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<東京怪談・PCゲームノベル>


山の上の神剣〜フェレの剣探し〜

 喫茶「エピオテレス」には居候がいる。
 灰色の髪に赤い瞳、褐色の肌。こんな街中でも旅人然としたぼろぼろのマントをまとい、いつも仏頂面。
 出生はよく分からない。
 ただ確かなことは、彼がかつて暗殺者であったことと――
 現在、フェレ・アードニアスと名乗っているという事実だけだった。

 否、もう一つ。
 彼は今、符術系退魔師であるということも付け足しておくべきか。

 彼の符術は、「十二天将」と呼ばれる強力な式神たちを呼び出せる。
 ただし、彼の符術は1度に1枚しか使えない。同時に2人以上を呼び出せない。
 そしてそもそもフェレの性格上――自分自身で敵に攻撃できないのは、非常にはがゆいのだ。

 そんな彼にひとつの朗報――

「紫雲山の山頂の祠に、神剣がまつってある」

 それを聞いた途端、フェレは紫雲山に向かって飛び出した。
 暴走屋の彼を1人にはしておけないと、喫茶「エピオテレス」の居候仲間、金の瞳のクルールが追いかける――

「こらっフェレ! あんた1人で行けると思っているのか!」
「うるせえ! 俺は早く武器が欲しいんだっつったら欲しいんだ!」

 怒鳴りあいながらたどりついた山裾――
 この山は山裾から、すでに薄い紫の雲がかかっていてとても見通しが悪い。
「こんな山に1人で飛び込んだら遭難確実だろ」
「2人で入ったら余計に相手の足引っ張るじゃねえか」
 山裾でもけんかをしていた2人は、
 次の瞬間ふっと顔を上げ、緊張の糸を張り巡らせた。
 違う方向から人影が近づいてくる。
 クルールが2振り持つうちの1振りの剣を鞘から抜いた。警戒。フェレは懐に持つ12枚の符を確かめる。
 近づいてきた人影は――
「――何をしている? お前たち」
 気さくに声をかけてきた。
 クルールは目をぱちくりさせた。
「あんたは」
「この間の」
 フェレがうなるように威嚇する。
「黒冥月。人の名前くらいすぐに覚えろ、喫茶店の関係者なら」
 紫の雲の中から現れたのは、長いロングストレートの髪に、黒尽くめの服装をしたきりりとした美女だった。
 黒冥月。以前喫茶「エピオテレス」に来た客だ。強引な彼女の誘いで、クルールやフェレも食事を同伴させられたものだった。
「で、お前たちはこんな所で何を言い争っていたんだ?」
 冥月は長い髪をうっとおしそうに後ろに払いながら尋ねてくる。
 クルールが肩をすくめて、
「この山の山頂にある祠の、神剣取り」
 冥月がひゅうと口笛を吹く。
「何のために?」
「フェレが欲しがってるんだよ」
「お・れ・に・は・ぶ・き・が・ひ・つ・よ・う・な・ん・だ!!!」
「耳元で怒鳴るなうるさい!!!」
 クルールが耳を指でふさいでフェレに文句を言う。
 冥月は面白そうにあごを指で叩いた。
「ここの祠な……かの有名な安部家縁の剣だ」
「……あんた、なんで知ってんの?」
「私も取りに行くからだ。好事家の依頼でな」
 フェレが目をむいた。
「俺の剣だ!」
「私も仕事だ」
「俺の剣――」
 わめくフェレの口をふさぎ、クルールは冷静に冥月を見る。
「……退く気は、ないのか?」
「ないね」
 冥月は唇の端を吊り上げる。「そんなに神剣が欲しいか?」
 クルールにつかまったままだったフェレがようやく脱け出し、
「――俺の剣だ!」
 宣言した。
「なら先に取った方の物ってことでどうだ」
「面白ぇ、乗ってやらぁ!」
「バカ、フェレ!」
 フェレは何も聞かずに山頂へと走り出した。
 クルールが片手で顔を覆った。
「自分が賭けごとでは一度も勝ったことないこと忘れてる……」
 冥月は両手を組んで大笑いした。
「相変わらず未熟な坊やだ。――さあクルール、お前はどうする?」
「……くされ縁なんだよね」
 残念ながら――と言いながら、クルールは2振り目の剣も抜き、フェレの後を追って走り出した。

