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<東京怪談・PCゲームノベル>


突撃彫金大セール!〜朱の天狼

微かなさざめきが鳴り止まない。
それは彫金師である彼女―アリスでなくては聞き取れない波長とも呼べるか細く、けれどもはっきりとした『声』。
長き時の果てに待ち望んだ『主』の到来に打ち震え、それにふさわしき『姿』を望む音。
形の良いアリスの口元が弧を描き、ゆるやかな笑みを創り上げる。
―応じよう、その望みの為に。汝の『主』にふさわしき『姿』を与えよう
心の内で応じながら、ふいにアリスは優雅な仕草を止める。
突如、背後で起こった耳障りな大音声に先ほどまでの荘厳さは一気に消えうせた。
「だぁぁぁぁぁっ、おか〜さんばっかりずるい!!あたしもお願いします!!」
「ちょ、ちょっと!何言っているの?!まだ貴方には早いでしょ!!」
喧々諤々というのだろうか。
双方、迫力満点に言い合う親子にアリスはがっくりと肩を落とし、涙を流しながら山のような銀塊を掴んだ。


一癖どころか三癖以上は確実にある実姉から届けられた大量の銀。
有効活用しないと何をされるか分からない。
ともかくこのまま無意味に放置するのはもったいない。ついでに在庫一掃するかと大セールを思い立った。
が、なんとな踊らされてる気がしないでもないアリスだったりする。
―というよりも、あれって姉様の挑戦よね・・・
添えつけられた『あの』一文。
あれは完全に挑戦としか言いようがない。
アリスとしては同じ生業をしている姉に対するライバル意識は凄まじい。が、当の姉の方は全く相手されていない。
―腕は超一流。あとは経験ね。
されりと言い放った不敵な笑みが脳裏をよぎり、握った銀塊にヒビが走る。
ゆらりと漆黒のオーラを立ち上らせるアリス。
あらゆる意味で気合が入ってますね〜と店員は心の内で苦笑しながら、未だに言い合いを続ける親子にお茶を持っていった。
「あたしだっておしゃれしたいもん。いいでしょ〜」
「だからって・・・」
可愛らしく小首をかしげて、瞳を潤ませる娘・玲奈にあやこは頭痛を抑えるようにこめかみを押さえる。
どうしたもんかと思考を巡らせる姿は微笑ましい。
微笑ましいことこの上ないが、この『姿』で悩んでいるのは少々どころか・・・かなり怖いな〜と暖かく笑う店員。
普段なら、そこは暖かく笑うところか!とアリスがツッコミ入れるところだが、彫金に燃えまくる彼女にはその余裕がない。
否、あえて視界に入れていないのが正しいのだろう。
それも致し方がない。
なぜなら、現在のあやこの容姿はお世辞にも笑えない。
特徴的な長細いエルフの耳に背から生えた羽。いつもなら黒い瞳の左が紫―いわゆるオッドアイという特異なものへ変化している。
非日常に慣れまくったアリスや店員にしてみれば、そんなことは取り立て騒ぎ立てることではない。
問題は・・・と店員はあやこの首と腕に視線を送る。
白い喉の両側にびしりと張り付いた鮫の鰓、細い両の指には・・・なんというか、ある海の種族特有の薄い膜―いわゆる水掻き。
しかも第二関節に至る見事なシロモノ。
なんとも形容し難い『姿』で訪れたあやこを見た瞬間、アリスはそれは見事に石像となり、店員も笑顔を凍りつかせた。


