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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―cinci―



「どんな敵だったんですか?」
 戻って来たハルに対して、アリス・ルシファールは言った。
 ハルはこちらを一瞥するや、嘆息する。
「適合者……感染しても自我が残った者でした」
「…………」
「それだけですが」
「それだけ……なんですか?」
 きょとんとするアリスを、ハルは見つめた。
「他に何が知りたいというので?」
「なんだかいつもと様子が違うと……少し思ったので、気になったものですから」
「いつもと同じですよ」
 彼はそう言ってから姿を消した。本に戻ったのだろう。



 約一ヶ月後――

 再びハルがアリスの前に姿を現した。
 彼は眉をひそめている。
「どうしました?」
 尋ねるアリスの前で、彼は軽く嘆息した。
「敵が消えました。気配が感じられません」
「え?」
 きょとんとするアリスを見て、彼は再び困ったように眉をさげた。
「『知覚範囲』と言うべきでしょうが……感知できる範囲内に敵が出現すれば、私には敵の所在地がだいたいどの辺りか推測できるのです」
「それは……敵も、同様なのでしょうか? 敵にハルのことを知られているからという可能性は?」
「可能性はありますが、確率は低いでしょう」
「そう……」
 アリスはふぅんと呟く。
 自分が本を扱えないせいか、知らないことが多すぎるのだ。
「ハルの知覚範囲はどれくらいなのですか? どの辺りまで感知できます?」
「……言いたくありません」
「どうしてですか?」
「知っても意味のないものだからです。
 それを知ってどうするのですか」
 かなりの広範囲であろうことは予測がつくが、ハルがアリスに言いたくないと拒否をするのは珍しかった。
「敵が、ハルの知覚範囲外にいるとするなら、外の不自然な事故や事件を追えばいいと思うんですけど。発生地点に偏りがあれば、そこが敵の活動範囲と推測できますし。そうなると、こちらが動いてハルの知覚範囲に入れば敵の所在がつかめるかなぁと思いまして」
「なるほど」
 軽く頷いたハルは人差し指を立てる。
「まず一つ。知覚範囲で感知した敵を逃がすことは、ダイスにはありません」
「え? そうなんですか?」
「獲物に狙いを定めたら、追うのがハンターです。
 そして二つ目」
 中指を立てる。
「範囲外はかなり広いですよ、ミス。それこそ世界地図が必要ですね。範囲外の事件を全て当たっていたら、一生かかっても敵を見つけられません」
「う……」
「三つ目」
 と、今度は薬指を立てる。
「事件の発生地点に偏りがある、というのは……まぁあるでしょうが、発生地点など、多く存在しません」
「なぜです?」
「敵が出現した時点で私は退治に向かいます。放置など、しません」
 潜伏する犯人とは違う。
 犯罪を何度も犯す者とは違う。
 見つけたら即座に破壊に向かうのだ。
 時間をかけることはしない。それはハルが表に出ていられる時間が限られているせいだ。
 そもそも敵を感知した時点でハルは目覚める。アリスがあれこれと調べ物をしている時間はほぼ無駄ということだ。出現してからが、本番。そこから調べるのは時間がかかる。
 短い時間の間にハルは敵を探り、追い、破壊するのが役目なのだ。悠長なことを言ってはいられないのである。
「……今回の敵は」
 ハルは淡々と、言う。
「気配を隠すのが非常に上手いか……と、いうところでしょうか」
 思案するような彼の言葉にアリスは肩を落とす。彼と契約してから、自分は役に立った試しがない。
 アリスは立ち上がる。
「とりあえず、知覚範囲に引っかかるかもしれませんし、出向いてみません?」
「そうするつもりですが」
「じゃあ行きましょう」
「……ミスはここに居てください」
「一緒に行きます」
 役に立ちたい。
 彼のために懸命になる自分のことを、アリスはわかっていた。これはきっと。
(私は彼のことが『好き』なんだと……思います)
 だから彼にこちらを向いて欲しい。必要とされたい。
 だが――。
「いいえ。ここに居てください」
 彼は拒否した。
「足手まといになるからですか?」
「そうです」
「でも、役に立つかもしれませんよ?」
「立ちません」
 さらりと彼は言い放つ。これにはアリスもショックを受けた。面と向かって言われたのは初めてだからだ。
「落ち込まないでください、ミス。ですが、あなたはわかっていません。
 役立つとか、立たないの問題ではないのです。あなたは本を扱えないのですから、ここに居た方が安全なのです」
「でもハルは危険なのに」
「あなたがくれば、私の成功率が落ちます」
 はっきりと言われた。
 アリスはしょんぼりする。
 どうにかしたくても、それをできるほどの能力がないのだ、自分には。背伸びをしているだけでは、決して届かない。どうにもできない、その場所。
「だから、ここに居てください」
 信じてくれとも言わない。戻ってくるとも言わない。
 彼はこれが義務だから動いているにすぎない。やらなければならないから、しているに過ぎないのだ。



 建物の上を跳躍しながらハルは顔をしかめる。
(気配を消した……。最悪な予想が当たらなければいいのですが)
 場合によっては最悪を想定しなければならない。だとすれば……。
 不安が胸に掠めた。

