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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


幸運な三下くん
●オープニング【0】
「……三下くんがおかしいのよ」
 電話で月刊アトラスの編集部まで呼びつけられた早々、編集長の碇麗香は神妙な顔付きでそうつぶやいた。ちなみにその本人である三下忠雄は、取材に出かけているようで編集部に姿はなかった。
 が、三下がおかしいと言われても、どうおかしいのかを聞かせてもらわないことにはどうとも言えない訳で。そもそも、やたらとドジを踏むこと自体おかしいとも言える訳だし。
「やたらとついてるのよ、この1週間ほど」
 ついてる? それはいわゆる『憑依』の方ではなく、『幸運』の方ですか?
「買った宝くじで10万円当たったり、ご飯を食べに行ったお店で開店10000人目の客になったりとか。そうそう、何か懸賞でギフト券とか北の特産品詰め合わせとかも当たったそうよ。この1週間ほどで……ね」
 そりゃおかしい。あからさまにおかしいじゃないか、それは。1つや2つなら偶然だろうが、そこまで集中すると何か裏があるように思えてしまう。
「けどね」
 麗香は溜息を吐いた。
「……それにつれて、三下くんがやつれてきてるのはどう思う?」
 やつれてきている? それはつまり、精気が失われているということですか?
「ええ、そうね。疲れてるとか、そういうのじゃないわ、あれは。見てもらえれば分かるけど」
 麗香がそう答えた時だった、件の三下が戻ってきたのは。
「ただいま戻りました〜……」
 三下の声がして何気なく振り返ってみて――驚いた。目の下が窪み、頬がこけて、オーラが……ない。元々ないじゃないかという話もあるかもしれないが、それでも存在感というオーラはあるのだ。ドジを踏むがゆえに。しかし、そんなオーラすらも失われているではないか。
「あれ……どうかしましたか……?」
 三下が皆に声をかけてくる。その声にもまるで覇気がない。
 これはやばい! やばすぎる! 早急に原因を特定して、どうにかしなければ――。

●痛々しい三下くん【1】
「まったく……どこの幸福の押し売り屋さんに騙されたのでぇすか? さんしたくんは」
 露樹八重はシュライン・エマの頭の上にちょこんと乗ったまま、ぷりぷりと怒っていた。
「いりもしない幸福を押し付けられて、生命で代金払わされてちゃ、ちいっとも割にあわないのでぇすよ」
 それを聞きながらシュラインは苦笑する。ちなみにその八重の言葉は三下の耳には届いていない。今は取材の報告を麗香にしている最中だったからだ。普段以上に弱ってる三下が、こちらの様子に気付くはずもなく。
 とはいえ、八重が言うように三下が騙されたのかといえば、そういう訳でもないかもしれない。今回のケースの場合、幸運は起こってはいるのだからそれを押し出して売り付けたのだとしても、騙した訳ではない。ただ、とても重要なことを伏せていただけ――と考えた方が自然だろう。そもそも三下のことである、副作用があるなどと聞いたら瞬く間にその場から逃げ出していたことだろう。
 まあそういったこと以前に、何が原因で三下にこのような事態が起こるようになったかをまずは特定しなければならないのだが……。
「ある意味、過去最高に不幸な気がしなくもないわよねえ……」
 三下のオーラのない背中を見つめ、シュラインもぽつり。冗談抜きに、このままゆくと三下の生命の危機だ。取り返しがつかなくなる状態になってしまう前に、何とかしなければならない。
 そうこうしているうちに、三下も麗香への取材報告を終えて2人の所へとやってきた。
(ともあれ、三下くんから話を聞いてみましょうか)
 そうシュラインが考えて、三下へ近付いて声をかけようとした時である。
「さんしたくん!」
 シュラインの頭上に居た八重が、ぴょーんと三下の頭上へと飛び移ったのだ。
「は……はい……?」
