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動き出した運命Vol.2 交差する運命
男は、その企業に勤めるただの社員だった。
愚かな人間というのは、こういう時自らが愚かであると証明してしまう。彼もまたその例に漏れず、好奇心を抑えられなかった。
灯が点いている会議室のドアの前に立ち、そっと聞き耳を立ててしまったのだ。
「確かに能力は上がってきていますな。失敗作とはいえ、あそこまでの能力を開眼できたのは初でしょう」
「研究者として、実に心踊る素材ですな」
「しかし、今のままでは逃亡の可能性が」
「帰巣本能が上手く働けば、何もせずとも我らの所に戻ってくるのでは?」
「ですが期待はできません。ここらで一度、直接的なアクションを仕掛けるべきかと」
男が何の話だろうかと首を擡げた瞬間、彼の額を熱い何かが貫いた。
こうして、男は死んだ。その死は事故死として扱われた。
人の繋がりは時として予想もつかぬ方向へ物語を導く。
事故死という形で片付けられた友人の死に疑問を抱いた人物がいた。
その人物は、真相を究明するために、ゴーストネットOFFに友人の真の死因調査を依頼するスレッドを立てたのだった。
それが、霊鬼兵達の物語と重なる事になるとは、誰が想像したであろうか。
アリス・ルシファールは暁美から聞いた話を元に、現在の状況を整理していた。
(天宮暁美さんを創った『組織』)
(一応表向きは企業だけど、その実体は死の商人)
(暁美さんはそこで開発されていた霊鬼兵の試作型の一人)
(運よく施設から逃げ出せた彼女は、とある街で学生として暮らしを始めた)
(それから組織の追手が来たのは一度だけ)
(組織には暁美さんの発展型が開発されていて、実戦配備の段階まで進んでいる)
(なのに暁美さんを捕獲した、という事はそうするだけのメリットがあるという事)
(そして現在、初音さんと暁美さんは敵拠点に乗り込もうとしている)
(…流石に、不味いですよね)
殴りこむというのは、得策ではない。だけど、このまま何もしないというのは状況の解決にならない。
けどそれ以前に暁美の能力をなんとかしなければならない。このまま例え組織の壊滅に成功したとしても、彼女の心は救われない。
だから、アリスは一旦彼女達と別れる事にした。局へ戻り、そこに眠る莫大な情報から暁美の能力の解析を行えば、彼女を救えるのではないかと考えたのだ。
無論二人の霊鬼兵をほったらかしにはしない。サーヴァント数体を彼女達の傍に配置し、異常事態が起きても対処できるようにした。
異常事態。彼女達には動かぬように言っておいたが、ただ言葉だけでは安心できない。特に、妙に乗り気な不動初音が頭から離れなかった。
局に戻るとまずは症状から推測されるデータの検索を行う。
膨大なデータの中には、暁美と似た能力が引き起こした事件が幾つか記録されていた。
その全てを見終えた時、アリスの顔はしかし、暗澹たる後悔に包まれていた。それらは全て、最悪の結末しか迎える事ができなかったのだ。
無論、前例がそうだからといって今回も同じだとは限らない。
今見たデータはあくまで能力だけの事で、実際の所、本格的な解析を行わなければわからない。
また、例え今までと同じケースであったとしても、前例があると言う事は、同じ轡を踏まなければいいだけでもある。
そう頭を切り替えると、アリスは今までに得たデータから、暁美の能力の解析を試みた。
解析が無事開始されるとふぅ、と天を仰ぐ。後は解析が終了するまで待てばいい。時間にして十分弱という所か。
解析が完了して、もしどうにかできるものならば、どうにかしたい。
思いを巡らし、解析完了までの時間潰しとして習慣にもなっているゴーストネットOFFのチェックを始めた。
そして、アリスはそのスレを発見した。
執務官としてのカンというか、霊感というものが働いたのだろうか。
とにかく、アリスはそのスレに引き付けられた。
依頼内容を読み終えるや否やスレ本文に記載されている主のアドレスに、調査メールを送ってみる。
返信は五分と経たずに来た。
早速、スレを読んで気になった事を全て尋ねてみる。
成程、相手は教養のある人物のようで、アリスの質問に事細かに答えてくれた。
曰く、友人はどこか抜けている所があるが、事故に巻き込まれるような人間ではない。
友人の勤務先は製薬会社で、そこそこ有名な企業であるが、黒い噂が絶えない会社である。
友人の家族は息子の死体を見る事はできなかった。家族がそれを知った時には、既に火葬済みであったのだ。
同僚が死んだというのに、葬式には社員が一人も来なかった。
検死を行った病院は企業の息の掛かった病院で、何かあったとしても、隠蔽されると見て間違いない。
病院の名を読んだ時、アリスの脳髄を何かが掠めた。
「病院?」
(そういえば、暁美さんが脱走した研究所も、表向きは病院だった)
(確か、名前は…)
聞いた話では、暁美は自分のいた施設の名を知らない。
