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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


予知夢の怪

 ちりんちりん、と鈴が鳴って、喫茶「エピオテレス」のドアが開く。
「いらっしゃいませー!」
 裏声で元気よく挨拶をしてきたウエイトレスに、草間武彦は軽く手を挙げた。
「あ。あんたか」
 途端にウエイトレス――クルールは声を地声に戻す。
「何の用だ?」
 店内の席に座っている青年、フェレが草間の姿を見つけて仏頂面になった。
「普通に物を食いに来たんだがな……オーダー取ってくれないのか?」
「どうせコーヒーだろ?」
 言うなり、店長コーヒー、とクルールは厨房の奥へ言った。
 草間は苦笑して、カウンター席に座る。
 厨房の奥から、店長のエピオテレスが出てきた。
「はいはいコーヒーね……あら、草間さん」
「久しぶりだな、テレス」
「こんにちは。いつも兄がお世話になって」
「――世話してやっているのはこっちだ」
 店の奥から、煙草をくわえた青年が顔を出す。
「よう、ケニー」
「何の用だ?」
「だからコーヒーを飲みに来ただけだと……用がないと来ちゃいかんのかこの喫茶店は」
「お前が来るとろくなことがない」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ。……テレス、コーヒー頼む」
「はい」
 エピオテレスが厨房へ入っていく。
「息災で何よりだな」
 ケニーは草間の前に立ち、煙草の煙を吐き出した。
 草間は笑って、
「息災すぎて面白い夢を見たよ」
「あ?」
「お前がな、ケニー。どっかの魔術師に狙われて、その心臓に魔力の弾を撃ち込まれて死んじまう――」
 その瞬間。
 どぱっと、ケニーの胸元が、赤く染まった。
「………っ」
 ケニーは目を大きく見開いたまま、がくっと膝をつき、そのままばったりと倒れた。
「……は?」
 草間は出そうとしていた煙草をぽろりと落とした。
 エピオテレスが厨房から出てきて、「兄様!」と叫ぶ。
「……駄目だ、本当に事切れてるよ」
 クルールがケニーの様子を見、険しい顔をする。
「ば、馬鹿な」
 草間が動揺する。
「聞いたことあんぞ」
 フェレのぶっきらぼうな声がした。「予知夢を見せる魔術師。しかもその夢を口にしたら実際に起こるっての」
「ど――どこにいる!?」
「あの黄色い雲がかかってる黄雲山に」
 でもな――とフェレは言った。
「その魔術師は確か5人で1つとか言ってたな。5人全員処分しねえといけねえんじゃねえの?」
「俺は魔術師など相手にはできん!」
 草間は嘆くような声を上げた。
「分かってるよ」
 クルールがエプロンをはずした。隣で、エピオテレスも。
「草間さんは、兄様の様子をここで見ていてください。私たちが行ってまいります」
「俺は行かねえぞ」
「ええ、フェレには留守番をしてもらうわ」
「………」
 草間は倒れ伏した友人を見下ろし、
「……俺の方の人脈からも……一緒に行ってくれるやつを送る……」
 苦しげにそうつぶやいた。

