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<東京怪談ノベル(シングル)>


少女戦艦REINA〜誕生〜

 ガランとした巨大な格納庫に、女子高生と思しき制服姿の少女が佇んでいた。

 太平洋の孤島に建造されたその施設は、表向きは某社の研究所とされているが、その実態は非公然超国家組織IO2が世界各地に保有する軍事拠点の一つである。
 鉄錆と油、そして外部から微かに漂う潮の香り。
 うら若い女子高生にはおよそ似つかわしくない殺風景な構内であるが、彼女自身もまた尋常の人間ではない。長い黒髪の間からエルフのような尖った耳を覗かせ、しかも制服の背中に開いたスリットからは天使を思わせる翼が生えていた。
「ピンとこないなあ……これが、あたしの元の体っていわれても」
 少女の口から、ふと独り言がもれた。
 たった今彼女が見上げているのは「船」、あるいは俗にいう「宇宙戦艦」。
 ただし戦艦という単語から連想されるイメージとは裏腹にスマートな流線型ボディを持ち、所々から刺のような鋭い突起物が突き出ている。
 やがて「船」を見上げるのにいい加減飽きたのか、少女――三島・玲奈は肩の凝りをほぐすようにコキコキ首を振った。
 そして細身の肢体を包む制服の、丈の短いスカートの裾を指先でつまみ上げる。
「こっちの方も……やっぱり、まだ馴染めないなぁ」

『――あなたはなぜ、闘うの?』

 頭の中に、ふと「彼女」の言葉が蘇る。
(そうよね……あたし、いったい何のために闘ってるんだろ?)

  ◆◆◆

 ほんの数ヶ月前まで、玲奈はごく平凡な女子高生だった。
 もっとも「平凡」という表現が適切であるかは微妙だ。女子サッカー部のレギュラーを務め、髪を短く切ったボーイッシュな少女。私服が許された私立校のため学校では常にパンツルック、家ではGパン・Tシャツのラフな服装で平気で胡座などかいていた。
 そんな彼女の人生がガラリと変わったのは、ある晩部活で遅くなった帰宅途中、正体不明の男たちに拉致された瞬間からだった。
『何だよてめーら!? チクショーっ放せ!』
 体力には自信がある玲奈だったが、大の男数名に待ち伏せされては手も足も出ない。何か妙な薬を嗅がされ、意識が朦朧としたところで車の中へ連れ込まれ――。

 それから先の事態は、まるでベルトコンベアーに運ばれるがごとく、彼女の意志を一切無視して進行した。

 一般人の知らぬ所で続く心霊テロ組織「虚無の境界」とIO2の暗闘。人類を滅ぼすべく「虚無の境界」が召喚する怪物たちを駆逐するため、彼らに抗う希少な遺伝子を有する玲奈の協力が必要であること。
 一通りの説明は受けたものの、彼女自身がそれを充分理解する前の時点で、既に「改造」は終わっていた。
 すなわち、彼女本来の肉体は対怪物戦用の生体戦艦に改造するため液状化され、脳だけが新たなインターフェース・ボディに移植されたのだ。
 姿形こそ以前と同じ十六歳の女性型といえ、天使のような翼、加えて鰓と水掻きまで備えた人造ボディはどう見てもノーマルな人間とは思えない。
 それだけでも充分に理不尽な仕打ちであるが、玲奈個人にとって耐え難かったのは、むしろ肩までのロングヘアと制服の短いスカート――すなわち「普通の女の子らしさ」という(玲奈にとっては)極めつけの異文化強要だった。
 IO2側としては改造された彼女をせめて「年頃の女の子らしく扱ってやろう」という温情だったのかもしれないが、それこそ余計なお世話というものだ。
 わざわざ専任の女性職員がつき、徹底的なマナー教育とメイクのレッスンまで受けさせられた。
 しかし十六の歳まですっぴんで通してきた玲奈にとって、女らしく化粧を施され鏡に映る己の顔など物の怪も同然だ。これに比べれば、まだ翼や鰓の方がマシと思えた。
 それでもヒトは環境に適応する生き物。生来負けず嫌いで努力家の彼女のこと、生体戦艦としての激しい戦闘訓練の合間を縫った、これまたハードなマナーレッスンに耐え抜き、二ヶ月後には(不本意ながら)本職のメイドにもひけをとらぬレディとしての立ち居振る舞いをマスターしていた。

