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<東京怪談・PCゲームノベル>


夢狩人 〜 始まりの夢 〜



1.
 磨きぬかれた鏡のように静かな光を湛えている満月の下、真帆は白いテーブルクロスの敷かれたテーブルと木製の椅子に腰かけてゆっくり紅茶を楽しんでいた。
 彼女と一緒に紅茶を飲んでいるのは使い魔のここあとすふれ。ささやかなお茶会という風景だ。
(……あら?)
 カップに口を付けたとき、真帆は何かの気配を感じとり手に持っていたカップを置いた。
 誰かが此処へやってくる。
 だが、そんなことはあまりない事態だ。何故なら此処は──
「やぁ、月夜のお茶会かい? なかなか素敵じゃないか」
 突然、そんな声が真帆の耳に届いた。
 振り返れば、そこに立っているのは全身黒尽くめの男。口元には意地の悪そうな笑みが浮かんでいる。
「あなたはどなたですか? どうやって此処へ?」
「突然失礼。僕は黒川というんだが、散歩をしている途中でここを見かけてね。紅茶の香りに誘われてついお邪魔してしまった」
 くつりと笑った顔にも誠意は感じられない。だが、真帆はにっこりと笑い黒川に席を勧めた。
「よろしければ、一緒に紅茶は如何ですか? どうやら私に用があるので此処へ来てくださったようですね……私の夢へ」
 真帆がいま言った通り、此処は真帆の夢の中。そして黒川の口振りからするとどうやら、真帆も行うことができる『夢渡り』で此処までやってきたのだろう。
「勿論、いただくよ」
 にこり、というよりはにやりというほうが正しい笑みを浮かべながら黒川は席につき、真帆は新しく取り出したティーカップに紅茶を注いでそっと差し出した。
「ほう、うまいものだね。行きつけの店で出されるものにも負けないほどだ」
 飲んだ途端、黒川が感心したようにそう呟いたのは本音らしく、飲み物や食べものに対しては意外と素直な感想と肥えた舌を持っているようだった。
「夢にお越しになったということは、黒川さんも魔法が使えるのですか?」
「僕はただの夢渡りさ。人の夢を見て回ることができるだけのありふれた男だよ」
 真帆の問いに、黒川は紅茶を飲みながらくつくつと笑いそう答えた。
「では、その夢渡りさんが、私に何の御用なんですか?」
 その言葉に、黒川の顔から笑みが消えた。
「キミも聞いたことがあるだろう? 最近流れている夢に関わる噂を」
 黒川の言葉に、真帆はすぐにひとつの噂を思い出し頷いた。
 昨日見た夢が思い出せない、夢が見られない。
 まるで、誰かが、何者かが、夢を奪っているのではないのか……と。
 たかが夢のことと聞き流すものも多かったが、そう主張する者の数が徐々に増えていることが事実であることを知っている者は少ない。
 しかし、夢に関することが真帆の耳に入ってきていないはずがない。
「そういう噂は聞いたことがあります……でも、それって本当なんですか?」
 人の夢を奪うということが特定の力を持っている者には容易いことだということは真帆も知っている。だが、いま流れている噂のように大勢の夢を奪っていくのはなかなかできないことのはずなのだ。
 しかし、黒川は笑みを消したままの顔で頷いた。
「確かに、一度に大量の夢を盗むということは通常ならば困難だ。だが、世の中にはそういうことができるものもいるらしい」
 そこで、と黒川は言葉を続けた。
「そいつにあまり好き勝手に夢を奪われては眺める夢が減ってしまう。それは僕にとって困るのでね、この現象を解決する手助けをキミに頼みたいと思っているんだが、どうだい?」
 黒川にとってどう困るかは別としても、夢魔の血を引いている真帆としては立場上放っておくわけにはいかない。
「黒川さん、でしたよね? 私でよければお手伝いさせてください」
「こちらこそ、頼むよ」
 こうして、ふたりの『調査』が開始された。