 戸惑いの表情を浮かべる三下。やつれてしまっているからか、普段なら何とも思わないその様子も妙に痛々しく感じてしまう。
「じゅーすを自動販売機でかってほしいのでぇす!」
「へ……?」
 八重の言葉に三下がきょとんとなる。あまりにも唐突だったから、頭がついてゆけてないのだ。
「ジュースの当りがぱちんこ大解放なみになってもあたしならいくらでもいけるのでぇす♪」 しかし三下のそんな様子など気にせず、八重は喋り続ける。シュラインが助け舟を出した。
「ほら、あのね、三下くん。最近三下くんがついてるって聞いたから、あやかりたいみたいよ?」
「あ……ああ……そういうことですか……」
 シュラインの言葉に安堵する三下。これでやっと八重の言葉が理解出来てほっとしたようだ。
「今までついてなかった分……一気に来たんでしょう……かねえ……」
 そう言って三下は笑顔を浮かべるが、はっきり言って今の状態で笑われても正直怖い。
「ええ、そういうことってあるのかも……ね」
 シュラインはとりあえず三下に話を合わせてから、直球で質問をぶつけてみた。
「ところで三下くん。何だか、『とても』疲れているように見えるけど……?」
「え……? ああ……はい……最近……仕事が忙しくって……。そのせいじゃ……ないかと……」
 どうやら三下も自分の状態は把握しているようである。けれどもその原因は、仕事が忙しいからだと解釈しているらしい。
「そ……。だったら、ゆっくり休まないと、ね」
 シュラインはそう三下に返した。
(……先に周辺の情報を集めた方がいいかも)
 今の状態で何かあったかと三下に聞いても、恐らく漠然とした答えしか返ってこないことだろう。ならば、ここ最近の三下の行動などを調べてみてから尋ねた方が、的を射た答えが返ってくる可能性が高まるはずである。そのようにシュラインは考えた。
「それじゃさんしたくん! ジュースをかいにゆくのでぇす♪」
 三下の頭上の八重がぽんぽんと頭を叩いて行動を促す。
「あ……はい……」
 八重に言われるまま、三下は外の当たり付き自動販売機へジュースを買いに行くことになってしまったのであった。
 そして八重を連れて三下が出ていってから、シュラインは麗香の机の前に向かった。
「麗香さん。三下くんのこの2週間ほどの日程、教えていただけますか――」

●八重の目論見【2】
(ふっふっふー、あたしはかしこいのでぇすよ♪)
 移動中、八重は心の中で自画自賛していた。
(当たりが出ても出なくても、いっぱいジュースをかわせるのでぇすよ。それでお金がそこをつけば、さんしたくんは不幸に逆戻りなのでぇす♪)
 ……なるほど、結果如何に関わらず、三下の懐をからっぽにさせて、無理矢理不幸な状況へ戻すつもりなんですね、八重さん。
「あたしはジュースいっぱい飲むのでぇす♪」
 楽しそうに口に出す八重。最後には大量のジュースが残るのだから、八重としてはほくほくであろう。
「あ……ありました……」
 当たり付き自動販売機の前に着き、三下が硬貨を投入した。
「何に……しましょうか……?」
「ひとまずオレンジジュースにするでぇすよ」
 八重としては何でもよかった。最終的には全種類買わせることになるのだから、ただ買う順番が変わるだけのことである。
「じゃ……これを……」
 オレンジジュースのボタンを三下が押すと、ガタンという大きな物音とともに取り出し口に缶が落ちてきた。同時に当たりのルーレットの電子音も流れ始める。どうやらこの自動販売機は、メーカー名の英文字が揃うと当たりとなるタイプらしい。
 そして見守ること数秒。メーカー名が見事に揃った。
「当たったのでぇす♪ じゃあ今度はラムネにするでぇすよ」
 次に買う商品を三下に指示する八重。それで三下が今度はラムネのボタンを押したのだが――。
「あれ……?」
 商品が出てこない。2度3度、押してみるが出てこない。
(さすがさんしたくんでぇすか? 不幸に戻ったみたいなのでぇす)
 その様子に八重がほくそ笑んだ時であった。三下が少し強くボタンを叩いて……。
 ガラガラガラガラガシャシャシャン!!!!
