コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


+ 愛、込めすぎました +



■■■■



 毎日毎日彼は手紙を書いています。
 そりゃあ、もう――――『山』になってしまったほどに!!

「ラブレター……、ですか?」

 零が手紙の山から一通取り出す。
 ピンクの洋封筒から中身を取り出すと、そこにはとても丁寧な愛の言葉が綴られている。そのあまりの思いの深さに「人様の手紙をまじまじと見てはいけないわ」と彼女は早々に手紙を元の山に仕舞い込んだ。

「手紙の相手は通勤時に見かける十六、七歳くらいの女の子なんです。背中半ばほどの黒髪をポニーテールにした先にいつも蝶々の髪飾りをつけてます。今時の女の子と言うよりも大和撫子と言う雰囲気でとても可愛らしいんです。それから胸は恐らくCカップ、腰は細くて抱きしめたら折れそうなんです。いつか抱きしめて確認したいんです。近づくと心臓が破裂しそうなのでまだ声は聞けていないんですが、きっと可愛いと思います。いつか一緒にお話してみたいんです。でも名前も電話番号もメールアドレスも住所も分からないんです。後をつけたくなったりもしましたが、必死の思いで耐えました。あとそれから」
「……ストップ。とにかく、その女の子にこのラブレターを届ければ良いんだろう?」

 放っておくといつまでも本題に入れそうにないので強制的に話を止める。
 二十代半ばの男性依頼人はぜぇはぁと荒い息をつきながら零が持ってきたお茶を煽り飲んだ。ぷはっと息を吐いた瞬間に唾と共に飛沫が飛び出す。草間武彦は額に手を当て、大きなため息を漏らした。

「いいえ、声を掛けるのも手紙を渡すのも、で、出来れば告白も自分でします! ですから」
「ですから?」
「このラブレターの処分を御願いします! なんか自分で書いた物ながら色んな邪念が篭っていて、いざ処分しようと思ったら呪われそうで怖いんです!!」
「自分でやるか寺にでも持っていけ!!」

 ずずいっとラブレターの山を草間の方へ押しやる依頼人。
 草間は自分のこめかみの筋がぴきっと音を鳴るのを、耳の奥で聞いた。



■■■■



「草間さーん……団長から……お遣いで来ました……」
「お、ミリーシャ。丁度良かった。お前も手伝え」
「……はい?」

 ミリーシャは自身が所属するサーカスの団員兼モーターアクロバットの団長から預かった封筒をそっと差し出す。草間はそれを奪い取ると、興信所の中へと彼女を招いた。ミリーシャが小首を傾げながら中へと進むと、そこには三人の男女がソファに腰掛けている。
 彼らの前には何やら封筒の山。
 その中から一通ずつ封筒を取っては中を開き、そして中の手紙を読んでは思い思いの方法で手紙を処分していた。

「いいなぁー、恋愛が出来て。私も素敵な恋したいーっ」

 三人のうちの一人、藤田あやこが指先で手紙を摘みながらふぅ……と息を吐く。
 その瞳はどこか切なそうに遠くを見つめている。彼女は白い翼のエルフ族王女に出逢い肉体を交換されてしまったという過去を持つ。その事情により恋愛や結婚など出来ないと諦めているのだ。

 ふと青年がミリーシャを見る。
 彼は三葉トヨミチ、脚本家である。長時間下を向いていたために位置がずれてしまったメガネをくっと持ち上げて直す。彼はミリーシャの姿を確認すると僅かに身体をずらし、ソファの隣をあけた。

「こんにちは、ミリーシャくん」
「……こんにちは。三葉トヨミチさん……どうして……ここに?」
「ああ、草間くんからこのラブレターの山の処分を手伝ってくれって連絡がきてね。どうしようか迷ったんだけど、脚本を書くときの参考になるかとでも思ってね」
「ラブレター……」
「処分さえ出来ればその前に読むのは自由なんだろ?」
「ああ、構わないと言ってた」
「じゃ、遠慮なく」

