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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


消えていくまで



1.
投稿名:No Name

内容:
 いまから書くことは、なかなか信じてはもらえないと思います。
 けれど、これは悪戯でもなければ嘘をついているわけでもないのです。

 ある日を境に、私の身体は徐々に消えていっています。
 最初は、足の小指でした。けれど、それがいつ消えていたのか私にはわかりません。
 消えたとき、痛みがなかったのです。まるで最初からそんなものはなかったように。
 気がつけば足の小指はありませんでした。
 けれど、そのときにはさほど不安にも思わず、あってもなくても同じようなものだからと嘯いていたのです。
 その次の日、片足の指が全て消えました。
 その時点で、私は恐怖を覚えました。このままでは全て消えてしまう。
 現在、片足はすでになく、反対の足も膝から下は消えました。
 いま私に残されているのは両腕と胴体、そして頭です。
 全てが消えてしまうのは時間の問題でしょう。
 私には私が消えて悲しむものはいません。恐怖は覚えているものの、私自身このまま消えてしまうことに諦めを抱いています。
 けれど、黙ってただ消えていくだけの日々をひとりの部屋で過ごすのは寂しいのです。
 私が消えてしまうまでの数日(おそらく数日で私は消えるでしょう)ネット上で構いませんので話し相手になっていただけないでしょうか。


2.
 ありえないことが起きた!
 その投稿を見た途端、あやこの顔に含み笑いが浮かびそれが消える様子はない。
 投稿者は自分の身体が消えていっているというのに正気でいるらしい。これは奇跡だ。
「放っておく手はないわね」
 含み笑いを浮かべたまま、あやこは準備に取り掛かる。
 情報が正しいのならば男の身体は消えていっている、その身体が完全に失われたのならば男はこの世から『死亡』することになるのだろうか。
 もし、そうなのであり、尚且つ男がその状況を(投稿からでは完全には判断できないが)正気のまま受け入れ続け最後まで送ることが可能であったとしたのなら、その現象及び男の言動を克明に記録し構造の再現が可能であり他のものにも応用できるのかどうかを検証しなければならない。
 検証の結果、再現と応用が可能となればあやこにとってはしめたものだ。
 しかし、消えているという身体はいったい何処へ行ってしまっているのだろう。俗に言う四次元の世界だろうか。もしそうなら、それも検証するに値する。
「よし、これでオッケーね」
 そう言いながらあやこが準備したのは『人工無脳』と呼ばれる自動チャットプログラムを改造したものだった。
 それを載せた専用サイトアドレスを投稿者が記載していた連絡先に送信する。
 投稿者がそのアドレスを覗きに来るか、仮にサイトに入室してチャットを開始としても人工無脳だと気付いてすぐに退室してしまうかもしれないが、ひとりで最後の日までを過ごすよりはマシだと思ってくれるかもしれない。
「うまく引っかかってくれると良いんだけど」
 送信を確認した後、あやこは次の準備に取り掛かった。
 5日分の食料などの日用品、悲劇的なテーマを扱った映画やCDに本などを大量に用意し、別のサイトへ目を通す。
 自殺志願者たちが集まるサイト、そこへあやこはひとつの投稿をした──参加を募ったのだ。
 勿論、それは現実に集合するというものではない。
 ネット上に存在する架空の山小屋、集まった彼らはその中にいるという設定で会話を進めていくというものだ。
 サイトデザインにも力を入れたので、彼らも心に溜まっているものを吐き出すチャンスになるかもしれない。吐き出したものが集合して悪い結論に達しないようにアドバイスをもらう精神医も待機させている。
 消えていくという男にはこの世に対する未練がないようだ。その男の会話を聞けば『山小屋』に集まった彼らの心を癒せるかもしれない。
 当然、その過程も記録保存し、自殺防止のためのバイブルとして活用できるだろう。
「まずは、彼が乗ってくれないことには先に進めないんだけど、どうなるかしら」
 準備を整えてあやこはディスプレイを眺めながらそう呟いた。