「ここ……ですか」
 ハルは広い公園を見回した。本の中で感じたのはこの辺りのはずだ。
 残滓を感じる。
 ついさっきまでは確かにここに居たはずだ。なのになぜ居ない? 移動したのか?
 ……ハルは息を呑んだ。
 暗闇からこちらを見ている者がいる。それがナニかを、理解した。
 こんなところで、と正直思う。どうしてこんな時に、とも思う。そして…………自分の予想が、最悪の予想が当たったのを理解した。
「ねえ、どうしてそんなに弱ってるの?」
 闇の中から軽く声をかけられた。ハルは周囲を警戒しながらうかがう。
「当ててみせましょうか?」
「隠れていないで出てくればいいでしょう」
 静かに言うと、公園に植えられていた木々の間から女が出てきた。
 紫色の長い髪に、漆黒のイブニングドレス。ドレスが彼女の妖艶な肉体のラインを浮き彫りにしていた。深いスリットから彼女の長い脚が覗いている。
 彼女は軽く片手を挙げた。
「はぁい。コンバンワ。
 そんなに睨まなくても、今のあたしは攻撃する気はないから」
「……それを信用しろとでも?」
「あたしはなくても、あたしのご主人様はそうは思わないかもしれないわね」
 薄く笑う女は顎に軽く指を当てる。その仕草がかなりサマになっていた。
「先月、あんたを見たわよ。敵を倒した後だったけど」
「…………覗き見とは悪趣味な」
「誤解しないでよね。あたしはあたしで仕事をしてたんだから。たまたまあんたが目に入った。それだけのことよ。
 ……今日もだけど、本の所持者はどうしたの?」
「あなたに関係ありません」
「ふふっ。あぁそう。わざと隠してるってこと? だけど、それもいつまでもつかわかんないでしょ?
 なんで一人で行動するの? そんなに弱ってるのは、所持者のせいなんでしょ?」
「私の落ち度です」
「ふぅん。今のは所持者を庇った言葉じゃないわね? 自分のミスだから、所持者には関係ないってこと?
 あたしから言わせればあんたのご主人様はクズね。ここに居ないってことは、本とシンクロすらできてないってことでしょ。違う?」
「あなたには」
 ハルの声が尖った。
「関係ありません」
「……主をバカにされて怒ったって風じゃないわね。露骨にこういうこと言われるのがキライってタイプか。ごめんねぇ、耳を汚しちゃって」
「…………」
「ヌルいことしてないでさっさと契約破棄して捨てたほうがいいんじゃない? これ、最後の忠告」
「最後……?」
「あたしの愛しい主人が帰ってきたみたい」
 女の言葉に、ハルは振り向く。
 16、7歳くらいの少年が立っている。どこにでもいる、平均的な顔立ちと身長。眼鏡をかけている彼は、性格からか、きっちりと衣服を着ていた。ラフな印象は一切受けない。
(まずい……)
 ハルは本気で冷汗をかいた。これは危険な状況だ。逃げるというのは無理だ。自分よりはこの女のほうが疾いだろう。
 なら。
(……できるだけ体を護るように力を尽くさねば……!)
 少年はハルを眺め、言う。
「みすぼらしいダイスだ」
「どうする? タカシ」
「無益なことはしない主義だ。今日はもう敵を破壊したし、回復するために戻って睡眠をとったほうがいいと思うんだが」
「ええ〜! でもまぁ、タカシがそう言うなら」
「……だが、警告は必要だな」
「警告……。いやぁん、タカシって親切なのね!」
 女は少年に対して嬉しそうにくねくねと体を動かした。だが少年はそちらに構わず冷静にハルを見ている。
「そうじゃない。情報はあればあるほどいい。マディ、このダイスがどれほどの状態か、調べてくれ」
「ねえねえ、ご褒美くれる? だって今日はもう戦っててへろへろなんだもん」
「……何がいいんだ」
「じゃあすんごい『ちゅー』してくれる?」
「してやる」
 さらりと、なんでもないことのように少年は言った。表情は一切変わっていないのが恐ろしかった。
 少年よりも外見年齢も身長も高い女、マディは、うっすらと残忍な笑みを浮かべる。
「じゃ、ご褒美のためにやろうっと」
 気軽に言ってはいるが、目は本気だ。
 無表情の少年の瞳も、本気だった。あの瞳を自分は何度も見ている。自分の前の主たちも、ああいう目をしていたのだ。



 次に視界に入ったら容赦しない。
 タカシと呼ばれていたあの少年にそう言われてから数時間後、ハルはアリスのもとに戻って来た。散々な姿で。
 いつもきっちり着ている燕尾服がズタズタにされ、肌が痣だらけになっていた。殴られた痕跡があちこちにある。
「ど、どうしたんです、これは……!」
「……負けただけです」
「負けたって……敵に?」
「…………疲れたので戻ります」
 喋るのを拒否したハルは消えてしまった。
 アリスはダイス・バイブルを開いて見る。傷だらけの彼の姿が描かれている。
 一体どうして彼はこんな姿に……。やはりついて行けば良かったのだろうか?
 アリスは困惑し、本を閉じた。彼がこうなっても、自分には成すすべはないのだから。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6047/アリス・ルシファール(ありす・るしふぁーる)/女/13/時空管理維持局特殊執務官・魔操の奏者】

NPC
【ハル=セイチョウ(はる=せいちょう)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、アリス様。ライターのともやいずみです。
 ハルは相変わらずあまり心を開いていないようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!