 トヨミチは以前自分の描く戯曲に出てくる恋愛はあまり普通でないと批評されたことある。
 ならば『普通』というものは一体どういうものなのか。
 批評した本人に直接聞いてみたい衝動に駆られたがそこはそこ。大人な対応で済ました。
 だが気になるものは気になる。だからこそ草間から連絡が入った時はいい機会だと思ったものだ。自分以外の誰かの恋愛に触れることが出来たならば、自分の書くものにもバリエーションが広がるだろうと、そう思って。

「そうなのよね。これ、ぜぇーんぶラブレターなのよね」

 あやこが両手を広げ、今にも机から溢れそうな手紙達を示す。
 ミリーシャは自分のために用意された席に腰を下ろす。団長からのお遣いはもう終わった。だから帰ってもいいのだが、今日は急いで帰るような用事もない。折角なので一通手紙を取り出し目を通してみる。そこには拙いながらも真剣な想いが綴られていた。本当に僅かではあるが「これは本当に処分していいものなのか」と戸惑う。

 だが周りを見れば読んだ先から適当にジャンル分けしたり、紙飛行機にして飛ばしてみたり、メモを取っていたりと各自勝手に『処分』している。
 ミリーシャは自分の前にある手紙の山をごそっと抜き取り、懐からライターを取り出した。自分は手紙を読むよりもさっさと燃やしてしまおうと、そう思ったのだ。念のため草間愛用の吸殻を下に敷き、他には燃え移らないようにと気を使う。
 だが、いざ火をつけようとした瞬間――――。

「ぁあああ! 燃やすのは外だ! 外でやれ!!」
「……外……」
「そう、外だ。外でなら何を焼こうが俺に迷惑が掛からないならそれでいい」
「……分かりました」

 草間がびしっと指で扉を示す。
 ミリーシャは言われた通りにしようと手紙の束を両手で抱えながら歩く。だがふと何かを思い立ったようにくるりと振り返った。長く伸びた銀色の髪の毛がふわりと弧を描く。澄んだ緑色の瞳が草間の背中をまっすぐ見ていた。

「草間さん……」
「なんだ」

 すでに他の面々の中に加わった草間はミリーシャの方を見もせず返事をする。ミリーシャはもう一度名前を呼んだ後、その小さな唇でぽそりと呟いた。

「迷惑をかけなきゃ……、何を焼いても……いいんですよね……?」
「いいぞ」

 ミリーシャはその返事を聞くと、確かめるかのようにこくんっと頷く。
 後でもう一回手紙を取りにこよう。
 背後ではなにやら草間が怒鳴り散らしているが、まずは自分のしたいことをしようと彼女は思った。


「ったく、こんなもの此処に持ち込むなって話だろうが!」
「武彦さん、これは死霊憑きでもないただの手紙の処分。割り切ってクールダウン、クールダウン」
「確かに仕事としては楽だ。だがこんな風に何でも屋扱いされるのも困るんだ」
「大丈夫よ。ね? 今、零ちゃんと一緒に冷たいお茶を入れてきたからそれでも飲んで落ち着きましょ?」
「ああ、有難う」

 草間を嗜めながらシュライン・エマは入れたばかりの麦茶を差し出す。
 心霊ごとには過剰なまでに反応する草間の態度に多少苦笑を浮かべながらエマは手紙の中から一通抜き出した。

「想いを込めて書いた物を処分するのは心が痛むけれど、良いふうに浄化出来たらいいわね」
「まあそうだな」
「ねえ、武彦さん一つだけ思うことがあるのだけど」
「ん? なんだ?」
「相手のコが中学生じゃない事を祈るわ。流石に犯罪だもの、彼女に良い返事貰えるかは別として」
「流石にそれはないだろう」
「と、思う?」
「……………………多分」

 どこか濁った返事をする草間にエマは眉を寄せながら笑った。
 あの依頼人の様子だと「もしかしたら」もありえなくない。本人は十六、七くらいだと言っていたが、今時大人びた子供は何処にでもいるものだ。女の子に声を掛けて確認すればいいだけの話だが、本人も声を掛けれずにいるし、今回はラブレターの処分依頼のみ。そこまで深入りする必要はどこにもない。

 エマは草間の隣に腰を下ろし、自身も処分を始めた。
 まずざーっと嫌な雰囲気の物とそうでない物に分別することにした。そう、中にはあるのだ、外見からして危ないものが。
 ……例えるならば呪文らしきものが一面に書き込まれた封筒、とか。
 依頼人の様子を見ると本気だということは分かるのだが、暴走しすぎた想いは恐怖をも呼ぶものだ。

