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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


スイートトリプル


 無表情ながらも、目の前のアイスクリームに夢中な事は、聞かなくても分かっていた。赤、黄、青とまるで信号のように綺麗な色をした、三段アイスクリームを握り締め、日向・久那斗は意気揚々とアイスクリームに挑んでいる。
 上から、イチゴ、バナナ、ソーダ。
(すっかり、習慣になったな)
 三色のアイスを嬉しそうに口へと運ぶ久那斗を見ながら、クルツ・ヴェアヴォルフは心内に呟く。
 公園のベンチに座り、こうしてアイスクリームを食べるのが久那斗の週間になっていた。そしてまた、クルツがそれを見守るのも。
 三人か、四人くらいが座れるようになっているベンチに、二人で仲良く座っている。公園内にはちょっとした遊歩道や林がある。アイスクリームの屋台もある。文句なしに、広い公園である。
 公園内には、ベンチに座る親子連れや老夫婦、広場を駆け回る子ども達がたくさんいる。かといって、満員御礼だと言わんばかりの人数はいない。
 多くも無く、少なくも無く。
 ほどよい人数、と言ってもいいくらいの人々が、この公園で一時を過ごしていた。
 クルツは隣の久那斗を見る。
(でもって、やっぱり三種類か)
 じっと見ていると、久那斗がクルツの視線に気付き、ぐいっとアイスクリームを差し出してきた。
「おとうさん、いる?」
「いや」
「……でも、見てた」
「早く食べないと、溶けるぞ」
 クルツが言うと、久那斗は「あ」と言って、再びアイスクリームを食べ始める。既に一番上のイチゴの赤が黄色に侵食し始めている。
 肩にかけられた傘が、ふわ、と風を受け止めた。久那斗は傘が飛んでいかないように、ぐっと腕に力を込める。
 別に、今は雨が降っているのではない。晴れていたとしても、久那斗は傘を差す。ただ、それだけだ。
「コーンの下から出てきそうになってるぞ」
 久那斗の持つコーンの先に、青色の雫が出来ていた。一番下に配置された、ソーダ味のアイスクリームの雫だ。
 久那斗は無言のまま、ぱく、と下を食べた。
「お前、そんなことしたら余計に垂れるぞ」
 クルツが言うが、久那斗はきょとんと小首をかしげる。その間にも、たり、と青色の雫が出来る。先を失ってしまったため、垂れるのは安易だろう。
 クルツは慌てて、アイスクリームショップの店員の所へと急ぐ。そこで紙ナプキンを数枚貰い、再び久那斗の元に戻る。
「ほら、これで」
「え」
 きょと、とした顔で、久那斗がクルツを見上げてきた。ぼたぼたと、コーンの先からアイスクリームが零れ落ちている。久那斗の足元には、青い水溜りがいくつも作られていた。
「ああ、もう。大丈夫か?」
 クルツの問い掛けに、こくり、と久那斗は頷く。ぼたぼたと落ちた先は地面で、幸いにも久那斗の手や足にはかからなかったようだ。ほっと息を吐き出し、クルツは貰ってきた紙ナプキンを使ってコーンをぐるりと巻いてやる。早速じわじわとアイスクリームがしみ始めていたが、これで多少溶けたアイスクリームを防ぐことができるはずだ。そうでなければ、今は地面に出来ている青の円が、次こそ久那斗の膝や足に出来るだろうから。
「久那、久しぶりね」
 コーンに紙ナプキンを巻き終えた瞬間、空から声が聞こえた。かと思うと、ふわりと久那斗の隣に女性が降り立った。
