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<東京怪談・PCゲームノベル>


Birdcall

 過去を知り、現在を見つめれば、未来が見えてくるかも知れない。
 その為には、自分が今立っている足場を、しっかりと固めなければならない……。

「Attention please……」
 どれぐらい眠っていたのだろうか。矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)は、乗っていたいた成田発ニューヨーク行きのアナウンスの声で目が覚めた。ずっと椅子に座って寝ていたせいか、体がきしむ。窓から見えるのは、分厚い雲……多分天気は良くないだろう。
「………」
 アメリカまで来ようと思ったのは、別に遅い夏休みを取ったわけでも、遊びに来たからでもない。慶一郎には、ここに来てでも個人的に調べたいと思っていたことがあったからだ。
 まだ眠気が残る頭で、慶一郎は出発前に篁 雅輝(たかむら・まさき)と話した内容を思い出す。

「研究所について調べに行くのでしたら、ある人に僕の方から連絡をしておきましょう。きっと矢鏡さんの力になってくれるはずです」
 綾嵯峨野研究所。
 それは不老不死の研究や、鳥の名を持つものたちと呼ばれる強化人間を作っている研究所の名だ。最近では見ると正気を失うDVDの制作や、汚職に関わった政治家達の人体発火事件にも関わっている。
 おそらく、日本にいたままで研究所の過去や謎を突き止めるには、ある程度の限界があるだろう。政治家達もその研究に手を貸しているらしいし、今でも綾嵯峨野研究所は表だって姿を現していない。聞くところでは、調べていた雑誌社に圧力をかけて記事を握りつぶしたことがあるらしい。
 慶一郎が今のところ分かっているのは、大正時代より以前に「鳥類研究所」として存在していた事ぐらいだ。
 何故その過去の亡霊が甦っているのか。
 そして、何を成そうとしているのか。
 不老不死の研究は旧陸軍と繋がりを持って行われていたようなので、その資料が存在しているとしたら戦後GHQが持って行ってしまっているだろう。だったら、そこから直接アクセスしてみるしかない。
「ある人……ですか?」
「ええ。その方に矢鏡さんが協力を仰ぐかどうかは、無論そちらの自由ですよ」
 雅輝と話をしていると、慶一郎はいつも食えない相手だと思う。自分は信用しているから紹介をするがが、最終判断は任せる……それはある意味「自分を信用するかどうかも自由」と言っているも同じだ。
「いつものことながら食えませんな」
「褒め言葉だと思っておきますよ」
 だが、ある意味その話はありがたくもある。対心霊テロリスト部隊ということで、慶一郎は米軍にも多少コネはあるが、その切り札を今全部使ってしまうのも考え物だ。おそらく一回の渡米で満足するだけの情報は得られないだろうし、もしかしたら、別の場所に飛ぶこともあるかも知れない。
「エピクテトス曰わく『与えられたるものを受けよ。与えられたるものを活かせ』……ならば、活かすために最善の努力をしなくてはいけませんな」

