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<東京怪談ノベル(シングル)>


Harvest festival

 シュライン・エマの所にメールが来たのは、草間興信所内で遅めの昼食を取った後、午後の書類整理を始めようと書類に手を伸ばした時だった。
 空は秋独特の高い雲。少し青みを増した空に、鳥がすぃ……と飛び去っていく。
「前に出したメールのお返事かしら」
 書類から携帯に伸ばす手を変え、シュラインはパチッと音を立てて携帯を開ける。その様子に、自分の机で煙草を吸っていた草間 武彦(くさま・たけひこ)が何かに気付いたように顔を上げた。
「メールか?」
 普段であればシュラインにメールが来たりしても、仕事関係かもしれないということで、過剰に口を出したり介入してきたりはしない武彦だが、やっぱり探偵の勘とでもいうのだろう。そんな武彦にシュラインは、少しだけ肩をすくめて笑う。
「武彦さんってば、私の仕事のメールとかはガンガン着信しても気にしないのに、こういうときはやっぱり分かっちゃうのね」
「そりゃ探偵だからな。で、メール誰からだった?」
 それは、シュラインが追いかけている「鳥の名を持つ者達」に関して、多分皆の中で一番事情を知っている「彼」からのメールだった。

 忙しくさせそうで心苦しいのだけど、来月の頭辺りお時間頂けないかしら。
 前にも少しお伝えしてたけれど、うちの事務所の方で一旦お互いの情報出し合ってみませんか。

 来月の頭、予定は何もないから了解。

 追いかけている謎に関しては、どうしても情報が不足している。
 それは、関わっている研究所が、巧みに謎を隠しているからだ。調べようと思えばある程度まで調べられるぐらいの謎を残し、そしてそのままふっと消えていく。
 今までシュラインは武彦と共に色々な事件に関わり、色々な謎を追いかけたこともあった。だが、まるで追いかけられることを望むような情報の隠し方は珍しい。だからこそ、罠であることを警戒し、どこまで足を踏み入れたらいいのかの区別がつきにくい訳でもあり……。
 シュラインが携帯を持ったまま小さく溜息をつくと、武彦がちょんと額を突いた。
「ほら、また考え込んでるな」
「あ……ごめんなさい。これで少し情報がまとまると思うと、やっぱり、ね」
 焦らずにとは思っているものの、やはり気は急いてしまう。でも、そんな時は武彦が上手く自分を引き留めてくれる。シュラインはそれが何だか嬉しい。
 心の中でそんな事を思いつつニコニコとしていると、武彦がポケットから煙草を出し火を付けた。
「来る日が決まったなら、それまでに資料とか整理しないとな。こっちからも提示出来る資料とかないと困るだろ」
「そうだったわ。まだあちこちの知り合いから来ててまとまってない資料もあるし……しばらく忙しくなるかも。ごめんね、武彦さん」

 メールが来た日から、気持ちの良い秋晴れはしばらく続いていた。
「おはよう、武彦さん」
 事務所が営業を開始する少し前に来て、コーヒーやお茶の準備、掃除の手伝いとちょっとしたブランチを作るのがシュラインの日課だ。
その日も武彦は、まだ眠気が取れないというような顔で、所長と書かれた札が置いてある机に座って新聞を読んでいた。
「よう……本当に秋かってぐらい、毎日いい天気だな」
 そう言いながら武彦の目は、シュラインが持っている葡萄柄の布に釘付けだ。それは、ある聖人の加護が与えられているという布で、酒を好むのでそれを与え大事にしてやれば、秋には聖人の祝福が与えられた葡萄酒が返ってくる……というものらしい。
 どこから持ち込まれたのか、武彦はさっぱり忘れてしまっている。なにせ『怪奇探偵』と言うありがたくない二つ名のせいで、訳の分からない曰く付きのものがよくやってくるからだ。多分これもそんな繋がりで来たんじゃないかと思う。
 シュラインは何が気に入ったのか分からないがこの布を大層かわいがり、自分で作った果実酒などを毎日のように与え、日の下にも干し、武彦にその様子をメールしてくれたりするので、武彦ももう何だか他人のような気がしない。
 シュラインもその視線に気付き、くすっと笑う。
「今日は天気が良いから、実家の屋上で干してみようかと思って持って来たの。また明日からちょっと崩れるって言ってたし」
 そういう心の憩いは必要だ。毎日調べ物や、書類作成では肩がこってしまう。武彦はシュラインに近づくと、ぺらっと布をめくって見せた。確かに前に見たときよりもはち切れそうなほど、葡萄がつやつやしている。
「お前も今日のうちに日光浴しとけよ……さて、仕事の準備でもするか。シュラインに来てた手紙とか机の上に置いてあるから」
「ありがとう、武彦さん。干してきたら見てみるわ」
 研究所や鳥の名を持つ者達について、シュラインはライターの伝手をたどって、色々な方面の人たちから情報を収集している。大正時代の事情に詳しい研究者や、事情通。はたまた第二次大戦の第三帝国の人体実験や、オカルトに精通している者といとまがない。そしてそれらがやって来る宛先は、シュラインの個人宅ではなく全て草間興信所に来るようにしていた。それは、相手が組織であるなら個人宅は危険だという武彦の判断でもある。
「今日は忙しくなりそうだな」
 パタパタと元気に階段を上がっていく後ろ姿を見送りながら、武彦は何故かそんな事を思っていた。

