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『電車は急に止まれない』
◆00
草間興信所を訪れた見習い拝み屋の藤守・誠と、その身元引受人の札師真野宮・進。彼らの依頼は、もともと誠が受けた寺八木駅の除霊を手伝って欲しいというものだった。
寺八木駅はいくつもの路線が交差する大きなターミナル駅だ。
「除霊って言っても誰か死んだ人間の霊魂じゃなくて、ああいう不特定多数が出入りする場所に溜まる、悪い気を浄化して欲しいってことだったんですけど……」
「それに失敗したのか?」
まったく。見習いだというのなら、自分の身の丈にあった依頼を受けていればいいのだ。寺八木駅に巣くう悪い気など、なかなか手強い相手だろうというのは武彦にだって想像がつく。
「や。とりあえず寺八木駅からそいつを引きはがす事には成功したんです」
「ほう」
そういえば、この前真野宮が連れてきた巫女も見かけによらず才能はあるのだったか。ならば、この少年もそれなりには仕事をこなすのかもしれない。
「――……一応は」
「待て」
ポツリ、と目を逸らしながら誠がこぼした一言を武彦は聞き逃さない。
「………………ただちょっと奴が寺八木駅の隣の央田駅に移動しちゃっただけで」
しばらく目を逸らしたままでいた誠だったが、向かいに座った武彦と隣の真野宮からの無言のプレッシャーに耐えきれなくなったのか、とうとう白状した。
「だってしょうがないじゃないですか。まさか線路に沿って電車並みの早さで移動するなんて、こっちだって予測不可能です!」
逆ギレしたように机をバンと叩く誠。
「電車並みというかその行動は電車そのものじゃないのか」
冷静に茶を啜りながら指摘するのは、その誠の身元引受人である。
「そう! そのことに気づいた俺は、自転車で先回りして央田駅の次の駅、雨井戸駅に先回りして結界を張ったんです」
なぜか胸を張る誠に気圧されて、武彦は『自転車で先回り』という大いなる矛盾に突っ込めない。代わりに頭の中に路線図を思い浮かべて一つの疑問を告げる。
「寺八木、央田、雨井戸は環状線の駅だよな」
「そうですね」
「で、雨井戸と寺八木は確か真中線でも結ばれてるんじゃなかったか?」
「そうみたいです」
「つまり雨井戸で奴を追いつめると……?」
「何と寺八木駅に逆戻り!」
「威張るんじゃねえっ!」
先刻の誠のような逆ギレではなく正当に堪忍袋の緒を切らす武彦である。
「しょうがないじゃないですかあ」
「お前、さっきもその台詞言ってただろ」
「俺、田舎から修行に出てきたんで、東京の路線図なんてまだよくわからないんですよ」
「言い訳するな!」
怒鳴りつけてから、武彦は落ち着くために煙草に火をつけた。未成年の前だろうがなんだろうがそんな事に気を遣っていられるか。
「つまり、奴は、寺八木、央田、雨井戸の三駅間を自由に移動する事が出来るんだな?」
紫煙を吸い込んだ事で少し冷静さを取り戻した武彦が、事件の概要をまとめる。
「はい」
「移動は線路に沿って?」
「そうです。駅に取り憑いているうちに、電車の影響を受けたみたいで……」
「その三駅以外の場所に移動する事は?」
「それはあり得ません。それだけは阻止しようと全力で結界張って閉じこめてますから」
「だから威張るな」
無意味に胸を張る誠の頭をはたくと、シュンと彼はしょげかえった。そうしていると格好以外は、普通の若者にしか見えない。が、見習いとはいえ彼も仕事を依頼されるほどのプロ。除霊しようとしたら逃げられました、けど閉じこめました、ただし閉じこめている範囲がちょっと広いんです、で済まされる話ではない。
「足止めするか、おびき寄せるか……いずれにせよ人手がいるわけだな」
「後は……」
「まだ何かあるのか?」
「その、依頼人の鉄道会社の意向で、除霊は終電から始発の間にしなくちゃいけないんです」
「一般人を巻き込むわけにはいけないからな」
当然とばかりに真野宮がうなずいているが、草間は簡単に同意する気にはなれなかった。
「つまり実際に動けるのは深夜から明け方にかけてだけか……」
げんなりと草間が言った。今の状況だけで既にずいぶん厄介なのに、この上更に制限が付くわけか。
「すんません、俺も出来る限りの事はしますんで」
「当たり前だ、元々お前の事件だろうが」
