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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


    「虚夢世界の招待状」

「さぁさぁ、皆さんご注目! 紳士淑女も老いも若きも、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。夢を売る店、夢屋だよ!」
 人の行き交う公園の中、『夢屋』とか書かれた手作りの看板が置かれ、ブルーシートの上に立った少年が声をあげる。
 彼はいつも手品に、見せかけた幻術を披露していたのだが、今回は少しだけ趣旨が違うようだった。
「どなた様にも、夢を見せるが夢屋の役目。この度皆様にご紹介致しますのは、とある事情によりつくりあげました一つの世界。獣人の森、人魚の水辺、翼人の浮島と、3つの場所にそれぞれ朝、昼、夜の空が用意されています。彼らはその世界で、独自の生活を営んでおります。まだ見ぬ世界へ足を踏み入れ、そこで暮らす人々と親しくなるのがこの企画の目的。荒らさない、傷つけない、などのお約束を守れる方限定で、観光に出かけてみたいという方がいらっしゃいましたら、どうぞお声をおかけくださいませ」
 一体何のことだろう、と。周囲の人々が首を傾げる。
 夢の世界への招待というものの意味がよくわからず、怪しい気がするのか、皆興味は持つものの乗り気ではないようだった。
 あやこは、群がる人々が落ち着くまで、少し離れた場所から見守っていた。
「はぁ、うまくいかないなぁ。口上には自信あったのに、粉々に砕けそう……」
 少年は両手で顔をおおい、わざとらしく泣き真似をしている。
「あの、さっき話していた世界のことなんですけど」
 人けがなくなるのを見計らい、あやこはそっと声をかけた。
「はい! 興味がおありですか? お姉さん」
 あやこが声をかけるとパッと笑って顔を向け、少年は一瞬動きを止めた。
 背が高い細身の女性で黒く長い髪と黒い瞳。だが、左目だけは紫の色をしている。澄んだ紫の瞳は、どこか特殊な光を放っていた。
「こんにちは、僕は藤凪 一流、14歳。夢先案内人です。お姉さんのお名前は?」
「はじめまして、藤田 あやこです」
 人なつっこい笑顔で手を差し伸べる少年と握手を交わす。
 色々な会社を経営するあやこは名刺も沢山持っていたが、14歳の少年にそれを渡すのも、と挨拶だけにとどめておいた。
「あやこさん。興味をもたれた観光場所とかってあります?」
「人魚の水辺です。飛ぶのには慣れているので、水の中を探検してみたいと思って」
 『飛ぶのには慣れている』との言葉に、なるほど、とうなずく一流。
「ただの好奇心なんですけど、あやこさんってどういった種族なんですか?」
 人間ではないことは察知したものの、種族まではわからず気になっていたらしい。彼がどの程度の感知能力があるのかは不明だが、妖怪と交換した左目の存在が、種族の特定をあやふやにしているのかもしれない。
「エルフです。白い翼の」
 声をひそめての質問に、あやこも小さくささやき返す。
「わぁ、すごい。エルフの方って初めてお会いしました。けどそれなら、向こうの世界の自然や生態系を荒らさないように、なんていうまでもないですよね。僕も安心です」
 胸をなでおろし、ホッとしたような笑顔を浮かべる一流。
「だけど夢の世界って、あなたがつくって管理しているものなんでしょう?」
「いえいえ、確かにつくりだしたのも維持しているのも僕ですけど。他人の夢を形にしているので誰かが夢を描いてくれなくちゃ維持できないし、悪影響も受けやすいんですね。不安や恐怖、悪意を感じれば途端に悪夢になるかもしれないんで誰でも連れていけるわけじゃないんです」 