 武彦が思っていた通り、布を干した後のシュラインは事務所の営業準備をした後、手紙などを開封したり、数日後の為にぱたぱたと資料を出しやすい位置に置いたり、やって来た資料をまとめたりと大忙しだった。
 元々知っていることはいくつかあった。
 ヒバリの体に入り、たった一人の少女に付き添っている女性。 電脳世界を操り、人の体を欲しがった少年。自分の半身を探し、人を狂気に陥れるDVDに関わっていた少女。政治家の汚職事件に関わり、己の炎で自分の身を焼いた女性、そして人工知能ソフトだと言われ、電脳世界を彷徨っていた少女……。
 多分これらのことを、彼は知らないだろう。普段はずっと店にいるし、東京の情報には詳しくても、自分のことに対しては無頓着な印象がある。だがそんな彼が「逃げてても仕方がない」と、自分の事を知ろうとしているのなら、それは協力したいと思う。
 それに、研究所か関わる事件に関しては、シュラインはもうかなりの所まで踏み込んでいる。
 危険を恐れていない訳ではない。
 今はまだ自分達は危険とみなされていないだけで、そう思われたら相手は牙を向いてくるのではないかとも思う。情報交換を持ちかけたのは、鳥の名を持つ者達が残り何羽いて、どんな能力を持っているかを知っておきたいからというのもある。
「多分、これから絶対に敵対するわよね……」
 相手の目的は何なのか。この現代に甦って、一体何をしようとしているのか。
 資料を一つのファイルにまとめながら溜息をつきふと外を見ると、いつの間にか日が暮れてきた様子だった。
「あらやだ、時間を忘れちゃってたわ」
 依頼人が来なかったり、電話がかかってこなかったりしたせいで、自分の思考や読んでいた資料などにどっぷり浸かってしまったらしい。それに慌てて顔を上げると、競馬新聞を読んでいた武彦と目が合う。
「どうかしたか?」
「ううん、随分考えに没頭しちゃってたみたい。もうこんな時間」
「ああ。声かけようかと思ったけど、何か真剣だったからそっとしていた。少し休憩してこいよ」
 それに笑って、シュラインは立ち上がって小さく伸びをした。今まで感じていなかったが、肩や背中が少し緊張している。
「そうね、丁度いいから布も取り込んでくるわ」
 肩を回したりしながら屋上へ。
 屋上に上がると布は秋の日差しをさんさんと浴びながら、ひらひらと風にそよがれていた。ずっとこの布を「ボス」と呼んでいたシュラインは、布を取り込みながら話しかける。
「ボス、久々に実家での日向ぼっこはどうだったかしら」
 酒を飲みはするが、それ以外は布なので無論返事はない。それを取り込もうと少し背伸びをしたとき、シュラインはある異変に気付いた。
「……今朝よりちょっと重たくない?」
 確かにここに来て物干し竿にかけたときより、妙に重く感じる。それに、触っていると何だかしっとりと湿ってきたような感触もする。シュラインは布を畳むと、慌てて階段を駆け下りた。
「武彦さん、ちょっと大変!」
 その声に武彦もバタバタとドアから顔を出す。
「どうした、便所コオロギでも出たか?」
「違うの。ボスがそろそろみたいで……武彦さん、私が持って来た瓶の蓋開けてちょうだい」
 何だかそろそろとか言うと、産気付いた人のようだが、ある意味間違ってはいない。武彦もそれで気付いたのか、台所の下に置いてあった広口瓶を開け、一番広い応接テーブルの上に置いた。
「どうなるんだ?」
「分からないけど……何かちょっとワクワクしない?」
 開けた広口瓶の上に乗せると、その瓶の中にしゅるっと蔦が伸びた。そしてそこを伝って葡萄色の雫が落ちる。
「うわぁ、新鮮な葡萄の香りだわ」
「瑞々しいな」
 そう言いながら武彦は、心配そうに口の開いた広口瓶を持って待機している。するとそこにも蔦が伸びていった。
「こら待て、持ったまま入れたら重いだろ」
 慌てて床に置くと、やっぱりそこにも葡萄色の液体が満たされ……。
 しばらく時間が経った頃、シュラインが持ち込んだ広口瓶五個にぴったりと葡萄酒が満たされると、布は一息ついたように蔓を収め静かになった。そっと持ち上げると、いつもと変わらない布の重さで、広げてみせると今まではち切れんばかりだった柄も何だか落ち着いている。
 感慨深そうにシュラインが布を見つめていると、武彦の言葉が現実に引き戻した。
「シュライン、たくさん収穫出来たのはいいけどこれじゃ仕事にならんぞ」
「……確かにそうね」
 事務所内一杯に広がる、瑞々しい葡萄酒の香り。
 いい香りではあるのだが、香りだけで下戸の人は酔っぱらってしまうかも知れない。思わずじっと布と武彦を交互に見つめるシュライン。
「武彦さん、ごめんなさい……」
「いや、どうせ今日は暇だったんだから、今日の業務は終了だ……って、これ、いつ飲む?」
 広口瓶にはたくさん葡萄酒が入っている。
 情報交換をする日は数日後で、それに合わせて飲んでもいいのだが、やっぱり出来たてを味わってみたい訳で。
「武彦さん、飲みたいわよね? 味わってみたいわよね?」
「俺は今日は仕事する気ないから、飲む気満々なんだけどな」
 いきなりグラスを用意しそうな武彦を手で止め、シュラインは冷蔵庫の中を確認した。キュウリや人参があるから、ちょっとしたディップを作れば野菜スティックは出来る。少し前に作り方を教えた鳥ハムもある。でもやっぱり出来たての若いワインなら、チーズやクラッカーも欲しい。
「この時間なら、まだお店開いてるわよね」
 秋の日はつるべ落としとは言えど、最近は二十四時間営業のスーパーも多い。シュラインは自分のバッグを手に取ると、こう告げる。
「ちょっと買い物に行ってくるわ。武彦さん、抜け駆け禁止よ」
「そんな事したら後が怖いから、大人しく待ってます」