2.
 真帆たちがまず訪れてみたのは草間興信所だった。
 この街で奇妙な噂や事件が起こった場合、此処に助けを求めに来る者は非常に多い。
「夢か? そういえば最近そんなことを言いに来る奴が増えたな」
 興信所所長の草間・武彦は面倒臭そうにそう答えた。真帆に対してというよりもやってきた依頼人のことを思い出したからだろう。
「突然夢を見られなくなったんだが、きっとこれは誰かが自分の夢を奪ったからだ。だから取り返してくれなんて言われてもどうしろっていうんだ? ただの夢だろ?」
 訪れた当人たちは必死だったかもしれないが、草間にとってはただの夢として片付けていたらしい。
「その依頼をしてきた人のこと、教えてもらえますか?」
「いや、興信所は依頼人の守秘義務ってやつがあるんでな、教えるわけには……」
「依頼を受けなかったのなら、守秘義務は発生しないんじゃないのかい?」
 からかうような黒川の言葉に草間はじろりと鋭い目で睨み付けた。
「あのな、こういうところは信用第一なんだ。引き受けなかったからってほいほいと外部の奴に情報漏らすような興信所を依頼人が信頼すると思うか」
 それは失礼、と黒川はひょいと肩を竦め、真帆は余計なことを言わないでくださいと小さな声で注意してから草間のほうへと向き直った。
「武彦さんはどう思われますか? いまでもただの夢に過ぎないと思ってます?」
 普通の人間よりも怪奇現象に関わることが多い草間なら何か気付いたかもしれないということも考えられる。
「そのことなんだがな……同じような依頼がここ最近増えてるんだ。夢が見られなくなった夢を取り返してくれ。そんなことを言ってくる奴が増えている。便乗した騙りもいるがな。正直、何かあるかもしれないとも思う。だが、夢なんか取ってどうするっていうんだ?」
 流石に『怪奇探偵』として疑問はあるらしいが、引き受けて調査をするには雲を掴むどころか夢のような話過ぎてお手上げということなのだろう。
「武彦さん、その依頼してきた人に会わせてください。もしかしたら、私たちがその人たちの悩みを解決できるかもしれません」
 真帆の言葉に、少し唸るような声を出しながら考え込んでいた草間も、しばらくすると大きく息を吐いてひとつの連絡先を真帆に差し出した。
「全員っていうのは無理だが、とりあえずここに連絡してみるのが良いと思う……相手が子供だからな、気にはなっていたんだ」
「子供が悩んでいる姿は見ていられないというわけかな」
 余計なことを言う黒川にまた草間が睨みつけ、真帆は黒川から力を貸してくれと言われた理由のひとつが理解できた。どうも彼は、人に対して無礼な態度を取ってしまうことが多いようだ。
(あの調子じゃひとりで調査なんてできるはずないわね)
 草間に礼を言いながら興信所を出た後、真帆は黒川と教えられた連絡先に電話してみた。
「もしもし?」
『誰? この前行った探偵さん? やっぱり私たちを助けてくれるの?』
 聞こえてきたのは幼い少女の声、その声には必死に助けを求めている響きがあった。
 そして、ひとつ真帆には引っかかることがあった。
「私たち? ひとりじゃないの?」
『あれからナオミも夢が見れなくなっちゃったって言うの、ユカも、チエも!』
 話を聞きながら真帆は黒川のほうを見た。どうやら興信所に訪れた少女以外にも被害が広がっているらしい。
「近くの公園で皆を呼んで待っててちょうだい。いまからお姉ちゃんたちもそっちへ行くわ。大丈夫、心配しないで」
 不安そうに電話を切ろうとしない少女を宥めながら、真帆は黒川と待ち合わせの公園へと向かった。