「悪夢になることもあるの?」
 不安げに眉をひそめるあやこに、一流は慌てて。
「いえ、ごく稀に、です。モチロン、お客様を危険な目に遭わせたりはしません! そのために案内人の僕がいるんです!」
 自分の胸を叩き、任せてください、とばかりに声をあげる。
 しかし、まだ14歳の少年だ。背もそう高くはないし、筋肉などもさほどない華奢な体格。頼りがいがあるとはいえないその見た目で、「自分が守る」と必死になっている姿はなんだか微笑ましいものだった。
「わかったわ。よろしくお願いします、案内人さん」
「はい。それでは、心の準備とお時間さえよろしければすぐにでも出発しますけど、よろしいですか」
「ええ」
 水の中にいくなら水着を用意するべきだが、羽を折りたたむのが苦手なあやこは、常にそれを着用している。ともすれば、人前で服を破ってしまいかねないからだ。
 あやこの返事を聞くと、一流は手早く看板やブルーシートを片付け、立ち入り禁止の芝生の中へ呼び込んだ。
「よし、ここなら外から見えないかな。じゃあ、行きますよ。心を落ち着かせて、これから向かう世界を思い浮かべてください。透き通ったどこまでも碧い水辺。天上には銀色の月が浮かび、白い花が雪のように舞っています」
 目を閉じ、自分の手を握る少年の言葉を映像として思い描く。
 あたたかな光を感じ、そっと目を開くと、そこには思い描いた通りの情景があった。
 それだけではなく、少年が説明していた通り、夕闇に包まれた森と青い空に浮かぶ島に逆さに生えた建物が、水辺を挟んだ両脇に存在していた。
「今、水辺は夜。時間の経過と共に空が移動します。旅行の期間は、空が同じ位置に戻るまで。こっちの世界での1日ですね。現実ではそれほど時間は経ってないのでご安心を」
 森のある大地から一本に伸びた浅瀬の道に降り立ち、一流は愛嬌たっぷりに説明する。風が、あやこの髪をふわりと撫でて白い花びらが頬をかすめる。
「一流ちゃーん。説明なんて後でいいから、早く連れてきてよ〜」
 空に気をとられていると、いつの間にか水面にはいくつかの顔が現れていた。突き出た岩や通路などに腰を降ろしているものもいる。夜にこの光景は、少し怖い。どこか恐ろしいところへ連れていかれそうな気がしてしまう。
「はぁいはーい。今行きますよ」
 一流はおどけて答えながら、あやこを安心させるようにその手を握り、にこっと笑った。
「あやこさんは水の中は大丈夫ですか? 一応、ダイビングセットとか潜水艦とか出せますけど」
 一流は言葉と共に、ぽんぽん、と小さな潜水艦の模型や酸素ボンベ、潜水マスクなどをどこからともなく出していく。
「大丈夫よ」
 あやこは言って、両手の水かきと、いつの間にか現れていた首筋のエラを指さす。
「おぉ、すごい。じゃあ僕も。さぁさぁ、ご注目。これよりお目にかけまするは夢屋『獏』の珍妙特異な変身術!」
 一流は一瞬にして出したものを消し、口上と共にぽん、ぽんと、手から足から、その形態を変えていく。
 指の間には水かき、皮膚は緑色。甲羅を背負って、さらに頭のてっぺんに白く平らな皿のようなもの。
「……河童!?」
 声をあげるあやこに、驚いてもらえたことが嬉しいらしく笑みを浮かべる一流。
「ここ、海じゃなかったの?」
「そこなんですよ! 獣人さんも翼人も、お飲みになるのはここの水。つまりは淡水。しかししかし、水にもぐればあら不思議。珊瑚もヒトデもエンジェルフィッシュやタツノオトシゴもいらっしゃいます。かと思えば、鯉に金魚にメダカ、おいしそーなマグロやハマチ。マンタだってジンベイザメだって、みーんな同じ水の中だ!」
「……それって」
