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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


予知された殺人

◆プロローグ
 身辺に起きる災厄を「予知夢」という形で察知する女子高生・中岸由美子。だが新たに見た予知夢は、自らが見知らぬ男子生徒を刺殺するという内容だった。
 夢に現れた日付は10月X日。夜ごと真実味を増す悪夢に怯えた由美子は、思い余ってゴーストネットOFFの掲示板に自ら「殺人予告」を投稿。雫たちに救いを求めるのだが――。

◆Xデーまであと二週間

「これは運命なんです。私はきっと誰かを殺してしまう……!」
「なに弱気になってるんですか! 運命なんか、自分の力でいくらだって変えられるよ!」
 顔を覆って啜り泣く由美子を、懸命に励ます雫。
「そのとーりっ! 運命とは己の力で切り開いていくものよっ!!」
 ネットカフェの一角から、出し抜けに大声が上がった。
 フロアに仁王立ちしたのは、あたかもエルフの女王のごとき美貌と気高さを備えた二十代半ばの女性であった。
「あのーお客様、店内ではお静かに……」
 おずおずと注意する店員の声など、女の尖った耳には聞こえていないようだ。
「話は聞かせて貰ったわ! この一件、及ばずながらこの藤田・あやこが力になりましょう!」
「あ、あやこさん……いたんですか?」
「個性的」という点では大概の人間にひけをとらない雫といえども、あやこの強烈すぎる個性には未だについていけないものがある。一般人である由美子に至っては、山中で熊に遭ったハイカーのごとく椅子の上で身を竦めていた。
「どうします……?」
 隣にいた影沼・ヒミコが、そっと雫に耳打ちした。
「そ、そうね……何か考えがあるようだし、この際任せてみよっか?」

「まずは由美子さんの予知夢にどれだけ信憑性があるか、それを確かめさせて頂きますわよ」
 そういって歩み寄り、あやこは霊力を持つ左目でじっと少女を観察した。
「なるほど……並みの人間に比べれば、多少強い霊感をお持ちのようですわね。子供の頃、身内の不幸を予知したという話にも偽りはなさそうだわ」
「そ、それじゃあ、やっぱりあの夢も……」
「オーホホホ! まだ諦めるのは早くってよ!」
 片手を口許に当て、女王様然とした高笑いを上げるあやこ。
「最新の物理学によれば、いわゆる経路積分――運命の糸とは重なり合う無限の可能性の色濃い部分であるという説があるわ。つまりあなたの予知夢が本物であったとしても、回避できる確率は0%ではないということ!」
「???」
 難解なあやこの理論がよく理解できず、雫と由美子は顔を見合わせ目をパチクリさせている。
「にしても、何で動機もないのに由美子さんが人を殺すんだろ?」
 雫が首を傾げる。
「たとえば……悪霊とか、誰かの呪いで操られるって可能性はないかな?」
「それはあり得ないわね。いま霊視した所では、彼女が何かに憑かれたり、呪われたりしている気配はなかったわ」
 由美子の方に向き直り、
「あなた、確か神聖都学園の生徒さんよね?」
「は、はい」
「問題は、あなた自身よりむしろ相手の方にあると思うの。たとえば男子生徒の誰かに危害を加えられそうになって、無我夢中で殺してしまうとか」
「あ。それってマジでありそー!」
「だとしても……その相手をどうやって捜します? うちの学園、高等部の男子だけでも何百人といるマンモス校なんですよ?」
「それもそーねえ……」
 ヒミコの疑問に腕組みしてしばらく黙考していたあやこだが、やがて何か思いついたのか、傍らのPCを操作して「ゴーストネットOFF」のHPを開いた。
 掲示板に何やら書き込んでいる。