 喫茶「エピオテレス」から見えているさまざまな色の雲がかかった山は、怪魔たちの瘴気によって生み出されたものだと言われている。
 見ようによっては大変美しいものだが――、一歩雲の中に入ってしまえばそこは怪魔たちの住処だ。
 雲――水。水――反属性は火。
 強力な火でもって、雲を払う!
 フェレは迷いなく1枚の符をかざした。
「十二天将之三――朱雀!」
 女神のような幻影が辺りを支配し、そして視界が真っ赤に染まった。
 焼けるような世界。雲が蒸発していく。見通しがよくなっていく。
 見えた怪魔に、クルールが羽根のように軽い動きで2刀流を放つ。
 右手に持つ『浄』、左手に持つ『滅』。軽やかに舞うように、クルールは怪魔を滅していく。ピンク色の髪がふわりと跳ねて、彼女を本来の姿である天使に思わせた。
 冥月は2人の少し後ろから、半ば歩くようにしてついてきた。
 フェレのおかげで少し先までは見通しのよくなった山。まだまだ山頂は見えないが――
(本当は影を使えば一発なんだがな)
 若い2人――フェレは同い年のはずだが――の戦いを見るのも面白くて、冥月は彼らに歩調を合わせた。『影』という自分の能力をまだ知られたくなかったため、影でひそかにつくった鞭を利用してクルールの打ち漏らした怪魔を始末する。
 フェレも負けてはいない。
 朱雀を引っ込めた後は、
「十二天将之八――白虎!」
 攻撃性の高い疾風の白い虎を呼びこんだ。
 刃物をも思わせるその疾さは、怪魔を次々と切り裂いていく。打ち漏らしたものはクルールがすっと移動して一度に2匹3匹と地に落としていった。
「なかなかやるな……」
 背後で見ている冥月は、感心してつぶやく。
 それにしても符をかざしているフェレの姿には違和感がある。確かにあの青年は、武器を持って直接敵を相手にする方が似合いそうだ。
「………?」
 ふと見やると、冥月がもっとも苦手としている『霊』系の怪魔が近づいてきていた。
 フェレはそれをかわして山頂を目指している。仕方ないと言いたげに、クルールが右手の剣のみを振るって霊魂を消し去っていた。
 さて自分はどうするか。
(……まあこの山の情報は入っていたからな)
 こんな怪魔がいることも承知の上だ。フェレが遠くなり、クルールも完全に冥月から目をそらした瞬間に、冥月は影から聖水をみじみださせて『霊』を実体化させ、鞭で叩き落した。
 そして冥月は恐ろしいスピードで山を駆け上り、クルールを追い越し、フェレの背後までたどり着いた。
 フェレが振り返り、目を見張る。
「競争だ」
 冥月は片目をつぶってみせ、鞭を振るい続けた。
 なるべくフェレの足を邪魔せぬように。なるべくクルールの助けになるように。
 競争だと言いながら、2人を援助する。
 戦い慣れている、そして圧倒的な強さを誇る冥月にとっては遊びも同然だった。
 そして感心もする。このとても人の通る道ではない山を、まったくスピードを落とさずつまずくこともなく、まっすぐ山頂まで走るフェレとクルールの足を。
 怪魔に襲われてもものともしない2人の身軽さを。
 ――紫雲が再び濃くなってくる。
「十二天将之三――朱雀!」
 もう一度朱雀の炎で雲を晴らすと、フェレは怪魔を素手でぶっ飛ばしながら山頂まで一気に駆け上がった。
「フェレ……っ!」
 クルールが追いつき、青年の手を見る。素手で怪魔を処分などしたものだから、彼の手は切り裂かれたかのようにぼろぼろになっている。
「もう! 神剣の前に応急処置だよ!」
「うるせえ!――見ろ!」
 フェレの暴れる腕を押さえようとしていたクルールは促されてようやく『それ』の存在に気がついた。
 祠。
「問題の祠、か」
 冥月がのんびりと歩いてきて、腕を組んで笑む。
「注連縄で縛られているな。ということは結界に包まれているということだ……」
「先に着いたのは俺だ。俺に所有権がある」
「――剣を先に手に取れたならな」
 そんなことを言った冥月を、クルールが威嚇した。
「……悪いけど、フェレが取った瞬間に奪われても困るからね」
 仲間意識に、冥月は唇を薄く笑みの形にした。
 山頂には怪魔の気配が薄い。祠の霊力だろうか。
 フェレは、祠に近づいた。
 手を近づける。――熱を感じて、じっとりと汗をかく。
 ――祠の奥に、まさに奉納されるかのように、刀が置かれている。
 手をさらに近づけると、ぴりぴりと結界の波動を感じた。
 しかしフェレは迷わなかった。
 思い切り、結界の中に手をつっこんだ。
 バチィッ。注連縄が震える。激しい電流が起こって、フェレの体の中に流れていく。
「………っ!」
 フェレは耐えた。どんどんと腕を押し込んでいく。
 しかし――それ以外の身動きはまったくできない。
 ふと、
 冥月とクルールは同時に別の方向を見た。
 注連縄の霊力がフェレ1人に集中されたためだろうか。それまで山頂にたどり着けずにいた怪魔たちが、一斉に躍りかかってきた。
 クルールは自分が見た方向の怪魔を2刀流で斬って斬って斬りまくる。
 軽やかに。鳥の舞のように。
 冥月は鞭を振るう。一度に数匹の怪魔にダメージを与え、1度では始末できなくとも華麗に何連撃も繰り返し絶命させていく。
「ぐ……ああああああ!」
 フェレが吼えた。
「フェレ!」
 クルールが駆け寄る。
 フェレは神剣をわしづかみ、それを結界の中から引き抜こうとしていた。
 冥月は――
 ひそかに影を使ってフェレの腕力に刺激を与え、彼がより剣を引き抜きやすいようにした。
 注連縄が――切れた。
「くはっ」
 それと同時にフェレは背中から倒れた。右手に剣をわしづかんだまま。
「と、取った……」
 フェレの右手は見るも無残な状態になっていた。怪魔を素手で攻撃したことに加えて、結界の威力をまともに受けたのだ。肩までびっしりとミミズ腫れを通り越した火ぶくれができている。
「よかったな」
 冥月は適当に拍手してやった。
 フェレはクルールの手を借りてなんとか上半身を起こし、両手にその剣を持つ。赤い瞳がいつになくきらきらして、子供のように喜びが弾けそうな顔をしていた。
 ところが――
「………? フェレ、その剣――」
 クルールが何かを言いかけたその時。
 ぴし……っ
 フェレの持つ剣の鞘部分に、ひびが入った。
 一度ひびが入り始めると止まらない。びしびしびしっとあっという間に雷撃でも落ちたようなひびが鞘に入り、鞘はそのまま砕け落ちた。
 冥月はほんの少し首をかしげた。
 クルールの顔色がみるみる青ざめる。
「ちょ……ちょっと待……」
 フェレが慌てて抜き身の刀を抱く。
 しかしひびは刀にさえ伝染した。