 アメリカに着いてからの慶一郎は、雅輝に紹介してもらった人に会う前に、まず軍の方に挨拶に行った。
「こちらで起こった、心霊テロのファイルを見せて頂きたいのですが」
 いきなり目的にまっすぐ行こうとしても、そう簡単に持ち帰れるはずがない。まずは調査協力という名目で、アメリカで似たような事件が起きていないか、綾嵯峨野研究所の名は出ていないかを調べることにしたのだ。
「いきなりGHQの資料が見たいと言っても、不審がられるに決まってますからな」
 GHQの資料といっても、慶一郎が見たいのは戦争裁判などの話ではない。手に入れたとしても、極秘扱いにされている資料なのだ。
 調べたいことは山ほどある。
 研究所の性格のようなものも、慶一郎は気になっていた。
「ただ自分の研究がしたいだけなのか、それとも何か思惑があるのか……」
 見ると正気を失うDVDは、ある意味情報による無差別テロだ。しかし、慶一郎は何かが引っかかるのだ。
 思想があるのなら、もっと確固たる何かがあるはずだ。数々の修羅場をくぐり抜ければ、相手によってその色は見えてくる。異能者が人の上に立ちたいと思ったり、食料として人を殺したり。戦争にだって理由があるように、テロというものは何らかの過激な意思表示であることが多い。
 しかし綾嵯峨野研究所が関わる心霊事件は、どことなく様子見をしている様に慶一郎は感じるのだ。もし何か理由を付けるとしたら、まるで東京……いや、日本という国を使った実験をするためだと言っているかのような。
「思想があるのなら、隠れ蓑が違ってくる。赤なら旧ソ連だし、旧ドイツ軍も気にかかる……人体実験については、調べるべき事が多そうですな」
 パタン、と音を立て、慶一郎はファイルを閉じた。
 焦るな。
 焦っても何一つ良いことはない。まずは自分の足場を固めることからだ。これが最初で最後ではなく、次に繋げるために自分はアメリカまで来ているのだ。
「やはり、機密資料を見せて頂かなくてはいけませんか」
 ここは自分のコネを使った方がいいだろう。
 次に慶一郎が向かったのは、とある退役軍人の住む場所だった。彼は心霊テロ関連で知り合ったのだが、今でも軍にかなりの影響力がある。
「お久しぶりです、ミスターグリーン。退役なさってもお元気なようですな」
「慶一郎も。来るなら連絡してくれれば良かったのに」
 玄関で挨拶をしたときこそ和やかだったが、人払いをして二人きりになった途端二人の間に緊張が走る。
 連絡などするはずがない。そうしたら彼は自分が日本に帰るまで、アメリカ中を逃げ回るだろう。それを知っているからこそ、アポなしでやって来たのだ。
「何をしに来た」
「折角日本から来たのに、ずいぶん冷たいですな。こちらの心霊テロでは協力したじゃありませんか。久々に昔話でもと思ったんですよ」
 くっくっと、喉で笑う慶一郎に、グリーンの顔が険しくなる。
「お前と話すことなど何もない」
「そうですか? 貴方と一緒に人食いの化け物を倒したことがあったじゃないですか……貴方の部下が、十人も亡くなった壮絶な事件ですよ。いやぁ、あれは酷い事件でした」
 声は笑っているが、目は笑っていない。
 それは日本で起こったものだったのだが、その事件には裏があった。その事件で死んだ十人の軍人は、化け物に殺されたのではなく、恐慌に陥ったグリーンの乱射によって殺されたのだ。
 心霊テロ部隊の隊長が、恐慌に陥った。
 それは珍しいことではないが、米軍はそれを日本に知られることを恐れた。その時に慶一郎達の部隊が「部下達は化け物に殺された」と、工作をしたのだ。
「……私は今でも、あの証拠を持っていますがね」
 あの場でグリーン自身を殺すのは簡単だった。
 だが、そうしたところで別に慶一郎には何の得もない。そうするぐらいなら、自分の切り札として持っていた方が良いと判断し、任務を果たしただけだ。そして、今やっと使える所まで育った。
「何が目的だ、慶一郎」
 苦虫を噛み潰したような表情のグリーンに、慶一郎がニヤッと笑う。
「実は、アクセスしたい軍の情報があるんですが、私じゃ難しいんですよ。おそらく貴方の力なら大丈夫だと思うんです。無論、協力して頂けると信じてますがね」

 綾嵯峨野研究所、研究文書(一部抜粋)
 磯崎博士が発見した「ヒルコ」と呼ばれる液体に因り、不老不死の人間を作成するもの哉。
 然し適応する者がほぼいない為、さらなる改良を要する。現在適応者(文書が破れていて解読不能)
 ……呪術的不老不死と呼ばれる者(ゾンビーなどと呼ばれる不死者)に関しては、容易に作成できるものの、我々が求めるものとは異なり、一度死んだ者を……(文書紛失により内容不明)

 グリーンを脅してアクセスできた中に、綾嵯峨野研究所の研究文書は、少しだけ残されていた。だが昔のことなので損傷も激しく、紛失している文書も多かった。
「やはり不老不死の研究はしていたわけですな」
 証拠は見つけられたが、また新たな謎も出来た。
 「ヒルコ」と呼ばれる液体。それは作成されたのではなく、発見された物らしい。
 何かの副産物で作成された物の中から……ということも考えたが、そうであるのなら今でも作れるはずだ。そうしないということは、合成されたものではないということだ。
 それによって不老不死になるということであるのなら、まだそれは何処かに存在しているのだろうか。
「若返りの泉などの話は全世界どこにでもありますが、そんな類でしょうかね」
 そして一番気になる言葉。
「現在適応者……の、言葉の後が知りたいものですな」
 煙草に火を付け、慶一郎は息を吐く。
 ほぼいない、ということは、何人かは適応したということなのだろうか。だとしたら一体、誰が……。
 何だかひたひたと足下に迫る、気味の悪い闇。
 慶一郎は今まで、嫌悪感を感じる事件や任務にはたくさん関わってきた。だが、今感じているのは、もっと根源的な気味の悪さだ。
 自分は、人が知ってはいけない領域に踏み込もうとしているのではないだろうか。
 『生まれた以上死なねばならぬ、ということ以外確実なことはなし』とは、クリティアスの言葉である。その「確実」な事を、無理矢理越えようとする忌まわしい力。
「本人が望んでならいいでしょうが、そうでなければ永遠の苦痛が続くわけですか」
 もし自分が望まないまま、そうなってしまったら……それを考えようとして、慶一郎は首を横に振った。
 感傷的になっても何の解決にもならない。その研究が進められているというのは現実だ。そして不老不死の人間がいることも真実で、「if」はあり得ないのだ。
 分かったことは、旧陸軍と研究所が確実に関わっていたこと。
 不老不死の研究が進められていたこと。
 今度はそこから真実を導かねばならない。