「そういうものはむしろ任せてちょうだい! 私がこの魔法の蝋燭で処分してあげるわ!」

 どん、とあやこが自身の胸を叩く。
 ふふふふふと妖しげな笑みを浮かべながらいつの間に取り出したのか火のついた蝋燭に手紙を近づけ炙った。するとなにやら男の声が聞こえるではないか。

『君は僕の全てです。毎日のように君の姿を探してしまいます。
 君は僕の幸せのクローバーです。君を見るだけで僕は一日頑張ろうと思えるんです。
 君は僕の太陽です。僕を炙り焦がし灰にしてしまうのでしょう。それでもいいんです。いや、よくないですけど。
 出来たらもっと君に近づきたいです。
 今度デートしてくれませんか。いつでもいいです。いや、出来たらこの週末がいいんですけど。時間も出来たら午後五時以降を希望します。すみません、仕事が詰まってて』

 声だけだ。
 声だけ、なのだ。
 なのにどうしてだろう。
 頭をぺこぺこ下げながら懸命に謝りながらもデートの約束を押し付けている依頼人の男の姿が容易に想像出来てしまうのは。

「これは恋文なのか?」
「日記じゃないか?」
「でもそれたしか先月の日付だったような気がするわ」
「……実行出来なかったんだな」
「渡せてもこんな支離滅裂な文じゃ無理だろうね」
「ふふふ、次はどれを燃やして遊ぼうかしらーっ」

 男の妄想に機嫌を良くしたあやこは次々に手紙を燃やす。
 時にお涙頂戴ものや漫才のようなネタが溢れ、草間達はところどころ手が止まる。だが処分するべき手紙はまだまだあるのだ。もたついている場合ではないと早々に作業を進めた。

 エマは邪念を特に感じなかったものの封を開き中身を確認する。
 するとところどころぽつぽつと色が変わった手紙が出てきた。唾液だったらどうしようかと思うが、手紙の内容はいたって純粋なもの。むしろ切実な思いが詰められていた。最後の方に「泣きながら書いています」と一文があったのでこれは涙なのね、とほっと胸を撫で下ろした。

「これはこっち、と……やっぱり全て捨てるにはもったいないものね」

 真摯なものを一通だけ残し、後で依頼人に確認してもらおうと思う。
 もし可能ならば書き直して片思いの女の子に渡してみてはどうだと、そう進言するつもりで。

「ん? んんん?」
「三葉、どうした」
「三葉さん、どうしました?」

 不意にトヨミチが変な唸り声を出す。
 隣に座っていた零が大きな目をきょとんっとさせながらトヨミチの手元を覗き込んだ、が――――。

 ぐしゃり。

 手紙が無残にもトヨミチの手によって握りつぶされる。零が吃驚したように口元に手を当てた。

「いやあ、これは女性陣には読ませられないな」

 にこにこにこ。
 笑っているのに今までとは気迫が違う。その証拠に瞳が笑っていないのだ。手は勢い良くシュレッダーのように手紙を細かく破り捨てる。その力強さに血管が浮いて見えるのは気のせいじゃない。
 あやこが興味を示し細切れになった手紙を燃やそうとするが、トヨミチは素早くゴミ箱に捨てた。それこそ欠片一つも残さずに、だ。

「草間君。燃やしてしまえば良いんじゃないかな、こんなもの。エマ君や零君みたいに丁寧に分けてしまう必要なんてないよ。考えてもごらん、こんなにも素晴らしい量を書いた男なんだよ。今だってきっと書き続けているに違いない。それに必要がないから処分させているんだろうし。……ところで草間君」