 やがて刀は、粉微塵に砕け散った。

 フェレが呆然と、何もなくなった両手を見下ろす。
「神剣――じゃない、これは――」
 クルールが破片を持ち上げてつぶやいた。
「ただの、封魔剣だ」
 同時に気づいたのか、フェレが目を閉じてぎりぎりと奥歯を鳴らした。
 封魔剣。
 ――怪魔を封じた剣。
 おそらく強力な怪魔を阿部家の誰かがその刀で倒し、封じ、奉納したのだろう。
 それが何年もの時を経て結界の中で力尽き、また何年かぶりに触れたフェレの体に、阿部家と同じ――陰陽系の力が強くまとわれていたために、封じられていた怪魔は消滅したのだろう。
 太刀は役目を終え。
 砕けていったのだ。
 冥月はただ2人を見つめる。
 クルールはゆらりと立ち上がり、しゃがんだままのフェレを見下ろす。
 フェレは何度も呼吸を繰り返していた。何度も何度も、深呼吸のように繰り返して、
 そして――立ち上がった。
 懐を探る。符を取り出す。
「オン ウカヤボダヤダルマシキビヤク ソワカ――」
 符を砕け落ちた刀の上にかざす。
「十二天将之六――青龍」
 若々しい、優しげな青年の幻影が現れ、すうっと砕けた刀に手をかざす。
 甘雨が降った。
 そこから、新しい植物という生命が生まれるよう――

 気がつくと、祠も崩壊していた。

 冥月とフェレ、クルールの3人で、ゆっくりと山を下り始める。
 襲い掛かってくる怪魔は、3人揃って無造作に処分した。
 山裾まで戻ってくると、フェレはばさっとマントを払って、
「……家に戻ってテレスの手当て受けてくらぁ」
 ぶっきらぼうに言うと、喫茶「エピオテレス」の方へと歩き出した。
 両腕からだらだらと血を流しながら。
 それを見送ったクルールは、自分も立ち去ろうとして――ふと冥月の方を見た。
「……わざと、あたしたちを先に山頂にいかせたね」
「いいんだよ、仕事は『まだ剣があったら』だしな。どうせ大した金にならんし暇潰しで請けた仕事だ」
 冥月はさらっと髪を流した。「それより取られまいと頑張る奴の姿の方が余程暇潰しできた」
「………」
「それに機会があればお前達とやりあってみるのも楽しそうだと分かったしな」
「あたしとフェレだけじゃない。ケニーやテレスも来る」
「なお面白い」
 冥月はわずかに笑みを見せた。
 ふん、とクルールは身を翻す。
「早く追いついてやらないと、奴は出血多量でその辺で倒れているんじゃないのか」
「自業自得さ。適当にかついでいく。店からケニーを呼んでもいいしね」
 クルールのピンクの髪が、さらりと揺れた。

 フェレの剣探しは、失敗に終わってしまった。
 冥月はそれを、気の毒だとまったく思わなかった。
「……ああやってまた頑張る姿を見られるなら、面白いことじゃないか?」
 ピンク色の髪が見えなくなったところでつぶやいて、冥月も身を翻す。
 彼女も彼女の居場所へ。
 彼女のやりたいことをやるために。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【NPC/フェレ・アードニアス/男/20歳/元暗殺者・現退魔師】
【NPC/クルール/女/17歳/2刀流・天使】

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■         ライター通信          ■
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黒冥月様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
まだまだ未熟な彼らは、遊び相手として合格点を出せたでしょうか(汗
冥月さんが強すぎて勝負にもならないような気がしますがw
ともあれ、フェレの剣探しはまだ続きます(続くんですすみません)
よろしければまたお会いできますよう……