     ●○●○● ●○●○●

 シュライン・エマは草間とともに喫茶店に遊びに来ていた。
 一連の出来事を見、
「なんて嫌な手口」
 床に倒れたケニーを見下ろして嫌悪感をにじませた。
「武彦さんにとって一番傷つく利用のされ方」
 つぶやいて、そっと草間の背中へ手を伸ばし、優しく撫でる。
 倒れたケニーの傍らに膝をついたのは、金髪のツインテールが揺れる1人の少女だった。
「アリス?」
 クルールが少女の名を呼ぶ。
「大丈夫、クルールさん」
 少女は横向きに倒れているケニーの体を仰向けにさせた。
 ひょんなことからクルールと仲良くなり、喫茶「エピオテレス」の常連となっていたアリス・ルシファールは唐突に謳いだした。
 謳術。ほどんど無敵と言っていいほどあらゆる効果を持つその謳の中には癒しの謳もある。
 ケニーの、胸元の傷がふ……と光に包まれる。
「症状の緩和。この場合は、敵からの魔力を阻んでいる……ということになるかな」
「そんなことができるのか?」
 草間ももちろんアリスと面識があった。どこかすがるような声でアリスに尋ねる。
 アリスはにっこりと笑った。
「大丈夫ですよ、草間さん」
 ほっと胸をなでおろす草間の横で、シュラインも嬉しそうに微笑んでいる。
 と、そこで草間が呼び出した1人の人物が、ちりんちりんと喫茶店のドアの鈴を鳴らしながら入ってきた。
 全員が振り向く。そこにいたのは、長い黒髪、黒尽くめの服装をした女性――黒冥月[ヘイ・ミンユェ]。
 何だか知った顔ばかりで、冥月は首をかしげた。そしてふと――床に倒れている見知った男を見つける。
「ケニー?」
 ――事情説明はシュラインが行った。
 冥月は、ぽんと草間の肩を叩いた。
「お前もとうとう殺人者か。いい弁護士つけてやる」
「冗談はよせ!」
「いやこの場合殺人幇助か?」
「冥月……!」
 今回の草間のつっこみは、かなり本気で――どこか声が震えていた。
 殺人者になるのが怖いわけではない。
 友人を死なせてしまったかもしれないことが怖いのだ。それぐらい冥月にも分かる。
「私は魔術は詳しくないんだが……今更魔術師を倒しに向うということは、倒せば奴は生き返るということか?」
「さあ、知らね」
 フェレがずるずるパスタを食べながら適当なことを言う。「俺はただ、そういう奴がいるぞーって言っただけだからな」
 草間が拳を握る。
「じゃあそいつらを倒してもだめならもう他には方法がないということか……?」
 その草間の拳をぱん、と叩き、
「まぁ知らぬ奴でもない、こんな簡単に死なれたら以前助けた意味がないしな。手伝ってやるか。だが草間、報酬は高いぞ」
 と冥月は笑ってやった。
 草間は冥月を見て、
「……分かってる」
 真顔で言った。「今度クルールを紹介してやる」
 ばきいっと冥月の拳が飛んだ。
「……紹介されんでも知り合いだ」
「あたしそういうシュミないよ」
 クルールまで素っ気なく言った。
 シュラインに抱き起こされ、はは、と苦笑いをする草間だったが、その笑みのぎこちなさは彼の動揺を表していた。
「ここで大人しく待ってろ、無かった事にしてやるから。それとお前はまだ利用されるかもしれん。寝たり変な事口にしたりするなよ」
 冥月はひらひらと手を振り、
「なら早速行くか。シュラインに、あーと、お前も会ったことがあるな……」
「アリス・ルシファールです」
 アリスは丁寧にお辞儀をする。
「アリスか。後は?」
「あたしたちだよ」
 クルールとエピオテレスが喫茶店のドアを開けようとしている。
「待ってくれ、助っ人はもう1人来るはずだから――」
 草間が立ち上がりながら慌てて言った。
「誰に連絡したの? 武彦さん」
「いや、いつもの――」
 その時。
 ウキキキキ〜!
 声が響いて、はっと振り向くと、天井に猿が張り付いていた。
「なんだ?」
 不可解そうに冥月が眉を寄せる。
 ウキキッキ!
 猿はとても器用な動きでくるくる回転しながらすとんと床に下りてくると、草間の前に来た。
「な、なんだ?」
 草間も目をぱちくりさせて猿を見つめる。
 猿はどこからか紙を取り出した。
 ――でっかい文字で、「佐介」と書かれている。
 親指で自分を指差している。
「お、お前の名前が佐介[さすけ]っていうのか?」
「うききっ(訳:そうや。案外分かりが早いのぉ小僧)」
「な、なんか当たってるらしいな。で、用件は……」
 佐介は封筒を取り出した。
 草間が封筒から手紙を取り出し、中を読むと、それは草間が今回人材派遣を依頼した某サーカス団団長の名の入った手紙だった。
 ――先に黄雲山に、佐介の仲間が行っているという内容。
 手紙の最後には、
『猿忍群頭領 猿渡出雲』
 と流麗な字で書かれていた。
「……あの人に人材派遣を頼んだの?」
 シュラインに言われ、
「……ああ」
 草間はぽりぽりと頬をかく。
「あげく、来たのが猿か?」
 冥月が呆れ果てた声を出すと、
 ウキっ
 佐介は冥月の周りをしゅぱっ、しゅぱっ、しゅぱっと行ったり来たり、目の前を通ったり背後をかすめたり、ものすごい素早さで動いた。
「な」
 冥月は目を見張る。この私が目で捕らえられないなんて。
 そして最後に佐介はしゅばっと腰に佩いていた剣を抜いて、冥月の横を通り過ぎた。
 はら……と冥月の脇腹あたりの服が薄く切られる。
 居合い抜き――
「うきききっ!(訳:どうや、思い知ったか!?)」
 ……猿語で話されても誰にも通じないのだが、何となく、言いたいことの雰囲気は分かった。
 冥月は拳を作った。額に血管が浮いている。今にでも猿を影に沈め、ぼこぼこにしたいところだった。
「こんな猿を統括してるなんて……この猿渡出雲という人物はかなりの人物なんだな」
 草間がようやくほっとしたように言った。彼の頭の中では、猿たちになつかれた凛々しい男性像が出来上がっていた。
「ならやっぱり俺は行かねえぞ」
 佐介はまだパスタを平気な顔で食べているフェレに、
「ウキキ〜(訳:そこの兄ちゃんよりもこのワシの方が余程、役に立つちゅうこっちゃな)」
 自分を親指で指差しながら言った。
 フェレは猿語を理解できるわけではない。わけではないが――どこかがぷっつんと切れた。
「っざけんな、俺は必要以上に自分の力を使いたくないだけ――」
 がん、とテーブルを叩きながらフェレが立ち上がった瞬間、
「―――! ケニーさん!」
 アリスの声がして振り向くと、仰向けにされていたケニーの体が跳ねて口から血があふれ出したところだった。
「どうしよう、私の謳術で一命を取り留めたせいで、余計に反動が来ているみたい……!」
「急ぐよ!」
 クルールが喫茶店のドアを開けた。
 シュライン、アリス、冥月、佐介。
「草間さん、兄をよろしくお願いします! フェレ、何かあったらお願い!」
 最後にエピオテレスが喫茶店のドアを閉め、さっとかけ看板をひっくり返す。
 closed――

