「久々に判り易い悪さをしてくれたようですからね…、いっそ目撃情報でも集めたら如何ですか? この土地の影響で変化してくれたおかげで彼らの姿は見易くなっているようですし“黒い靄状の奇妙な物体情報求む”とネット掲示板に書き込めばそれなりに集まると思いますが」
「……ネット掲示板て何だ」
「インターネットは以前説明したはずですが…」
 些か現代常識に欠けた話題に話は移り、今度は光が呆れた顔をしてみせたが、それらの内容を聞いていたシュラインは顎に指を掛けて思案した。
 彼らが探しているのは“黒い靄状の奇妙な物体”。
 これから自分が関わろうとしているのは、美術館の展示物に纏わり付く綿塵のような黒い物体。
 これを同一と見るのは、気が早いだろうか。
(どうしようかしら…)
 何処まで同じ方向に歩くのか。
 このままでは彼らの後ろに付いて行くようで妙に思われるだろう、そうなったら「お気遣い無く、行き先が同じなんです」なんてにっこり笑ってみようかと暢気なことを考えていたのだが、目的地が同じであれば、そうはいかない。
 相手は美術館。
 彼らは確実に入り口で足止めを食らうだろう。
 一方の自分はと言えば正式な依頼を受けての入館であるから、そこはスルーに近い。
 かくして、彼らはシュラインの予想通りに美術館前で足を止めて困惑顔。
 やはり目的は同じようだ。
 シュラインは入り口前の警備員に声を掛けて入館を許可された後、後方の二人に手招きする。
「彼らも協力者なの、一緒に入れてね」
 警備員に向かって告げる彼女に、青年二人は目を瞬かせて驚きを露にした。


 ■

「ありがとうございます。入館を許して頂けて助かりました、――シュラインさんとお呼びしても?」
「ええ」
 正面玄関を抜け、問題の中庭へと続く廊下を歩きながら緑光(みどり・ひかる)と名乗った栗色の髪の青年が笑顔で話し掛けて来る。
 一方の漆黒の髪の青年は影見河夕(かげみ・かわゆ)と名乗り、口数少ないながらも入館を認めさせてくれたことに礼を告げ、いまは並んで歩く二人の会話を黙って聞いていた。
 どうやら色々と不器用らしい青年は、自分たちの事情等の説明は光に一任しているようだ。
「僕達の探している物が同一だと気付いて下さったのは何故でしょう?」
「悪いとは思ったんだけれど、同じ方向に歩いていたら貴方達の会話が聞こえてしまって」
「そうでしたか。お恥ずかしい話を聞かれてしまったようですが…、おかげでシュラインさんにお逢い出来たのですから“旅の恥は掻き捨て”と言ったところでしょうか」
「ということは、東京には最近?」
「ええ。少々、気になる事件を耳にしましてね」
 そう前置きして光が語ったのは、ここ最近、東京を中心に頻発している失踪事件の概要だった。
 前以て得ていた情報から、靄状の黒い物体――自分たちの宿敵である“闇の魔物”の関与を確信した彼らはここを訪れたのだが、実際に立った土地は、正に魔都。
 多種多様な者達が共存する、この世に在ってこの世とは思えない世界だった。
 それ故に彼らが追う魔物も従来の姿から変化し、気配を追うにも弊害が多すぎて見失う。
 いよいよ万策尽きたかというところで発見したのが今回の魔物だったようだ。
「これも、追っている本体に比べれば僅かなものでしかありませんが、この魔物を滅っせるのは僕達、狩人だけですから」
 大小に拘り見過ごすわけにはいかないのだと光は続けた。
 シュラインは聞き返す。
「その魔物を倒せるのは、本当に貴方達だけなの?」
「それが僕達の存在意義です」
 もっとも魔物を倒せる味方が増えてくれれば助かるけれどと笑う青年に、シュラインも納得する。
 存在意義と言い切るからには、それだけの歴史が彼らの一族にはあるということなのだろう。
 更に質問を重ねようとして、だが不意に河夕の目付きが変わる。
「…あれか」
 低い呟きの先にあるのは、立ち入りを禁じる鎖の向こうで孤独に佇む天使の、問題の彫刻だ。
 それに纏わり付く黒い靄。
「やはり変化しているな…人間に憑くはずのものが彫刻に憑くとは…」
「この感じは、彫刻に残っていた人の思念…製作者の欲望といったものに憑いたというところでしょうか」
 狩人達が言葉を交わし、どう変化しようとも彼らの敵に違いないと確かめ合う。
「闇の魔物に間違いないの?」
「ええ」
 青年達の話す通り、あの魔物に対抗出来るのが彼らの能力だけならば、ここは手を出さず彼らに任せるのが最良と判断した。
 スッ…と後ろに下がることで彼らに任せる意を伝え、にっこりと微笑む。
「器物破損だけは気をつけて」
「…やはり壊すのはマズイか」
「美術品ですからねぇ」
 三者三様の表情で交わされる言葉。
 河夕が軽い息を吐く。
「光、結界を。俺がやる」
「承知しました」
 そうして動き始めた彼らの一挙手一投足を、シュラインは黙って見つめ、記憶していく。
 彼女から特に距離を取るわけでもなく、空に広げられた光の手の平が、いつしか夏の木々を思わせる深緑色の輝きを帯び始めた。
 それは次第に深みを増して宙を舞い、問題の彫刻周辺に螺旋を描く。
 更に、それらを黙って見ているように思われた河夕の手には日本刀が握られていた。
 鞘から抜かれた刀身が帯びるのは白銀の輝き。
(能力の具現化…)
 現実の物ではない。
 力を武器に変え、凝縮させた能力で日本刀を象らせているのだ。
(刀で狩るのは彼個人のものなのか…)
 それとも、一族が独自の剣技を代々伝えているのか。
 どちらにせよ、その輝きを美しいと感じた。
 深緑も、白銀も。
 決して悪しきものではないと確信させる光りだ。
「どうぞ、河夕さん」
 結界を張り終え、彫刻を深緑色の光帯に包んだ青年が声を掛けると、河夕はその間近、彫刻に手の届く位置まで歩み寄り、足元の地面に刀を突き刺す。
「…頼むから壊れるなよ」
 どこか情けなくも取れる言葉。
「壊れたら潔く弁償しましょう。補修は僕が請け負いますよ」
 苦笑交じりに光が言う。
 そうして、一瞬の能力の解放。
「………っ!」
 深緑の向こうに白銀の輝き。
 吹き抜け、シュラインの髪を揺らした風には春のような温もり。
 それはほんのわずかな時間でしかなかったけれど、疑いようも無い。
 魔物は滅せられた。
 後に残るのは歴史を語る美しい天使の像、ただそれだけだった。