「の・・・呪いじゃない?!それ。」
「あははははははっ、アリス様。冗談抜きに・・・除霊系の品出してください。」
「あ・の・ね!!」
唖然とするアリスに頬を引き攣らせながら、真顔でのたまう店員に青筋浮かべるあやこの姿が窓ごしに見え、玲奈は大きく息を吸った。
―あやこが呪いを受けて大変な状態になっている。
そう告げられ心配して来てみれば、当の母・あやこは呑気―でもないが、有名な彫金師・アリスのところで何かを頼んでいる。
はっきり言って―うらやましい。
とてつもなく深刻そうな彼女達の会話など、もはや関係なかった。
凝った造りのドアノブに手をかけると玲奈はキッと前を睨みつけ、手加減無用にドアを押し開ける。
「ま・・・まぁ、銀は退魔・除霊にはうってつけの品だからね。『いつも』のあやこに似合う物を作るわ・・・」
落ち込んでいるあやこをなだめるようなアリスの声がつんざく様な木の悲鳴にかき消された。
玲奈によって乱暴に開け放たれたドアが勢いあまって―というよりも予想通りに全壊し、こぶし大のドアの残骸がそれはもう見事な放物線を描いて、アリスの後頭部にクリーンヒットする。
ばたりと倒れるアリスなどお構いなしに踏みつけると、玲奈は呆気に取られるあやこに迫った。
「何やってるの!おかあさん!!」
怒りも露にずずいと迫る玲奈にあやこは一拍のち、思い切りテーブルを叩いて立ち上がる。
ちなみにテーブルには修復不能なヒビが生じ―呆然としていた店員のこめかみに青筋が出来上がるが、玲奈は気にもしない。
いや、気付いていないのが正確だろう。
最近になっておしゃれに目覚めた玲奈にしてみれば、名うての彫金師にオリジナルのアクセサリーを是が非でも作ってもらいたい。
その一念だけに周りが見えていなかった。
「ここ、彫金のお店でしょ?なんか作ってもらうの?!ずるい!!」
「ずるい・・・って!!玲奈、なんでここにいるの?」
「それはいいの〜あたしもお願いする〜」
可愛らしくおねだり始める玲奈にあやこは―呪いを掛けられているのでいまいち分かりづらいが―母親然とした表情で厳しく跳ね返す。
なんとも微笑ましい光景ですね、と思いつつ、ちゃっかり無事だった店員はちょっとばかり黒い笑みを口の端にのせる。
「まあまあ、お二人ともお知り合いですか?良ければお茶でもお持ちしますよ?」
それと壊した物の請求書もお付けしますよから、と、にこやかに告げられ、この世の空気が凍りついたんじゃないかと思うほど冷たい殺気が彼女達を支配した。


「親子・・・なんですか?」
「まぁ、私の『養女』で」
「はじめまして三島玲奈です。」
目の前の現実を早々に拒否し、作業に没頭するアリスに代わって問う店員に諦め半分居直り半分とばかりに応えたあやこの言葉を玲奈が取り、愛らしさとおねだり全開笑顔で頭をさげる。
はぁ、となんとも味気ない相槌を返してしまう店員にあやこが肩を竦め、さすがの玲奈も反省の色を見せる。
いろいろと複雑な理由があるが、自分はあやこの『養女』で『娘』だ。そのために奇異な目で見られることもあるのは仕方がないと思う。
だが、差し当たってこの件は問題ではない。
「で、おか〜さん。」
「ハイ、そこのお二人さん。親子喧嘩なら他でやりなさい。」
遠い目をするあやこの気持ちなどお構いなくおねだりを再開しようとした玲奈を必要以上に冷ややかな声でアリスが止めた。
いつの間に帰ってきたんだとツッコミ入れたいところだが、憮然とした表情をしているアリスを見て店員は口をつぐんだ。
今ここで下手なことを言おうものなら、さすがに逆鱗に触れると長い付き合いで気付き、そっと席を開ける。
短く礼を告げてアリスは固まっている玲奈に視線を送り、ゆるやかに口元に弧を描く。
「『親』がどう言おうと、それに見合う報酬を出してくれるなら引き受けるわ。だから不毛な漫才はよしてくれる?」
アリスのそれが『頼み』ではなく絶対的な力を加えた『命令』と気付き、あやこはがっくりと肩を落とすしかなかった。