と、今度は隣から誠の頭を真野宮が叩く。ふとそのときに気づいたが、彼の髪はずいぶん綺麗に染められている。根本が黒くなっているという事もない。
武彦の視線に気づいたのか、誠は自分の髪に触れて言った。
「ああ、これですか? 髪の毛はおふくろの方の血が濃く出ちゃったみたいで、地毛ですよ」
「てことは、ハーフなのか?」
「いえ、クォーターです。母方のほうの祖父さんがエクソシストで――」
「待て。実家は陰陽師じゃないのか?」
「親父と親父のほうの祖父さんが代々陰陽師です」
「ばりばりのサラブレッドってわけか」
「そういう言い方は止めて下さい」
からかうような草間の言葉に誠は憮然としてしまう。おや地雷を踏んでしまったか? と慌てる武彦を目で制して、誠の頭を今度はなでるようにぽんと叩いて真野宮が言った。
「ちなみに、こいつのおふくろさんはサイコキネシス、祖母さんは霊媒師と占い師だ。――……だけど、そんなのは関係ないよな?」
普段の飄々とした口調のまま、けれど誠の頭に優しく手を置いて真野宮が問う。
「……はい。これは俺が引き受けた事件、俺の力不足が招いた事態。草間さん――どうか解決に力を貸してください」
興信所に現れてからはじめてみせる真面目な表情で、誠が頭を下げた。
未熟者の七光り能力者がより事態をややこしくした事件。しかし、その能力者自身が己の未熟さを痛感し、助けを求めている。
ならば――
「依頼料は高くつくからな」
努めて淡泊に、煙草の煙を吐き出しながら武彦は告げる。
その言葉にばっと頭を上げて、もう一度誠は深々と礼をした。
◇01
「んー……。そこまで出来るなら一人で除霊も出来そうな気もするけど」
お茶を誠と真野宮の前に置きながら、草間興信所事務員のシュライン・エマは首を傾げた。
「力押しなら確かにこいつでも不可能ではないだろうがなあ……」
その茶を美味そうに啜りながら真野宮は誠の頭を小突く。痛いよ真野宮さんと頭をおさえる誠。そんな二人の様子を見てクスクスと笑いながらシュラインは続けた。
「なるほど。ご家族が送り出したのは、藤守君に応用力を身につけて欲しいってことなのね」
肯いてシュラインは二人の向かいに座る。詳しい調書を作るのも事務員の仕事だ。シュラインは、武彦が聞いたのと同じような話を二人から聞き、時折質問を挟みながらテキパキとメモしていった。
「それにしてもすごいわね。ご両親は陰陽師と念動力者で、お祖父様お祖母さまはええと、陰陽師に霊媒師、悪魔払いと占い師……でいいのかしら?」
調書の依頼人についての欄を埋めながらシュラインは呟いた。
「別に……。たまたまそういう連中が集まって家族になったってだけですから」
途端にぶすっとしてぶっきらぼうに誠は言い捨てた。そんな子供っぽい言動を微笑ましく思いながらシュラインは調書を書き終える。
「血脈のコネを使う強かさもあると思うけれど」
「したたか? 七光りじゃなくて?」
不思議そうに誠が問う。
「そうよ。必要な時に必要な力を使う。それはズルじゃなくて強かって言うのよ」
だけど、とシュラインは誠に笑いかけた。
「修行中からそれじゃあ、人間駄目になっちゃうものね」
そしてえらいえらいと腕を伸ばして誠を褒めた。シュラインのような大人の女性と普段接する機会があまりない誠は、ふわりと香る優しい匂いと頭をなでる手の温かさにドギマギして真っ赤になってうつむいてしまう。そんなウブな見習い拝み屋を見て真野宮はため息をつく。
「誠、この人は駄目だ」
「え? 駄目って、その、俺は別に……」
「ここの所長がすごい顔でお前を睨んでるぞ」
その指摘に所長本人――草間武彦は思わずむせかえりシュラインや誠の視線も武彦へと注がれた。皆の注目を受けて居心地が悪くなったのか武彦は「あんまり子供を甘やかすなよ」と言い残して、灰皿に山盛りになった吸い殻を捨てに応接室の外へと出て行ってしまう。
残されたシュラインはまあ、と頬を押さえ、それを見れば誠にもどういうことなのかは見当がつく。
「はあ。怪奇探偵さんと美人の助手さんかあ……いいなあ」
「いいなってあのね、藤守君……」
「馬鹿言うな。お前が草間の旦那を羨むなんて百年早い」
言って再び誠を小突く真野宮。
「そんなことより目の前の仕事に集中しろ」
「はーい」
「そ、それなら――」
ようやく自分のペースを取り戻してシュラインがその場を取り繕う。
「大丈夫。武彦さんも素っ気ないふりしてるけど、頑張る人には甘いから」
だからフォローの態勢は万全だ、と彼女は笑った。
