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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ 不夜城奇談〜邂逅〜 ■


 ■

 その日は朝から天気が良くて、この都にしては澄んだ青空と涼やかな風がわずかな街路樹の緑に優しい温もりを抱かせる。
 おかげで、一日の萬屋仕事を上機嫌で終えられた風見・藤夜嵐(かざみ・とうやらん)は、闇が上空を支配する時間帯になってから、その名残を感じつつ夜の散歩を愉しんでいた。
 ――異変に気付いたのは、その途中。
 藤の木の化身である彼女には、ちょうど差し掛かった通りに息づく、日頃親しくしている木蓮の樹が強張った気を発しているのが感じられ、怪訝に思いつつ立ち止まった。
 万人に優しい自然の息吹に警戒させるのは何者かと、その傍に歩み寄って周囲を探ることにし。

 …そうして、彼らを知った。

 藤夜嵐が今までに遭遇したことのない、異質な力を持った二人組だ。
 一人は艶やかな漆黒の髪に、黒のはずなのに透き通って見える不思議な瞳を持った青年。
 もう一人は異国の血の混じりを感じさせる顔立ちに栗色の髪をした物腰柔らかな青年。
 特に危険なものは感じられなかったが、木蓮がこれほどに警戒するということは、穏やかでない何かを彼らが発しているということ。
(…しばらく様子を見た方が良さそうね)
 せめて自分たちの暮らしに害を為すものか、そうでないかくらいかは確かめねばならない。
 藤夜嵐は、藤の化身。
 元来自然物である彼女が、対象相手に気付かれぬようその身を大気に隠すなど造作も無いことであり、尾行は彼女の十八番だった。


 ■

「どっちだと思う?」
「そうですねぇ…右でしょうか」
 青年達は何度かそのような会話を繰り返して東京の街を歩き回っていた。
 一時間余りの尾行で知れた情報と言えば、漆黒の髪の彼が名を影見河夕(かげみ・かわゆ)、栗色の髪の青年が緑光(みどり・ひかる)といい、二人は“何か”を探し歩いているのだが、それが東京に流れ着いたことで変化し、見つけ難くなっているということだろうか。
(それを探して歩き回っているのは判るけれど…)
 要領が悪いと感じるのは、彼らの目的を正しくは知らない自分だから思うのだろうかと、小首を傾げてしまう。
「…しかし奇妙な街だな」
「そうですね。ここまで多種多様な存在が集まった土地は他にはないでしょう」
「ったく…これしきの魔物を探すのに何時間掛けさせるんだか」
 ある公園の一角で彼らは言い合う。
「……ところで、さっきから何かに尾けられている気がするんだが」
「ええ、探るような視線ですね」
 まさか気付かれたのかと思うが、そういうわけでもないらしい。
「ですが周囲に人の気配はありませんし、問題はありませんよ」
 光が微笑み、河夕は肩を竦める。
「…そういう事にしておくか」
 彼らの会話の意味を、その時は藤夜嵐も正確に読み取ることは出来なかった。
 だが黙って見ている内、二人は公園の遊具の一つ、滑り台の階段に手を置き、小声で何かを呟いた。
 直後。

 ――……ウォオオオオォォォォアアアア……!!

 滑り台から噴出したのは、黒い靄状の物体。
(!?)
 突然の現象にはさすがの藤夜嵐も驚かされた。
 思わず擦り足で一歩後退し、それが砂の大地に音を立てる。
 とは言え、その音量など風に紛れる程度のものであり完全に自然と一体化している彼女の気配が彼らに見つかるはずは無かった。
 だが。
(あら…)
 栗色の髪の青年、光と視線が重なる。
「…河夕さん、とても素敵なお客様でしたよ」
「なに」
「いえ。今はそちらに集中なさって下さい」
 にっこりと微笑む光に、河夕は眉根を寄せる。
 そんな光景を、もう隠れて見ている必要は無さそうだと判じた藤夜嵐は、堂々と彼らが何を行うのか見守ることにした。
 河夕の手に握られた日本刀、それは能力を具現化した武器だ。
 鞘から抜かれた刀身には月の光りよりも白く淡い輝き。
「子供に手ぇ出そうなんて卑怯な真似が許されると思うな」
 厳しい口調で言い放ち、その指先が空に四角を描く。
 同時に凛とした空気が辺りを包み、噴出した黒い靄を全て閉じ込めた。
「手間掛けさせやがって…!」
 そうして一刀。
 身体に垂直に振り下ろされた刃は四角に閉じた靄を斬り。
 それらは、いつしか細かな砂となって風に掻き消された。


