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<東京怪談・PCゲームノベル>


しつこいやつら

 元はと言えば、これほどの仕事を2人だけで始末しようとしたのが間違いだったかもしれない。
 あいにく居候の2人が、出かけていたのが元凶なのだが。

 ちっと、煙草を吐き出して踏みにじり、ケニーは舌打ちした。
「しつこいやつらだ……」
 目の前にホワイトタイガーがいる。しかし尾の黒さがその獰猛さと――恐るべき『魔』の気配をかもしだしている。
 ホワイトタイガーは分裂した。一気に10匹ほどに。
「まただわ!」
 ケニーの隣にいたエピオテレスは、大がかりな真空波を放つ。
 白虎の数匹は切り裂かれたが、数匹は逃げおおせた。
 そして残った数匹が再び分裂するのだ。
「テレス!」
 兄は妹を呼んだ。「二手に分かれて攻撃するぞ。お前はこちらから、俺はあっちからだ」
「はい、兄様!」
 妹の返事を聞くなり、ケニーは駆けた。ホワイトタイガーを特殊弾丸が装填されている拳銃で撃ちぬきながら、妹の反対方向へ行き、2人でホワイトタイガーの群れを挟むようにする。
 しかしこうしている間にも分裂は続いていた。
 気づけば30匹に近い数になっている。
 ケニーは幸い体力もありあまっている。ただしホワイトタイガーに最も有効な風系の魔術の含まれた弾丸がもうすぐ切れる。
 エピオテレスの方は、大がかりな魔術の使いすぎで息があがっているようだ。
 逃げるわけにもいかない。どうする。
 本体を見つけて、処分するしかない――

 本体は、どれだ?

     ** ** ** ** ** ** ** ** ** **

 ケニーの持っている銃はセミオートだ。ゆえに彼の人差し指一本にすべてがかかる。
 敵が多い時は特に。
 ホワイトタイガーは聴覚を埋め尽くすほどのうなり声を上げて、ケニーとエピオテレスに襲いかかる。
 ケニーは無造作に白虎の眉間を撃ちぬく。これなら風系の魔術の弾丸でなくても始末可能だ。
「仕方ない……これでいくか」
 弾ならまだ山ほど持っている。消耗戦だ。
 しかしケニーは分裂系の敵に自分が弱いことは自覚していた。
 いつもはそれを、妹がフォローしてくれるのだが……
 妹の衝撃波がうまくホワイトタイガーすべてを捕らえられない。当たり前だ。場所が場所なのだ。
 ここは――路地裏。
 広がることに意味のある衝撃波の威力を小さくしてしまう場所。
 では広いところに出るか、と考えるとそうもいかない。何しろここから出ると、人が当たり前に歩いている表参道なのだ。
 タイガーたちのうなり声が聞こえるのか、表からざわつく人々の声が聞こえる。
「私はまだまだいけます!」
 エピオテレスは攻撃方法を変えた。炎がタイガーたちを足元から襲う。
 これなら逃げられない。かと思いきや、
 分裂して――分裂した後の数匹は炎から離れた場所にいるのだ。
 そういう少ない連中をケニーが撃ちぬき。
 エピオテレスは炎を絶やさないようにし。
 分裂。逃れたものは始末。炎は続く。妹の体力の続く限り。
(……限界があるな)
 ここまできても本体が見つからないのはどういうことだ。ケニーが再び舌打ちしたその時――
「確かお前たちは……何をやってる、戯れるには少し凶暴な相手だろう」
 どこかで聞き覚えのある声がした。
 エピオテレスがはっと気を散らして、炎を消してしまった。
 しかし新たに現れた女性は影からロープを取り出し、エピオテレスの体にからませひょいっとこちらまで飛ばすと、うるさいホワイトタイガーとの間に影で壁を作ってしゃがみこみ、完全話し込み態勢に入った。
「で、何だ? 意味もなくあんな連中に襲われてるわけでもなかろう。理由は?」
「……あなたは冥月さんですね。以前うちにいらっしゃった……」
「そんな話は今はいい。で?」
「あれは、動物園のホワイトタイガーだったんです」
 エピオテレスがつぶやいた言葉に、黒冥月は軽く目を見張る。
「……あれが? あんなもん動物園にいるのか?」
「怪魔の影響を受けたらしくてな……」
 ケニーが言葉少なに補足する。エピオテレスが陰鬱にうなずく。
「元は普通の動物だから処分するのはかわいそうなんですけど、もう止めることもできず」
「………」
 冥月は膝に頬杖をついて少し考えていたが、
「……ゲームならいい経験値稼ぎの敵だな」
 と苦笑した。そしてぱんと太ももを払いながら立ち上がり、
「人の仕事を奪う趣味はないんだが……手伝ってやってもいいぞ。報酬次第だが」
「報酬……ですか」
「報酬内容は秘密だ。さあどうする?」
 ケニーがはあとため息をついた。
「どちらかと言うとあなたの方がやる気まんまんだな」
「いい報酬が手に入りそうな時には、仕事屋はそうなるものだ」
 分かるだろう? と言いたげに、冥月はケニーに目配せする。
 ケニーは苦笑して――それからは迷うことなく。
「分かった。このままでは俺はともかく妹の命が危ない。手を借りることにする」
「交渉成立だ」
「兄様……」
 心配そうなエピオテレスを片眉をあげることだけで黙らせて、ケニーは煙草を取り出し火をつけた。
 冥月はにやりと笑った。
「何かも質さずにいい判断。気に入った」
 瞬間、
 ばんと影による壁が消え、さらに冥月がパチンと指を鳴らすと、地面から飛び出た影槍がすべての白虎を貫いた。
 しかし、1体だけ――影槍から逃げ延びた白虎がいた。
 同じ見かけでも、どうやら他のものより能力が高いらしい、それはつまり――
「あれが本体かな」
 冥月がそう言うのと同時に、ケニーが最後の1匹の眉間を撃ち貫いた。
「いい腕じゃないか」
 白い虎は、オオー……ンと一声悲しそうに鳴き、倒れた。

