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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


憤怒の大河

「あれ、草間さんどうしたの……って、こんな所で会うってのも嫌なもんだよね」
 草間 武彦(くさま・たけひこ)が、夜守 鴉(よるもり・からす)と会ったのは、ある葬儀場の通夜の前のことだった。
 亡くなったのは、武彦がたまに行っていた煙草屋の孫娘。今年高校を卒業したばかりで、専門学校に通い始めていた姿を武彦はよく見ていた。
 両親が早くに亡くなったと言うことで、その煙草屋は老女と孫娘の二人で営んでいる、小さな店だった。
『お婆ちゃんのお店を、いつか継ぎたいんです。苦労するからやめろって言われるんですけど』
 その時のことを思い出すと、自然と無口になる。喫煙可のロビーで煙草を吸っていると、鴉が横で缶コーヒーを開けている。その様子に武彦は、呟くように言葉を吐いた。
「……夜守さんは仕事か?」
「ああ、うん。でも、こういう仕事は気が滅入る……私情を挟むなって言われても、やっぱりね」
 鴉の仕事は、遺体を修復するエンバーマーだ。呼ばれたのも無理はない。
 何故なら彼女は、何者かに殺されたのだから。
 行方が分からなくなった次の日に、県境の林道で見つかった遺体。それが彼女だった。
 死因は首を絞められた事による窒息死……無論犯人はまだ捕まっていない。学校帰りにバイトに行って、地下鉄に乗ったところで彼女の足取りは途絶え、そして遺体で見つかった。
 武彦は煙と共に溜息を吐く。
「私情を全く挟まないような人だったら、こうやって話なんかしてない」
「そう言ってくれると、少しは気が楽かな」
 お互い曖昧な笑みを返した時だった。
 突然の悲鳴と共に、会場から椅子などをひっくり返したような音が聞こえた。
「………!?」
 その音に慌てて行くと、そこに立っていたのは死んだはずの孫娘……武彦が姿を確認するよりも早く、彼女はパイプ椅子もろとも参列客をなぎ倒し、ガラスを割って外へ飛び出す。
「嘘だろ?完全にエンバーミングしてるし、アイキャップだって入れた……」
 それは遺体の目が開かないように入れる器具らしい。確かに彼女は目を開けていなかった。狼狽え大騒ぎする参列客をよそに、武彦は煙草屋の店主に近づく。
 ここで何かあるとしたなら、この老婆しか考えられない。
「あんた、一体何をした?」
 食って掛かりそうな程厳しい表情をした武彦に、老婆は泣き笑いのような微妙な表情でぶつぶつとこう言った。
「反魂の法じゃ……あの子が死んだのに、犯人は今ものうのうと生きてる。奴らも地獄に落とさんと、あたしは死んでも死にきれん」
 何故この老婆がそんなものを知っているのか。
 そして彼女はどこへ行ったのか。
「草間さん、このまま放っておいたら危険だ。死んでるはずなのに、声も聞こえない」
「ああ、とにかくこのままにしておけない」
 武彦は眉間に皺を寄せると、ポケットから携帯を取りだした。