 ■

 すっかり穢れの祓われた彫刻を前に狩人は語る。
 この彫刻に魅入られて生気を吸い取られていた人間も、根源が絶たれたいま、時間が経てば意識を回復させるだろうということ。
 自分達が結界を張って行くから新たな魔物が侵入して来る心配もないだろうと。
「お疲れさま」
 微笑みかけたシュラインは、同時に一枚の名刺を差し出した。
「これは…貴女の? 草間興信所?」
「あんた、探偵なのか」
 光がそれを受け取り、驚いたように問い掛けて来たのは河夕。
「私の肩書きなら一応は事務員なんだけれど」
 思うところがあって笑いを滲ませる彼女に、狩人達は不思議そうな顔をする。
「怪奇現象の情報には事欠かないの。もし今回のように、貴方達の追う魔物が関わっていると思われる依頼が入った場合にはお知らせするわ」
「本当ですか?」
「ええ。だから貴方の連絡先も教えてね」
 驚きと嬉しさを併せた声に笑い返す。
「あとは…そうね、アトラスとゴーストネットOFF…」
 呟きながら、鞄に入れてあったメモ用紙にそれらの名前やアドレスなどの必要事項を手早く記載し、やはり光に手渡した。
「ここの編集長や、サイト管理者が注目している事案は特に要チェックね」
「こんな貴重な情報まで…何から何まで、ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう」
 おかげさまで今回の依頼は恙無く完了した、そういう思いを込めた感謝の言葉だった。


 そうして連絡先を交換し合って狩人達と別れたシュラインだったが、後になって依頼料のことを考えた。
 今回の事件が解決したのは彼らのおかげなのだが――。
「…ま、いいでしょう」
 楽しげに肩を竦めて、帰路を行く。
 それについては所長の草間と相談しよう。
 彼らのことも話さなければ。
 恐らく狩人と再会する日はそう遠くない。
 シュラインは、晩夏の青空を仰ぎながら密かにそう予感するのだった。




 ―了―

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■ 登場人物 ■
・0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/


■ ライター通信 ■
こんにちは、今回は狩人達との縁を結んでいただき、ありがとうございます。
今回の物語は如何でしたでしょうか。
精密なプレイングに筆もはかどり、仕上がりまでの時間は過去最短記録となったように思います。今後は「草間興信所」にもお邪魔することになると思いますので、その時にはまた声をお掛け頂ければ幸いです。

リテイク等、なにかございましたら何なりとお申し立て下さい。誠心誠意、対応させて頂きます。
狩人達と再びお逢い出来ます事を願って――。


月原みなみ拝

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