 臨時休業の札を下げ、シュラインが買い物に行ったりちょっとしたつまみを作っているうちに、空はいい感じの夜空になっていた。かけ始めた月が、大きな窓から月明かりを落とす。
「じゃあ、ボスの頑張りに乾杯しましょ」
「だな。ボスもお疲れさん」
 小さく乾杯して一口飲むと、若くて瑞々しい香りと、甘酸っぱさの中にもしっかりとした味が口いっぱいに広がった。ワインを語り始めると色々難しいが、これは美味しいというのはシュラインにも武彦にもよく分かる。
「美味しいわ。ありがとね、ボス」
 自分の隣に畳んでおいてある布にそう呟き、シュラインは目を細めた。
 最初は果実酒を勝手に飲んでいたりして吃驚したが、何だかこの夏の間に愛着が湧いてしまった。来年はまた美味しいお酒を飲ませてあげようか……そう思う。
 すると武彦もキュウリのスティックをつまみながら、少し目を細めた。
「来年の春まで寂しくなるな。ずっとシュラインから写メールもらってたし」
「そうね。でも、今年の夏はボスと一緒で楽しかったわ……っと、武彦さん、窓開けていい?」
 明日もお酒の香りが事務所に充満していたら仕事にならない。今日はまあ仕事が忙しくなかったので良かったが、事務所には高校生なども来るので、少し名残惜しいが香りを飛ばさなくては。
 窓を開けると少し涼しくなったきた風が、事務所を通り抜けた。
 虫の声も遠くに、近くに聞こえてくる。それだけでも秋だなと思っていたら、武彦がすっと立ち上がった。
「今日は月が綺麗だから、明かり消してもいいかもな」
 パチッと蛍光灯が消えると、月明かりと外からの明かりが丁度良くて。
「これ、今度情報交換するときにお裾分けしましょ。きっと緊張する話になると思うから、少しでもリラックスして欲しいもの」
「そうだな。やっぱ人間美味いもの飲んだり食ったりしてると、幸せになるよ。今がそうだ……今日はシュラインもゆっくりと、ボスの葡萄酒楽しむといい」
「そうするわ」
 グラスからまた一口葡萄酒を口に入れて。
 その香りと味を楽しみながら、二人だけの収穫祭は静かに過ぎていく。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
以前のシチュノベや交流メールからの繋がりで、葡萄柄の布からやっとお酒が収穫出来るまでを書かせて頂きました。ノベルにもありますが、これから情報交換へと続いていく訳ですが、色々難関はあれど美味しい物や、頼れる仲間がいれば彼も安心だと思います。
一夏ずっとボス(笑)と一緒だったので、少し寂しくなるかも知れませんね。また来年にでも思い出して頂ければ幸いです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。