「フェレ……お前はなんで行かなかった」
 ケニーの口元の血を拭いながら、草間は消沈した声で尋ねる。
「はん」
 フェレは席で高く足を組んだ。
「こっちの留守を狙って敵さんが来たらやべえだろ。それだけだ」
「………」
 草間はぐっと唾を飲み込んだ。
「すまん……俺のせいで……」
「ばーか」
 フェレは軽く鼻で笑った。
「ケニーが弱くて勝手に死んだだけだ。気にすんな。それに」
 頭の後ろで手を組んで、口笛を吹く。
 ――冷たいようでいて。それは――信頼の言葉。
「……簡単におっ死ぬようなタマじゃねえよ」
 窓から黄色い雲のかかった山が見える。
 目を細めて、そこに向かった者たちを思う――

 山裾に来て、シュラインが声を上げた。
「待って、山に入る前に――皆の能力をまとめておきたいと思うの!」
 問答無用で山に入ろうとしていたクルールや冥月は「はあ?」と振り向く。
「相手が複数でしょう? こんな見通しの悪い場所だし、味方の能力を把握しておいた方が便利だと思うのよ」
「私はこの子を――」
 とアリスが、擬装ホログラムで普通の女性型に擬装『アンジェラ』をいつの間にかその場に出現させて、
「前衛に置いて、この子と同調して周囲を警戒しつつ、私自身は後方で謳術を駆使するつもりです」
 サーヴァントとは魔法と超科学の結晶。魔法で制御駆動する駆動体のことだ。
「あと、危険に備えて他6体のサーヴァントを――」
 次々とアリスの周りを天使型駆動体――サーヴァントが展開されていく。
「私は音の感知と声帯模写……かしら、得意なことは」
 シュラインは自分であごに手を当てる。
 冥月は面倒くさそうに、
「私は影だ。影があれば周囲の警戒も怪魔の相手も何でもできる」
「あたしは剣だけだけどね」
 クルールは2振りの剣を手にしていた。
「ウキキっ(訳:ワイは居合い抜きに手裏剣じゃ)」
 ……佐介の言葉は誰にも通じていない。
「私は四元素魔術師です」
 とエピオテレスが言った。
 シュラインがぱちんと指を鳴らした。
「それはいいわ。黄色くても雲は雲、大元は水。水の成分配列操作して、透明度上げたり反射させたり、反射を利用して人影作ったり。色々できる」
「そうですね」
 エピオテレスの顔に緊張が走った。ひょっとしたらそういう元素の使い方は初めてなのかもしれない。
「テレス……」
 心配そうにクルールが母代わりの女性を見る。
「大丈夫、やってみせる」
 決意の顔で、エピオテレスは山を見上げた。そして手をかかげた。
「水。水よ、その心を知り――」
「急げエピオテレス。呪文なんぞ唱えてる場合じゃないだろう」
「ウキキッ! ウキッ!(訳:そうじゃおんどれ、何を悠長なことしとるんじゃ)」
「は、はい!」
 冥月と佐介に急かされ、エピオテレスは手を振り下ろした。
 瞬間、雲が薄くなったかのように――薄くなった。
「うまくいったわ、透明度が高くなった!」
 シュラインがエピオテレスの肩を抱きぽんぽんと叩いてから、「さあ、行きましょう!」
「アンジェラ! 皆さんの先頭を行きなさい!」
 アリスが命ずるままにアンジェラが素早く走り出す。
 その後ろを、アンジェラを邪魔だと言いたげに冥月が、それから佐介が、シュライン、アリスが、
「――テレス」
 クルールが走り出しざま、エピオテレスに囁いた。
「テレスは凄腕の四元素魔術師なんだ。緊張しなくてもこれくらい簡単に出来る。大丈夫、心配ない」
「………」
 エピオテレスは微笑み――
 最後尾を走り出した。