「くの」
「あら、おいしそうなものを食べてるじゃない」
 久那斗はこっくりと頷き、アイスクリームを一つ一つ指差す。
「イチゴ、バナナ、ソーダ」
「おいしそうな上に、綺麗なのね。素敵」
 きゃー、と嬉しそうに笑い、久那斗の隣にたくさんのお菓子をばら撒く。
 チョコレート、キャラメル、ハードキャンディ。
 甘いお菓子が山のようにベンチに置かれている。
「今日はこれにね、久那が食べたがっていたマカロンを買ってきたのよー!」
「マカロン」
 嬉しそうに言う久那斗の前に、色とりどりのマカロンが入った箱が差し出された。
 甘いものに包まれたような久那斗とその女性のやりとりを、クルツは半ば呆然としながら見ていた。そんな知り合いが居たのか、という驚きを隠せない。
 じっと見ていると、女性の方もクルツの視線に気付いたようだった。にこ、とクルツに笑いかけてから、久那斗に話しかける。
「久那、この人は誰?」
「おとうさん」
 きっぱりと返す久那斗に、ため息を漏らしながらクルツは口を開く。
「クルツ・ヴェアヴォルフだ」
 クルツの言葉に、ワンテンポ置いてからにっこりと笑い、彼女は口を開く。
「九の一です。おとう様」
 ぴきん。
 何かが固まるような音が響く。いや、実際には音などしていないのだが、クルツと九の間でだけ鳴り響いたのが分かった。事実、間に居る、久那斗には聞こえていない。
「くの、アイス食べる?」
「いいの? じゃあ、久那はこのマカロンを食べなさい」
「これは、何味?」
 つややかなベージュのマカロンを手に取り、久那斗は九に尋ねる。
「それは、マカダミアナッツね」
 久那斗のアイスに口つけつつ、九は答える。久那斗は「マカダミアナッツ」と呟いてから、丸いマカロンを口へと運んだ。その途端、上品な甘さと優しい食感が、口いっぱいに広がる。
「どう?」
 にこにこと笑いながら尋ねる九に、久那斗は何度も頷く。
「おいしい」
「良かったわ。久那のアイスチョイスに、負けちゃうかと思った」
「チョイス、いい?」
「ええ、いい選び方をしてるわよ。アイス、凄く美味しいわ」
 九が言うと、久那斗は照れたように表情を少しだけ和らげる。
「他にもね、イチゴとかミルクとか……ピスタチオなんていうのもあるのよ」
 嬉しそうに言う九に、久那斗は「ピスタチオ」と言いながら、色とりどりのマカロンを見つめる。
(何故だ)
 和気藹々としている二人を、ちらちらと横目でクルツは見守る。精一杯の愛想笑いのまま固まっていたという状況から、ようやく持ち直したのだ。
(何故、俺はこの二人と同じベンチにいなければいけないんだ?)
 一見すると、年の差カップルにも見えなくない。楽しそうにアイスやお菓子を食べあっこする二人は、何処からどう見ても恋人同士。
 クルツは、一人、悶々とする。見るのを止めようと思いつつも、つい目が行ってしまう。久那斗のアイスに舌鼓を打つ九は、久那斗の彼女なのだろうから。
 ふと、九がクルツの視線に気付いてこちらを見てきた。クルツは慌てて、視線を外す。いきなり目を逸らしたのではなく、何気なく辺りを見回しているのだというようなジェスチャーを交えつつ。
(誤魔化せた、よな)
 再び久那斗と九の方を見ると、二人は楽しそうに再びお菓子談義に花を咲かせていた。九と目が合ってしまった事も、気にしていない様子に見える。何とか誤魔化せたのだ、とクルツは内心ほっとする。
(ほっとする、だと?)
