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<東京怪談・PCゲームノベル>


夢狩人 〜 始まりの夢 〜



1.
 その店、アンティークショップ・レンで別の客と遭遇することは決して珍しいわけではないが、その日偶然出会った女性の様子が妙に律花には気になった。
 歳は律花よりも幾分上だろう。何かに追い込まれているような顔には生気がなく、憔悴しきっている目の下にできている隈がひどく目立つ。
 不躾にならないよう観察していたせいもあってか女性のほうは律花に気付いた様子もなく、蓮にぶつぶつと繰り言のように執拗なほど何かを頼み込んでいる。
 その言葉をずっと聞かされていたらしい蓮が困ったような顔をしてから律花に気付いたようにそちらを向き、声をかけてきた。
「あぁ、あんたかい。ちょうどいいところに来てくれたよ」
「蓮さん、どうしたんです?」
 相手をしていた客がまだいる状況で、蓮がそれを置いておいて別の客に声をかけることはあまりない。だが、その口調から察するにどうやらいま相手をしていた客のことで誰か助っ人を探していたところであったようだ。
「あんた、ちょっとこっちに来ておくれ。相談するならあたしよりこの子のほうが適役だからね」
「私は相談に来たんじゃありません、探しているような道具が欲しいだけです」
 蓮の言葉に女性はやや苛立ったような口調でそう言ったが、蓮はまぁ良いからと言って無理矢理律花とその女性を引き合わせた。
「初めまして、秋月・律花といいます」
 突然の蓮の行動ではあったが、きちんと挨拶をしても女性のほうは律花のほうをきちんと見ようともしない。
「このお客はね、夢を見る道具が欲しいって此処に来たんだ」
 しかたなく、蓮が事情を説明し始めたときには、女性は黙り込んだまま少し離れた椅子に座りこんでしまっていた。
「夢ですか? 夢見が悪いから良い夢を見てゆっくり休みたいとか、そういう事情でしょうか」
「それが、見れるなら悪夢でも何でも良い。とにかく夢ってものを見たいんだそうだよ」
 眠って見る夢に普通それほど固執するものだろうかと律花は疑問を抱き、それに気付いたのだろう蓮が補足するように声を潜めて言葉を続けた。
「実は、この客が初めてじゃないんだよ」
「え?」
「最近、こんな客が妙に増えてるんだ。夢を思い出したい、夢を見れる道具や薬を売ってくれってね」
 ひとりやふたりならばよくあることで済ませられるが、蓮がそんなふうに言うということはその訴えをする人の数が突然増えだしたことに蓮も疑問を感じているからなのだろう。
「突然、夢を見れなくなった人が増えている……少しおかしな現象ですね」
「だろう? 良かったら、あんた少し調べてみてくれないかい? 道具はその間に何か見つかりそうなら探してみるけれどいまのところ難しそうなんだ」
 最後の言葉に、律花は不思議そうに蓮を見れば、蓮は大きく息を吐いて話を続けた。
「最近何人もこういうことを言ってくる客が多いって言っただろう? 最初はまったく気にせず一晩夢が見れる香だのを渡していたんだ。けど……全員が買った道具は効かなかった夢を見れなかったって苦情を言ってきたんだ」
 蓮は自分お店に置いている商品には自信を持っている。それがひとりならともかく渡したもの全員に効かなかったと言われては店の面目は丸潰れだ。
「これには多分、裏があると思うんだ。ちょうどいま同じことで悩んでる客がいることだしね、ちょっと調べておくれよ」
 蓮の言葉に、律花は頷いて椅子に座ったままの客のほうへ近付いた。


