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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ 不夜城奇談〜邂逅〜 ■


 退魔一門“物部”。
 それは邪なるものの排除を担う一族であると同時、その血統には異種の血が混ざり、時として「先祖返り」を起こし鬼と変じる者が現れるという異端の血脈だ。
 これが害となれば身内で討つのが掟。
 物部は、そのようにして現代まで続いてきた、血と狂気に彩られし歴史を綴る一族なのだ。


 ――……追われるのには、慣れている……――


 その一族に生まれた物部・楓(もののべ・かえで)は、一門物部派の筆頭退魔士にして宗家の長姉、第二位の継承権を持つ人物だったが、鬼の血に覚醒し、同族から追われる身となった。
 現在は生死不明とされながら、命を落とせば何らかの痕跡があるはずと考える同門の士に追跡を続けられており、敵は全国に及ぶ。
 彼女はその総てを掻い潜って、この魔都・東京に潜伏していた。
「ぁー…腹減った…」
 多種多様な存在が共存するという、他には有り得ない土地。
 ここならば同族に敏感な追っ手の目を混乱させることが可能であり、休息を取ることも出来る。
 最も、先祖返りし鬼と化して尚、物部の総てが彼女の敵には成り得ないという、彼女自身の人徳も、それらの時間を確保する大きな力となっているのだが。
「…腹減った…」
 楓は、いま一番の苦痛をそう繰り返しながら、とある廃ビルをこの夜の眠り場所に選んだ。
 陽もすっかり落ち、辺りを闇が支配する時間帯。
 異形の血に覚醒した彼女は、しかしその性質を陰に傾けることは無く、今でも退魔士であった己の能力を汚すことはない。
 そのため、夜になれば眠るのが当たり前だった。
 周囲には人気どころか、ここ数日の内に人間が立ち入った気配もなく、ひっそりとした不気味な静寂が辺りを包む。
「さっさと寝るか…」
 眠って意識を手放せば空腹も気にならなくなる、自分自身にそんな暗示を掛けつつ三階まで上がり、…倒産して夜逃げした社長が居座っていた部屋なのか、この廃ビルには似合わない上質な椅子が一つ、時間から忘れられたように置かれているのを見つけた。
 何か居る、と直感した。
 このような空間に、意味深に置かれた形ある物には何らかの思念が染み付くものだ。
 運が良ければ寝床だけでなく“食料”も手に入るかもしれない。
 楓は気を集中した。
 刹那。
「!」
『ヒィィアァァァ……ッ…』
 足元から這い上がってきた何かを見据えて敵を潰す。
 彼女の能力、圧眼(へしめ)だ。
 認識対象に任意方向から圧力を掛けて押し潰すというもので、それから逃れる術は無い。
 だが。
「…妙だな」
 一睨みで敵を潰すのはいつもの事だが、手応えが普段とは違った。
 奇妙な違和感。
 散らしたとは思うが、消えたとは思えない。
 楓は更に気を集中させて辺りを探り、そうしている内に先ほど彼女も利用した階段から声が聞こえて来た。
「いま確かにこの辺りで魔物の悲鳴が…」
「この辺に狩人を配した覚えはないんだが…」
 若い男が二人。
 様子を窺いながら近付いてくる姿は、暗闇の中であるにも関わらず、楓の赤い瞳にはっきりと見て取れた。
「魔物が散らされたのは、この階だったと思うんですが」
 丁寧な物言いに優雅な動作で左右を見渡す彼は、異国の血の混じりを感じさせる彫りの深い整った顔立ちに、栗色の髪。
 どこか楽しげな響きを含んだ声音を、隣に佇む男は眉を寄せて聞いていた。
「…おまえは相変わらず楽しそうだな」
「何度も申し上げましたでしょう。これだけ摩訶不思議の土地に立って、何でも真面目に考えてばかりではろくな結果になりません。遊び心を忘れてはいけませんよ、河夕(かわゆ)さん」
 その通りと言えなくもないが、いまいち同意する気になれないのは何故だろう。
 言われている本人、河夕と呼ばれた青年もそこは同じようだったようで、眉間の皺を更に深くして軽い息を吐いた。
 相棒が異国の雰囲気を醸し出すなら、こちらはどう表現したら良いのか。
 夜闇にも艶やかな漆黒の髪に、黒のはずなのに透き通るようにも見える瞳。
 単なる立ち姿にさえ、威厳ともいえる迫力を纏っていた。
(…何者だ、あいつら…)
 楓は警戒しつつ、物陰から二人の動向を探る。
 会話を聞いている限り、魔物を討伐する側の人間だとは思う。
 自らを“狩人”と称したように、それが彼らの役目なのだろう。
(さっきの妙な奴を追ってきたのか)
 圧眼で潰した際の違和感を思い出した。
 退魔関係者だとしても、その顔に見覚えはなく、物部に関係した追手とは考え難い。
「それにしても…魔物を滅したわけじゃないが強烈な能力だったな」
「一体どなたでしょうね。ご迷惑でなければ是非ともご協力をお願いしたいところですが」
 進む会話に、楓は軽く眼を瞠った。
 追手ではない。
 が、先刻の魔と同様、彼らもまた奇妙だ。
(とりあえず姿を見せても問題ない、か…)
 居場所を本家に知られることは無さそうだと判断し、姿を現す。
「おい」
 単調な、だが凛とした呼び掛けに青年二人が振り返る。
「あんた達、何者だ」
「…そう言われる貴女は?」
 栗色の髪の青年に問われて、楓は返す。
「物部楓、――鬼喰みの鬼だ」