 けたたましい物音とともに、取り出し口に溢れんばかりの商品が落ちてきたのである。
「ど……どうしましょう……か……?」
 呆然となった三下が、八重に指示を仰ぐ。
「しつこい幸福なのでぇす……」
 八重はぼそっと呆れたようにつぶやいた。

●行動把握【3】
「はあ……なるほど。この2週間はその……妙なスポットに出向いたりするんじゃなくて、話を聞きに行く取材ばっかりだった訳ですね」
 編集部で話を聞いていたシュラインは、確認するように麗香へ言った。
「ええ、そうよ。インタビューとか、他の記事の補足というか……裏付け? そういうのをやってもらっていたのよ」
 そういう仕事が続いていたからこそ、麗香は三下のやつれ具合に不審を抱いたのであろう。もし幸運が続いていることだけなら、麗香も『珍しいこともあるのね』で済ませていたかもしれない。
「だとすると、仕事で何か……と考えるよりも、プライベートの時間で何かがあったのかも」
 ふとそう考えたシュラインは、あやかし荘に電話をかけてみることにした。三下の住むあやかし荘の管理人である因幡恵美や、実質的な主の嬉璃に話を聞けば何か分かるかもしれない。
「もしもし、あやかし荘ぢゃが?」
 電話に出たのは嬉璃であった。
「あ、もしもし嬉璃ちゃん?」
「む、なんぢゃお主か。どうしたのぢゃ、電話で珍しい」
「実はね……」
 シュラインは簡単に事情を説明し、何か最近の三下に変わったことはなかったかと嬉璃に尋ねた。
「ふむ、確かに三下のこの所の幸運とやつれ具合は気になっておったのぢゃ。さて、心当たりのぉ……」
 嬉璃は少し思案してから思い出したようにシュラインへ言った。
「おお、そうぢゃ。10日ほど前ぢゃろうかな、彼奴は何やら包みを手に抱えておった覚えが……」
「その大きさは?」
「高さは1尺はあったぢゃろうな。幅はそうでもなく。と、包みといっても茶色い紙袋のようなものぢゃぞ? その時は特に気にもせんかったのぢゃが……」
 ちょっと整理してみよう。10日ほど前に三下が何かを持って返ってきた。そしてこの1週間ほどは三下に幸運が訪れている。……符合としてはちょうど合う。
「嬉璃ちゃんどうもありがとう。後でお礼に行くわね」
 シュラインはそう言って嬉璃との電話を切った。どうやら原因はこの辺にありそうだ。
(三下くん、何を手に入れたの?)
 シュラインが思案顔になる。と、そこに八重と三下が戻ってきた。
「た……ただいま……です……」
「どうしたのよ三下くん、それ!」
 麗香の驚きの声が聞こえた。シュラインが見てみると、三下は大量のジュースが入った袋を提げていた。
「たくさん出てきたのでぇすよ」
 八重が三下の代わりに答える。あの後、大量に商品を放出した自動販売機は全商品のボタンに『売り切れ』と出てしまい、それ以上買うことが出来なくなってしまったのであった。
「ちょうどいい所に戻ってきたわね、三下くん」
「は……?」
 きょとんとした顔をシュラインに向ける三下。
「10日ほど前、何か家に持って帰らなかった? そして、それはどこで手に入れたの?」
 前置きなしに尋ねるシュライン。正直な三下は、素直に答えてくれた。
「どうして……そのことを知って……? あの……帰り道に露店で……人形を……」
 人形――? 何ですか、それは?