なんだかよく分からないが、アリスは問答無用に怒っているのは分かった。
理由を聞くとそれ相応のお仕置きを受けそうな気がしたので玲奈は沈黙して成り行きを見守ることに徹する。
「で、玲奈の依頼はともかく」
「ちょっと!いつの間に決定してるの?!というか、許してないわよ!」
ごく自然にあっさりと宣言するアリスにあやこは慌てて口を挟むが、綺麗に無視。
酸欠になりかけた魚のように口を開閉させているあやことは裏腹に、渡りに船とばかり玲奈は目を輝かせる。
「どのようなお品がご入用ですか?玲奈様。」
つかさず完全な営業スマイルで寄ってきた店員に、ここぞとばかりに玲奈は欲しいアクセサリーのイメージを口にした。
「えっと〜銀製の台形プレートでね。高さが3mで上底が25cm。下底が30cmで厚さが5cmのアクセサリーが欲しいの。」
「それはまたシンプルですね。他にご要望はございますか?」
一般人なら首をひねるか、なんだそれは!と叫ぶ品だが、そこは百戦錬磨の店員。
笑顔できっちり受け流しつつ、彼女の真の『姿』を見抜いていた。
ほんの少し驚きの色を見せる玲奈だったが、翼に飾るだけだからと笑顔で応じる。
かしこまりました、と店員は書き込んだ依頼書を冷戦を繰り広げている主の前に差し出した。
「分かったわ。これで引き受けましょう。時間かかるけど」
「そこ!!勝手に決めないで!!!」
微妙なところで忠実な店員の依頼書を一瞥し、無感動に言い放ってくれるアリスにあやこは食って掛かっているが、玲奈にはもう届いていない。
あやこがなんと言おうと、作り手であるアリスが引き受けると言ってくれたのだ。
これはもう決定だ。
絶句しているあやことは対照に、どんなものが出来るかな〜と思いを巡らせる玲奈にアリスはやれやれと小さく肩を竦め―店員にあやこの品を持ってこさせた。
白い小箱に納められたあやこの品を見た瞬間、玲奈は完全に言葉を失った。
繊細かつ優美な髪飾りとピアスはアリスの言うとおり2つで1つの品。
こんな見事なものを渡されてぐうの音もでないあやこを横目で見ながら玲奈は嫣然と微笑むアリスに視線を送る。
「あの〜あたしのは。」
「心配しなくてもお作りするわ。お母様も『快く』承諾してくださったようだしね。」
「・・・・・・大事に使いなさいよ。」
巧妙に断れない状況を作ってくれたアリスを悔しく思いつつも、苦いものを噛み潰したようにあやこは笑う。
―完全に玲奈の粘り勝ちね〜原因作ったのは私だけど・・・
小躍りしたい気持ちを抑え、神妙にうなづく玲奈の心情を見抜きつつもアリスは敢えて何も告げずに仕事場へと消える。
すでに『声』が聞こえた。それに見合う品を創り上げるのが彫金師の役目。
たとえどれほどの報酬がかかろうとも応じるのが仕事だ、とかなり黒い笑みを浮かべてるアリスに店員はさすがですよ、と同じくらい黒い笑みを返していた。

「あの〜まだ出来ませんか?」
あれから2時間ほど待たされ、さすがにじれてきた玲奈が問いかける。
娘だけでなく曲者の彫金師に店員との舌戦に疲れたのか、あやこは依頼品を受け取ると長居しないようにね、と釘を刺して帰宅していた。
まずかったかな〜と思いながらも、頼んだ品の大きさだけに不安なところだった。
普通、アクセサリーといえばあやこが頼んだような髪飾りや片手に納まるくらいのチャームのような物が一般的なところだろう。
それを玲奈本来の『姿』である『宇宙船』に合わせた―いわば、外装を依頼したのだ。
いくらなんでも無理だったかな〜と思ってしまう。
「お待たせして申し訳ありません、玲奈様。一度ご依頼を受けましたら、確実にこなすのが主・アリスの本分です。どんな品であろうときちんとお渡ししますのでご安心ください。」
「そうね、それが私の誇りですもの。」
やんわりと店員が笑ったのと同時にアリスが奥から姿を現す。
先ほどよりもアリスの頬がかなりこけているのは決して気のせいじゃないと玲奈は思いながらも、瞳を輝かせる。
「ええ、完璧にね。」
満足げな笑みを浮かべるアリスの目が怪しく煌く。
いつの間にやら修復されたドアを優雅に開けながら店員は玲奈を外へ案内した。
店の外に置かれた『それ』はもはやアクセサリーというよりも『モニュメント』といった方がふさわしい。
一体どうやって出したのかとか作ったのかという疑問が脳裏をよぎったが、想像通り―否、それ以上の出来の品に玲奈はそんな考えを一気に無限の彼方に消し飛ばした。
艶やかな銀の面それぞれに4色の輝石がはめ込まれ、柔らかく光を放つ。
その輝石を中心に刻み込まれていたのは天駆ける狼。
「名は『烈光の天狼』。大事にしてくれるかしら?」
自信たっぷりの笑みを向けるアリスに玲奈は喜色満面に頷いた。


FIN


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■   登場人物
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【7061/藤田・あやこ/女性/24歳/女子高生セレブ】
【7134/三島・玲奈(みしま・れいな)/女/16/メイドサーバント】

【NPC アリス・御堂】
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■   ライター通信
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はじめまして緒方智です。
このたびはご依頼いただきましてありがとうございます。
おねだりは大成功で、かなり凝り性な彫金師が創り上げた品はいかがでしょうか?
お気にいられましたら幸いです。
またの機会がありましたらよろしくお願いします。