「お参りだけでも……って寄ったんだけど」
 皆に電話を掛け、少し落ち着かない様子で煙草を吸う武彦の背にそっと手を置き、シュライン・エマは小さく溜息をついた。
 まだ会場はまだ少しざわついているが、参列客が少なかったというのと、葬儀会社の社員が参列客を落ち着かせたり、会場整備をしているので、思ったよりは大きなパニックにはなっていない。
「ねえ、夜守さん。彼女はどんな服装だったのかしら」
 エンバーミングをした遺体は、遺族が望む服を着せられる。シュラインがそれを問うと、鴉は書類入れを差し出した。
「そこに写真が入ってるよ。服は入学式に着てたっていうベージュのパンツスーツで、それも撮ってあるから」
「それは処置後の写真かしら」
「本当はあんまり人に見せないんだけど、緊急だからね」
 そう言われシュラインはそっと中から写真を出した。
 そこで初めて彼女の名が岡村 なつめ(おかむら・なつめ)と言うことを知った。多分挨拶ぐらいしかしていなかったが、そう言えば老婆が彼女のことを「なっちゃん」と呼んでいた気がする。胸の上で指を組んだ遺体は、本当に眠っているようにしか見えない程綺麗だった。
「携帯からゴーストOFFに情報提供の書き込みをするわね。目撃時間や場所から、目的の方向を予測して先回りが可能かもしれないから」
 そうしているうちに武彦が呼んだ皆が、葬儀場に現れた。
「すみません、遅くなりました……」
 息を切らせてやって来たのはデュナス・ベルファーだ。葬儀だということで一応喪服を着てきたらしい。
「こんばんは。何か大変そうねん」
「反魂の法ですか……」
 そう言って現れたのは、桜塚 詩文(さくらづか・しふみ)と陸玖 翠(りく・みどり)だ。二人は術関係に詳しいので、反魂の法などについてもきっと知っているだろう。
「祖母想いの、良い娘だったのにな」
 いつものように黒い服の黒 冥月(へい・みんゆぇ)は、小さな声でこう呟いた。仕事の帰りに武彦に付き合わされて顔見知りではあったのだが、そんな関係でも亡くなったとあれば心は沈む。
 どうしても、こんな場所では口数が少なくなる。
 何から話そうかと武彦が口を開きかけた瞬間だった。
「お待たせー。霊界ラジオを持って来たから遅れちゃったわ」
 駆け込むように現れた、尖った耳に白い羽根の女性……藤田 あやこ(ふじた・あやこ)がラジオ装置を持って飛び込んできた。あやこは皆が集まっている所まで来ると、矢継ぎ早に自分の推理を話し始める。
「私が推理するに、犯人像は煙草に怨恨を持つ者で、近親を肺癌か喘息で失い、同じ窒息の苦痛を……」
 自分の考えに入り込むと、周りが見えなくなってしまうのがあやこの悪い癖だ。そのマシンガントークを鴉が横から遮る。
「エルフのお嬢さん、推理よりまず現実」
 だが、あやこの勢いは悪くはなかったようだ。緊張していた空気が少しだけ緩む。
「悪いな、忙しいのに呼んじまって」
 少し笑って煙草の煙を吐く武彦に、詩文が小さくウインクをする。
「いいのよん。それより、手分けして探した方が良さそうね……目的が分かればいいんだけど」
「鴉殿は何か聞いていませんか?」
 鴉が死者の声を聞くことが出来る事を知っている翠が聞く。エンバーミングの最中にでも、何か犯人などを聞いていれば手がかりが掴めるかと思ったのだ。だが、鴉は小さく首を横に振る。
「特に何も話してくれなかった。俺は話したり聞いたりは出来るけど、見たり気配を感じたりは出来ないから……ごめん、役立たずだ」
「そんな事言わないでください」
「そうよ。全員がお喋りって訳じゃないんだもの」
 肩を落とす鴉を、デュナスとシュラインが慰めた。確かに死者の声を聞いたりは出来ても、それが万能という訳ではない。死者というから特別なように感じるが、実際は普通に会話するように、お互い言葉を交わさなければならないのだろう。
 とにかく、今は甦ってしまったなつめを連れ戻さなければ。
「問題は目的だな……影は呼ばれた直後から追跡している。私は、一般人に被害が出ない限りは泳がせて、目的地を知りたいんだが」
 何が目的なのかは冥月には分からないが、もし犯人へと向かっているのなら事件解決にも繋がり、供養にもなるのではないだろうか。それを言うと、デュナスも同じように頷く。
「彼女が誰かに危害を加えようとしない限りは、不用意な手出しはしない方向で行きたいです。ただし、私は体力勝負で追いかけることしかできませんから、誰かにサポートして頂きたいのですが……」
「じゃあ、私がデュナスさんのサポートに回るわねん♪ ダウジングである程度の位置は探れると思うの」
 にこっと笑う詩文に、デュナスがお願いしますと頭を下げる。
「草間さん、なつめさんの殺害現場って分かるかしら」
「遺体発見現場なら」
 あやこはそれを聞くと、少し考えてから霊界ラジオを手に持った。
「だったら私は遺体発見現場に行って、霊界ラジオを使って浮遊霊に当時の状況を聞いてみるわ。そこから逆引きして犯人が分かるかも知れないし」
 それも確かにいい手だろう。シュラインは翠と顔を見合わせ、小さく溜息をついた。
「私はお婆さんに話を聞いてみるわ」
「そうですね。呪を解くにしても方法が分からないと解けませんから……夜守殿はどうしますか?」
「俺はここ残るよ。帰ってきたら、もう一回綺麗にしてやらないといけないし」
「だったら俺は冥月と一緒に行ってくる。何かあったらお互い連絡しあおう」

