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<東京怪談・PCゲームノベル>


Birdcall

 女の子って何で出来てるの?
 お砂糖とスパイスと
 素敵なものでいっぱい
 そんなもので、女の子は出来ている……。

「もしもし、仁己ちゃん? 僕だよ。あのねーぇ、出来たよ、僕の超最高傑作!」
「兄……電話かけるなら、もう少し遅い時間にしない?」
 島津 仁己(しまづ・ひとみ)が、妙にハイテンションなその電話を受けとったのは、まだ早朝のことだった。体の起動が終わっていないとでもいうように、言われた言葉が頭に染みるまで、時間がかかる。
 電話の相手は、学者である篁 雅隆(たかむら・まさたか)だ。雅隆は仁己の眠さなどどうでもいいとでも言うかのごとく、テンションが高いまま言葉を続ける。
「でね、でね? 今日午前中、そっちにコマドリちゃん取りに行くからよろぴこ。ちゃんと電源抜いたりしといてねー」
「ちょ、兄。何が出来たのかとか、何をどうして欲しいとか順番に話そうぜ。最高傑作ってのは、俺が頼んでた義体のことでいいのか?」
 慌てて起きあがると、電話の向こうでがさごそと菓子袋を開ける音とともに言葉が続く。
「違う、超最高傑作。ちょー」
 面倒だが、超をつけなければならないらしい。おそらくその辺りを譲る気は雅隆にはないだろう。頭を掻きながら体を起こすと、まだ辺りが暗いことに気がつく。
 闇の中に光るのは、自分が眠っている間でも動き続けているというモデムやパソコンの小さな光。赤や緑、オレンジに瞬く人工的な宇宙。
「取りに来るのはいいけど、誰来るの?」
「冬夜(とうや)君にお願いしたよぅ。僕の秘密基地だから、他の人に教えたくないんだもん」
「嫌がられなかったか?」
「直球で『滅べ』って言われたけど、仁己ちゃんからのお願いだって言ったら行ってくれるってー」
 ありがたいが、お気の毒様だ。
 冬夜というのは仁己が高校時代からの友人である、篁 雅輝(たかむら・まさき)の秘書で、仁己ともその頃から交友がある。そして、冬夜は雅隆のことが死ぬほど嫌いだ。
「冬夜借りるのはいいけど、その間篁どうするの?」
「雅輝は僕と一緒に秘密基地で待ってるって。だから安心していいよー。ここなら爆弾落ちても死なないし、他の誰にも秘密だから」
「オッケー。じゃあ冬夜にはこっちからメールしておく」
 雅隆に折り返し連絡させてもいいが、それはまた冬夜が嫌がる。自分なら仲がいいし、問題はないだろう。
 電話を切ると、すぐに仁己はパソコンを起動した。たくさんのコードやディスプレイが並ぶ中、自分が起動した一台だけがほのかな明かりに包まれる。
 携帯から電話してもいいのだが、出来れば差出人である自分の場所も隠したい。携帯の方がパソコンよりも台数があるから、どこの誰がメールを出しても分からないと思われそうだが、それは違う。実際は、携帯の方がパソコンよりも逆引きしやすいのだ。迂闊なことをすると、とんでもないところまで情報が漏れる。だから、仁己は大事な連絡は、必ずパソコンから送ることにしている。
「………」
 了解のメールを送ると、仁己はオレンジの光が瞬いているタワー型のパソコンに近づいた。それはこの部屋で一台だけ、外へ繋がっていないものだ。
「コマドリ、聞こえるか? やっと義体が出来たってさ。これで外に行けるぞ」
 オレンジの光が、嬉しそうに何度も瞬く……。

 コマドリと関わったきっかけは、ネットのあちこちにマルチポストしていた「開発協力者募集」の書き込みだった。情報屋でもあり、ハッカーでもある仁己は、その書き込みから何かの「匂い」を感じとった。
 「Digital Ghost K-O」と呼ばれている、人工知能ソフトに一週間の間に色々な知識を教えるという簡単な仕事。
 だが関わってみると、それはかなり奇妙なソフトだった。
 ダウンロードをしても絶対にこっちの環境では起動しない。
 0と1で成り立っている世界に、その世界では成り立たない人工知能。情報屋としての勘が働き、雅隆に相談すると、現実主義者の雅隆にしては意外な言葉が返ってきた。
「『ソフト』として定義するから成り立たないんじゃないかなぁ。もし、『人間』として定義するなら納得は行くんだけどねぇ」
 人であるための魂が足りないから、知能であるはずのソフトが動かない。
 それに気付いた仁己は、開発者として「彼女」に色々なことを教えた。
 自己防衛本能、外への憧れ、自立心。
 そして、電脳の海へと逃げ出したDigital Ghost K-O……コマドリと名乗った少女を保護した。魂があるのに機械に縛られているのは悲しいものだし、出来れば自分の体で外の世界を見せてやりたい。
 雅隆なら、それを叶えてくれるはずだ。

