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そんな、ある秋の日。
長い長い、辛い辛い夏は、ある日唐突に終わりを迎える。
九月も後半に入ったその日は、そんな一日だった。
陽射しは柔らかく、風は熱気を運んでこない。
陽が傾けば、少し肌寒いほど。それでも、随分過ごしやすい。
最近は秋が短いから、あっという間に冬が来てしまうだろう。
――それまでに、色々しておきたいな。たまにはでかけたいし。どうしようかな。
アルバイトの帰り。夕焼け空を背にして歩きながら。
海原みなもは、色々と考えをめぐらせていた。
夏休みの間はアルバイトに忙しくて、何もできなかった。
今もアルバイトはあるが、夏休みほどじゃない。やりたいことはたくさんあった。
ちょうど明日は学校もアルバイトもない。珍しい、お休み。
丸一日、使える。
あれもこれも、色んなことが頭の中を流れていく。でも、いまいちピンとこない。
いつもはできないこと。だからこそ、したいこと。
――そうだ。
大事なことを思い出す。
いつでも家で待っていてくれるあの子のことを。
うん。
決めた。
まっすぐ帰る道から少し逸れて、買い物をしていく。
明日が楽しみだ。
「ちょ、ちょっと! なにすんのよ!! やめなさいって!」
次の日。
昨日と同じ、心地の良い快晴。部屋の中には暖かい光と、優しい風が入ってくる。
そんな中で。
みなもは、人形の服を脱がせにかかっていた。
抵抗は声のみ。なおも甲高い罵声は続くが、それだけ。それはそうである。この人形は――彼女は人間ではないのだ。球体関節人形。しかしもちろん、彼女はただの人形でもない。
意思を持ち、喋る。しかもとんでもなく口が悪い。気分屋で、すぐへそを曲げる。
――でも、根は悪い子じゃないし。ちゃんとあたしのこと、分かってくれてるし。これまで色々あったけど。
「何にやけてるのよ! 人のこと脱がせながら喜んで、気持ち悪い!」
どうやらいつのまにか、顔に出ていたらしい。
今まであなたとあったこと、思い出してたのよ。とにっこり笑ってあげる。
「洋服、クリーニングに出してあげようと思って。夏、ほんとに暑かったでしょ。汗かかないだろうけど、湿気も馬鹿にできないし。それと、せっかくだから綺麗にしてあげる」
言葉の最後に音符でも見えそうなほど楽しげに、歌うようにみなもは話した。
「だからって、動けないのをいいことに! 前も言ったじゃない!」
相手のテンションは変わらない。確かに、以前にもこういうことはあった。その時は無理矢理黙らせてしまって、大変だったっけ。
「あら? でも……汚れ……このままでいいの? 恥ずかしがってたら、いつまでもこのままなんだけど……あなた、綺麗好きよね? 綺麗にしてあげたかったのに……」
ごめんなさい、といった風にしおらしい顔で言ってみる。
でも、事実だ。彼女のことは、本当に大切に思っているから。休日を二人でゆっくり、彼女のために過ごしたい。そう思っている。
「……白々しい、ったらありゃしないわほんと……」
はー。とため息が聞こえてきそうなほどの声で彼女はこぼした。まあ、声に出さなければため息などつきようもないわけだが。
じっと瞳を見つめる。その人形の瞳は、とてもガラス玉には見えないほど生気に満ちた光を湛えていた。吸い込まれるようだ。でも、逸らさない。
「はいはい、負け負け。確かに、さっぱりしたいし。まあ、ね。みなもがちゃんと私のこと思ってくれて言ってくれてるのは……なんとなく、分かるしね」
最後の辺りは本当に小さな声。ぶっきらぼうな言い方。でもそこにこそ、彼女の本音があるんだってことは、もう分かっている。
すっかり服を脱がすと、身体が露になる。顔の精緻さに比べ、球体関節人形の身体は独特の人形らしさが残っている。だけどもその倒錯した容姿が、逆に艶かしい。
久々津館の住民、鴉にもらった飾り箱の中から、お手入れ道具を取り出す。まずは、羽ボウキ。
ゆっくり、そうっと。撫でるように、丁寧に埃を払っていく。
いつも以上に、懇切丁寧に。
長い時間をかけてそうした後、次に、アルコールを軽く浸した布で拭いていく。先程以上に慎重に、丹念に、繊細に。全身の、隅から隅まで。舐めるように。
さらに麺棒を取り出し、同じくアルコールで、関節の隙間などの細かいところを拭いていく。
「……ちょっと。なんか喋りなさいよ。なんかこう……余計に気恥ずかしいじゃないの……」
いつもと少しだけ様子が違う。照れているのか。
ただ静かに、微笑んであげる。視線が合う。ぶつかるのではなく、絡み合うように。
「……むう、調子狂っちゃうわほんと……」
そう呟いたのを最後に、押し黙る。
でもその沈黙は、穏やかな、優しい沈黙だ。こういうのも、悪くない。
髪を梳かして、お香を炊き上げて。
そうして一息。
一緒に、寄り添うように休憩。
窓の向こうの空を見上げる。
いつのまにか、陽は高くなっていた。でも、暑くはない。爽やかな空気の流れが、ささやかに窓から染み込んでくる。
本当に、ゆっくりと時間が流れているようだ。
「あたしね。本当に、あなたに出会えて良かった。そう思ってるよ」
その台詞は、何一つ作ったものではなく、自然と、心の中から零れ落ちるかのように口をついた。
少しだけ眠くなって。ぼんやりと、そのまま座る。こういう一日もいいものだ。
返事は、たっぷりと時間をかけて耳を打った。
「……私もよ」
いつもの調子で話すその言葉は、まどろみの中、天上からの響きのように、みなもの夢の中に広がっていった。
了
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■ ライター通信 ■
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お久しぶりです、伊吹護です。
たびたびの発注、ありがとうございます。
この話は書いていて私も楽しく、書き始めたら興に乗って一気に書いてしまいました。
ただ、お望みの百合っぽいのは……この程度が限界、ということで。
満足していただければ幸いなのですが、もっと今後精進しますね。
ではでは、またいつか、機会がありましたら。
この後、全三回でやっていますゴーストネットOFFでのシナリオの第二回のOP公開をいたしますので、途中参加でもよければ、ぜひぜひ宜しくお願いします。
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