 そして初の実戦――テロ組織が召喚した怪物を大気圏外で迎え撃つ邀撃作戦。
 並の人間が見ればその場で失神しかねない異形の怪物といえども、元々勝ち気な上に充分なシミュレーション訓練を受けた玲奈にとっては「なによ? このキモい生き物」という程度の印象だった。
 対霊障フィールドを展開し、生身のまま大気圏外離脱。超精密攻撃用レーザー、テレパス、念動力といったESPを武器として、さらには衛星軌道上に待機する「船」からの後方支援。
 最大最強の原子力空母さえ及ばぬ圧倒的な戦闘力を駆使して自分より遙かに巨大な怪物を撃破するとき、玲奈の胸にかつて敵チームのディフェンスをかいくぐって見事シュートを決めた瞬間の、あのえもいわれぬ快感が蘇った。
 初陣からわずか一ヶ月にして五匹の敵怪物を撃破。戦闘機パイロットならば既にエースを名乗ってもおかしくない。
 スカートはともかく、戦士としての日常にすっかり馴染んできたある日の出撃。
 その日の相手は、バビロニア神話のティアマトを連想させる、七つの長い首と巨大な翼を持つドラゴンだった。
 七つの口から放射されたプラズマと思しき凶暴な熱線が、それぞれ異なる方向から襲いかかる。だが玲奈は敵の攻撃パターンを冷静に見切ると、後方の「船」に長距離ビームと抗体弾頭ミサイルによる支援砲撃を指示。敵がひるんだ隙をついて一気に懐に飛び込み、レーザーとESPによる衝撃波で七つ首のうち四つまでを潰した。
 もはや勝利は確実――と思えた、そのとき。

「彼女」の声が聞こえた。

〈あなたは、なぜ闘うの?〉
「誰……!?」
 初めはドラゴンが喋ったのかと驚いたが、そうではない。
 何処にいるかは知らないが、若い女と思しき「声」がテレパシーによって意志を伝えているらしい。
〈私は霧絵。滅びを望む人々の結晶たる、創られた神『虚無』に仕えし者〉
「巫浄・霧絵!? 名前は聞いてるわ……あたしたちが闘ってるテロ組織の親玉ね!」
〈それは誤解よ。私たちはテロ組織でも犯罪集団でもない。ただ滅びという名の試練を与え、全人類の魂を永遠の安楽と至福へと導くのが私の望み〉
「るさいわね! もっともらしい理屈つけたって、やってることは単なる大量殺人じゃないの!」
〈なら訊くわ。私たちが、あなたに何か悪さを働いたかしら? あなたから平穏な日常を奪い、一方的に生体兵器として改造したのは『彼ら』ではなくて?〉
「え……?」
 いわれて見れば、確かにそうだ。そもそもIO2に拉致されるまで、玲奈は「虚無の境界」や霧絵の存在など知りもしなかったのだから。
 同時に、玲奈自身も憶えていなかった手術の光景――全身麻酔のうえバリカンで頭髪を剃られ、大脳が摘出されるおぞましい幻覚が意識に流れ込んでくる。
「イヤぁ! やめてーっ!!」
〈目をお覚ましなさい。彼らの唱える『正義』なんてただのお題目。今の世界が抱える矛盾を放置して、各国の為政者たちが既得権益を守りたいだけの建前にすぎないわ〉
「そ、それは……」
 数秒の逡巡が、敵の怪物に態勢を立て直す余裕を与えてしまった。
 潰された四つの首を自ら切り離し、全身から金色の輝きを放ってドラゴンが咆吼を上げる。
「! しまっ――」
 翼の先で弾き飛ばされ、残りの頭が放射した三条の熱線をまともに浴びてしまった。
「きゃあぁ――っ!!」
 対霊障フィールドの効果で消滅は免れたものの、右手・右足を吹き飛ばされ、半ば失神状態のまま、玲奈の身体は落ち葉のごとく宇宙空間を舞った。
 ただしダメージを負ったのはあくまで戦闘用のインターフェース・ボディであり、彼女の本体たる「船」は全くの無傷だ。その証拠に「船」から転送されてきた超生産エネルギーにより、ただちに失われた手足の復元が開始されていた。
〈素晴らしいわ……あなたのその力、我が『虚無の境界』にこそ相応しい!〉
 感極まったような霧絵の哄笑を聞きつつ、薄れいく意識の中で、眼下に広がる地球をぼんやりと眺める。
 ちょうどそのとき目に映ったのは夜の日本列島。地上の星雲のごとく、ひときわ光点が集中する首都圏だった。
(東京……あそこにあたしが人間だった頃の、家族と友だちがいる……)
〈今からでも遅くないわ。我が僕と共に、あの汚れた街を滅ぼしなさい――そうすれば、『虚無の境界』はあなたに大幹部の地位を用意して迎えるわよ〉
 畳みかけるように、霧絵の誘惑が玲奈の心に食い込んでくる。
 あえて「船」を攻撃しなかったのも、生体戦艦をなるべく無傷で捕獲しようという計算からであろう。
 しかし――。
 たとえ流された運命、巻き込まれた闘いであっても。
(――最後に選ぶのは、あたし自身の意志だ)
「イヤよっ!!」
 玲奈を守るフィールドが強い光芒を放った。
 手足の完全再生を果たしたボディで向き直り、キッと怪物を睨み付ける。
 怨霊浄滅と物理破壊の効果を併せ持った大出力レーザーを発射、ドラゴンが吐きかけてきた熱線を弾き飛ばしその本体を貫いた。
〈残念ね……また、会いましょう〉
 冷ややかな霧絵の声とほぼ同時に、怪物は断末魔の悲鳴を上げ軌道上に爆散した。