3.
 電話口で少女が名前を言っていた少女たちを含め、その公園には4人の少女が待っていた。
 すぐにそれが電話の相手だと真帆がわかったのは、それぞれが不安げな顔で寄り集まり何事かを相談していたからだ。
 と、少女のひとりが真帆たちに気付くと、警戒したような救いを求めるような目を向け、途端少女たちは黙り込んだ。
「この前草間興信所に助けてってお願いしに行ったのは、葉月ちゃんよね?」
「そう、私」
 年齢は小学校中学年といったところらしい幼い少女が不安げに真帆にそう答えた。
「後は、さっき電話で言っていたお友達ね?」
「うん……」
「葉月のせいなんだから!」
 突然、少女のひとりがそう叫んだ。
「葉月が夢を見れなくなったなんて言ったから私たちまで見れなくなったのよ!」
 責めるような口調で少女は葉月にそう言ったが、その目に怒りはなく怯えが混じっている。自分が巻き込まれた不安を誰かのせいにしたいために葉月という少女に矛先を向けているだけなのだろう。
「駄目よ、葉月ちゃんだって怖がってるのに彼女のせいにしちゃ」
「だって!」
「……あまりそんなことを言っていると、今度はキミが言われるかもしれないよ? 『お前が余計なことを言ったばっかりに興信所の人がいなくなって調べてもくれませんでした』ってね? 勿論、彼女はそんな冷たいことをする人ではないがね」
 くつりと笑いながら黒川がそう言うと、怯えた目で少女は黒川を見た。見れば、他の少女たちも黒川に対しては警戒している様子が窺える。
 黒尽くめの黒川のいでたちは少女たちから見れば得体の知れない不気味な男に思えるようだ。
 だが、不気味な男の言葉の効果はあったらしく、少女はそれ以上葉月を責めることは口にしなくなった。
「とりあえず、話を聞かせて? 最初に夢が見れなくなったのは葉月ちゃんなのね?」
「うん……」
 真帆の言葉に葉月は頷いた。
「始めは、その日に見た夢がなんだったか思い出せないだけだったの。思い出せないだけで、多分夢は見てた……と思う」
 そのときはまだ葉月は夢を忘れていることなど気にしていなかった。疲れすぎているときは夢なんて見ないものだと親に言われたこともある。
 だから、ここ最近は自分が疲れすぎてるだけなんだと思い込んでいた。
 だが、そうではないと気付いたのは一週間ほどした後だった。
「何があったの?」
「夢を、見たの……ううん、あれは夢じゃない」
 確かに葉月は眠っていた。眠っているはずだった。目を閉じているしうとうとと何処か深いところへ落ちていく感覚もあった。
 眠っているはずの葉月の目の前に現れたのは……何もない暗闇。
 最初は、そういう夢なのだと思った。だが、すぐにそうではないと気付いた。
 スクリーンに映すべきフィルムが一本もないような状態、見るべきものを全て失ってしまった後の空洞、抜け殻。
 そんな状態が目の前に広がっていたのだった。
 まるで誰かが、夢を見るための要素を全て奪いつくした後、何もないのだという状況を『被害者』に見せ付けるためのようにこんなものを用意したように。
「そしたら、次の日はナオミが夢を思い出せなくなったっていうの……私、何度も夢が見れないってことナオミに言ってたから」
 ナオミと言われたのは先程葉月に噛み付いた少女のことのようだった。
 やはり同じように夢を思い出せない日が続き、ある日突然何もない抜け殻のような暗闇を見せ付けられたのだという。
 そして、その現象は繰り返し、他の少女たちにも移っていった。
 真帆には、そこに何者かの明らかな作為が感じられた。
 夢を奪われ、見ることができなくなった者たちの姿を楽しんでいる者がいる。
「それで、草間興信所にお願いしに行ったのね? 夢を取り返してくださいって」
「うん。夢が見れなくなったのも怖いけど、眠ったらいつもあの真っ暗な場所にいるんだもん」
 もうひとつ少女たちが興信所に助けを求める原因があった。
 自分たちに起こったことが気になりネットで調べていたとき、ゴーストネットで同じような『被害』の書き込みが多数見つかったのだ。
 自分たちだけではないということはこの場合安心ではなく更に怯える要因としかならなかった。
 しかも書き込みにはガセも混じっており、夢を見れなくなったものは死んでしまうなどという、ありふれてはいるが少女たちには決して笑い飛ばせないような悪質なものもあったという。
「最近、変わったことは何かしたかしら? 誰かに会ったとか」
 真帆の言葉に4人とも首を横に振った。『現実』では誰かの接触があったわけではないのか、もしくは覚えていないようだ。
「じゃあ、変わったことは何かした?」
「……夢占い、とか。夢が見れなくなる夢っていうのがあるかな、とか」
 詳しく聞けばおまじないなどもいくつか試してはみたらしいが、効果はなかったということだった。
「お姉ちゃん、私たちもう夢を見れないの?」
 怯えたような少女の声に、真帆は首を振って励ますように少女たちに声をかけた。
「大丈夫。お姉ちゃんたちに任せて? あの探偵さんだって、きっと心配してたから調べてくれるかもしれないし、お姉ちゃんたちが葉月ちゃんたちの夢を取った犯人を捕まえてあげる」
 そう言いながら、真帆はポケットからひとつの小さな袋を取り出した。
 ピンクや空色、黄色など色とりどりの金平糖が入った袋だった。
「これはお姉ちゃん特製、良い夢が見れる金平糖よ。おいしいから食べてね?」
 でも、おいしいからって虫歯になるまで食べちゃ駄目よと付け加えるとようやく少女たちの顔に笑顔が僅かにだが浮かんだ。