 ■

 静けさの戻った公園で彼らは顔を合わせた。
 先刻の河夕の言葉、退魔の術。
 彼らに邪気がないことを藤夜嵐は確信した。
「こんばんは、初めまして。――お友達の木蓮が不安がっていたから様子を見させてもらったのだけれど」
「木蓮…が、友達なのか」
「風流ですね」
 河夕が怪訝な顔をし、一方で光が微笑う。
 藤夜嵐も笑んで、続けた。
「貴方達、悪い人ではなさそうね。よければ東京に現れた目的を教えてくださる?」
 その問い掛けに河夕は更に眉を寄せて見せたが、やはり光の方は穏やかな微笑みと共に自らの名を明かした。
「僕は緑光、彼は影見河夕といいまして、闇狩一族の狩人です」
「やみがり?」
「地球の方には、一種の退魔の血族だと思っていただければ宜しいかと」
「と言うことは貴方達は地球外の?」
「ええ」
 光が即答した、その後で。
「あぁ…あんた人間じゃないのか」
 不意に河夕からそんな言葉が漏れる。
 喉下まで出掛かっていた答えをようやく見つけたというような得意顔。
「この気配、何に似ているのかと思ったら地球の植物だろう」
 だが。
「よく判ったわね」
 見抜かれたことにもさして動じずに応答する藤夜嵐に、狩人達は対照的な表情を浮かべた。
 河夕は驚いたように。
 光は、楽しそうに。
「今お見せしたように“闇の魔物”と呼ばれる僕達の敵を狩るのが役目なのですが、この土地の特殊な環境のせいか、魔物の生態に変化が生じてしまったようで一つ見つけるのにも苦労している、と言ったところです」
「それで無意味に街を彷徨っているように見えたのね」
 どうやら要領が悪いと感じたのは間違いではなかったようだ。
 彼ら自身も同じように思っていることは、その表情を見れば判った。
「あの魔物は人間の負の感情を好みます。貴女は心配無いと思いますが、もし周囲にあのような靄状の邪気を感じたら、ここまで連絡を頂けませんか?」
 そうして差し出されたのは、光の携帯電話の番号だった。
「僕達だけの力では、あの魔物が人間に害為すのを未然に防ぐのは難しいのです」
 この多種多様な存在が集まる土地で、探し物を個人の力で見つけ出すには限界がある。
 その点で人と人の繋がりが貴重であることは藤夜嵐も知っていた。
 彼女は番号の書かれたメモ用紙を受け取り、光と、そして河夕の瞳を見返した。
 真っ直ぐに。
 そして、決して逸らされぬ視線。
 彼女は応える。
「私は風見藤夜嵐」
 言いながら一枚の名刺を取り出し、渡す。
「普段は何でも屋をやっているの。貴方達の敵になるつもりもないし、もしあの魔物を見かけたら連絡するわ」
「ありがとうございます」
 言葉と共に、優雅に一礼する光と、軽い会釈ながらも真摯な態度を見せる河夕。
「また関わる事があれば、その時にはよろしく」
 交わされる笑みは、小さな信頼の欠片。

 雲一つ無い夜空に微かに浮かぶ星の灯火。
 人気のない夜闇の公園、それが狩人と風見藤夜嵐の出逢いだった――。




 ―了―

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■ 登場人物 ■
【・0485/風見藤夜嵐様/女性/946歳/萬屋 隅田川出張所 所長】

■ライター通信■
初めまして、こんにちは。
ライターの月原みなみと申します。
この度は狩人達との縁を結んで下さり、ありがとうございました。
彼らは深く追求しませんでしたが、自然の化身とお逢いするのは本当に初めてで、特に光の方は内心かなり喜んでいるようです。

リテイク等ありましたら何なりとお申し立て下さい。
再び狩人達とお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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