●そして原因【4】
「ビスク・ドール、まあアンティークドールとも呼ばれてるけどさ」
 場所は変わってアンティークショップ・レン。店主の碧摩蓮がその場に居る面々――シュライン、八重、麗香、そして三下に向かって説明を始めた。
 その中心には、綺麗に着飾られた磁器の人形が鎮座している。それは三下の部屋にあった人形、すなわち10日ほど前に露店で手に入れた件の人形である。
 品が品だったゆえに、蓮に見てもらってはどうだろうかとシュラインが提案して、今このような状況となっていたのであった。
「ただみたいな値段で売り付けられたんだって?」
 蓮が確認するように三下に尋ねた。
「は……はい。『この娘があんたを気に入ったから』とか言われまして……」
「……それはとっとと売り付ける方便だろうねえ。出すとこ出せば、あんたが言ったような値段じゃ買えるはずないんだよ、このビスク・ドールの出来はさ。19世紀末の、黄金時代のドールなんだから」
 そう言って苦笑する蓮。
「それでやっぱり、三下くんはこの人形を手に入れたのが原因で……?」
 シュラインが蓮に尋ねた。状況証拠としたら、その可能性が高いのだから、このような質問をするのも当然といえよう。
「半分正解、ってとこだね」
「どうしてでぇすか?」
 八重が不思議そうに言った。ちなみに目の前のビスク・ドールのサイズは八重よりもかなり大きいことは言うまでもない。
「あんたたち気付かなかったのかい? この娘の目をよーく見てごらんよ」
 蓮にそう言われ、じーっとビスク・ドールの目を見つめてみる4人。そして、八重が最初に気付いた。
「あ! 目の色がすこーしちがうのでぇす!」
「ご名答。原因はそれさ」
 蓮が八重に向かってニヤリと笑みを浮かべた。
「数年前の話だよ。ある屋敷から、宝石1個と1体のビスク・ドールが盗まれたのさ。品が品だからうちみたいな所へ持ち込まないとも限らない。それで連絡が来てたんだけどね……」
「それが、このビスク・ドールなの?」
 シュラインが尋ねると、蓮はこくっと頷いた。
「そういうこと。恐らくあれさ、ビスク・ドールに宝石を隠してばれにくくしようとしたんだろうさ。で、持ち主が転々としてこうなった、と。けど、あんたたちがうちへ持ってきてくれて助かったよ」
「ちょっと待ってよ。それでどうして、三下くんのやつれたりした原因が宝石だと言い切れるの? 曰く付きの宝石だったのかしら?」
 麗香が疑問を蓮にぶつけた。
「さすがだねえ、そこに気付くのは。その宝石はこう言われていたのさ。正当な所有者以外に渡ったら、不幸をもたらすとね。だから、売り付けた奴もとっとと手放したかったんだろうさ」
「……さんしたくん、幸福になってたでぇすよ?」
 八重が眉をひそめて言った。蓮の話が本当だとすれば、三下は不幸でなければおかしくないだろうか?
「マイナスにマイナスかけたんだろうさ」
 しかし、しれっと言い放つ蓮。
「ああ、だから三下くんに幸運が」
 シュラインが納得したようにぽむと手を叩いた。
「けど、歪みが精気を奪うような形で出たんじゃないかねえ。ま、あたしの推測だけどさ」
 いや、それは結構当たっているかもしれない。
「ま、これはあたしが連絡取って、持ち主に返してあげるから安心するといいさ」
「三下くん、無事この処理が片付いたらこれで1本書いてみたら?」
 蓮の言葉を聞いて、麗香がくすっと笑いながら三下に言った。確かに……いいネタにはなるだろう。
 かくして蓮から連絡がゆき、ビスク・ドールと宝石は無事に持ち主の元に戻り、三下にはお礼の品が届いたのであった。
 なお――ビスク・ドールを返してから、三下が元通りに不幸になったのは言うまでもないことである。どっとはらい。

【幸運な三下くん 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1009 / 露樹・八重(つゆき・やえ)
          / 女 / 子供? / 時計屋主人兼マスコット 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全4場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。世にも珍しい、幸運な三下くんの模様をここにお届けいたします。まあ本文を読んでいただけたらお分かりのように、最後には元に戻ってしまった訳ですが。
・今回のお話は最終的に意外な人物が登場することになりましたが、これは予め高原が決めていたことです。一番おさまりがいいですしね、品が品ゆえに。教訓としてはあれでしょうか、『いくら安くても、妙な物には手を出すな』と。でも三下くんが手を出してしまったからこそ、あのビスク・ドールとしては無事に持ち主の所へ戻ることが出来た訳で……いやはや難しい。
・シュライン・エマさん、128度目のご参加ありがとうございます。三下の最近の日程から原因を絞ろうとしたのはよかったと思います。それから、あやかし荘に連絡を取ってみるのも正解でした。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。