「反魂の法……世界中どこにでもあるのよねん」
 お互いの電話番号を携帯のメモリーに入れながら、詩文は何とはなしにそう呟いた。詩文自身やり方は違えど、ルーンを使って「反魂の法」は出来る。ただ、死者を呼び起こすことになるのでやったことはないのだが。
 するとデュナスも小さく息をつく。
「そうですね。オルフェウスしかり、イザナギとイザナミしかり、どこにでもそんな話はありますね。でも……」
 デュナスは術などに関しては全くの素人だが、話だけは知っている。しかしその後、甦った相手と仲良く幸せに暮らしたという話はない。禁忌を犯してしまった者の末路は、大抵悲しいものだ。
 そんなデュナスに気付き、詩文がにこっと頬笑む。
「そうならないように見つけてあげましょう。行くわよん」
「はい」

 シュラインと翠、鴉は控え室で老婆と話をしていた。甦った当初は興奮していたが、今は大分落ち着いたのか、椅子に座って何処か遠くを見ている。
「お婆さん。どうして罪を犯してないなつめさんを、死後罪人にさせようとしたんですか?」
「………」
 老婆は無言のまま、目から涙を零す。そこに鴉がポケットからハンカチを差し出した。
「お婆さんの望み通り、犯人が地獄に落ちたとしても……地獄までなつめさんが犯人と共にいることになってしまうかもしれないんです」
「……な、なつめは……何も悪いことなどしておらんのに、どうして殺されなきゃ……」
 それは皆痛いほどよく分かっている。彼女は、何も悪いことをしていない。だが、殺されてしまった。その悲しみや憎しみが、老婆を反魂の法などというものに駆り立てたのだろう。
 泣き崩れる老婆を、シュラインがそっと支える。
「なつめさんの手を汚す事なく、犯人を世間の非難の目に晒させましょう。年頃の娘さんの体に傷増やさず綺麗に、ね?」
 そのままきゅっと抱きしめた後、シュラインは手を握り目を見た。老婆の涙で濡れた瞳が、皆を見上げている。
「悔しかったんじゃ……あたしが変われるもんなら……」
 誰もが願う想い。
 だが、それは叶わぬ事でもある。翠は反魂の法の話を老婆から聞くと、鴉を引っ張って外に出た。少し落ち着いたようだし、後はシュラインに任せておけばいいだろう。
「どうしたの、翠さん」
 廊下に出た鴉は、翠の指に自分が以前渡した指輪があるのを見つけた。それをに視線を落としていると、翠が何か気付いたようにくすっと笑う。
「いえ……ところで反魂の法ですが、解呪が面倒かも知れません」
「どういう意味?」
 そこで翠は、正規の反魂法なら自分も行使でき、知り尽くしていると言うことを鴉に教えた。それは贄を使わずに死者を蘇生させられる法で、それを使えば今かかっている術をを潰し「元の状態」に戻すことも可能だ。
「そんな事が出来るんだ」
 翠が術者であると言うことを知っているので、鴉はさほど驚いた様子もない。それに、むやみやたらと死者を生き返らせたりしないことは分かっている。だが、そんな翠が「面倒」と言うのであれば、相当なものなのだろう。
「でも、お婆さんのやった反魂の法は正規のものではなく、術で言うと『邪法』にあたるものなんです」
 それは引き離された魂を、冥府の鬼の力を借りて無理矢理器に戻す方法。額に文字を書き、口の中に符を入れるのだが、そうされて甦った者は生前の記憶がなく、まさに鬼のように駆け回るという。
「それって、かなりヤバいんじゃ……」
「何とか見つけて捕獲しないと、危害が及ぶかも知れません」

「この辺にしとこうかしら」
 花束などが置かれている発見現場の近くまで来たあやこは、そこに二人の影がいるのを見つけた。
「お線香あげに来たんですか?」
 ふい……と羽根を羽ばたかせて舞い降りたあやこに、男性二人がぎょっとする。二人ともラフな格好で、帽子を被っているので表情がよく見えない。
「あ……お参りに。あなたは?」
「あ、私はちょっと霊界ラジオを」
 無邪気にそう言い、あやこは霊界ラジオを地面に置く。
 県境の林道で、人通りはほとんどない。無論明かりもないので暗いのだが、男達が乗ってきたらしき自動車のライトがあるし、なくてもエルフであるあやこには関係ない。
「霊界ラジオ?」
「そうよ。この辺の霊達が何か犯人を知ってないかしら……って」
 あやこがスイッチを入れるのと、男達が走り出すのは同時だった。
『あの人達が……』
『女の子を……』
 急発進する自動車にあやこが振り返る。犯人は現場に戻ると言うが、まさかあの二人がそうだったのか。
「ちょっと、待ちなさい! 止まれーっ!」
 翼を広げ、あやこは空を駆ける……!