『追加予告。10月X日に殺すのは、神聖都学園の男子全員です』

「あやこさん!? な、何てコトを――!」
「あ、ノープロブレム。警察なんかには、あとでうまく手を回しておきますわ」
 しれっとした態度であやこは答えた。
「そーゆー問題じゃなくて! これじゃ、学園中が大パニックになっちゃうよ〜!」
「結構じゃない? これで、何かやましいことがある生徒はXデーまでに東京から逃げ出しますわ。それに全生徒に危機感を与えて、特定の一人が殺される『運命』を分散させる効果も期待できますし」
「で、でも――」
「もちろん、これはほんの下準備。この混乱に乗じて私が女子高生として潜入し、校内に潜む元凶を突き止めてやりますわ!」
「はぁ?」
 雫たちの目が点になった。
「い、いま『女子高生』って聞こえたけど……『女教師』の間違いよね?」
 いかにあやこが美人といっても、彼女の年齢で女子高生に変装するのはかなり、いやすごく無理がある。
「何いってますの? 高校生の小娘なんかには、まだまだ負けませんわ! オホホ!」
(ひょっとして……頼む相手を間違えたかも?)
 ズーン……と、雫の肩に重いモノがのしかかる。
「そうそう。これから二週間、安全のため由美子さんは学校を休んで。自宅の警護は、私の方で手配しておきますから」

◆Xデーまであと十日

 案の定、神聖都学園は日付を指定しての「殺人予告」の噂で持ちきりとなった。
 一部の男子生徒の中には怯えて欠席する者もいたが、学園長から「ネットのデマに惑わされないように」との訓辞もあり、三日もすれば徐々に当初のパニックも収まりつつあった。
 そんな中、別の意味で男子生徒たちにセンセーションを巻き起こす事態が起こっていた。
「お、おい! 誰だよ、あれ?」
「すんげぇー! あんな美人、うちの学校にいたか?」
 女子制服に身を包み、スラリとした長身の美少女が颯爽と廊下を歩いていく。
(ふふ……細工は流々ね)
 この三日間、あやこはわざわざ米国ハリウッドから呼び寄せた特撮スタッフの手で特殊メイクを施され、驚くべきことに自らの顔を女子高生として違和感のないほど若返らせていたのだ。
 ただし顔を変えても成熟したナイスバディはそのまま。おまけに制服のスカートは規定より遙かに短い超ミニなので、ちょっとした拍子でその下が見えてしまいそうだ。
 噂が噂を呼び、あやこの行くところ、常に男子生徒の群がついて回ることとなった。
 学園当局の方へは警視庁から「万一の事態に備え派遣された特別捜査官」という説明がなされ、校内での活動は自由――とのお墨付きを貰っている。
 これも、政財界やIO2による有力な人脈があってこその荒技といえよう。
 ちなみに由美子は現在「悪性のインフルエンザ」という名目で長期欠席中。自宅周辺には、警備会社から派遣させた屈強のガードマンたちによる二四時間の監視体制が敷かれている。
 当然、あやことて男子生徒たち相手に無駄に色気を振りまいているわけではない。
 彼女の左目には通常の霊視の他、死期の迫った人間を見極める力がある。つまり周囲に群がる少年たちのうち、あと十日後に死を迎えるはずの人物を捜し出すのが、潜入捜査の最大の目的だった。
(今のところ、それらしい子はいないわね……)
 その時、胸ポケットに入れた携帯が鳴った。
 中等部にいる雫だ。
 彼女には、校内のPCを使い由美子とその他大勢の男子生徒の関係について調査を頼んでおいたのだ。
「そっちの具合はどう?」
〈色々調べて見たけど、特に問題ないみたい。由美子さんて男女問わず好かれる性格で、別に誰かにいじめられてた形跡もないし……〉
(いじめ……?)
 あやこはふと引っかかるものを感じたが、あえて口に出さなかった。
「判ったわ。それじゃお手数だけど、由美子さんの中学時代……場合によってはそれ以前の記録まで遡って貰えませんこと? 男子生徒の方は、私ができるだけ霊視しておきますから」