 怪魔は上から両脇からわらわらと湧いて出た。
 エピオテレスはさらに雲の透明度を高くした。
 はっきりと見えるようになった怪魔の姿。佐介はその前を飛びまわりかく乱しつつ、手裏剣で足止めをする。
 冥月とクルールは遠慮なく怪魔たちを処分していく。
 アリスは謳う。光の魔法を乗せて。
 まばゆく輝き、怪魔たちの目をつぶした。
 そしてアリスはふと気づいた。――シュラインが何かをしようとして逡巡している。
「どうしたんですか?」
 自分から近づいて、尋ねた。
「私はちょっと、近くの地面かどこかに耳をつけて、振動や音を拾って……魔術師の居場所への近道を探したいと思っているのだけれど」
 周りの戦士たちの山頂へ行く動きが早すぎて、1人悠長に地面に耳をつけてなどいられない状態になった。
 アリスはにっこりして、
「では、私のサーヴァントを4体ほどお貸しします。私が近くにいないと攻撃はできませんが、この子たちは天使型なので、シュラインさんを連れて飛ぶことが可能です」
 シュラインは目の前の少女の気配りに感謝した。
「ありがとう……!」
 約束通り天使型サーヴァントの4体をシュラインの護衛に残したまま、アリスは残り2体のサーヴァントを連れて、アンジェラの後を追った。

「訊きたいんだがな、クルール」
 アンジェラのすぐ後ろで軽く怪魔退治を行っていた冥月は、近距離、凄まじい勢いで2振りの剣を振るう金色の瞳の少女に声をかけた。
「なに」
「なぜケニーが狙われたんだ」
 クルールはくるんと一回転して怪魔5匹ほどを処分した後、
「別にケニーじゃなくてもよかったんじゃないの? あえてケニーが目当てだったんだとしたら――あたしらの店ではケニーが一番魔法防御がないってところかな」
「そんな下らない理由なのか? というか奴は魔法防御力がなかったのか」
「分からなかった? 店で唯一純粋な人間なのはケニーだけさ。後は全員いわく付きだからね」
「……エピオテレスと兄妹じゃなかったか?」
「テレスには精霊が降りてる。そのテレスを周囲の好奇の目から避けるために、今まであの兄妹はイギリス生まれでいったんアメリカへ行って、南米にも行って、それから東京に来た」
「……東京では異能が当たり前だったから、居ついたということか……」
「そう」
 それから――と、クルールは2振りの剣を同時に振り下ろして2匹の怪魔を叩き斬りながら、
「それ以外の理由なら、単にケニーが恨みを買ってる人間からの依頼だろ。あいつ、裏ではけっこうやってるから」
「だろうな」
 冥月は佐介が足止めした怪魔を影に沈めて始末した。
「で? 肝心の魔術師に関してはどうなんだ。因縁は――依頼かもしれん、以外にありそうか?」
「さあ。あたしたちは別に普段山に出入りしないからね。ただし山から見下ろしたら一番近場の異能者の集まりかもしれない」
「ふむ……納得はできんが、要は分からないということだな。フェレも、いるらしい、程度のことしか言わなかったことだし――」
「フェレはあれで意外と文献をあさるからね。5体で1体ってことを知ってたのも、多分本の知識だろ」
 ほほうと冥月は感心した。
「意外だな。あのフェレが」
「意外だろ、あのフェレが」
「で、重要なのは――」
 冥月が言いかけた時、アンジェラが突然止まった。思わず冥月とクルールの動きも止まる。
 体の下が蛇、上半身人間の――
「ラミア?」
 何でまた山の中にいるのか分からない怪魔の登場である。思わずぽかんとしてしまった冥月たちに、ラミアはその牙をむき出しにして襲いかかってきた。
「アンジェラ、お2人をお護りしなさい!」
 アリスの命令。アンジェラはその体でラミアを食い止めた。
 アリスの高らかな謳声。光と闇の混合魔法で、ラミアを包み込む。
 耳をつんざくような悲鳴とともにラミアが消滅した。
 冥月とクルールは引きつった。
 ――ラミアの体に隠れるようにして待機していたのだろう、巨大アリの大群が一斉に襲ってきた。