「あれれ、お姉さんご存じない? クラゲなんかはね、少しずつ真水にならせば海水じゃなくても生きていけるの。ここには最初から海水はないけど、その中で海水に住むのと同じ生物が暮らしてたっておかしくないない!」
 河童の姿をした一流は、からからと笑って水の中に飛び込む。
「さぁ、行きましょう。皆さん、お待ちかねですよ」
 そして、水かきのついた緑色の手を指しのべる。
 ターコイズブルーのビキニ姿になったあやこは、その手をとって水の中に滑り込む。
 ひんやりとしていながらも冷たすぎず、心地のよい感触だった。
「こんにちは、お待たせしました〜。水の国の観光ご希望、藤田 あやこさんです。拍手〜!」
 一流の言葉に、水の中にもぐった人魚たちが一斉に手を叩く。
 普通の魚も泳いでいたが、人魚たちの姿もまた多種多様だった。白魚のように細長く白い尾をしたもの、マグロのように光沢があり、つけねの細い尾をしたもの。金魚のようにひらひらした尾など、形が様々なら色も様々で、華やかなものだった。
「わぁ、綺麗な人〜!」
「左目の色が違うのね。どっちの色も素敵」
「この服いいわね〜。変わった素材だわ。触ってもいい?」
 早速、おしゃべりな女性たちがあやこを囲み、顔を覗き込んだり、水着に興味を示したりしている。
「うーん、確かに水着の素材なんてこっちにはないし、つくれないだろうけど……。いいね〜女性同士は」
 女性たちに先手をとられ、近寄るに近寄れない状態の男性陣に対し、河童姿の一流が腕を組んでうんうん、とうなずく。
「こっちにいらっしゃいよ。向こうに渦がまいているところがあるの。おもしろいわよ」
「やだ、渦なんて危ないわよ。それより、珊瑚礁を見に行きましょう」
「せっかく夜なんだから、ミズサボテンやミズホタルの方がいいわよ。光を放っててすごく綺麗よ」
 寄ってたかって誘いかける人魚たちに、どうしたものかと一流に目をやるあやこ。
「そんな、てんでに声をかけたりしたら、あやこさん困っちゃうじゃないですか。彼女の意見を聞いた上で案内してあげてくださいね」
 一流は女性たちの間に割り込み、苦笑を浮かべてなだめかける。
「そうね。じゃあ、何がしたいの?」
「何が見たいの?」
「望みを言って。教えてちょうだい」
 周囲をくるくると泳ぎ回り、歌うように語りかけてくる。
「えっと……民謡を習ったり、民芸品を作ったりする体験ができればいいな、と思っていたのだけど」
「まぁ。そんなのお安い御用だわ」
「何がいいかしら。とりあえず、作るなら材料をそろえなくちゃね」
「それならうちにいいのがあるわ」
「あら、私の家にだって」
 あやこの意見に、女性たちはきゃあきゃあと意見を言い合う。
「準備ができる間、僕らが海を案内しますよ。時間はあるんだし、せっかくの観光なんですから」
 その隙をついて、後ろに控えていた男性陣たちがあやこに声をかける。
 彼らは魚ではなく、海の生物の姿をしていた。
 カニ、エビ、タコにイカ。クラゲや、海ガメの姿もある。アザラシやマナティーなどは、比較的人魚の姿に近かった。
「ん〜、お姫様のエスコートには、ちょおっと役者が足りない気がするなぁ」
 返答に困るあやこの代わりに、一流が頭をかきながら口を挟む。
「何だと!」
「例えばそうだな。月並みだけど白馬だとかさ」
 言葉と共に、一流は河童から白い馬へと姿を変える。
「水の中に馬がいるか! それは獣人の森に住むものだろう!」
「ケルピーね」
 反論するクラゲ男を尻目に、あやこは嬉しそうに手を叩く。
「そのとーり。水の妖精ケルピーくんです。でも、水の中に引きずり込むこわーいお馬さんだし、せっかく水着に着替えて泳ごうとしてるのにお邪魔をするのは何ですから」
 更に姿を変え、今度はイルカになってウインクをする。
「一緒に泳ぐなら、やっぱりイルカですよね」