 街の中を、なつめは目を閉じたまま真っ直ぐに駆けていた。
 その姿は既に生前のものではない。指先から生えた爪は鋭く、口元には牙が見えている。その姿はまさしく「鬼」だった。
「ちっ、やっぱり暴走か!」
 なつめを追っていた冥月と武彦が止めようとするが、人間離れした早さと力で上手く止められない。
「影で捕獲出来ないのか?」
「さっきからやろうとはしているんだ。だが……」
 いつもなら影を使えば、大抵のものの動きは止められる。しかし、何か術が罹っているせいなのか、なつめは影をすり抜けてしまう。かといって大がかりに足止めするには人の目がある。
「………」
 大通りでなかったのが、まだ不幸中の幸いだ。これが人で賑わう場所だったのなら、大惨事になっていただろう。
「犯人を目指しているのか、それともただ目覚めた衝動で走っているだけなのか?」
 今のところ、何かに危害を加えている訳ではないが、あんな動きで走り回れば体の方が先に朽ちてしまう。
 なつめはひたすら街の中を真っ直ぐ走っていく。その異様な走りのせいで、時々悲鳴が上がり、車が急ブレーキを掛けたりする。
「詩文さん、見つけました!」
 携帯のイヤホンマイクを付けたデュナスは、詩文の指示で先回りをしていた。使った反魂の法が、邪法だと言うことは詩文も翠から伝えられていた。
「じゃあ、何とかして一瞬でいいから捕まえてもらえないかしらん? そうしたら私からデュナスさんに助けは出すわねん」
「ちょっと待っていて下さい」
 ちら、とデュナスは冥月を見る。先ほどから影を使おうとしていたのは分かっていた。だが、人目もありなかなか上手く行かないらしい。
「草間さん、冥月さん、なつめさんを一瞬でいいので止めて下さい」
「何か策があるのか?」
 考えている暇はない。武彦がスピードを上げるのと一緒に、冥月も走り出す。
「なるべく傷つけない方向でいくぞ」
 滑り込み武彦が足を止め、それを冥月が押さえ込む。だが、力が強いと言うことと、相手は痛みを感じないのでこのままでは時間の問題だ。
「詩文さん、止めました!」
「電話じゃ伝わるか分からないけど、取りあえずやってみるわねん。今から写メール送るから、その画面をなつめさんの体につけて頂戴」
 詩文が使うルーン魔法は、基本的にはルーンを刻んだりするものだ。しかし、何とかやってみるしかないだろう。一度電話を切ると、詩文はIs(イズ)のルーンが書かれた画面に呪歌を乗せる。
「凍結と、停止のルーンを」
 そのメールが来るまでの間、デュナスは冥月と武彦に加勢した。腕に覚えがある二人なのに、それでも動こうとするのは、やはり術の力なのか。
「デュナス、ちょっと押さえていろ」
 冥月は動きが鈍くなったなつめの足などを、影で縛り付けた。動き回られていなければ、固定は出来る。そこにメールの着信音が響いた。
「この画面を……っ」
 片手で押さえつけながら、もう片手で携帯を開ける。そして詩文から送られたルーン文字が書かれた画面をつけると、なつめの動きが少しずつ静かになる。
「これで終わったのか?」
「いや、一時しのぎだろう。術を解いてもらわん限り、多分もう一度暴れる」
 少しだけ大人しくなったなつめを見た冥月は、目を閉じたままの表情が何故か泣いているように見えていた。

「ちょっと、待ちなさい!」
 空を駆けるあやこは、林道を抜けようとする車を追っていた。そして狙い定めて人魂弾を車の先に打ち込む。
 着弾と共に土がえぐれ、車がそれに足を取られた。そのまま急ブレーキを掛け、ハンドルを切って止まった車に、あやこは立ちはだかる。
「このままもう一回逃げたら、人魂弾打ち込んで一生霊障に悩ませるわよ! 裁きはちゃんと受けてもらうわ」
 皆は甦ったなつめを止められただろうか。
 そう思いながらあやこは、もう逃げられないとうなだれる犯人を見つめ片手で携帯を取り出した。