 シュラインはすでに皆の姿が消えてしまって静かになっている山の地面に、四つんばいになりそっと耳をつけた。
 ――鼓動が聞こえる。山の鼓動。
 水の通る音。
 山中をかけめぐっている足音――動物? 怪魔?
(魔術師……)
 聞こえる足音の中に異質なものはないだろうか。5体で1体。5感をそれぞれ分けているのかもしれない。
 どちらにしろ、5体の気配は似ている――のではないだろうか。
 同じ気配を5つ見つければいい。とりあえずそう考え、耳を澄ます。
 ――何かが聞こえる。
 おかしな反応だ。なぜか、壁に遮られたような――
 と、
 突然ぐいっと引っ張り上げられ、シュラインは「きゃあっ!?」と声を上げた。
 気づくとアリスの天使型サーヴァントに抱え上げられていた。一瞬前にシュラインがいた場所に――がりがりと何かで引っかいたような跡。
 そこにはオオクワガタをさらに巨大化させたような黒い生物がいた。かろうじて……シュラインが大嫌いな生物では、ない。
 アリスに「シュラインの安全を第一に」と魔法稼動させられている4体の天使型サーヴァントは、一気に山頂へと登り出した。
「あ、待って、もう少し――!」
 シュラインは抵抗しようとしたが、1人で怪魔を相手にはできないのも事実だった。
 彼女はやがて大人しく、皆と合流することにした。