「すごい! 何にでもなれるのね」
 歓声をあげてイルカの頭を撫でるあやこ。
「くそぅ、卑怯だぞ案内人!」
「一流! お前、交流を深めるために連れてきたんじゃないのか!」
 男連中からブーイングがあがり、一流は「逃げよう」とあやこに促す。
「やーだね、仲良くしろとは言ったけど、ナンパしろとは言ってないのにさ。こっちだって立場があるんだから、黙って見過ごせるかっての」
「あれ、ナンパだったの?」
「意外と天然ですね〜あやこさん。あ、ほら。あれがミズサボテンですよ。本当はウミサボテンなんですけど、ここは一応、海じゃないんでね」
短いヒレが指した先には、30センチほどの細長いもので、サボテンのトゲのように伸びたものが光を放っていた。
「クラゲにも結構キレイに光るのがいるんだけど、ちょっと今は見当たらないみたいですね〜。ミズホタルでも見に行きますか。これもやっぱり、本来はウミホタルですけどね」
 上にむかって泳いでいき、森の陸地がある近くで顔を出す。
 海岸となる陸地にはぽ、ぽ、とたくさんの青白い光が揺れていた。
「……キレイ」
 しばらく眺めているうちにミズホタルたちは一斉に砂の中へと隠れ出す。
「どうしたのかしら」
「そろそろ夜が明けるんだ」
 パッ。
 何の前触れもなく、空は青く晴れ渡り、太陽が輝き出す。夕闇に染まっていた獣人の森は静かな夜を迎え、先ほどまで昼の鳥や昆虫たちが飛び交っていた翼人の浮島では夕方となってコウモリたちの姿が現れる。
「こ、こんなにもいきなりなの?」
「移動するっていうより、切り替わるようになっているんで。ほら、だってこの世界、自転も公転もしてないでしょ?」
 鼻先でくるくると円を描きながら、イルカの少年は歯を見せて笑う。
「見つけた! ずるいぞ、抜け駆けしやがって!」
「わぁー、見つかっちゃったぁ」
 後を追いかけてきた男性たちに、おどけた声を出す一流。
「はいはい、わかりましたよ。日も昇っちゃったことですし、皆で仲良く観光しましょー」
 今度はおとなしくガイド役を譲る、遠目に見守ることにしたようだ。
 水の中を反射し、屈折しながら揺れる光の中を、どこまでも泳いでいく。
美しい珊瑚礁の群生地では様々な色と模様を持つ熱帯魚たちの観賞をする。
「青色に黄色の線がいっぱいあるヤツがいるだろ、アレがタテジマキンチャクダイね」
「黒いからだに青色と少しだけ白い線があるのはサザナミヤッコだよ」
「あっちの青い魚。黒い模様に黄色いヒレをしたのはナンヨウハギっていうんだ」
 皆、競うようにして魚の名をあげていく。
「あ、見てみて。逆立ちしてる薄っぺらいの。あれ、確かヘコアユだよ」
「お前は黙ってろ!」
 指をさして声をあげる一流に、男性陣が声をそろえる。
 再度河童の姿に戻っていた一流は、水かきのついた両手で顔をおおって泣き真似をしていた。
 それから、タツノオトシゴを見に行き、ジンベイザメやマンタ、エイなどと共に泳ぐ。
海底には、岩穴を利用したものや、珊瑚礁などを使った住居がいくつも並んでいた。変わったものは海草でつくっていたり、いかにもなタコ壷の家もあった。「うちに招待したい」という声が多数あがり、あやこが迷っているうちに。
「ちょっと、いつまで遊んでるつもり?」
 女性陣につかまり、男性陣はざぁっと逃げるように退散していく。
 女性の方が強いのはどこでも一緒らしい。
「ごめんなさい、ゆっくりしすぎました?」
 一流は頭をかき、女性たちに詫びを入れる。
「もうすぐ日が暮れるわ。それまでに楽器をつくって、夕方になったら一緒に歌おうと思ってたんだから」
 言いながら、連れてこられたのは誰かの家の中だった。死にがらとなった珊瑚礁を骨組みにしてあり、色とりどりの貝殻で飾ったおしゃれな家だ。
