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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―cinci―



 アリサのためにと色々と手を尽くして情報を集めているのだが、うまくいかない。
 そんな自分に消沈気味なのは、仕方ないことだ。以前の自分からでは考えられない状況だ。
(コレが……これが人間というもの……?)
 人間でも色々いるけれども、魅月姫はそもそも人間ではない。元の基準が違うのだ。
 溜息をつく魅月姫は、目の前のテーブルに頬杖をつく。
 そもそも魅月姫はアリサとの意思疎通がまずない。
 彼女は敵の気配を感じると本から出てきて、敵を退治すると本に戻るだけ。魅月姫との会話などどうでもいいことのようだった。
(これまではアリサの戦った敵のことを聞くことはなかったですけど、少し気になりますから……訊いてみましょうか)
 答えてくれるだろうか……。
 魅月姫は彼女のためにと色々動いてきたつもりだが、それは完全に一方通行だ。アリサはこちらに一切心を開いてくれないし、会話もする気もない。
 最初の出会いからしてマズかったのだ。いつもの調子で接したため、アリサに不快感を抱かせた。
 今から考えれば、突然出会ったそんな相手に対してダイスが忠誠心を持つことなどない。
 突如目の前の空間からアリサが出現した。そのまま彼女は着地する。
「敵です」
 そう呟くアリサに、魅月姫は姿勢を正して尋ねた。
「少し、質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「アリサが戦った敵のことを知りたいのですが……」
「多種多様です」
 さらりと言われてしまう。
「ダイス・バイブルに載っているものが、ワタシが戦った相手です」
「……何か、印象に残った敵などは?」
「さあ、忘れました」
 どうでもいいという口調のアリサであった。それより、と彼女は言う。
「敵の気配を感じましたが、消えました」
「? どういうことです?」
「感知したのですが、消えたのです。隠れた……のかもしれません」
「…………それは、アリサの感じる範囲の外に出たということですか?」
「違います」
 はっきりと否定されてしまう。魅月姫は顎に手を遣って悩んだ。
「でも、アリサは感知できる範囲がある、のでしょう? まさか東京全土、日本全土というわけにはいかないですから」
「それは当然です。ワタシには敵の気配を感じる範囲が決定されています」
「感知できるレンジ外に潜まれるとこちらが後手に回るのでは……? アリサの知覚できる範囲を有効にできれば……」
「……そんな方法があるのですか」
「………………」
 考え込むが……考え込んだだけだ。思いつかない。
 考えるだけは簡単だ。どうしよう、と悩めばいい。アイデアが浮かばないのだからどうしようもなかった。
 アリサが目を細めた。
「考えついたら教えてください」
「……そうですね。
 あと……前に『テキゴウシャ』とか言っていましたよね? あれはなんのことです?」
「『敵』になる……まぁウィルスと相性のいい者のことです。自我を持ったまま活動できる者ですね」
「その適合者というのは、元の人格に影響されます?」
「そんなことは知りません」
 意地悪で言われているのかと思ってしまうほど、アリサの声は淡々として、まるで刃のようだった。
 魅月姫の戸惑った視線を受けて、アリサはやれやれという仕草でつけ加える。
「ワタシは敵の統計をとっているわけではありません。ワタシは出会った敵を片っ端から破壊しているだけなのです。敵の事情や、敵と成る前のことなど知るわけがないでしょう」
 そう言われればその通りだ。アリサに客観的な意見を求めるなら応えてくれるだろうが、正確な答えは期待してはならないということだろう。
 もしも元の人格に影響されるのなら、それに起因する事象が起こっていそうだ。そこから調べれば何かわかるかと思ったのだが……。
「その適合者との戦いだと、駆け引きに持ち込まれる可能性もありそうですが」
「駆け引きなど応じません。感染者は破壊するのみ」
 問答無用のようだ。
 魅月姫は嘆息する。
「なんだか色々と煮詰まりますね」
「…………」
「アリサ、敵を感じたらすぐに教えてもらえますか?」
「なぜです?」
 彼女が片眉をあげてこちらをうかがってきた。
「感知した場所をチェックして、敵の行動を抑えつつ、こちらも動き、相手との位置を詰めようと思いますから」
「……行動を抑えるとは?」
「は?」
「具体的に言ってください。ミスがしてくれるのですか?」
 それは……。
 魅月姫は言葉に詰まる。言うのは簡単だが、それができるわけではない。
「ワタシが感知した時にはすでに遅いのですけど……。後手に回ってばかりですよ、ダイスは。
 そもそも、今のはワタシ一人で動くことを想定してですか? あなたのことまで面倒みきれませんよ、ワタシは」
「…………」
「あなたにいちいち言うよりも、一人で動いたほうが早いですね」
 冷静に言ってくるアリサに悪意はない。ただ魅月姫の考えの浅さを指摘しているだけだ。
 ああしたい、こうしたい。ああすればいい、こうすればいい。考え、言うだけなら誰でもできる。今の魅月姫でもだ。
「……じゃあもう一つ。ダイス・バイブルやストリゴイの起源が気になります」
 その言葉にアリサはさらに目を細める。
「そうですか」
 だから? と言わんばかりの態度で、彼女は教えてはくれなかった。そして彼女は夜の中、敵を探しに出ていってしまった。