「あああああもう!」
 冥月はわらわらと体にまでからみついてくる巨大アリに業を煮やして、最大限に影の力を使いすべてを飲み込んだ。
「……あーあ、かまれた。服ぼろぼろ、傷だらけー」
 クルールが腕の傷をぺろぺろなめながらぼやいている。
「大丈夫、2人とも……?」
 エピオテレスが駆け寄ってくる。
 アリスの謳術が優しく冥月とクルールを包み込む。――癒しの光。
 佐介がウキキッウキキッと笑っていた。
「ウキキッ(訳:避けるのが下手なんじゃ、おんどれら)」
 彼はいち早く巨大アリの大群に気づき、近くの木に登ってやり過ごしていたのだ。
 そして佐介はいの一番に山頂へ向かって駆け出した。
 さすが猿。山登りも本気になれば早い早い。
 クルールが追いかける。
「待てこら猿!」
「待って、アンジェラで警戒しながら……!」
「猿! 一足先に怪魔に喰われても知らんぞ!」
 冥月が叫ぶと、手裏剣が飛んできた。
 ひらりと避けて、「全くあの猿は……」と冥月は不愉快な顔をした。
「ウキキッ! ウキキキィ!(訳:ワイの名は佐介やっちゅーのが分からんのかぼけぇ!)」
 エピオテレスも慌てて追いかけて、しばらくするとサーヴァントに連れられたシュラインも追いついた。
「――アリスちゃん、ありがとう」
「いえ。――何か分かりましたか?」
「それが……何か壁のようなものに当たって……」
「壁?」
 佐介の視界に山頂が見え始め、負けるかとクルールと冥月が追いついたその瞬間。
 巨大キングコブラが、横の木々の間から首をもたげた。
「何だ……?」
 虚をつかれて、冥月とクルールが動きを止める。
 佐介だけが、ウキキッと強く反応した。
「ウキキキッ!(訳:遅すぎるんじゃおんどれらー!)」
「ごめんね佐介ー!」
 ずざっと木の枝からアクロバットのようにくるんと空中で一回転して下りて来たのは、忍のような格好をした、小柄な少女だった。
 続いて、
「ウキー! ウキウキー!(訳:お主に文句を言われる筋合いはないでごザルっ!)」
 とチンパンジーが少女の横に飛び降りた。
 飛び降りてきた少女はキングコブラに向き直る。
「今、片つけるから、さ……っ!」
 少女は2m近い長さの十字槍を持っていた。それを小柄な体に似つかわしくない器用さでくるくる回すと、
「はっ!」
 高く跳躍。
 キングコブラが頭を上げようとしたところで、下からチンパンジーが卍型手裏剣を放ってキングコブラののどを突き刺した。
 コブラの動きが止まる。少女はそこを狙って、コブラの眉間を十字槍で突き刺した。
「はーあっ!」
 そのまま力押しでざっくりとコブラの頭を潰す。そしてすぐに槍を抜き放つと、今度は落ちていくコブラの頭よりも素早く地面に降り、喉元を突き刺した。
 ごぶ、とコブラが妙な液体を口から吐き出す。
 それをチンパンジーともども2人でさっと避けて。
 ……どさり。
 キングコブラは息絶えた。
「ウキキキッ(訳:何じゃそいつは。下らん敵を相手にしとるのぉ)」
 佐介はチンパンジーに向かってメンチをきる。
「ウキー(訳:お主のように派手にではなく、確実に止めをさすが我が主のやり方でごザル……)」
 そんな猿とチンパンジーのメンチのきりあいは無視して、十字槍の少女は呆気に取られているギャラリーに向き直った。
「えーと、草間さんていう方はどちら様?」
 少女は言った。
 シュラインが手を打った。
「あ……じゃあ、サーカス団から派遣された――あの手紙に書いてあった佐介クンのお仲間さんって」
「猿渡出雲[さわたり・いずも]です!」
 出雲ははきはきと自己紹介をした。「今回、ちょっと別件でこの山に入ってたんだ! せっかくなので共同戦線でどーかなと!」
「……こいつも助っ人……?」
 冥月がじろじろと出雲を見た。
「小学生じゃないのか」
 途端に出雲の顔がみるみる真っ赤になった。
「小学生じゃない! れっきとした17歳! 間違えないでよう! 失礼だよ!」
 ものすごくムキになった様子が余計に子供じみていたのだが。
「分かった分かった。……しかし、草間的には猿渡出雲とやらは男性だろうという感じの反応をしていたが……」
 出雲は、がーんとショックを受けたようだった。
「ウキ……(訳:主殿、拙者の紹介もしてほしいでごザル……)」
「あ、忘れてた。ごめんね。――皆さん、こちらのチンパンジーはあたしの片腕の才蔵。よろしくね」
「ウキキキキッ!(訳:出雲の片腕はワイじゃ! 何ぬかしてけつかんねん!)」
「あ、はいはい。こっちの佐介もあたしの片腕なんだ。よろしく」
「はあ……」
 猿とチンパンジーを従えた小学生のような忍。何というか……何というか。
「ええと、あなたは別件でこの山に入っているのね? どんな用件?」
 シュラインがとりなすように出雲に尋ねた。
 出雲はシュラインを見て、
「貴女が草間さん?」
「違うわ、彼の助手のシュライン・エマ。今回は武彦さんは山には来ていないのよ――それで……」
「うん。うちのサーカス団の子象が、巨大な白い猿に連れ去られてこの黄雲山の方向へ行ったんだ。その後を追った来たの」
「巨大な白い猿……」
「うん、もっと上に行ったと思う」
「ウキキッ!(訳:んならさっさと上へ行くんじゃ、ぼやぼやすんな!)」
 佐介が山頂目指して駆け出す。
「魔術師とかっていうの、まだ見つかってないの?」
「……まだよ」
「じゃあとにかく山頂へ行こう!」
 出雲と才蔵が走り出した。
 慌ててアリスが「アンジェラ!」とサーヴァントを走らせる。
 冥月とクルールは顔を見合わせ、肩をすくめてから走り出した。
 シュライン、エピオテレスがついていく。
 山頂はもうすぐ――