「……お婆ちゃん。私がいなくなっても、ちゃんとお店やっててね。ずっと見守ってるから」
 翠が反魂の法を解き、もう一度エンバーミングをし直すと鴉が遺体を処置室に持っていった後、詩文はセイズと呼ばれる降霊術を使い、なつめの言葉を老婆に伝えた。
 本来なら、言葉を交わさずこのまま逝かせるのだろうが、それではあまりにも辛いだろうと判断したからだ。
「あたしが行くまで、待ってておくれ」
 泣き崩れる老婆に、犯人を警察に引き渡して来たあやこがそっと話しかける。
「お婆ちゃん、犯人捕まったから安心して。ね?」
 あやこはもし老婆に何かあったら、煙草屋を自分が買い取るつもりでいた。そうすればあのまま煙草屋は同じ場所にあり続けるし、なつめの供養にもなるだろう。霊前で安泰を約束して、そっと手を合わせる。
「死んだ人を想う気持ちはよく分かるが、甦らせはしないな。そうしたら……」
 ……彼に嫌われる。
 その言葉を冥月が飲み込むと、降霊術が終わった詩文と翠が二人とも少し寂しそうに頬笑んだ。
「悲しい別れを飲み込めない人がいるのは、仕方がありません」
「そうねん。皆が皆、別れを受け入れられる訳じゃないもの」
 悲しい想いはそれぞれしてきた。翠や詩文は反魂の法を知っているし、それを使えもするがそうはしない。
 別れがあるから、その想いが強くなること。
 人の時の流れに生きるのが、幸せなこと。
 違う時間の流れを生きているからこそ、それを二人とも分かっている。
「………」
 吹り切る決意をした直後なのに、こんな事があると心が騒ぐ。
 シュラインやデュナスが老婆を慰めているのを見て、冥月はふいと背を向け、蒼月亭へと向かっていった。

「デュナス、まだ残ってたの?」
 メールを打ちながらロビーに座っているデュナスに、シュラインが缶コーヒーを持ってやってきた。それに気付いたデュナスは、恥ずかしそうに携帯をパチンと閉じた。そこに翠もやってくる。
「ええ、なつめさんが戻ってくるまで待ってようと思いまして。シュラインさん達は?」
「私も同じよ」
「私は鴉殿待ちです」
 葬儀場のロビーで、何気なく三人並んで座る。犯人が捕まったと言うことで老婆も落ち着いたらしく、今はあやこが側についているようだ。
「一体、お婆さんはどこであんな術を知ったんでしょうね」
 溜息混じりにデュナスがそう呟いたときだった。
「その話なんだけど、ゴーストネットOFF経由で来たメールを見てくれるかしら」
「私が見てもいいんですか?」
 シュラインが自分の携帯を開いて、メールを見せる。そこに映る信じられない言葉に、デュナスの顔色が変わり、翠は眉間に皺を寄せた。

 噂だけど、最近事件や事故で亡くなった遺族の所に「死者を甦らす方法」を教えにくる人がいるらしいです。
 まだ噂話だから、それが同じかどうか分からないけど、「反魂の法」ってのも似てるし、もしかしたら繋がりあるかも。詳しく調べてみるね。

「まさか……」
「そのまさか、よ」
 シュラインは術の入手経路を老婆から聞いていた。元から知っていたのであれば、もっと前に行使しているのではないかと思ったからだ。
 そしてそれは当たっていた。
 なつめが亡くなった後、老婆の所に男が来てこう言ったという。
『このまま犯人達をのさばらせておいていいんですか? 「反魂の法」を使えば、憎い犯人達を地獄に落とせますよ……』
 そう言って術のやり方と器具を渡し、去っていったらしい。
「なるほど。それであんな邪法が使えたという訳ですか。おかしいと思いました。あの術は素人が使えるものじゃありませんから」
 術自体は簡単だ。だが、額に文字を書くときに使う水と、口の中に入れる紙は普通に手に入るものではない。だからこそ翠は「面倒」と言ったのだ。
「これ、他の皆さんは知っているんですか?」
 青い顔をするデュナスに、シュラインが溜息をつく
「まだ皆に入ってないわ。でも詩文さんは術者だから、もしかしたら分かってるかも知れないけれど」
 誰が何の意図を持って、そんな事をしているのか。
 なつめはちゃんと戻ってきたが、もしかしたら今も何処かで甦っている死者がいるのではないか。
「……この事件は、これで終わりじゃない気がしますね」
 翠の言葉に何者かの不気味な影を感じつつ、シュラインとデュナスはロビーを行き交う人を眺めていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧・発注順)◆
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵兼研究所事務
6625/桜塚・詩文/女性/348歳/不動産王(ヤクザ)の愛人
6118/陸玖・翠/女性/23歳/面倒くさがり屋の陰陽師
7061/藤田・あやこ/女性/24歳/女子高生セレブ