  ◆◆◆

 格納庫に佇んだまま、玲奈はつい数時間前の闘いを回想していた。
 霧絵の誘いを拒んだことは、別に後悔していない。
 ただ、もし自分が抗体遺伝子の持ち主でなかったら?
 その後の人生がどうなっていたか、そのことに思いを馳せてみる。
 そのまま大学に進学し、就職し、結婚して家庭を持ち――。
 いずれにせよ、いつまでも「男勝りのサッカー少女」でいられるはずもない。
「……な〜んだ。だったら、どっちみち同じことよね」
 そのとき、体内に内蔵されたインカムからIO2女性オペレータの声が鳴り響いた。
〈オーストラリア上空に新たな怪物出現です! 玲奈さん、直ちに『船』と共に第一級戦闘配備について下さい!〉
「了解!」
 すぐさまエレベータに向かって駆け出す玲奈のテレパス能力が、指揮所にいるIO2科学者たちの会話を聞き取った。
〈出現するごとに、怪物側の戦力も強化されています。いずれ、レイナ級一隻では防衛ラインを維持できなくなるのでは?〉
〈うむ。そのためにも、彼女以上に強力な抗体を持った素体が必要だ。現在、候補者をリストアップしているが――〉
(勝手なこといわないでよ! こんな目に遭うのは、あたし一人で充分だってば!)
 愛する人々を守るためにも。
 自分のような「犠牲者」を再び出さないためにも。
 あたしは闘わなくちゃならない――玲奈は決意を新たにした。

 もっとも、お化粧とスカートに馴染むのは当分先のことになるだろうが。

〈了〉

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
(PC)
 7134/三島・玲奈(みしま・れいな)/女性/16歳/メイドサーバント

(公式NPC)
 NPCA024/巫浄・霧絵(ふじょう・きりえ)/女性/不明/虚無の境界盟主

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■         ライター通信          ■
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対馬正治です。再度のご指名、誠にありがとうございました!
「うちの子を預けます」とのお言葉、作家冥利に尽きます。当方も心して執筆させて頂きました。
突然の運命に投げ込まれた少女の戸惑い、怪物とのバトル、悪の首領(?)の誘惑と、何やら長編小説が1本かけてしまいそうな盛りだくさんの内容ですが、玲奈さんが自ら闘いを決意するまでを描く「誕生編」といった形でまとめてみました。
また、敵が怨霊や霊鬼兵ではなく「怪獣」ということで、バトルシーンも思い切ってアニメ・特撮調に描写してみました。個人的には大好きなんですよ、こういうのも(笑)
ではご意見・ご感想などお聞かせ願えれば幸いです。