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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 鏡の牢獄 +



■■■■



 迷う事だってあるわ。
 強がりだって言うわ。
 私だって感情を持つ生き物だもの。


 私は私を見つめる。
 同時に私は私を見ていた。
 だって此処は私を閉じ込める鏡の部屋……なのだから。



■■■■



「……うわぁ……」


 目覚めた瞬間の声がそれだった。
 間抜けな声を出したのはもちろん私。今現在自分の身に起きている事態が飲み込めなくて、ただただ呆れた息を零すばかり。
 右を向く。次に左。上。下。前。後ろ。
 動くたびにしゃらりしゃらりと流れる黒髪が肌を擽る。
 見渡すばかりのその光景に圧倒されてしまった。そう、視界に入る限りの――――沢山の『藤田 あやこ』が。


「ちょっと待って。確か私は法要に行っていたはずなのよ」


 ばっと両手で包むように頭を押さえる。
 すると沢山の自分も同じように頭を抱えた。


 自分が今いる場所は『鏡張り』。
 偶像の現れ方からして恐らく場所は正方形の部屋の中だ。
 だが、天井、壁、床全体に取り付けられた鏡達が複雑な無限迷路を生み出していた。合わせ鏡なんて言葉じゃ片付かない。悪魔でも呼び出せるんじゃないかと思うほどのあらゆる角度から映し出された私がいる。


 溢れんばかりの疑問符が脳内に降って来たので、出来るだけ早急に状況を把握しようと今日の出来事を回想し始めることにした。


 つい数日前、ある一軒の煙草屋で強盗殺人が起こった。
 老婆とその孫娘が経営するその店は、私の知人のもので、事件を知った時は耳を疑ったものだ。後継にとても意欲的だった孫娘はその時運悪く殺されてしまい、本日初七日の法要となってしまった。可愛い娘さんだったのに、とまだ捕まらぬ犯人を憎く思う。
 悲しみに暮れる老婆は以前よりも小さく見え、私自身も胸が締め付けられる痛みを感じたものだ。心の底からこの人を元気付けたいと思った私は、店の支援を申し出た。


 ……だが、一つ問題が発生した。
 個人的な問題ではあるが、私は『煙草』という分野をよく知らない。いや、正しく言うと<百害あって一利なし>であると嫌っていた。だが此処まできて今更自分の好き嫌いで老婆を見捨てることは出来ない。
 あの泣きはらした目、掠れた声、一気に増えた心労の皺。今思い出しても悲しみが胸を突く。死は唐突に訪れ、そして過ぎ去っていくものだとしても、孫娘の死はあまりにも早すぎた。


 私はこれからのことを考えながら一人帰路についていた。
 まず資料を集めなければ、次にプロジェクトを立ち上げて、次に、それから、最終的には……と独り言を呟いていたと思う。いっそのこと有害ではなく無害でなおかつ人のためになる煙草を作り出せばいいのだと結論付ける。
 個人店にしては壮大すぎる理想だとは思うが、そうでもしないと自分までも悲しみの淵に追いやられてしまいそうだったのだ。


 だからこそあまりにも集中しすぎていて、周囲への意識を忘れていた。昼間とはいえ人があまり通らない山林道を通っていたのが悪かったのかもしれない。自分を害するその人物が近づいてきたことにも気づかなかったのだから。


「そうよ。あの時人が出てきたんだわ」


 振り返る間もなかった。
 口に布を当てられ、異臭を嗅がされたのを思い出す。そしてそのまま意識を失い、――――今に至る。


「怪我はないわね。ちょっと頭痛はするけれど、耐えられないほどじゃないし……と、いうかどうして私は裸同然なのっ……!?」


 ぐっと息を飲む。
 それから天井を向くように顔をあげ、私は拳を突き上げて叫んだ。部屋はバスルームのように声を反響させる。エコーする声を聞きながら私はがっくりと首を垂らした。
 そう、今の私の姿は裸ぎりぎり。
 かろうじて肌着は着ているものの、露出度は非常に高い。むしろちょっと布地があることにより色気が出ている気がする。
 誰もいないことを改めて確認し、立ち上がる。本当は何か羽織る物でもあればいいものの、此処にはただ無数の『自分』がいるのみ。
 出口を探そうと鏡に手を付きながら進んでみる。こういう場合は何かしら凹凸部分があり、そこから出れたりするのだ――――と、そういうドラマがこの間特番でやってた。
 だが、何周か部屋を巡ってみてもそれらしきものはない。しゃがみ込んで床も触ってみるがそこにも何も無い。あるといえばいろんな意味でぎりぎり角度の自分の姿のみ。