 建物の上を跳躍しながらアリサは顔をしかめる。
(気配を消した……。最悪な予想が当たらなければいいですが)
 場合によっては最悪を想定しなければならない。だとすれば……。
 不安が胸に掠めた。

「ここ……ですか」
 アリサは広い公園を見回した。本の中で感じたのはこの辺りのはずだ。
 残滓を感じる。
 ついさっきまでは確かにここに居たはずだ。なのになぜ居ない? 移動したのか?
 ……アリサは息を呑んだ。
 暗闇からこちらを見ている者がいる。それがナニかを、理解した。
 こんなところで、と正直思う。どうしてこんな時に、とも思う。そして…………自分の予想が、最悪の予想が当たったのを理解した。
「なあ、なんでそんなに弱ってるんだ?」
 闇の中から軽く声をかけられた。アリサは周囲を警戒しながらうかがう。
「当ててみせようか?」
「隠れていないで出てくればいいでしょう」
 静かに言うと、公園に植えられていた木々の間から男が出てきた。
 長い黒髪は地面に届いている。いや、地面に少し広がっている。褐色の肌の、外見が二十歳前後の青年だ。黒の拘束衣というのが不気味ではあるが、似合っている。
 前髪さえも長いためか、目がこちらからは見えない。顔もほとんど隠れたようになっている。
「そんなツンツンすんなよ。今のオレはあんたを攻撃する気はねぇからよ」
「……それを信用しろとでも?」
「オレはなくても、オレの相棒はそうは思わないかもしれねぇな」
 薄く笑う男は顎を軽くあげた。腕が固定されて動かせないためか、顎で示したらしい。
「先月、おまえさんを見たぜ。敵をぶっ倒した後だったがね」
「…………覗き見とは悪趣味な」
「おいおい、誤解すんなよ? オレはオレで仕事してたんだ。たまたまおまえが目に入った。それだけのことさ。
 ……今日もだが、本の所持者はどうした?」
「あなたに関係ありません」
「ふふっ。あぁそう。わざと隠してるってことか。だがよぉ、それもいつまでもつかわかんねーだろ?
 なぜ一人で行動する? そんなに弱ってるのは、所持者のせいなんだろ?」
「ワタシの落ち度です」
「今のは所持者を庇った言葉じゃねぇな? 自分のミスだから、所持者には関係ねぇってことか?
 だが、オレから言わせればおまえの主はクソだな。ここに居ないってことは、本とシンクロすらできてねぇってことだろ。暢気に生活してるんじゃねえのか?」
「あなたには」
 アリサの声が尖った。
「関係ありません」
「……主をバカにされて怒ったって風じゃねえな。露骨にこういうこと言われるのがキライってタイプか。すまんね、耳を汚しちまって」
「…………」
「ヌルいことしてねぇでさっさと契約破棄して捨てたほうが身のためだぜ? これ、最後の忠告な」
「最後……?」
「オレの愛しい主人が帰ってきたぜ」
 男の言葉に、アリサは振り向く。
 17歳くらいの少女が立っている。派手に染めている髪を少しだけ結んでツインテールにしている。
 赤のチェックの短いスカートを穿き、じゃらじゃらとアクセサリーをつけている。パッと見た感じはパンクファッションだ。化粧は派手ではないので、幼さが強く残っていた。
(まずい……)
 アリサは本気で冷汗をかいた。これは危険な状況だ。逃げるというのは無理だ。自分よりはこの男のほうが疾いだろう。
 なら。
(……できるだけ体を護るように力を尽くさねば……!)
 少女はアリサを眺め、言う。
「みすぼらしいダイスね」
「どうする? マチ」
「なんか目障りだしね……。今のこのダイスがどれくらいかってのも、ちょっと見たみたいカモ。
 タギのほうはどう? まだ戦えるっしょ、かろうじて」
「まあな」
「じゃ、お願い、タギ」
 にっこりと微笑むマチはついでとばかりに男に投げキッスをする。
「帰ったら早くベッド入ろうよ〜。あたし疲れちゃったぁ」
「へいへい。優しく相手をさせていただきますよ、マチ」
 ふざけた会話だ、とアリサは思う。だが二人とも本気だ。
 薄く笑う少女の瞳は、本気だった。あの瞳を自分は何度も見ている。自分の前の主たちも、ああいう目をしていたのだ。



 ズタボロの姿で戻って来たアリサを、魅月姫は驚いて迎えた。
「どうしたんです?」
「…………」
 関係ないとばかりにアリサは口を堅く閉じている。瞼を閉じ、重い口調で一言。
「負けただけですよ」
 と呟くや、姿を消した。ここまで戻ってくるのもかなり辛かったのだ。もういい加減うんざりだという態度で、アリサは本に戻った。魅月姫に、何が起こったのか告げることもなく。
 一人ぽつんと部屋に居る魅月姫は混乱するばかりだ。何があったのかわからない。敵に負けたのか? アリサが? それすらわからない……。
 わからないのだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4682/黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)/女/999/吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒榊様。ライターのともやいずみです。
 あまりアリサは心を開いていない様子です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!