「どうしてもお家に頼りたくないって言うなら、きっと藤守君が自分で支払える額まで依頼料も値引きするって言い出すと思うわ」
「そこまでしてもらうのは……」
「金に困ってるくせに人のいいことで」
真野宮は苦笑するが、それを撤回させようとはしない。それが草間武彦のスタイルで、彼のことを一番よく知っている女性がそう言っているのだ。わざわざ厚意を踏みにじるのは野暮というものだろう。
「だから、藤守君もそのことを気兼ねしなくてもいいくらい、頑張って働いてちょうだいね」
そのシュラインの言葉に、肯く以外の選択肢は誠にはないのだった。
◆02
最終電車が発車した直後の寺八木駅に草間興信所所員とその協力者たちは集まっていた。周りはまだまだ騒々しいが、時間も時間であることだし徐々に人の波は収まっていくだろう。その点を武彦はシュラインに確認する。
「ええ。駅員さんとの交渉で、臨時の工事があることにしてもらって人払いは出来るはずよ」
これでまず一般人に被害が出ることは抑えられる。
「非常に目立ってる藤守少年の結界については、同業者に話を流して手出ししないようにしてもらったから」
そうだめ押しするのは情報請負人の風槻だ。同業者のことにまで頭が回っていなかった誠は、慌てて風槻に頭を下げる。そんな様子を零はニコニコしながら、翠は鉄面皮のまま見つめている。あやこはどっこらしょと大荷物をとりあえず地面に降ろした。
集まった面子を一通り見渡して、武彦が口火を切った。
「よし。まずは方針の確認だ」
その言葉に一番に反応したのは意外にも面倒屋の翠だった。
「藤守殿。結界の幅を狭めることは出来ますか?」
誠が全力で結界を張っていることは聞いていたが、それでは除霊も何もあったものではない。余力がどれくらい残っているのかは知っておきたかった。
「狭めるというと、ええと、こうじゃなくてこういう風になら、何とか」
そう言いながら、誠はなにやら手を使って身振り付きで説明する。最初の「こう」では両手を縦にして指先をくっつけ身体と三角形の空間を作りその三角形を小さくして見せ、次の「こう」では両の親指と人差し指を使い丸を作りやはりその丸を縮めて見せた。それを見て翠はうなずく。
「なるほど。道理ですね」
「え? え? どういうこと?」
首をかしげるあやこにむかって誠は説明する。
「線路に沿って結界を張っていると言っても、線路の上に壁のように張っているわけではないんです。そうじゃなくてむしろ線路を囲むトンネルみたいに張っているので……」
「まあ、線路に区切られた場所にも普通に人が住んでるわけだからねえ」
「はい。やつは今のところ線路沿いにしか移動していないとはいえ、追いつめて人家の方へ逃げられては困りますから」
「賢明な判断でしたね。これで敵の動きは藤守殿のてのひらの上も同然です」
抱き上げた七夜の頭をなでながら翠は言う。
「でも、俺はやつの動きを読んだり制御したりは出来ません」
しょんぼりと落とされた誠の肩をいたわるように翠はぽんと叩いてやる。
「難しく考えることはありません。結界が狭まった部分は窮屈になる。そうすれば悪霊は広い場所を求めて移動するでしょう」
「歯磨き粉のチューブみたいなものか」
と納得する武彦。確かに絞って追いつめるというのはいい案だろう。
「後もう一つ問題が。結界を制御するとなると、俺は後はほとんどそれにかかり切りになると思います。とても除霊なんて……」
結局のところ問題はそこなのだ。だから誠一人の手には負えなくなって、武彦たちにおはちが回ってきたのだから。
「消滅させるのが無理なら、送ってしまうというのは?」
そう言いだしたのはシュラインだ。
「線路に沿ってというか重ねて霊界――彼岸って言えばいいのかしら――霊が本来行くべき場所への入り口を開いておけばどうかしら? 零ちゃんの力で他の浮遊霊にもその入り口をくぐってもらえば、電車みたいな悪霊もそっちにいかなきゃって思わないかな」
「それなら結界を制御する前に仕込みをしておくことも出来るね」
風槻もそれに同調する。
「退路を断って一気に追いつめる。除霊するにしてもこの方針は変わらないだろうから、少年の負担が少ない方がいいね。どう、できそう?」
「あっちへの道を繋げてそこに追い込む……」
しばらく思案していた誠だったが、やがて覚悟を決めたように小さく肯いた。
「それなら、俺にも可能だと思います。ただ……」