 次の日。
 慶一郎は雅輝から紹介された「ある人」とコンタクトを取った。現在も軍に所属していると言われ、慶一郎は特殊部隊か何かの一員かと思っていたが、彼は軍に所属するエンバーマーだった。
 待ち合わせは、人通りの多いホテルのラウンジにした。相手の家に行くことも考えたのだが、万が一を恐れ全体を見渡せて、かつ自分の身を隠しやすい場所を指定する。
 早めに来て待っていると、彼は待ち合わせ時間の五分前に慶一郎の元に現れた。
「篁氏から連絡を頂きました。カラス・ヨルモリです」
「矢鏡 慶一郎です。もしかして、日本の方ですか?」
 年の頃は五十代ぐらいだろうか。金髪銀眼で肌も白いのだが、顔つきがどことなく東洋人っぽい。
「いえ、私は日系二世なんです。父が日本から来たと言っていました」
「なるほど」
 話をしながら、慶一郎はあることを思っていた。
 カラスという名前が、「鳥の名を持つものたち」を連想させる。単なる偶然なのか、それとも必然なのか。そう思った慶一郎は、カフェオレを頼むとカラスに向かってこう聞いた。
「珍しいお名前ですね」
 どんな反応をするだろうか。その様子をうかがっていると、カラスはコーヒーを頼み少しだけ笑う。
「そうですね。私の父も息子も、全く同じ名前なんです」
「ほう、欧米ならではですな」
「ええ。父が代々そうしろと……おそらく、矢鏡さんが調べている事柄にも関係あることです」
「それはもしかして、研究所のことでしょうか」
 あえて綾嵯峨野……とはつけなかった。目の前にいるカラスが小さく頷く。
「私の父が、そちらにいました。と言っても、聞いた話でしかないのですが」
 その話をカラスが聞いたのは、亡くなる直前だったという。
「私はとある研究所にいた。今までお前に教えていた年齢も、本当のものではない……」
 嵯峨野研究所という所で生まれ育ち、研究所がなくなった後の混乱に乗じて逃げ出してアメリカまで来たということ。
 ここまで逃げてこられたのは「近所なら空間を曲げて移動する力」があったこと。
 初めは信じていなかったカラスも、その話を信用するしかなかった。何故なら自分に遺伝したのは金髪銀眼という容姿だけだったが、自分の息子にその力が遺伝していたからだ。
「息子さんは、今どちらに?」
「日本です。父は私ではなく、息子に何か遺言を残したようで、それを叶えに行くと言って、日本で私と同じ、エンバーマーをやっています」
 そんな近くにいたのか。慶一郎はICレコーダーで会話を録音しながら考えた。
 隔世遺伝した能力。だが、人体発火事件の時にはこう聞いた。
『……やはり二世代目には色々と問題があるようですね』
 二世代目が娘か息子という意味なのか、それとも作り出したものという意味なのか。沈黙をごまかす様に咳をすると、慶一郎は顔を上げる。
「息子さんは、研究所については……」
「分かりません。父がそれを話したかどうか私は聞きませんでしたし、私も研究所については父からそれ以上聞きませんでした」

 カラスが帰った後、慶一郎は冷めてしまったカフェオレを飲みながら溜息をついた。
 取りあえず足場は出来た。旧陸軍と綾嵯峨野研究所が繋がっていることは分かったし、日本にカラスの息子がいることも教えてもらった。カラスも軍所属ということで、もし何か分かったことがあれば、慶一郎に連絡してくれるという。
「収穫があっただけでも良しとしましょう。欲張りすぎていいことはない」
 初代が死去しているということは、少なくとも不老不死ではないということだ。本当の年齢ではないという辺りは、もしかしたら通常の人間より長生きだったという可能性はあるが。
「日本に戻って、また調べ直しですな」
 息子である鴉にも会わねばならないだろうし、研究所の真の目的も気にかかる。それが国や自分達を巻き込むようであれば、いつかは相見えることになるだろう。雅輝にも聞きたいことが色々ある。
 ラウンジから出た慶一郎は、小さく伸びをした。
「太宰治曰く『とにかくね、生きているのだからインチキをやっているのに違いないのさ』……どんなインチキを使ったのか、これからゆっくり確かめましょうか」

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】  
6739/矢鏡・慶一郎/男性/38歳/防衛省情報本部(DHI)情報官 一等陸尉