 トヨミチはいい笑顔だ。
 素晴らしいと褒め称えたくなるほどいい笑顔だった。

「後でこの依頼人殴っても良いかな、同じ男として」

 だからこそその時、草間は思った。
 ――――『当たった』な、と。

「ねえ、武彦さん。武彦さんはこの手紙みたいに溢れ出るような邪な念とか篭ったりする事ある?」

 次はなんだと草間はエマの方を向く。
 彼女がこちらに向けている手紙を流し読みした…………瞬間、手紙を奪い取り、トヨミチと同様びりびりと破いて捨てた。

 その草間の行動を見たトヨミチは思った。
 二通目の『当たり』が出たのだと。

「全て燃やそう。最初からそうすればよかった。お前ら手紙を持って外に集合しろ」
「そうしよう。こんなもの資料にもならない。ああ時間の無駄だった。これなら図書館にでも行ったほうがマシだったよ」
「それじゃあ清めのお神酒を持っていくわ。零ちゃん、燃やしている時にもしかしたら邪念が外に飛んじゃうかもしれないから、怨霊に囲いをお願い出来る?」
「はい、やります」
「藤田! お前の分も持ってこい! くれぐれもそれを使って色々遊ぼうだなんて考えるんじゃないぞ」
「えええ、次はポエムにあわせて踊ろうと思ったのに!」
「却下だっ!!」

 すでにダンスの体勢に入っていたあやこを一喝すると、草間は興信所の扉に手をかけた。
 もちろん皆の両手には手紙が抱えられている。

「あ……今開けない方が……」

 扉を開くと足元からミリーシャの声が聞こえる。
 その瞬間、煙が興信所の中に一気に流れ込んできた。

「うわ、っ! げほっ、ごほ! なんだ、これは!?」
「ミリーシャちゃん、何やってたの!?」
「手紙を……焼いてました……」
「外でやれと言っただろう!?」
「外です……興信所の」

 ミリーシャはしゃがんでいるため煙には巻き込まれていない。
 彼女は木の枝らしきものを手紙の山に突っ込み、そこから何かを取り出す。ごろんごろん、と転がりながら出てきたのはアルミホイルに巻かれた細長い『何か』。
 形から言ってもアレしかない。そうアレ――――サツマイモしか。

「焼き芋……食べる?」

 無邪気な瞳が皆を見つめる。
 しっかり軍手を嵌めた手がアルミホイルを剥がして行く。よっぽどの量を燃やしたのか、それとも男の想いのエネルギーが強かったのか、芋はしっかりと焼かれていた。
 通常ならば遠慮なく頂く。それほどほくほくと焼きあがった焼き芋は美味しそうなのだから。
 だが今は今。

「零ー、水持って来い!!」
「はい、お兄さん!」
「三葉とエマは窓開けろ!」
「分かりましたっ」
「分かった」
「そして藤田! お前は妖しい粉を振りかけようとしてるんじゃない!」
「ぎくっ」

 草間の声に皆素早く動く。
 開かれた窓から煙が逃げていくのを見て草間ははぁあああ、とため息を吐く。火事だと思われて消防署に通報されなければいいと本気で願う。
 せめて一服してむかむかした気分をそらそうと胸ポケットから煙草を取り出した。
 だがライターで着火した瞬間。

「お水持って来ましたっ!」

 ざっばぁあ!!
 零の気が動転していたのもあるだろう。草間が煙草を吸おうとしたタイミングが悪かったのもあるだろう。煙たくて視界が悪かったのもあっただろう。

「お前、なぁ……」

 ぽたりぽたり。
 水によって火が消えた後に残されたのは全身ずぶぬれの草間武彦ただ一人。

 彼は誓う。
 この騒動の原因である依頼人に修繕費を出させてやると。

「もう誰も俺のところに変な依頼を持ち込むなー!!」

 その願いは叶うのか。
 すでに見慣れたものになってしまった草間の叫びに皆はやれやれと肩をすくめた。






□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女 / 24歳 / 女子高生セレブ】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6814 / ミリーシャ・ゾルレグスキー (みりーしゃ・ぞるれぐすきー) / 女 / 17歳 / サーカスの団員/元特殊工作員】
【6205 / 三葉・トヨミチ (みつば・とよみち) / 男 / 27歳 / 脚本・演出家+たまに(本人談)役者】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、かなりお久しぶりになります。
 シュライン様もお元気そうでなによりですv
 今回は草間さんを弄って頂く要素もあり、個人的に楽しかったです。依頼人に対して優しいプレイングが心に染みました。少しでも笑っていただけることを祈りつつ。