「逆流のことなら安心して下さい。私が壁を作ります」
誠の懸念を読んだように零が言った。こう見えても、私力持ちなんですよ、と力こぶを作る真似をして彼女は微笑む。零の正体を誠は知らないが、その姿はとても力強く見え、また彼女が並々ならぬ力の持ち主だと言うことは薄々感じていたので、彼女に任せることにした。
「よし。大体の作戦は固まったな」
草間の言葉に一同はうなずき合った。人の姿が全て消えたら、いよいよ作戦実行だ。
◆03
入り口を開く場所は、風槻が出した路線図をよく見た結果乗り換えされる心配のない央田駅と雨井戸駅の間ということになった。現在の霊の進行方向から考えて、央田から雨井戸側に向かって追いつめていくことにする。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前・天」
むしろ静かな声で誠は印を切り終えた。手刀を納めた場所からすっと彼岸への門が開かれる。
「開きましたね」
「はい。零さん、お願いします」
「ええ、任せて下さい」
にっこりと笑って、零は門の前に力場を展開させた。これで彼岸から此岸に霊魂が舞い戻ってくることはない。
「では行きましょうか、藤守殿」
そう言って翠は七夜の背を一撫でした。するとそこには大きな黒虎が現れる。
「七夜は二人乗りできますから、どうぞ」
ふわりとその背にまたがった翠が誠に手を差し出した。女性にエスコートさせる王子様。これではまるで逆だなとその様子を見て苦笑しながら、草間は二人に手を振った。
「じゃあ、行ってこい。俺はここで見ているからな」
「羨ましい身分だな、武彦?」
「普段サボってる分お前は働け働け。どのみち俺の出る幕はもうなさそうだしな」
「そうだな。せいぜい私達が失敗した時の言い訳を考えておいてもらおうか」
おい? と声を上げる武彦を無視して翠は七夜ごと空へ浮かび上がる。連絡用に持った携帯電話からは、雨井戸駅で待機しているあやこが「やつが来たわよ!」とどこか楽しそうな声を上げているのが聞こえていた。
「……やつ、何だか既に弱ってませんか?」
雨井戸駅から結界を狭めていこうと札を用意した誠は首をひねった。
「藤田殿が色々除霊の品を用意していたようですからね。そのせいでしょう」
なるほど。確かに下を見ればあやこが嬉々として様々な除霊グッズを線路にばらまいていた。小さな札のようなもの、怨念がこもった呪詛が流れるテープ、金網に貼ってあるポスター、それから――
「――カメラ?」
それ以外のものには何とか自分の知識との折り合いをつけた誠だが、それだけは見過ごすことが出来なかった。なぜ、どうして、カメラなのか。誠の首は更に角度を深く傾げられる。
「藤田殿の深慮は後でいくらでも聞くことが出来るでしょう。それよりもやつがここを追い出されたということは、スピードを上げて追いかけますよ」
「あ、はい!」
そうして翠と誠を乗せた黒虎は雨井戸駅を後にした。線路上で二人を見送るようにあやこが手を振っている。彼女をちらりと見て、誠はほっと胸をなで下ろした。
――半裸でなくて良かった、と。
寺八木駅で待機していたのは風槻だった。管制室のモニターに目を光らせている。
「こちら、寺八木駅管制室。やつに乗り換え、逆走の気配はなし。同業者の評判通り、少年の結界の精度はなかなかのものみたいね」
「ありがとうございます!」
携帯電話から聞こえる風槻の讃辞に誠は頭を下げる。
「まだですよ、やつを追い出すまでは褒めるのも褒められるのも早すぎます」
「はい、わかっています!」
翠に叱咤されながら、誠は徐々に、しかし確実に悪霊を追いつめていく。
「……ま、あの辺が少年がまだまだなところかな」
悪霊と二人を乗せた式神の両方が無事と降りすぎたことを確認してから、風槻はそう苦笑を漏らした。
「央田駅のシュラインよ。あいつのスピード、何だかとてつもなく上がっていない?」
駅に止まろうという気配すら見せなかった。あれでは快速――いや特急並みだ。逆走の心配をするまでもない。
「それだけやつが追いつめられているということです。後少し、行きますよ」
「はいっ!」
シュラインとの連絡もそこそこに悪霊を追って通り過ぎた二人を見送って、シュラインは微笑んだ。
「なおこの列車は央田・雨井戸間であの世行きへ乗り入れいたします、ってね」
ふふっと彼女が笑う間にも、翠と誠は悪霊を追いつめている。