3.
「──あれ?」
 経緯を観察していたあやこはついそう呟いた。
『山小屋』に集まった人数は思ったよりもずっと少なかったのだ。
 別サイトへの誘いという書き方が悪かったのか、書き込みの内容は自分で確認してみたが問題はないように思えたし、精神医にも確認してもらってある。
「おかしいわね……」
 目論見が外れたことにあやこは首を傾げたが、ゼロでないだけ良いかと思考を切り替えた。
 予定通り、彼らとの会話が開始される。
 彼らは様々なことを語った。
 失業、失恋、親子関係、学校、職場のトラブル……。
 他人事である話だが、あやこは真剣に彼らの話を聞き、時にはもらい涙さえも零した。
 だが、彼らにゴーストネットの投稿者の書き込みを見せた途端、その空気が変わった。
『なんの冗談?』
 ひとりがそう聞いてきた。男の話が信じられないらしい。
 確かに、現実的に考えればこんな話を真に受けろというほうが難しいかもしれない。まして、集めた彼らはそういうテーマに対し馬鹿にされることを極度に嫌っている。
『冗談じゃないわ、ほんとに彼は消えていってるのよ』
『そんなの信じられない。からかってるの?』
 淡々と書かれている文字だが書き込んでいる相手の苛立つ空気があやこには感じ取れた。
『突拍子もないことだろうけど信じてちょうだい、彼はもうじき消えるのよ。そんな彼の話を聞いてみましょうよ。そうすればきっと──』
『きっと何? カウンセリングのつもり?』
 苛立ちが敵意へと変わっていく。あやこの行動が自分たちをからかっているものだと思い始めたものが増えているようだ。
 暴言のような言葉を吐き、ひとりまたひとりと『山小屋』を退室していく。目の前に実際にいるわけではない彼らを引き止めることはあやこにはできない。
『待ってよ、痛みもなく静かにこの世界から消えていけるのよ? この現象が解析できれば……』
 その後に続く言葉を書こうとして、あやこはタイプする手を止めた。
 この現象が解析できれば安楽死に使用できる、これは特許になる、もっとわかりやすくいえば金蔓になる……それは紛れもなく最初にあの投稿を読んだときにあやこが考えたことだ。だが、そんなことを書けるわけがない。
 しかし、まるでそれを見透かしたようなメッセージが最後の在席者から放たれた。
『私たちを利用したいだけなんでしょ? 本当にいるかどうか知らないけど、そんなものに使われようとした男ってのも可哀想にね』
 違う、と弁解する間もなく、その発言者も『山小屋』から退室した。


4.
 あやこが作成したチャットルームには、あやこひとりの名だけが残った。
「……なんでこうなっちゃったのかしら」
 そう思いながら、あやこはいま言われたことを思い返していた。
 金儲けの道具としか彼らを見ていないと指摘されたようなものだったが、あやこには反論する機会もないし、またどう言い繕ったところで彼らは耳を傾けなかっただろう。
 結果的に彼らが消えていく男の話で自殺の意思をなくせば、それを防止バイブルとして本にするつもりであったし、もし彼らが決行の意思を固めたとしてもどの過程でそういう結果が導き出されたのかということを分析したレポートは発表する気だった。
 つまり、どうなったところで、あやこに必要だったのは彼らという被験者たちを使ったデータだったのだ。
 あやこ自身は違うと思っても、他の者、誰より当事者となりかけた彼らにとってあやこはそんな姿として映ったのだろう。
 消えていくという男のほうを呼んだチャットルームのほうを覗いてみた。
 男はまだ、そこにいた。
 自分が消えていくということを冷静に書いていた男、だがあやこは男に実際会ったわけではないし男の話が本当なのかどうかもわからない。
 もしかすると、先程までいた彼らを募集した自分のようにあやこが知れば不愉快な真相がそこにはあるのかもしれない。
 だが、これを読んだときあやこはこの投稿者が言っていることは真実だと思ったのだから、それを信じることにしよう。
「ま、数日には消えるんだから、付き合うのも悪くないわね」
 軽く息を吐いてから、あやこは男を招いたチャットルームの『入室』ボタンを押した。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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7061 / 藤田・あやこ / 24歳 / 女性 / 女子高生セレブ

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■         ライター通信                    ■
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藤田・あやこ様

消えていく身体の現象を検証し、尊厳死に使用するという発想には非常に驚かされ、その後に続くプレイングにも驚きました。
集合場所はネット上の架空の場所とし、その結果はあやこ様のご期待とは違うものとなったかもしれませんが、お気に召していただければ幸いです。
この度は、当依頼にご参加いただきありがとうございました。

蒼井敬 拝