◆Xデーまであと三日

 学習机の上に置かれた携帯が鳴り響き、由美子はビクッとしてベッドから身を起こした。恐る恐る電話に出ると、相手は仲の良いクラスメートの女子だ。
〈ユミコー、具合どう? もう十日くらい学校来てないじゃん〉
「ご、ごめんね。お医者さんに、もう少し休んだ方がいいっていわれて……そっちは元気してる?」
〈元気、元気。男子連中は相変わらず例の『殺人予告』でビビっちゃってるけどねー。マジバカみた〜い、あんなのイタズラに決まってんのに〉
「アハハ……そうだよね」
〈ところでさ、今日面白い話聞いたんだ。今度のうちのクラスにねえ……〉
「……え?」
 友人のお喋りはまだ続いていたが、由美子はみなまで聞かず携帯を切った。

◆Xデー・AM9:00

 土日の休みを挟んで十日間、あやこが出会った数百名に及ぶ男子生徒は、死相どころか向こう五十年は死にそうにない連中ばかりだった。
(はぁ〜、疲れた……私ってば、いったい何やってるのかしら?)
 教室の机に頬杖をつき、半ば投げやりな気分で担任の声を聞き流す。

「この前いったとおり、今度うちのクラスに転校生が来たから紹介するぞ」

(転校生?)
 何気なく上げられたあやこの顔が、次の瞬間こわばった。
「N県から来た高崎健二っす……よろしく」
 そういって照れくさそうに頭を下げる、健康そうに日焼けした少年。
 だがその肩には、ぼんやりと黒い骸骨のような影が覆い被さっている。
(死神……!)
 胸ポケットの携帯が鳴った。
 担任に声もかけず教室から飛び出し、廊下で電話に出る。
〈雫だよ! ちょっと気になる情報が出たから……由美子さん、小学生時代は別の県に住んでました。でも、その時にひどいいじめを受けてたらしくて〉
「なぜいじめられてたの?」
〈友だちの事故を夢で予知してから、みんなから『疫病神』って……ひどいよね。小学校を出てから東京に越してきたのも、たぶんその――〉
「彼女の昔の住所、N県ではなくて?」
〈え? 何でそれを?〉
「たった今、そのN県から転校生が来たわ。彼には死相が見えました……」
 携帯の向こうで、雫が息を呑む気配。
「ありがとう。後は、私に任せて」
 返事を待たずに携帯を切り、すぐさま由美子の自宅を監視する警備スタッフと連絡を取る。
 彼女は自宅に籠もったまま、外出した形跡はないという報告だった。

◆Xデー・PM10:00

「ふわぁ〜。残りは明日にして……もう寝るかぁ」
 神聖都学園・男子寮の一室。ようやく半分がた片付けた引っ越し用ダンボール箱の山を見やり、少年は大きく背伸びした。
 ふと室内に他人の気配。
 振り向くと、すぐそこに制服姿の女子が佇んでいた。
「誰だ? 人の部屋に勝手に――あれ、ユミコ? 中岸由美子かよ!?」
「……」
「東京に越したって話は聞いてたけど……何だ、おまえも同じ学園だったのかぁ」
「……何で、来たの?」
「え?」
「やっと忘れられたのに……あんたさえ来なければ、このまま思い出さずにすんだのに!」
「待てよ……何の話だ?」
 そのとき、ようやく気づく。
 由美子の手に、引越し荷物の中にあった果物ナイフが握られていることに。
 それ以上、何かを問う暇さえなかった。
 彼女は無言で少年に襲いかかり、その胸板に刃を突き立てる。
 犯行は十秒足らずで終わった。
 ナイフを取り落とし、少女は放心した表情で壁のカレンダーを見やる。
 十月×日。
「……クッ……ウフッ」
 カッと目を見開き、顔を歪めて壊れたように笑い始めた。
「ウヒャハハハハハァ!!」
 ゲラゲラ笑いながらその姿は次第に薄れ、蜃気楼のごとく消えていく。
 後には死体と、血だまりに落ちたナイフだけが残された。