 能力を使って外に出ようと試みる。
 だが力を振るってみても何も反応はない。


「たかが鏡のくせに生意気!」


 腰に手を当て、眉間に皺を寄せる。
 肌着しか着用していないため身体のラインがすらっと見えた。柔らかそうな胸はぼんっと出て、適度に締まった腰へと続き、最終的には小振りながらも魅力的なヒップへと流れる。背中に生えた白い羽もまた魅惑的な存在だ。


「は、もしかしてマジックミラーですってなオチ!? 妖しい団体が私の身体に眼をつけ、こんな変な部屋に押し込めてあんな角度やこんな角度やそぉーんな角度を撮ったり売りつけたりしちゃうアレ!? それとも実業家として成功した私を妬んだ誰かが弱みを握ろうとこんな羞恥プレイをしちゃってるとかそんなアレ!?」


 そんなことになったら私いろんな意味で耐えられない!
 それがきっかけのようにぶわっと妄想が広がり、恐怖を煽りに煽ってくれた。ホラーな想像から口には出来ない色物ネタ、そして最終的にはピーという音が入りそうなものまでそりゃあもう沢山。人間、境地に陥ると最悪の状態を想像するシステムになっているものだからそれはもう溢れんばかりの想像量だったと思う。
 さぁああっと自分の血の気が引く。
 だが、それは唐突にぷちっという音と共に止まった。


「……絶対に、此処から出る!!」


 そこからの私は凄かった。
 今一度出口がないかありとあらゆる手を尽くして調べ、手がかりを探った。だが何も見つからない。大量の鏡というある意味珍しい状況に「いっそのことダンスレッスンでもしてやろうかしら」と変な思考が浮く。
 精神的にもそろそろ限界点を超えそうだと思ったその時。


「出口なんてあるわけない。此処は鏡の世界なのだから」
「誰!?」
「力は通用しない。運よく通じても跳ね返すよ、此処は鏡の世界なのだから」
「誰、あんた」
「初めまして、<迷い子>。俺の名はカガミ」
「……あなた、どこから来たの」


 突然現れたのは一人の少年。
 私のことを<迷い子>と呼びながら彼は背後に立っていた。――――何故か後ろ向きで。
 だが鏡に映り込んだ姿が相手の姿を浮かび上がらせる。年は恐らく十二、三歳。髪は短髪で黒く、そして瞳の色が黒と青のオッドアイだった。
 少年はおもむろに手を持ち上げ、指を指し示した。


「俺は案内人。迷っているものがいたら道を示してやるのが俺の役割。というわけでお前の行く道はあっち」
「あなたが私を閉じ込めた張本人?」
「否。俺は否定する。閉じ込めたのは俺ではないと」
「じゃあ、誰が犯人よ。私をこんなあられもない姿にした挙句、あんなことやこんなことや挙句の果てにそんなことをしそうなヤツは誰なの!?」
「……いや、そこは一応お前の妄想だと突っ込むべき?」
「何にも分からない状態じゃ憶測こそが最大の防御よ! ありとあらゆる『可能性』こそが次への行動の決め手になることがあるのよ!」


 出来るだけボディラインを隠そうと横を向きながらそう言う。
 胸の前で腕を組みながらふんっと言い放つ。誰かが現れたのならば確実に此処を出れると確信したためか私は強気だった。少年はぽりっと頬を掻く。ゆっくりと瞼が下ろされるのが視界の端で見えた。


「もう一度言う。此処は誰が生み出したものでもない、お前が作り出した仮想世界。鏡という形で表現されているのは未知なる活路見出そうとしつつも不安がっているせいだ。ああ……もしかしたらあんたを映す『鑑』かもしれないけどね」
「未知って……何が未知よ」
「煙草の話。――――お前は煙草吸わないだろ? なのに自分で経験したこともないものを理屈だけを捏ねて、理想だけを並べ立てているのは偽善者的な思考だ。足掻くのは自由だけどな」
「何よ……何よ、それ!」
「此処の鏡たちは全てを露出させる。ただ単純に『誰かのために』なんて言葉は通用しないし、させないだろう。お前は弱い。弱いから鏡を作り、自分を見返すんだろう。「これでいいのか」「本当に大丈夫か」「やれるのか」……そうやって何度も確認して、出口のない鏡迷宮に篭ったんだ」


 ぱちん、と少年が指を鳴らす。
 瞬間、今まで私と同様に沢山の少年を作っていたものは一斉に消え、少年は『一人』になった。偶像が消え、実像だけになったそれに私はひゅっと息を飲む。鏡を見てももう相手の表情は伺えない。


「何よ……鏡の分際で。だいったいね、今の煙草は本当に有害なのよ!? 妊婦を見てごらんなさい、吸ったばっかりに赤ちゃんが大変なことになって生まれてきている例がいくつもあるじゃない! 高確率で肺癌や喉頭がんにはなっちゃうし、煙草なんてね、本当はないほうがいいっていう意見も多いんだから!」
「だが求める人が多いのも事実だ。お前が言う言葉には熱がない、自分がない。誰かが飛び交わした意見の引用にしか俺には聞こえないね」
「ッ……」
「煙草が害だと言うのは簡単。無害なものという理想を立てるのも簡単だね。何故ならそれは数多くの『既出済みの意見』だからだ。だがその一方で、何故その煙草に魅了される人がいるのか考えることも時には必要だと思うけどな」