「アクセサリーをつくるのもいいんだけど、一流ちゃんがここでのものを持ち帰っちゃいけないっていうから」
「どうもすみませんね。夢の世界に通じるものを持っちゃうと、結びつきが強くなって色々と影響が出てくるんですよ。僕が管理しきれなくなっちゃうんで勘弁してください」
 一流の言葉に、人魚の一人が「ね?」と肩をすくめて見せる。
「だったらやっぱり、楽器がいいわ。ここで預かっておけばいつでも好きなときにきて演奏できるもの」
「材料もそろえたのよ。笛をつくるなら貝殻か珊瑚でしょ。ハープなら、珊瑚と鯨のヒゲね。沢山集めてきたからね。どれを使うかで全然音が違うわよ」
「何にする?」
 上部が平らになった巨大なテーブルサンゴに、それぞれが持ち寄ったらしい材料が並べられる。
「じゃあ……そうね、ハープがいいかしら」
「僕は笛にしよーっと」
「あら、案内人さんも作るの? でもお客様が先でしょ?」
 用意された材料に早速手を伸ばす一流の手を人魚がパチンと叩き、恭しくあやこをその前に呼び寄せる。
「さぁ、好きなものをとって。一緒につくりましょう」
「手が有り余ってるのがいたら、遠慮なく使っていいからね」
「言っとくけどコレは足だぞ!」
 タコ足の男が、人魚の言葉に反論し、笑い声があがった。
<さぁ、あなたの選ぶものは何?>
<さぁ、あなたの好きなものは何?>
 白くて固いウミカラマツを、尖らせた石で折れないように少しずつ削る中、女性たちはくるくるとまわりながら歌いだす。
<選ぶものが音色を変えるわ。好きなものが、響きを変えるわ>
<それはあなただけのもの。それは、あなただけの唄>
 先の尖ったキリ貝を使って、指示された場所に穴をあけていく。そして立派な鯨のヒゲを張り具合を調節しつつ、穴へと通す。
<奏でましょう、共に>
<唄いましょう、友に>
<聞かせてちょうだい、あなたの演奏>
<あわせて踊るわ、あなたの歌声に>
 1本ずつを入念に張って、ビン、と調子を確かめる。人魚の一人に渡し、彼女にも確認してもらう。
 オッケーをもらったところで、隣にいた一流が、ぶぉーっと音を鳴らす。
「見てみて、ホラ貝〜!」
「それって、楽器とは言わないんじゃあ……」
 嬉しそうに差し出す一流に、あやこは引きつった笑みを浮かべて小さくつぶやく。
 ホラ貝といえば、笛は笛でも、呼び出しなどの合図に使うものだ。
「まーた、この子はおどけちゃって! 嘘よ、嘘。ちゃあんと別に作ってたわ」
 ぺちんと頭を叩く女性に、周囲からどっと笑い声が漏れる。
「二人とも完成したわね」
「もうすっかり夕暮れよ」
 踊るように身をひるがえし、人魚たちが花道をつくる。
<一夜限りの宴が始まる>
<主役はあなた。指揮者も奏者も歌い手も>
<あなたのための、宴が始まる>
 高らかな唄が響く中、人魚たちに連れられて上へ上へと泳いでいく。
 ざぱっと顔を出すと、上空には赤く染まった夕陽が輝き、水の色がオレンジ色に染まっていた。森は朝を迎え、浮島は夜の静けさに包まれている。
「水の中も素敵だけど、歌声を響かせるにはやっぱり外でなくちゃね」
 人魚がウインクして、特等席の岩場へと案内する。
 あやこが腰をかけると、それを中心に皆が集まった。
 騒ぎを聞きつけたのか、森の動物たちまで海岸に寄ってきている。
「ここの唄を知らないわ」
「いいのよ。何だって唄にしてしまえば。あたしたちは、いつだってそうするわ。伝えられるお話も、いつも気分で曲調が変わるの。もし難しければ、そうね。後についてきてちょうだい」
「私たちのコーラスと一緒になって。なれてきたら、彼女と入れ替わるのよ」
 手を叩いてリズムを取り出す人魚たちに、岩辺を貝殻で叩く音が混じり、拙い音色の一流の笛が入っていく。