「悪いな、冬夜」
「仁己さんが悪い訳じゃありません。問題があるとしたら、計画立てて物事をやらないアレです」
 冬夜が運転する車の後部座席に乗りながら、仁己は隣にいるコマドリが入ったタワーが揺れないようにそっと支えていた。それは肩を抱き、守っているようでもある。
 アレ……と吐き捨てるような冬夜の口調に、仁己は溜息をつきながら笑った。
「相変わらず仲悪いな」
「仲良くならなきゃ世界が滅びると言われたら、俺は迷わず滅ぶ方を選びますが」
 やはり相変わらずのようだ。
 だが、変わらないものがあることに、何故か今は安心する。
「兄の秘密基地って、どこなの?」
「普通に行けないところに」
「ふーん……」
 しばらく進むと、見えてきたのは洒落た洋館だった。とても研究所には見えないが、車が近づくと閉じていた門の扉が開く。
 玄関の前には、白衣にチェーンの着いた細身のズボンを履いた雅隆と、いつものスーツの雅輝が並んで立っていた。
「いょーう、仁己ちゃん久しぶりー」
 いつものように軽く挨拶をする雅隆を見て、仁己は少し首をかしげる。
「兄、ちょっと痩せた? 大丈夫か?」
 自分の神経系統などに使っている一部義体とは違い、全身義体を作るのは初めてだと言っていた。まさかその為に寝食削っていたりしたのだろうか。そう思っていると、冬夜が優しくタワーを下ろすその仕草と、真逆の冷たい言葉でこう吐き捨てる。
「研究に没頭して、菓子を食ってないだけだろう」
「違うよぅ、ちょー頑張ったんだもん」
「でも、多分兄さんは僕より寝てたよね」
「うん、それは保証する」
 それに安心して笑いながら入ると、中のエントランスも広々とした感じだった。
「んじゃ、まずコマドリちゃんを研究室に案内して、仁己ちゃんに僕のちょー最高傑作を見てもらっちゃおうかな。その後ちょこっと時間かかるから、雅輝と話でもしててー」
 雅隆が大きな扉を開け、最初に飛び込んできたものに仁己は目が釘付けになった。
「えっ……」
 それは、白い肌にふわっとした金髪の可愛らしい少女。
 年の頃は十歳ぐらいだろうか……ベッドに横たわって、いくつかコードが繋がっているが、それは義体とは思えない出来で、本当に眠っているのではないかと思う。
「ね、ね? すごいでしょ? めっちゃ力入れて作りましたー。ちなみに目は緑です」
 ウキウキとしている雅隆に、雅輝が苦笑する。
「兄さんの願望が籠もってるよね」
「俺は老人で作られないか冷や冷やしていましたが」
「兄、趣味が特殊だからなぁ……で、これって何で出来てるの?」
 細胞を培養させたり、機械で補ったりしているのだろうか。そっと少女の顔を覗き込みながら聞くと、雅隆はニコニコと笑ってこう言った。
「あのねぇ、お砂糖とスパイスと素敵なもの」
「はい?」
「さて、僕はコマドリちゃんの移植をするから詳しくは雅輝に聞いて。ちなみに仁己ちゃんの義体は、カエルとカタツムリと犬の尻尾で出来ている」
「ちょ、兄?」
「んじゃ、あとよろぴこー」
 唖然とする仁己を冬夜が連れ出し、雅輝が笑って扉を閉める。
「紅茶でも飲みながら種明かしをしようか。仁己には伝えておかなきゃならない話だから」