2.
 目の前にいる女性には特別何かが取り付いているという様子は見受けられなかった。
 神経質そうな目を律花にじろりとは向けたものの、それも夢を見れないことからくる疲労によるものだと察せられたので、律花は不快には思わなかった。
「私はカウンセリングに来たんじゃないんです。ただ道具があるかどうかを知りたいだけなのに、何でこんな……」
「安心してください。私はカウンセラーじゃありませんし、いまあなたを悩ませている問題が診察を受けて治るようなものではないということもわかっています」
 おそらくすでになんらかの治療は試みたことがあるのだろうし、そしてそこでの応対が彼女にとって不愉快なものであったことも察しが付く。
「夢が見れなくなったというのは、いつ頃からのことでしょうか」
「ここ数日……いえ、一週間くらい前からかしら。もともと夢なんて気にするような歳じゃないから最初はただ、妙に疲れていただけねとかそのくらいにしか思っていなかったのよ」
 どうやら、最初から夢が見れなくなったことを不安に感じていたわけではないらしい。
 昨夜見た夢を思い出せないということは律花にもよく覚えがあることだ、それを必要以上にこうして蓮の店に来て道具を探してまでして思い出そうとすることに対しても律花の疑問のひとつだった。
「それが、いつから不安を感じるように?」
 律花の言葉に、女性は即答せずにじっと床を見ながら考え込むような顔になった。どうやら、どう説明すれば自分の悩みが真剣なものなのかという説明できるのか考えているのだろう。
 おそらく、いままでにも何人かにそれを相談し、いつも「夢だから」といって相手にされていなかったのかもしれないと律花はその様子から考えていた。
 そんな相手の顔を見て、律花は安心させるように微笑みながら話しかけた。
「あなたが感じられたものを、そのまま言葉にしてください。此処にいるような人たちは奇妙な相談事には慣れていますから、あなたの言葉を軽んじることはありませんよ」
 律花のその言葉に、女性はしかしそれでもしばらく考えた後、ようやく口を開いた。
「……感じたのは数日前、かしら。これは、見た夢を思い出せないんじゃないっていう気がしたの。思い出せないんじゃなくて、自分が見た夢なのに、それを他の誰かに取られてしまったんじゃないか、そんなふうに感じたの」
 一気に言ってから、女性はじっと律花の目を見た。自分の言ったことを何処まで信じているか、馬鹿にしていないかと疑っている目だった。
 だが、女性の思惑に反して、律花は至って真剣な様子で女性の言葉について考えていた。
「誰かに取られてしまった……つまり、あなたは、何者かがあなたの夢を見たはしから奪っていっていると感じられているわけですね?」
「そ、そうよ」
「蓮さん、他の方々はどうだったんですか? やっぱり同じようなことを言っている方がいたのでは」
 突然話を向けられた蓮は少し驚いたような顔をしたが、やや考え込んでから口を開く。
「そういえば、自分の夢を取り返す道具をくれとか言ってた客がいたね」
「その道具を渡したんですか?」
「見てないだけかもしれない夢をどう取り返すっていうのさって追い返しちまったよ。夢が見れなくなったって言ってた他の連中と根は同じだったんだね」
 しまったねぇと言う蓮の言葉を聞きながら、律花は考えを深めていく。
 目の前にいる女性も、最初は夢を忘れていたことなど気にしていなかった。夢を見ることがもともと少ない人間ならば更にそれを奇妙に思うことは少ないだろう。
 だが、そんな彼女が徐々に不安に思うほど『夢』という存在が自分から遠ざかっていくことを感じ始め、更にそれが何者かに奪われているのではないだろうかという疑念を抱くようになり、そして蓮の店に来たという別の客のように奪われたのだと確信し、取り戻すための手段を乞うようになるまでになる。
 この一連の流れが、律花には何処か作為的なものを感じられた。
 まるでひとつの病気が進行していく過程を見ているようでもあるが、律花にはその過程に人為的なもの、もっといえば誰かの悪意のようなものを感じる。
 夢を奪われた、と言っていたというのは、もしかすると比喩ではないのかもしれない。
 何者かが、夢を奪っている。それも、気付かれないようにではなく、それとわかるように、奪われた者たちが不安を覚えていくことを楽しんでいるように。
 だが、そんなことをしていったいどうなるというのだろう。不特定多数を狙っての『犯行』だとしても対象が夢というものを選んだのは些か奇妙だ。
 と、そこで律花はひとりの男を思い出して、蓮の言葉で更に自分の状況に不安を覚え始めたらしい女性に質問をした。
「すいません、突然こんなことを聞いても何のことかと思われるかもしれませんが」
「なんです?」
「黒衣で皮肉屋の男性にお会いしたことはありませんか?」
 突然の問いに、怪訝そうな顔になりながら、女性はしばらく考えた後、何かを思い出したような顔になった。
「そういえば、見たことがある気がします。あれは、何処だったかしら……変ね、思い出せないわ。飲んだ帰りだった気もするけど、黒尽くめの男が声をかけてきたの」
「なんと言われたか、覚えていますか?」
「私が目を付けられたかもしれないから気をつけろ、とかなんとか……気味の悪いことを言うと思ってすぐ離れたけれど」
 その言葉に、律花と蓮は顔を見合わせた。
「あいつが関わっているのかい?」
「何か知ってはいそうですね。多分、彼女の前に現れた人はあの人で間違いなさそうですし」
 ふたりのやり取りを聞いて、女性はますます不安そうにふたりのほうを見る。
「その男が何か? まさか、私が夢を見れなくなった原因がその男?」
「いえ、それはないと思います」
 けれど、あの男がこの女性に忠告をしたと言うのならば、少なくとも今回の現象について何か知っていることだけは間違いないだろうと律花は確認していた。
「蓮さん、少しあの人に事情聴取をしてきます」
 この店に呼び出すよりも自分が行ったほうが早いと判断したのだろう、律花がそういえば蓮もそれが良いだろうねと答えた。
「原因がわからなくても夢が見れる方法がわかるとありがたいけどね。あたしの店の信用にも関わってきてるよ、こいつは」
 そんな言葉を受けながら、律花は店を出、目的の場所へと向かった。