 別に悪い事をしているわけでもないのに。
 クルツは自分で自分に突っ込みを入れる。そして、ちらちらと再び九の方へと視線を動かしてしまう。
(気になるのは、仕方ない)
 白状するかのように、クルツは心内にため息をつく。気にならないはずがない、と半ば自棄になりつつ。
「あ」
 不意に、久那斗が呟いた。声につられて手元を見ると、手の中に何もなくなっていた。こんもりと盛られたトリプルアイスを、食べ終えてしまったのだ。
「あたし、食べ過ぎちゃった?」
 心配そうに九が尋ねると、久那斗はぷるぷると頭を横に振る。
「買ってくる」
「いいの?」
 こくり、と久那斗は頷く。そうして、ベンチからひょいと降りてアイスクリームを売っている小さな屋台へと駆けていった。
 そんな久那斗を笑顔で手を振り、九が見送っていた。クルツは駆けていく久那斗を目線でだけ見送り、次に九の方を見た。
「九の一、だったな」
「ええ」
「お前は久那斗の、何なんだ?」
「何って」
「だから、その」
 クルツは暫く考え、ちらりと久那斗の方を見る。久那斗は、屋台のショウケースに並んでいる色とりどりのアイスクリームを真剣な表情で見つめていた。何にしようか、悩んでいるらしい。
「何ですか? おとう様」
 再び言われた「おとう様」という言葉に、ぐっとクルツは呻きつつ、再び口を開く。
「久那斗の、彼女、なのか?」
 真顔で九に向かって尋ねると、九は「あら」と言いながらにっこりと笑う。
「おとう様、あたし、男ですよ」
「え」
 ぴきん。
 再び、何かが固まる音がした。二度目の音は、最初のものよりも大きいようだった。そしてまた、最初はクルツにとって精一杯の愛想笑いだったまま固まったのだが、今回は違った。
 驚いたままの表情で、綺麗に固まっていた。
 あまりにも、さらりと言われたから。
 とびきりの笑顔で、あっさりと言われてしまったから。
 だからこそ、クルツが固まるには十分だった。にこにこと笑う九からは、何のフォローもない。必要ないと思っているのか、それとも今の状況を楽しんでいるのか。固まったままのクルツには、全く判断がつかない。
 点状態になった目は、ぼんやりと久那斗を見ていた。
 アイスクリームの種類を選んでいた久那斗は、ついに何にするかを決めたようだった。一つ一つ指で何を乗せるかを指示している。
 アイスクリームを受け取ったものの、このベンチに帰ってくる様子はない。今度は真剣な表情でメニュー表を見つめている。そうして、何かを注文してお金を渡していた。
 店員は素早く何かを作成し、久那斗に手渡した。久那斗はそれを受け取り、両手に持って、てくてくと歩いてきた。時折、肩に挟んだままの傘が風を受け、ぐら、と軽く態勢を崩していたが、何とか持ち直しつつこちらへと向かっていた。
「ただいま」
 固まったままのクルツの隣に、ちょこん、と再び久那斗が座る。そうして「はい」と九に何かを差し出す。
 それは、クリームがたっぷり入った、クレープ。
「あたしに?」
 こくん、と頷く久那斗。九は嬉しそうに「有難う」といって笑う。
「おとうさん、どうしたの」
 ふと固まったままのクルツに気付き、久那斗は小首を傾げつつ尋ねた。
「ちょっと考え事があるんじゃないかしら? それよりも久那、今度は何のアイスを買ったの?」
「桃、レモン、メロン」
「また綺麗な三色ね。おいしそうだし、さっぱりしそうだわ」
「それは、チョコバナナ」
「美味しそうね! あら、もしかしてカスタードも入っているの?」
「カスタード入り」
「それは素敵」
 九はそう言って、にこにこと笑い、自分のクレープにかじりつく。「うん、美味しいわ」と嬉しそうに頷きながら。
 久那斗もアイスを口にする。美味しそうな表情をする久那斗を見て、九は「交換しましょう、交換」と言って、クレープを差し出した。
「うん」
 差し出されたクレープを受け取り、アイスクリームを差し出す。二人はほぼ同時に、交換してもらったものを口にする。
「美味しいわね」
「おいしい」
 口々に感想を言い、またお菓子談義を再開する。
「久那、この桃とレモンが混じっているところも美味しいわよ」
 九はそう言い、つい、と桃とレモンが混じった場所をスプーンですくい、久那斗の口へと持っていく。久那斗はそれを口にし、こくんと頷く。
「そこは」
「レモンとメロンが混じっているところね。ここも食べてみて」
 今度はメロンとレモンの混じった部分をスプーンですくい、久那斗の口へ運ぶ。
「これもおいしい」
「本当? どれどれ……美味しい!」
 一通り堪能した後は、再び互いに持っているものを交換する。時折、九の持ってきたお菓子をつまんだり、どこの何が美味しいかを言い合ったり、最近食べた甘いものについて話したり。
 まさに話に花が咲く、とはこのことだ。
(久那斗は、男と付き合って……いや)
 楽しそうに笑いあう二人とは対照的に、だがその二人に対しての思いを張り巡らすクルツは、一人困惑のまま。
(別にいい……いや、良くない。なぜなら男、いやしかし)
 結局、甘い空気と匂いがその場を支配したにも関わらず、クルツはずっと苦い顔のままであった。


<甘い香りでいっぱいになりつつ・了>