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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―cinci―



 高ヶ崎秋五の使うデスクの上には、相変わらず行方不明者のリストが広げてあった。
 この中から見つけるのはかなりの重労働だ。しかも、金にならないものも含んでいる。
 煙草を吸い終わり、秋五は大きく腕を上に伸ばしながら肩をほぐす。
「敵がいますが、気配が消えました」
 背後から声が聞こえ、秋五は動きを止め……ゆっくりと振り向いた。
 薄暗い室内の中に立つ、黒い衣服の少女。アリサだ。
「消えた、とは?」
「……言葉通りです。ワタシの感知できる範囲内で……気配が消えました」
 なんだか言い難そうだった。
 秋五は部屋の窓を全て締め切る。その様子を彼女は黙って見ていた。
 窓を閉めると室内の空気が一気に重くなったような錯覚がされた。
 イスに座り直した秋五を、アリサはただ眺めている。秋五は口を開いた。
「今までの敵で、そういうのはいました?」
「……気配を消した敵、という意味ですか?」
「そうです」
 秋五のほうをじっと見て、アリサは目を細める。まるで冷たい氷のようだ。
「……いました」
 はっきりとアリサは言い放つ。何かを考えたようだが、答えははっきりしていると言わんばかりだ。
「そうなんですか。では、アリサはどこまで敵を感知できるので?」
「……質問の意図をもっと狭くしてください。距離に関してですか? それとも、敵の種類?」
「距離ですね。ついでに種類も」
 アリサはなかなか賢い少女だ。こちらの質問の答えに余計なものはつけない。
「それほど広くはないですし、計ったことはないですから明確ではありません。ワタシはそもそも、それほど感知に長けているほうではないので」
 なるほどなるほどと呟き、秋五は色々と考えを巡らせる。そんな自分の様子を、アリサはただ観察していた。
「考え方としては、今回の敵さんは、アリサの気配がわかるんじゃないですかねぇ。そして、自分の気配を察知できなくする力があると」
「……こちらの気配が相手に知れることはありますが、長時間、気配を隠してはいられないはずです」
「おや。どうしてですか」
「天敵だからです、ワタシが」
 彼女の瞳は人形のようだ。
「必ず追って仕留めます」
 アリサはそのまま黙り込んでしまう。
 秋五は「ふぅむ」と短く洩らした。
「では相手がアリサのことを探りに来る、というわけではないのですか。ここに居るかどうかを確認しに来たりする可能性は?」
「………………」
 視線を伏せるアリサは何かを考えているようだった。だが、ふいに暗い瞳で言う。
「その可能性はあるでしょうが……今回に限っては、違います」
「どうして? 生き残るのなら敵を排除するための位置特定と、弱点を探すものですよ」
「あなたの言っていることはとても的を射ていますが、感染者がダイスに勝てるはずはありません」
「ウィルスだって突然変異することもあるでしょう? 無敵状態が続かないことだってありますよ」
「ワクチンの役目を果たせないなら、ダイスは必要なくなります」
 ありえない、と彼女は言外に言っている。しかし秋五は可能性を示しているだけなのだ。
 アリサは頑固なところがあるが、肝心なことは言わないところもある。それは本当は、秋五が知っていなければならないことなのかもしれないが。
 秋五はダイス・バイブルをうまく使えない。知識も中途半端にしかわからない。
「えーっと」
 ぽりぽりと頭を掻いてから、秋五はもう一度訊く。
「では敵はここには来ない、というのですかね」
「来ません。そもそも近くに来ればワタシが問答無用で破壊します」
 気配を隠したままでアリサに近寄ることはできない、ということだろう。
「あなたに危害を加えさせるようなことは、絶対にありません」
 自信というより、確信を持ってアリサは言う。頼もしいと思うが、なんだか自分よりも相手が凛々しすぎて腰が引けた。
 傍目には自分は彼女より一回りも上の男なのに……。
(これでアリサが制服でも着ていたらすごい構図になるな……)
 悪く言えば、役立たずのおっさんと、しっかり者の女子高生。
(うーん、ドラマだと面白いものになりそうな……)
 なんて。
 秋五は窓の外を見る。すっかり夜だ。
「ではアリサには一旦本に戻ってもらいますか」
「……なぜですか」
「駄目元で近くに敵がいないか探してみます」
「…………」
 目を細める彼女は腕組みした。
「無駄かもしれませんが」
「そうかもしれないですけど……できる限りアリサの力になりたいので……。まぁ、引っかからなければ無駄足だったということですね」
「…………わかりました」
「じゃあ……」
「本には戻りません。ワタシは、気配が消えた先に行ってみます」
「……そうですか」
 彼女の行動を束縛することはできない。大人しく自分を待っていると思い込んだ自分が悪い。
 軽く自身のこめかみを叩く。
 ダイス・バイブルの中を探ろうにも、頭痛がひどい。
「何か、アドバイスはないですか」
「アドバイスとは?」
「敵を探るアドバイスです。私は気配を感じられないもので」
「…………本とのシンクロをあげるしかありません」
 淡々とアリサは言ってくる。なんの感情も浮かんでいない。
「それしか方法はありません」
 彼女はそう言うと、身を翻して出入り口へ向けて歩き出す。
 こつこつと足音がした。
 ドアが開かれ、閉じる。残された秋五は小さく溜息を洩らした。