 しばらくして、ただの椅子になったそれに深く腰掛けた楓に、傍に佇む栗色の髪の青年は緑光(みどり・ひかる)と名乗り、窓際に立った漆黒の髪の青年は影見河夕(かげみ・かわゆ)と名乗った。
 彼らは一族が“闇の魔物”と呼ぶ宿敵を追って東京に流れ着いたものの、この魔都の特殊な環境のせいか、魔物の生態に変化が生じ、その存在を追い難くなってしまった。
 そのため、足でくまなく土地を回りながら魔物を狩っているという。
「効率の悪い事をやってるね」
 楓が呆れて言うと、本人達も同様に感じているのか、河夕は「ああ」と疲れたように、光も苦笑交じりに頷く。
「せめて変化の原因だけでも解れば楽になるんですけれどね」
 言い、けれどと更に言葉を紡ぐ。
「先ほど魔物を散らされたのが楓さんの能力だったとは驚きました」
「あぁ、私も一応は退魔士だからね。…けど散らしただけで消せてはいないだろう」
「あれを滅せるのは俺達“闇狩(やみがり)”だけだ、散らせただけでも大したもんだ」
「ふぅん」
 初対面の相手に何から何まで話す義理はなく、それだけの信用もまだ置けていないのは互いに同じ。
 彼らの追う魔物が特殊な性質であり、それを追う彼ら“闇狩”も特殊な一族であると、楓にしてみれば、それだけ知れれば充分だった。
「万が一、魔物が貴女を襲うことはあっても心配は不要のようですが…」
 言いながら、光が胸ポケットに入れてあったカードを取り出し、差し出してくる。
 そこには携帯のものと思われる電話番号と光の名前が記載されていた。
「もし僕達が発見していない魔物を見かけたら、こちらの番号までお知らせ頂けませんか? 僕達だけの力では、魔物が人間に害成す前に狩り切れるとは限りませんので」
 この都で何かを探そうと思えば、人と人との繋がりが何より重要であることは楓も知っている。
 一方で自身の事情もあるため、それを受け取るか否か悩んだのだが、結局は番号を受け取ることにした。
「私と此処で会った事を誰にも言わないと約束してくれるなら、協力してもいい」
「それならご安心を。貴女の話題に触れるような知人は、僕達にはいませんから」
 楓の返答に、光が微笑む。
「ご協力感謝します」
「…もし連中を見つけても、散らせるからって無茶はするな」
 優雅に一礼して見せる光と、感謝の言葉を口にはしなくとも、表情を和らげることでその思いを語る河夕。
「それでは、お邪魔致しました」
 今日の寝床と決めて此処に居ると話したことに気を遣ったのか、早々に去ろうとする狩人達に楓は再び「おい」と声を掛けた。
「一つ質問させな」
「何でしょう」
 応えたのは、やはり光。
 相変わらずの微笑で振り返る彼だったが。
「アレは喰える代物か?」
 彼女からのそんな質問に、表情が一瞬だけ固まった。
 その変化が、妙に笑える。
「どうした」
「いえ…アレが食べられるかどうかを聞かれたのは初めてで」
 何とか冷静を取り繕いながらも、河夕に返答を任せるつもりらしい。
「河夕さん、如何ですか」と聞かれて、今度は彼が言葉を詰まらせる。
「…霞で腹が膨れるなら食えるかもしれんが、基本的に奴等は気体だ」
 何処から生じるのかは誰も知らず、黒い靄状の、綿塵のような形が魔物の姿。
 それが人間の負の感情を感知し、悪意を発する心に取り憑くことで、主の肉体を己が物にすると、初めて固体となってあらゆるものの眼に触れるようになる。
「人間の体を得た連中は体を維持するために物を食う…、好物が人間の血肉でな…」
 そして、人の血肉を喰らった体が人間に戻れることはなく。
「そうなった“魔物”を喰らう奴がいるのは知っているが」
「そう」
「あぁ」
 短い返答。
 後の選択は任せる、そういう意味だ。
「もう一つ」
 楓は椅子に座る体を前傾させ、狩人に問う。
「河夕、あんた達は靄状の段階で魔物を倒すのが役目なのか?」
 二人の表情が、微かに和み。
「それが俺達の遣り方だ」
「へぇ」
 悪くない返答だった。
 楓は笑う。
「頑張りな」
「楓さんも、お気をつけて」
 最後には狩人達にも笑顔が浮かび、そうして彼らは夜闇に消えていった。
 空には細い三日月。
 夏の終わりの風。
 彼女は椅子を回し、窓の向こうのそれを仰ぐ。


 これが、物部楓と狩人達の出逢いだった――……。




 ―了―

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■ 登場人物 ■
・7229/物部楓様/女性/27歳/鬼喰みの鬼姫/

■ライター通信■
初めまして、ライターの月原みなみです。
この度は狩人達との縁を結んで下さり、ありがとうございました。
ぶっきらぼうだけれどカリスマ性溢れる元筆頭退魔士ということで、お届けした物語のような人物描写になりましたが、如何でしたでしょうか。
少しでも楽しんでいただける事を願っています。

楓さんの口調等、訂正がありましたら何なりとお申し立て下さい。誠心誠意対応させて頂きます。
それでは、再び狩人達とお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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