 床に倒れた「死体」がむっくり身を起こし、カツラを外す。
 長い黒髪が解け、床まで広がった。
「さ、出てきていいわよ。もう終わったから」
 その声に応じ、カーテンの陰に隠れていた高崎健二が現れた。
 顔面蒼白、恐怖で身を震わせているが、あの死神の影は既にない。
「い、今のはいったい……」
「中岸由美子のドッペルゲンガー。あるいは生き霊ってとこね」
 説明しながら、男子制服とその下に着込んだ防刃ジャケットを脱ぐあやこ。
 アクション映画の撮影用に特注されたこのジャケットは、斬りつけると表面の袋が裂けて赤い染料が飛び散るように出来ている。
 むろん彼女の顔も、健二そっくりにメイクされていた。元々女子高生に化けるために雇った特撮スタッフの手腕が、よもや生き霊を騙す役に立つとは思わなかったが。
「でも、何で俺を……?」
「それだけ深かったってことでしょ? あなたたちにいじめられた恨みが」
「そ、そんな昔のこと」
「――ねぇ、ボウヤ」
 あやこは少年の顎をつかみ、ぐいっと自分に引き寄せた。
「普通と違う。ほんの少し、変わった力がある……それだけで差別されるのがどれほど辛いか、考えたことある? 何年もかけて心の傷を癒し、全てを忘れて幸福な人生を取り戻すまで、あの子がどれだけ苦しんだか……想像できる?」
「俺……どうすりゃいいんです?」
「本物の彼女に会ったら、土下座して謝りなさい。地面に額を擦りつけて、心から詫びるのよ。それができないっていうなら」
 男装の美女の視線が、ナイフよりも鋭く少年を刺し貫いた。
「私が、あんたを殺してやる。あの子が取り返しのつかない過ちを犯す前に」
 手を離すと、健二は力なくその場にうなだれた。

◆エピローグ

「あれからどうしてるでしょうね? 由美子さん……」
 いつものネットカフェで、心配そうにヒミコがいった。
 あの晩に出現した生き霊の件は、もちろん由美子には知らせていない。
 健二にも、そのことは他言無用と言い含めてある。
「心配ないでしょ? 噂じゃあの転校生、登校してきた由美子さんの顔を見るなり、いきなり土下座して昔のいじめの件を謝罪したそーよ」
 コーヒーを一口啜り、雫が答える。
「何だかそれがきっかけで、今ちょっとイイ仲になってるんだって。あの二人」
「え〜!? だったらお手柄じゃないですかー、あやこさん。殺人事件を防いだだけじゃなく、恋のキューピッド役まで務めるなんて!」
「フン。知ったこっちゃないですわ……はぁ〜どこかにいないかなぁ……イケメンで、リッチで、ゴージャスな男」
 面白くなさげに溜息をつき、あやこは窓の向こうに広がる秋晴れの空を見上げるのだった。

〈了〉

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
(PC)
 7061/藤田・あやこ(ふじた・あやこ)/女性/24歳/女子高生セレブ

(公式NPC)
瀬名・雫(せな・しずく)/女性/14歳/女子中学生兼HP管理人
影沼・ヒミコ(かげぬま・ひみこ)/17歳/神聖都学園生徒

(その他)
中岸・由美子(なかぎし・ゆみこ)/女性/17歳/神聖都学園生徒
高崎・健二(たかさき・けんじ)/男性/17歳/神聖都学園生徒

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■         ライター通信          ■
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はじめまして! 対馬正治です。今回のご参加、誠にありがとうございました。
「予知された惨劇をいかにして阻止するか?」というゲーム性に重点をおいた本作ですが、あやこさんのパワフルな活躍で無事解決に導いて頂きました。
設定によればあやこさんの肉体は本物のエルフなので、実はメイクなしでも女子高生として通用したのかもしれませんが、(ラストの伏線に使うため)本作ではあえて「設定年齢=外見」として描写させて頂きました。
また、PL様からは他にも奇想天外な対策(藁人形作戦etc.)が提案されていたのですが、規定文字数の問題で全て反映できなかったことをお詫び申し上げます(防弾ジャケットについては「奥の手」の一部として使わせて頂きました)
では、ご意見・ご感想などございましたら、お聞かせ頂ければ幸いです。