<黒く長い髪、紫の左目。深い深い水の底よりも、碧い碧いその水着。すらりとした、しなやかな体躯>
<女性たちの憧れ、男性たちは黄昏。相手になどされるものですか。だって彼女は気高きエルフの女王よ>
 リーダーとなる女性に続くコーラスで、男性陣にべぇっと舌を出して尾で水を跳ねる女性たち。
 コーラスに入れと言われても、内容が内容だけにあやこには入りづらくて苦笑する。
 お手製のハープを手にして、リズムに合わせて音を奏でる。弾く度に、風に乗って鳴り響く音は中々悪くない。
 やがて、リーダーの女性が手招きをし、コーラスの女性たちが拍手をする。
 あやこに歌えというのだ。
「あやこさん、頑張って!」
 一流が声をかけ、もう一度ぶぉーっとホラ貝を吹く。
 動物たちや獣人たちが水際に集まり、コウモリや夜行性の鳥たちや翼人たちも上空に寄ってくる。
 注目を浴び、恥ずかしく思いながらも水着姿のまま、立ち上がって深く息を吸い込んだ。
<どこまでも澄んだ碧い水底。出逢ったのは、美しい女性たち。おしゃべりで元気がよくて、私のために歌ってくれた>
<そうよ、私たちはおしゃべりが大好き。貝のように押し黙るなんて、まっぴらごめんよ>
 あやこの歌に、女性陣がコーラスと共に輪になって水面を飛び跳ねていく。
<どこまでも続く碧い水底。出逢ったのは、素敵な男性たち。愛嬌があって、優しくて、私を連れて案内してくれた>
<そうさ、俺たちは愛嬌たっぷり。花のように美しくはないが、見て笑って、それで十分>
 今度は男性陣がコーラスに入り、足をくねらせたり墨を吐いたりして騒ぎ立てる。
<どこまでも澄んだ碧い水底。出逢ったのは、あなたたち。共に過ごし、共に歌い。私に感動を与えてくれた> 
<そう、水の国の住人たちは、皆が皆、歓迎してます。共に過ごし、共に踊る。素敵な時間を、あなたがくれた>
 男女が共に、コーラスに入り、そして。
<素敵な時間を、あなたがくれた>
 もう一度、今度は獣人や翼人も一緒になって歌いかける。
「……どうもありがとう、本当に」
 そこら中からの拍手が鳴り響き、そして。
 スッと、一瞬にして夕焼けが夜空へと変わる。
 動物や獣人だちはお辞儀と共に森へ帰っていき、夜行性の鳥たちは慌てて旋回し、明るくなった島へと戻っていく。
「ありがとう。素敵な歌と演奏だったわ」
「また来てちょうだいね。もっと色々と見て回りたかったわ」
「今度はうちにも遊びに来てくれよ」
 てんでに声をかける人魚たち。
 ぶぉーっと、一流が再度ホラ貝を吹いた。
「もう、時間ですね。帰りましょうあやこさん」
 河童から普通の少年の姿に戻り、あやこに手を差し伸べる。
「そうね。……さようなら」
 手を振る人魚たちに向けて、大きく声を張り上げる。
真っ白な光に包まれて、世界の輪郭がかすんでいく。
 夢の世界への旅が、ゆっくりと幕を閉じていった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:7061 / PC名:藤田・あやこ / 性別:女性 / 年齢:24歳 / 職業:女子高生セレブ】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、ライターの青谷 圭です。
この度はウェブゲーム「虚夢世界の招待状」へのご参加いただき誠にありがとうございました。
今回は水の国への観光で、民謡と民芸品の体験ツアーという内容でしたが、観光を充実させるためもあり、長文になってしまい申し訳ありません。
歌詞は即興ということで、民謡とは若干異なるかもしれませんが、いかがでしたでしょうか。

ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。