 少年の言葉にぐっと息を飲む。
 確かにそうだと思った部分と、違うと思った私が心の中で反応している。マスメディアの影響を受けていないとは言えないし、実際煙草を吸わない私には何故それが社会現象を起こすほど魅力的なものなのかも分からない。皆、『悪いもの』だと分かっているのに、何故自ら病気を生むように吸うのか理解出来ないのも本当。


 煙草は『無意識な自殺』だと論じたのは誰だっただろう。
 テレビでみたのか、雑誌で見たのか。
 どちらにしても、それは私の意見ではない。
 それは確実なものだった。


「物事には人の数だけ視点がある」


 少年が後ろで両手を組む。


「お前はお前の視点が第一優先かもしれないが、他人はそうではない。お前の意見ももっともだ。とても正しい。有効だ。そして、とてもとても綺麗な考え方だ。だが、それならばあの老婆はどうなんだ? あの孫娘を失った老婆は何故そんな有害なものを人に薦めるかのように店など続けてきたのだろう。亡くなった孫娘だってそう。どうして老婆を止めなかったんだ? 継ごうなどという意思を持ったんだ? ――――皆知ってる。良くないものだと分かっている。だがそれでも……という意見も確かにあるんだ」
「知ってる、わよ。だから私は意思を尊重して支援を申し出て……」
「その意見はお前の心を代理して否定する。そして意見が本当に本音として確立しているのならば、何故お前はそんな表情をするのか問いたい」


 はっと目の前の鏡を見やる。
 そこには苦渋に歪む自身がいた。少年の言葉に少なからず動揺し、不安に満ちた表情。そして無意識のうちに握りこんでしまっていた掌。ゆっくりと開けばそこにはじわじわと嫌な汗が噴出していた。


「支援と言う言葉は間違いではない。だがお前はあまりにも短絡的過ぎた」
「……っ……」
「再度示すが、出口はあっちにある。鏡に惑わされずに戻れれば、もう少しマシな結論に辿れるかもね。ああ、ついでにお前を眠らせたのは殺人事件の犯人だというネタ晴らしを残しておいてやるよ」
「え、ちょっと待っ……」
「さようなら、<迷い子>。永遠に何かに迷い続けるか、此処から脱出するかはお前の自由。決して変えられないエゴと向き合って悩みぬくといい」


 そう言いながら少年は指し示した方向へと走り、鏡の中に消えてしまった。
 止めようと伸ばした手は掴む場所を失い、空を切ってしまう。


 残された私は無数。
 いや、一人……のはずだ。


「……なんなの」


 言葉は小さく響く。
 肌着だけの姿は装飾品など脱ぎ捨てて己とまっすぐ向き合えという暗示だとでも言うのか。床も天井も壁も私しかいない。だけど私が私を見てる。外見だけじゃない、内側から揺さぶられた醜い私の姿を……。
 怒りに震え、悲しみに満ち、不安をあらわにした沢山の私。
 唇を噛めば、虚像も口を噤む。すぅっと息を吸い、それから少年が指差した『あっち』へと身を翻した。


 不安なんてなければいい。間違いなんてなければいい。
 そうすればきっとまっすぐ強く生きられる。
 理想は理想だけでしかない。
 だけどそれがなければ形にするなんて無理。沢山の視点を一度に見るのは無理だから、時間をかけて見渡せばいい。



「絶対に戻るわ……そうよ。戻るんだから」


 鏡は模倣する為の『鑑』。
 私が私を見直すための道具にしか過ぎない。こんな空間で永遠を過ごすなんて私は絶対にイヤだ。
 やがて鏡の存在が足を止める。蹴るように一度足を振れば、ぺたりとくっつくのみ。


「まずは、犯人をどうにかすることから始めないと。あとはお婆ちゃんとよく話し合って、先を決めなきゃ。……やってやるわ。見てなさいよ、少年」


 胸を張り、鏡に向き合う。
 そこには私を睨む『私』がいる。どうか痛みませんように、と祈りながら拳を振り上げ、そして――――。


「大丈夫、私はまだ頑張れる」


 四散する光と共に、世界は開かれた。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女 / 24歳 / 女子高生セレブ】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして。
 発注真に有難う御座いました!
 肌着姿ということで吃驚しましたが、=素の自分という表現に落ち着かせて頂きました。前半はテンション高く、後半シリアスという展開ですが、いかがなものだったでしょうか(笑)
 後ろ向きなのはあれです。照れです。刺激的なプレイング有難う御座いました!