 山頂は、平たくなっていた。
「紫雲山もそうだったが、色雲がかかっている山は全部山頂が平たいのか?」
 冥月がクルールに尋ねていた。
「さあ、知らないってば。あたしたち山に近づくことないし」
 全員は走るのをやめて慎重に歩いていた。
 ――シュラインは首をかしげていた。地面から感じる感触が――おかしい。音が。何かに跳ね返ってきているような気がする。
 ふと、アンジェラが横を向いた。
「アンジェラ?」
 女性型サーヴァントと意識を同調させたアリスは、目を丸くした。
「あっち――あっちに宮殿があります。小さいですけど、確かに宮殿ですっ」
「ああ、本当だ――」
 冥月は目を細めた。「変な気配がすると思った。生物じゃない、建物だ」
「建物……?」
 エピオテレスが柳眉を寄せる。
「まさか子象たち、あの宮殿に閉じ込められたかな?」
 出雲は走り出した。佐介と才蔵が続く。
 他に手がかりもないので、シュラインやアリス、冥月にエピオテレス、クルールも宮殿を目指した。

 宮殿内は――
 乳白色で彩られた、静かなたたずまいだった。
 だが、『静か』ではすまされなかった。いくつもの台があり、その内5つに黒いローブを着た5人の怪しい存在がいる。
「5人――お前らか!」
 冥月は即座に影で彼らを捕らえようとして、はっと止まった。
 5人の魔術師らしき存在は、あぐらをかいたような姿勢で空中に留まっている。
 そしてその下に、影が――ない。
 気がついてみればどの台にもどの柱にも、なぜか影がない。
「お……とが、変な風に跳ね返ってくると、思った……」
 シュラインが床の感触を確かめて呆然と言った。「これ、普通の石じゃない……いえ、石でさえない……」
「魔術ですね」
 アリスがしゃがんで床に触れ、感触を確かめる。「複雑な魔術の複合でできた――言ってみればホログラムに近い、魔術です」
 冥月は舌打ちする。
 そして出雲たちは――
「子象! よかった、まだ無事だった……!」
 と捕らわれの身ではあるが、まだ息があるらしい子像の姿を見つけ、歓喜の声を上げていた。
「アンジェラ……!」
 アリスの命で、アンジェラが魔術師の1体に殴りかかる。
 が――拳はすかっと抜けた。
「魔術師たちも――ホログラム!?」
 シュラインが宮殿の壁に耳を寄せる。
 音がしない。まったくしない。少なくとも中に入っている人々の足音ぐらいは響いてきて当たり前なのに、それさえない。そんなことありえないというのに。
「音を吸収してる……?」
 クルールの剣はもちろん、エピオテレスの炎、真空波、凍てつく衝撃波、冥月が自分の影から生み出した縄、すべて効果がない。
「凍らしてみるのは……!?」
 とエピオテレスが挑戦してみても、やはりだめ。
 諦めるわけにはいかないので、それでも彼女たちは戦った。アリスは後方から謳で彼女たちの攻撃力アップ、疲労回復を担当する。

 ――一方で――

 佐介と才蔵が、子象の横でうなっている巨大な白い猿と格闘していた。
 2匹の十八番、物凄い素早い動きで巨大なだけに動きののろい猿を翻弄し、何とか隙をついて出雲が決着を着けようとする。
 ふと――
 佐介が、いくつもある台のうち宮殿の奥にあるひとつの物を発見した。
「ウキッ?(註:なんやねんな?)」
 ひとまず戦線離脱して、その物体の元へ行くと――
 それはランプだった。
 台に文字が刻まれている。『予知夢を見せるランプ』。
「ウキッ!(註:馬鹿にしとんのかおんどれ!)」
 思わずウキッとなって、佐介がランプを叩く。
 すると――
 何故か、巨大白猿がランプに吸い込まれた。
「……ウキッ?(訳:……ん?)」
「佐介! そのランプは……!」
 出雲が十字槍を抱えて走ってくる。
「予知夢? 予知夢を見せるランプ?」
 他の面々がはっと反応した。
「そんなランプがあるのか!?」
「ま、まさか……」
 冥月が引きつった。
 出雲はランプの蓋をひねった。

 おおおおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ――……

 5人の魔術師が吸い込まれていく……

 宮殿が、ふっ……と消えた。
 残ったのは山頂の真ん中ほどにある、台とランプだけ。
「こんな結末ありかああああああ!!!」
 冥月が大声で怒鳴った。
 ランプの横には、人間2人分の死体があった。
 シュラインが遺体検分をしようとして、
「……あ、この男たち……うちにハーレムを作る手伝いをしてくれって依頼にきて、武彦さんに蹴り出された2人だわ……」
「あ、あたしも知ってる。ケニーに女を口説くテクを教えろって迫って、適当に追っ払われたやつら」
「………」
 アリスが目を閉じ、眉をよせてううううんとうめいている。
「ケニーさんがあんな目に遭ったというのに……こんな結末でいいのでしょうか……」
「こんな山登ってこれたんだから、それなりの能力あったんだろうにね」
 出雲が覗き込んでくる。
「……まだ兄様が元に戻ったとは……限らないわ」
 エピオテレスが静かに言う。
 クルールが顔を上げ、
「急いで山を下る! 先に行くよ!」
 と身を翻した。
 悪いが今の彼らにとって、重要なのはすでに死んでいる人物ではない。生きているか死んでいるか分からない――大切な人。
 全員が山を駆け下りた。
 解決を見届けるために。


 ちりんちりんと喫茶店のドアが開いて、
「おせーぞ」
 第一に聞こえたのは、フェレの声だった。
 彼はパスタを食べ終わり、退屈そうに座っている椅子を揺らしていた。
 全員の視線は――まず草間の背中を映し。
 草間の手が、床に倒れたままの友人の心臓の上に置かれているのを映し。
 そして草間が――……
「……武彦さん」
 シュラインがハンカチを取り出し、草間に差し出した。そしてケニーを見た。
 胸に、口にあった血が綺麗に消えている。草間の、心臓に置かれた手が確かに上下していた。
 アリスが謳う。もう一度、癒しの謳を。
 ――ケニーがゆっくりと、その青い瞳を見せた。
「兄様! よかった……!」
 エピオテレスが立ったまま、両手に顔をうずめて泣き出した。クルールがその背を撫でて、
「テレスに余計な心配かけさせんな、ばか」
 とケニーに悪態をついた。自らも目をうるませながら。
「フェレ……何もなかったか?」
 冥月がフェレに尋ねる。
「あーん」
 フェレは符を1枚取り出して、
「ついさっき変な男の霊が2体襲ってきた。適当に消しといたけど」
「………」
 冥月は唇に笑みを乗せる。
「よかったですね」
 アリスがにっこりと笑った。
 出雲と猿とチンパンジーが、目を赤くしている草間の前に行き、改めて自己紹介をした。


 その後。
「……訳の分からない逆恨みをされたものだな」
「お互いな……」
 草間とケニーがため息をついていた。
 ケニーは全身疲労がひどいためソファ椅子でぐたっとしていたが、草間は別の意味でぐたっとしてその隣にいた。
「さあ、草間のおごりだ! 何でも頼め!」
「え、おごりですか! どーしよう、あの、メニュー表……」
「ここはメニュー表はありません。お好きなものを作らさせて頂きます」
「ほんとにっ!? わーい、じゃあチャーシューメン大盛り5杯、ギョーザ5人前、天津飯5人前、あと、えーとえーと」
「5人前……なんだ、猿共のも注文しているのか?」
「ううん? 自分で食べる分だよ」
「………」
「でも最近団長に注意されて。減らしてるんだよー」
「………」
 冥月は聞かなかったことにした。
 アリスは苦笑しながら、美味しい紅茶とお茶菓子を頼んでいた。
「あの、後でお返ししますので」
 とシュラインに向かって言う。
「あ、アリスの分はいいよ。うち持ちで」
 とクルールが言った。
 シュラインは草間の懐――ひいては自分の(事務所の)懐につながるので、食べるのをひかえ、草間の傍にいた。
 厨房からおいしそうな匂いがする。
「わーーーい!」
 幸せそうな時間の始まりだ……


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【6047/アリス・ルシファール/女/13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】
【7185/猿渡・出雲/女/17歳/軽業師&くノ一/猿忍群頭領】
【7186/ー・佐介/男/10歳/自称「忍び猿」】
【7187/ー・才蔵/男/11歳/自称「忍び猿」】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は……ええと……変なオチですみません。
お付き合いくださりありがとうございました(汗
またどこかでお会いできますよう……