4.
 その夜、真帆は少女の夢へと潜り込むことにした。
 自分が行って彼女が少しでも安心できればと思いながら夢を渡っていく。
 しかし、ここで奇妙なことが起きた。普通ならば葉月の夢へ潜りたければ直接向かえばよいはずなのに、何故かそれができない。
 しかたなく両親の夢を通りながら葉月の夢へと近付いたとき、真帆の目にあるものが見えてきた。
 破片のようなものが、足元に散乱している。それらはすべて光を失っており、元に戻すことは困難であるのは見て取れた。
 屈んでその破片をひとつ手に取る。僅かに、何かが見えたが明確な形はとれない。
「やぁ、やっぱりキミも来たんだね」
 その声に、真帆は慌てて顔を上げた。
 見れば、黒尽くめの黒川の姿がそこにあった。
「黒川さんも葉月ちゃんの夢へ?」
「どういう状態になっているか確かめたくてね。残念ながら僕には入れなかったが」
「……入れない?」
「ない場所へは入れない、というだけのことだよ。他の少女たちも同様だ」
 その言葉に、真帆は少女たちから聞いた話を思い出した。
 見るべきものを全て失ってしまった後の空洞、抜け殻。
「夢そのものが、存在していないということですか?」
「その通り、どうやら時間が経過しすぎていたのかもしれない。相手は最初葉月嬢の夢に入り込んだ、そして取るものがなくなったので夢を渡って別の少女へと向かっていったということかな」
 ほら、と黒川は真帆に別のものを指差した。
 先程真帆が見つけたのと同じような欠片がある。
「夢の残骸、というところかな。組み立てるのは難しそうだ」
 そっと真帆はその欠片を拾った。先程拾ったものとは別の欠片であることはすぐにわかったし、やはりもともとはどんな夢を形成していたのか判断するのは困難だった。
「犯人に、夢渡りの能力があるということは確かなようですね」
「そうだね。夢に入り込むことはできるんだろう、そしてゆっくりと夢を奪っていく」
 楽しんでいるようだね、と黒川はあっさりと呟いた。
 葉月たちの不安に満ちた顔を思い出した真帆にはその言葉はいささか腹立たしいものだったが黒川を責めたところで事態は変わらない。
「さて、今回の調査はこのくらいが限度かな。何かわかったら僕はまたそちらにお邪魔するよ。そちらで何かわかったのならこの店へ来てくれれば大抵の場合はいる。なかなかうまい紅茶を出してくれるよ」
 そう言いながら黒川は小さなメモを真帆に手渡し、それじゃとその姿が暗闇の中に溶けていった。
 店の名前が書かれているメモを畳んでから、真帆はもう一度葉月の夢……夢を見るべき場所があったはずのところへ向かっていった。
 だが、その場所は見つからず、真帆は大きく息を吐いてその場を立ち去った。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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6458 / 樋口・真帆 / 17歳 / 女性 / 高校生/見習い魔女
NPC / 草間・武彦
NPC / 黒川夢人

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■         ライター通信                    ■
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樋口・真帆様

この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
真帆様御自身が夢に大きく関わっている方ということで、黒川がそちらへ赴き依頼するという形を取らせていただきました。
被害者の少女たちは夢をまったく見れなくなったということで、夢を見る場所(能力)を失ったという状態にまで進んでいるということとさせていただきました。
夢を巡る攻防戦はゆっくりとしたペースで進行していく予定です。よろしければまたご参加ください。
別依頼でも、またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