 建物の上を跳躍しながらアリサは顔をしかめる。
(気配を消した……。最悪な予想が当たらなければいいですが)
 場合によっては最悪を想定しなければならない。だとすれば……。
 不安が胸に掠めた。

「ここ……ですか」
 アリサは広い公園を見回した。本の中で感じたのはこの辺りのはずだ。
 残滓を感じる。
 ついさっきまでは確かにここに居たはずだ。なのになぜ居ない? 移動したのか?
 ……アリサは息を呑んだ。
 暗闇からこちらを見ている者がいる。それがナニかを、理解した。
 こんなところで、と正直思う。どうしてこんな時に、とも思う。そして…………自分の予想が、最悪の予想が当たったのを理解した。
「なあ、なんでそんなに弱ってるんだ?」
 闇の中から軽く声をかけられた。アリサは周囲を警戒しながらうかがう。
「当ててみせようか?」
「隠れていないで出てくればいいでしょう」
 静かに言うと、公園に植えられていた木々の間から男が出てきた。
 長い黒髪は地面に届いている。いや、地面に少し広がっている。褐色の肌の、外見が二十歳前後の青年だ。黒の拘束衣というのが不気味ではあるが、似合っている。
 前髪さえも長いためか、目がこちらからは見えない。顔もほとんど隠れたようになっている。
「そんなツンツンすんなよ。今のオレはあんたを攻撃する気はねぇからよ」
「……それを信用しろとでも?」
「オレはなくても、オレの相棒はそうは思わないかもしれねぇな」
 薄く笑う男は顎を軽くあげた。腕が固定されて動かせないためか、顎で示したらしい。
「先月、おまえさんを見たぜ。敵をぶっ倒した後だったがね」
「…………覗き見とは悪趣味な」
「おいおい、誤解すんなよ? オレはオレで仕事してたんだ。たまたまおまえが目に入った。それだけのことさ。
 ……本の所持者はどうした?」
「あなたに関係ありません」
「ふふっ。あぁそう。わざと隠してるってことか。だがよぉ、それもいつまでもつかわかんねーだろ?
 なぜ一人で行動する? そんなに弱ってるのは、所持者のせいなんだろ?」
「ワタシの落ち度です」
「自分のミスだから、所持者には関係ねぇってことか?
 だが、オレから言わせればおまえの主はクソだな。ここに居ないってことは、本とシンクロすらできてねぇってことだろ。暢気に生活してるんじゃねえのか?」
「あなたには」
 アリサの声が尖った。
「関係ありません」
「……主をバカにされて少しは頭にきたのか? それよりは、露骨にこういうこと言われるのがキライってタイプか……。すまんね、耳を汚しちまって」
「…………」
「ヌルいことしてねぇでさっさと契約破棄して捨てたほうが身のためだぜ? これ、最後の忠告な」
「最後……?」
「オレの愛しい主人が帰ってきたぜ」
 男の言葉に、アリサは振り向く。
 17歳くらいの少女が立っている。派手に染めている髪を少しだけ結んでツインテールにしていた。
 赤のチェックの短いスカートを穿き、じゃらじゃらとアクセサリーをつけている。パッと見た感じはパンクファッションだ。化粧は派手ではないので、幼さが強く残っていた。
(まずい……)
 アリサは本気で冷汗をかいた。これは危険な状況だ。逃げるというのは無理だ。自分よりはこの男のほうが疾いだろう。
 なら。
(……できるだけ体を護るように力を尽くさねば……!)
 少女はアリサを眺め、言う。
「みすぼらしいダイスね」
「どうする? マチ」
「なんか目障りだしね……。今のこのダイスがどれくらいかってのも、ちょっと見たみたいカモ。
 タギのほうはどう? まだ戦えるっしょ、かろうじて」
「まあな」
「じゃ、お願い、タギ」
 にっこりと微笑むマチはついでとばかりに男に投げキッスをする。
「帰ったら早くベッド入ろうよ〜。あたし疲れちゃったぁ」
「へいへい。優しく相手をさせていただきますよ、マチ」
 ふざけた会話だ、とアリサは思う。だが二人とも本気だ。
 薄く笑う少女の瞳は、本気だった。あの瞳を自分は何度も見ている。自分の前の主たちも、ああいう目をしていたのだ。



 事務所近辺を探していた秋五は、当てが外れたことを知った。事務所に戻ろうとした矢先、道の向こうからアリサが現れたのだ。
 衣服はずたずたにされ、あちこちに痣がある。酷い有り様だった。
「アリサ?」
 驚く秋五を一瞥すると、彼女は嘆息した。
「本に戻ります」
「どうしたんです?」
「……負けただけです」
 短く言うと、アリサは無表情のまま姿を消してしまった。
 負けた? ダイスなのに感染者に負けたというのか? 信じられない。
 感染者に負けたとすれば、アリサのプライドを傷つけたことになる。彼女はそれを言いたくなかったのかもしれない。
 秋五は空を見上げた。星は見えない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6184/高ヶ崎・秋五(たかがさき・しゅうご)/男/28/情報屋と探索屋】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、高ヶ崎様。ライターのともやいずみです。
 アリサ一人で向かわせる結果となりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!