 客間にはまだ午前中の柔らかい日が差し込んでいた。
 真っ白いカップに、雅輝が紅茶を注ぐ。
「篁、さっきのどういう意味?」
 お砂糖とスパイスと素敵なもの。
 カエルとカタツムリと犬の尻尾。
 まだその意味が分からず、狐につままれたような顔をしていると、冬夜が小さな声で歌を歌い始めた。
「女の子って何で出来てるの? お砂糖とスパイスと素敵なものでいっぱい……」
「あ、マザーグースか……って、冬夜が歌うのって珍しいな」
 苦笑しつつ紅茶を一口飲む。爽やかな香りが広がり、それで仁己は自分が緊張していたことに気付いた。コマドリを連れてくるということで、知らず知らずのうちに力が入っていたのかも知れない。
「あー、何か篁の紅茶飲んだらほっとした。ほっとしたついでに、さっき言ってた『伝えておかなきゃならない話』っての聞いとこうかな。それに俺からも篁に追加で頼み事あるし」
 カチャ……という音を立てて、雅輝のカップが置かれる。そして何かを考えるように天を仰ぐと、静かに言葉を吐いた。
「仁己、コマドリを保護したときに『綾嵯峨野研究所』と『磯崎 竜之介(いそざき・りゅうのすけ)』って名前が出てきたか、確認をしたいんだ」
 その二つは聞いている。自分が知っている「Digital Ghost K-O」の情報と交換した、カッコウという少年の話や鳥の名を持つもの達についての話だ。会話の中で研究所の名も出ている。
「ああ、二つとも聞いた。綾嵯峨野って、篁の旧敵だっていう家だろ?」
「そうだよ。そして、磯崎と兄さんには因縁がある」
 それは雅隆がまだ留学をしていた二十代前半の頃、磯崎と同じ大学で研究をしていたことがあった。
 その時に雅隆がしていた研究は、筋力などの強化などに関わるもの……義体研究が主だったのだが、雅隆は軍事に転用されそうだと思いその研究を途中でやめたという。だが、磯崎はその研究に固執し、中途半端な研究資料を持って、何処かに消えてしまったらしい
「その義体研究は、もしかしたら向こうが完成させているかも知れない。流石に今回みたいな全身義体まで研究は進んでいなかったようだけど、兄さんはああ見えて結構負けず嫌いでプライドが高いからね」
 くすっと笑う雅輝を見て、仁己は小さく溜息をついた。
 そしてチラリと冬夜を見た後で、もう一度雅輝を見る。
「あのさ、綾嵯峨野ってのにしろ磯崎ってのにしろ、篁の敵なんだろ?」
「ああ、そうだね。兄さんの敵なら、僕の敵だ」
「じゃあ簡単じゃん。篁の敵だってんなら、俺らの敵だよ。な、冬夜」
「……その通りですね」
 考えるまでもない。もう一度紅茶を飲み、仁己は持って来たバッグから小さなパソコンを出しそれを起動させる。
「俺だって、伊達に情報屋とかハッカーやってないって。どうせ正攻法でいったところで見つからないんだろうし、蛇の道はなんとやらだ」
 正直、鳥の名を持つもの達のことなどは、仁己にとってはおまけだ。たまたま保護したコマドリがそうだっただけで、雅輝から調べて欲しいと言われなければ、自分の情報の一つでしかない。
 だが、綾嵯峨野と磯崎はまた別の話だ。敵だとはっきりしているのなら、これからは積極的に調べてやればいい。生きている限り完全に自分の痕跡を消すことが出来ないのと同じで、情報も遺伝子を残しながら変化する。意図して消せば「消した」という情報が残り、それから何かが掴めることもある。
「危険だよ……って言っても、仁己も冬夜も退く気はなさそうだね」
「当たり前だろ。ただし、俺は頭脳労働専門だから、荒事は冬夜よろしく」

「移植かんりょーう。動きのぶれもないし、相性もいいみたい。僕が買ったお洋服も完璧ー」
 はしゃいだ雅隆が研究室から出てきたのは、二時間ほど経った後だった。その雅隆の後ろで、コマドリはフリルの着いた白いワンピースを着て、恥ずかしそうに仁己を見つめた。
「こんにちは、初めまして。私、コマドリ……」
 順々に挨拶と自己紹介をし、コマドリはにこっと笑う。
「ありがとう、仁己。これが、私の体なのね」
「そうだよ。これから自分の足で歩いて、自分の心で感じるんだ」
 そして仁己は、改めて雅輝に頼み事をした。
 それはコマドリの身柄を預かって欲しいこと。そして、コマドリを保護した時に連絡すると約束した人たちへ、その後の引き継ぎをしたいということだった。
「俺は人守るのに向いてないし、篁の所なら安全だと思うんだ。何か面倒事押しつけたみたいで悪いんだけど」
「元々そうするつもりだったからいいよ。世界を見たいってのも、多分兄さんが連れてってくれそうだ」
 そして仁己から渡されたメールアドレスを見て、雅輝は少し苦笑した。何故ならそれは、雅輝がよく知っている人たちの名だったからだ。
「よーし、早速これからお買い物にでも行こっかぁ」
「それより、どっか遊びに行こうぜ。兄もずっと研究詰めだっただろ? 篁と冬夜もたまには休もうぜ。な、コマドリ」
 そう言って仁己はコマドリの手を握る。
「篁の所に行っても、たまにはメールくれよ」
「うん。この体でメールする方法も、ちゃんと覚える」
 やっぱり女の子は砂糖とスパイスと、素敵なもので出来ている。
 その笑顔に、仁己は雅輝と目を合わせ静かに微笑んだ。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧・発注順)◆
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
7173/島津・仁己/男性/27歳/情報屋