「来ました、兄さん!」
「おお。首尾はどうだ」
彼岸への門を守っていた霊が煙草を吹かしている武彦に報告する間にも、悪霊は入り口へと迫ってくる。
「こっちに向かって一直線です。脇目もふらない感じです」
「そうかそうか、っておおうっ!?」
武彦の目にはそれは何か黒い固まりとしか映らなかった。それが武彦の煙草を吹き飛ばし、零のスカートの裾を巻き上げながら門へと飛び込んでいく。
「こんなにでかいもんだったのか……」
「大丈夫ですよ、兄さん。この門は一方通行ですから」
目を丸くしている兄を振り向いて零は微笑んだ。
そこにやっと翠と誠が追いついてくる。
「上手くいった……?」
「どうやらそのようですね。後は――」
翠の言葉をみなまで聞くまでもなく誠は門を閉じる準備を始めている。長い長い、列車を模した悪霊が全て彼岸への門に飲み込まれたその瞬間――
「閉門」
開いた時と同じように静かな声で、印を切り終わった誠がいた。
「終わった、のか?」
目の前に降りてきた黒虎に乗った翠に武彦は聞いた。
「それは藤守殿に尋ねたらどうだ?」
珍しくも柔らかさを滲ませた声音で翠は言う。尋ねるべき相手はぐったりと七夜の背中に突っ伏していた。
「おい、どうなんだ?」
「心配ありません、兄さん。半径3km以内に質の悪い怨霊はいなくなりましたし、彼岸への入り口は完全に閉まっています」
ね、と疲労困憊の誠に変わって零がその力を使って報告する。
「お疲れ様でした、藤守さん」
「――……まだです」
零のねぎらいの言葉にようやく頭を上げて、誠が七夜の背から地面へと降り立った。ふらふらとしながらもしっかりと大地を踏みしめる。
「まだ、結界を解かなくちゃ……」
ぼそぼそと真言を唱え印を結んでいた両手を天にむかって開く。
「わあ」
「ほう」
その幻想的な光景に草間兄妹が感嘆の声を上げた。誠の手の元に、結界を張るために使われた符がまるで蝶のようにふわふわと舞い集まっているのだ。
「藤田殿、法条殿、エマ殿も今頃これを目にしているでしょう」
相変わらずの鉄面皮のまま、けれどどこかまぶしそうに翠は結界の残骸を集める若い術者を見つめている。
ふと武彦が頭上を見上げると、舞い降りる符に負けないほど輝く明けの明星の姿があった。その光は優しく、まるで戦い終わった彼らを見守っているかのようだった。
<END>
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6118/陸玖・翠(りく・みどり)/女性/23歳/面倒くさがり屋の陰陽師】
【7061/藤田・あやこ(ふじた・あやこ)/24歳/女性/女子高生セレブ】
【6235/法条・風槻(のりなが・ふつき)/女性/25歳/情報請負人】
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ライター通信
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この度は草間興信所依頼『電車は急に止まれない』にご参加いただきまことにありがとうございました。お届けが遅くなってしまったこと、深くお詫び申し上げます。
また、一部プレイングを反映しきれない部分がございました。大変申し訳ありません。
リテイクやご意見はお気軽にお申し付け下さい。
◆で始まる章が共通パート、◇で始まる章がPC様ごとのパートとなっています。
今回個別にさせてもらったのは、物語の導入部分で主に皆様当NPC藤守誠へのアドバイスや叱咤激励をして下さっています。個別パートを受けての共通パートの記述もあったりしますので、よろしければ他のPC様との違いを楽しんで頂ければ、と思います。
改めましてこんにちは、シュライン・エマ様。
いつもご参加ありがとうございます。
除霊方法の提示ばかりではなく、誠の懐具合まで心配して下さってありがとうございます。また、「コネを使う強かさ」というご意見もありがとうございました。エマ様のお言葉は飴と鞭の正しく飴ですね。とはいえ、誠はまだまだお子様ですのでそんな強かさを持った一人前の霊能力者になれる日は果てしなく遠そうではありますが……(笑)
それでは、またご縁がありましたらその時はよろしくお願いいたします。
沢渡志帆
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