だが脱走して保護されるまでに経過した日数、及び彼女の身体的能力から、今ではおおよその検討はついていた。
(病院…)
アリスの頭の中で何かが繋がった。
しかし、それだけで決め付けるのはよくない。推測だけで物事を図るのは、愚か者のする事だ。
だから、直接現場に赴いて確信を得なければならない。
何より、受けた依頼はこなさなければならない。
解析結果から暁美の能力を抑制するアンプルが作れると判明すると、すぐ様その作成をマシンに命じ、警護を行うサーヴァント達にそのまま任務を継続するよう伝えると、アリスは『アンジェラ』と共にへの潜入準備を始めた。
自分の警護を行うサーヴァントを眺めていた暁美は、自分を急かす初音に違和感を感じていた。
なんだろう。いつもはこんなヒトではないのに。
「早く行こう。あの人だけに任せておいては駄目」
「でも、いつ能力が発動するかわからない」
この期に及んで、暁美は乗り気ではなかった。何故だか、嫌な予感がするのだ。このまま初音と共に行くと、嫌な事が起きそうな気がする。
だから、せめてアリスが戻ってくるまでは動きたくはなかったのだ。
「そんな事しなくても、あそこに戻れば確実に元に戻れる」
「それに」
「それに?」
暁美は気付いた。初音の瞳に、赤い光が宿っている事に。
「その方が皆の為になる」
アンジェラと共に侵入作戦を開始したアリスであったが、果たしてその作戦は順調に進んでいた。
警備はザルという訳ではない。
だが企業という立場を取っている手前、露骨な警備体制を敷くことはできない。怪しまれぬ身なりと「認証される」IDカードさえあれば、侵入するのは簡単だ。
最も、流石に機密エリアともなれば話は違ってくる。一級レベルの警備が、侵入者を待ち受けている。
だがこの場合は、相手が悪すぎたのだ。
アリスは局の技術を使っていた。
現代の技術力と、様々な時空の秩序維持を目的とする管理局とでは、技術レベルに雲泥の差があるのは当然。
アリスが余程のミスをしない限り、発見は不可能。しかし、アリスがミスをするであろうか。否。エージェントであるアリスがそんなミスをする筈が無い。
故にアリスは簡単な問題集を解くように次々と重要な情報を手に入れる事ができた。
組織の名とその拠点の情報を。
主な幹部の情報を。
霊鬼兵を再現し、発展させた存在を作り出す計画を。
天宮暁美という霊鬼兵の現状も。
依頼主の友人が殺された理由も。
しかし、それは依頼主に話すのは躊躇えた。
友人が殺された理由は、組織に関する情報を聞いてしまったが為。
もし、これを依頼主に伝えた場合、依頼主の行動次第では最悪の事態もありうる。
ならば。
この事は胸にそっとしまうと企業を後にした。
局に戻ると、アリスは依頼主に完了の報告を行い、完成したアンプルをケースにしまって暁美達が待つ場所へと向かった。
戻ったアリスが見たものは、無残にも破壊されたサーヴァント達の姿だった。
驚きに包まれながらも彼らの残骸を調べたアリスを、更なる驚きが襲った。サーヴァントは皆、動いた形跡が無かった。
妙だ。直接戦闘で、しかも無抵抗でサーヴァントが敗れるというのは考えられない。となると。
脳裏に閃いたのは、入手した情報にあった「帰巣本能を生かした作戦」。
「そう言う事か!」
それが浮かんだ時には、アリスは駆け出していた。
サーヴァントには、護衛対象に危害を加えるもののみに反撃を行うよう設定してある。
ならば、護衛対象から攻撃を受けた場合は?
つまりは、そういう事なのだ。
暁美ではない。彼女にはそこまでの戦闘力は無い。ならば。
きっと前方を睨みつける。視線の先にその姿を捉えた。
天宮暁美を背負う少女。
アリスに気付いたのか、彼女は立ち止まるとゆっくりと振り向いた。
その真紅の瞳には、まるで意志の力が感じられなかったが、間違えるはずが無い。
「不動初音さん…」
「天宮暁美は私が連れて帰る」
「それが、私の任務だから」
初音がそう告げると、上空から小さなボールが落ちてきた。それは両者の間で破裂すると、強烈な閃光となってアリスの視界を奪った。光が止み、視力が戻った時、そこに初音の姿は無かった。
その場に遺されたアリスは、相手が消えた虚空を睨みつけるのだった
続く
■登場人物
【6047/アリス・ルシファール(ありす・るしふぁーる)/女性/13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】
■ライター通信
こんにちは。檀 しんじです。
今回ご参加頂き誠にありがとうございます。
今回は前中後編の中篇という事で、どこまで話を進めたらよいかわからず、このようなお話となりましたが、如何でしたでしょうか。
次回はいよいよ最終回。果たしてどのような結末を迎えるのでしょうか。
またご縁があればお願いします。
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