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 冥月は影の中から、1台のワゴン車をぼんっと取り出した。
「まともに歩けんだろう。報酬2倍で送ってやるぞ」
「俺は別に困っていないが……」
 ケニーがちらりと見る先はやはり妹で、
「……まあ、遠慮なく乗せてもらおうか」
「兄様!」
「本当に判断の早いやつだな」
 くっくと冥月が楽しそうに笑う。
 実際にエピオテレスは膝下をがくがくさせている。魔術の使いすぎだ。
 トランクに、死んでしまった白虎を乗せた。
 ケニーが運転席に入る。
 冥月はエピオテレスと並んで後部座席を取り、エピオテレスに話しかけた。
「お前は、体力がないな。お前らのところの居候の戦いを見たが、もっと頑丈だったぞ」
「……はい。未熟なのは分かっています」
 膝の上で、エピオテレスの繊細な手がぎゅっと握り締められる。顔も下を向いたまま、しかし強い眼光で自分の拳を見下ろし、
「絶対にお荷物になりたくない。経験を積みたいんです」
「テレスはうちの中の唯一の常識人だからな」
 ケニーが煙草を揺らしながらハンドルを切る。
「……お前ら、どういう構成で成り立っているんだ?」
 冥月は眉をひそめた。
「ただの喫茶店だ。たまたま天使と暗殺者と――精霊がちょっかいを出してきただけのな」
 ケニーの素っ気ない返事が滑稽だった。
 冥月が笑いをこらえていると、
「あの……報酬の件なのですが……」
 エピオテレスがおそるおそる訊いてくる。「お幾らお支払いすれば?」
「そうだなあ」
 冥月は目をそらして口笛を吹いた。
「あの……」
 エピオテレスは不安そうだ。
 ケニーは……何を思っているのやら。
 ケニーがお金の心配をしていたら大爆笑だな。そんなことを思いながら、冥月は言った。
「お前らの店での飲食を2回タダにして貰おうか」
 いたずらっぽく、笑って。
 エピオテレスの白い頬に朱が差した。嬉しそうに華のように輝いて、
「お料理でしたら何でも作らせて頂きます! 何度でもいらして下さい……!」
「すごい変わりようだ」
「うちの人間だからな」
 運転席からの素っ気ない言葉に、
「お前もほっとしたのか? ケニー」
「さてな」
 動物園では飼育委員の涙とともに、白虎は引き取られていった。
 エピオテレスが泣いていた。
 もう1度3人で車に乗り込む時、冥月はエピオテレスの背中を優しく撫でてやった。
「……こういう仕事をやっていればああいう場にもしばしば会う。あまり悲しむな」
「いいえ……こういうことで悲しまない人間には、なりたくありません……」
「………」
 喫茶店が近づいてくる。
 白いおしゃれな喫茶店。

 この後兄妹は体を家で休めるだろう。あるいは今は家にいない居候2人と連絡を取るのだろうか。
 冥月には飲食を2回タダにすると約束し、3人は別れた。

 冥月は口笛を吹きながら歩く。
 動物を殺したことは致し方ないことだと、彼女は割り切っている。
 だから、今はなんだか爽快だ。
 ケニーの潔い決着のつけかた。
 エピオテレスの心の純粋さ。
「嫌いじゃないな」
 口笛は風に乗って、通り過ぎる人々の耳に触れては消えていった。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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黒冥月様
何度もありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は短いエピソードでしたが、兄妹の人となりを垣間見れるような状況を作ってくださってありがとうございました。
次回からは喫茶店のメンバー全員や、誰々と、と選択できるようにしていくつもりです。楽しんで頂けるよう精進します。
それでは、また、喫茶「エピオテレス」にて……