3.
 目的の店を見つけるのはとても簡単だ。そこへ来る必要がある者がいるときには、その店は必ず姿を現すのだから。
 黒猫亭というその奇妙な店は、そして今回も律花の目の前にいつの間にか現れた。
 軋んだ音を立てる木製の扉をゆっくりと開く。
 中に入った途端、まるで世界から切り離されたように外部の音が聞こえなくなる。
 薄暗い店の中、カウンタの隅に目的の男はいた。
「やぁ、いらっしゃい」
 その男──黒川夢人は律花の顔を見た途端、いつものように何処か人を馬鹿にしているような底意地の悪い笑みと共に挨拶代わりにそんな言葉を投げかけてきた。
「何を飲むかい?」
「お酒もいただきますが、今日は黒川さんにお聞きしたいことがあって来たんです」
 言いながら、律花はカウンタの席に腰かける。黒川はいつも通り今日何杯目なのかわからない琥珀色の液体の入ったグラスを傾けている。
「それで? 僕に話とはなんだい?」
 その言葉に、律花は黒川のほうをじっと見て口を開いた。
「最近、夢に関する奇妙な事象が起きていますが、黒川さんが知らないはずありませんよね?」
 途端、黒川の顔から笑みが消えた。
「勿論、知っているよ」
 それを聞いてから、律花は先程までアンティークショップ・レンにいたこと、そこで出会ったひとりの女性客のこと、その客にどうやら黒川が接触していたらしいことを聞いたことなどを話した。
「まさかとは思いますが念の為お聞きします。黒川さんは夢を見るだけがご趣味でしたよね?」
 律花の言わんとすることがわかったのだろう、だがいつものようにわざとらしい仕草を返すこともなく黒川は真剣な表情を崩さないまま答えた。
「僕は、夢を眺めるのが好きだ。だが、眺める以上のことをしようとは思わないし、まして夢を奪い取った挙句に二度と夢が見られなくなるようにしてしまうようなことはしない」
 そんなことをしたら、その相手の夢がもう眺められないだろう? と付け加えたのは黒川らしい言葉だったが、これで律花はひとつ確信できた。
 目の前の男は現在起こっている現象を知っている。それも、事態を非常に正確に把握しているようだ。
「今日お店に出会った女性に忠告をされましたね? 目を付けられたかもしれないと」
「ああ。だが、聞き入れてはもらえなかったがね。どうも僕はなかなか人に信頼してもらえないようだ。それに……」
 と、そこで一旦言葉を区切ってから紡がれた言葉は黒川にしてはとても珍しく苦々しげに聞こえなくもなかった。
「忠告はできても、結局のところ僕にはそれを防ぐ手立てがない」
 僅かの沈黙が店内に落ちた。
「目を付けられていると、黒川さんは彼女に言いました。ということは、これは何者かが意図的に行っていることなんですね? つまり、『犯人』がいる」
「その通りだ。これはあるものが意図的に行っている事件だよ。キミも薄々は感じているかもしれないがそいつは夢を見れなくなった者たちの様子を影で楽しんでいる」
 言いながら、じっと黒川は律花のほうを見た。
「近々、そいつはもう少し派手に動き出すだろう。そのときには、キミにも手伝ってもらいたい」
 普段のからかうような響きは一切ないまま、黒川はそう律花に向かって言い、律花もそれに頷いた。
 カラン、と氷がグラスに当たる音が店内に静かに響いた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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6157 / 秋月・律花 / 21歳 / 女性 / 大学生
NPC / 碧摩・蓮
NPC / 黒川夢人

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■         ライター通信                    ■
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秋月・律花様

いつもありがとうございます。
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
夢を見れなくなったというだけのことをどうして不安に思うのかということを疑問に感じていただきましたので、『被害者』たちが不安に感じるよう犯人が意図して仕向けているらしいという部分が伝わりましたら幸いです。
次回にも参加予定とのことを言っていただけ嬉しく思います。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