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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


浮かぶ生首

「はい、はいよ、わかった。それじゃ、こっちは好きにやらしてもらうぜ」
 そう言って、武彦はIO2から支給された携帯電話の通話を切った。
「……本部はなんと?」
「どんな仕事よりも優先して佐田殺害の犯人を探し出せ、やり方は任せる、とさ。向こうも必死になってるな」
 軽く笑って、武彦は傍らにいる少女、ユリを見る。
 彼女は佐田の殺害犯捜索メンバーに加わらなかったものの、武彦の助っ人として参加する事になった。
 パートナーである真昼の方は符の方を探っているらしく、今回は欠席だ。
 武彦の側も、小太郎は欠席だ。
「……やっぱり、嫌われてしまいましたよね」
「どうだかな。だが、今回はそんな理由で連れて来なかったわけじゃない」
「……どういうことです?」
 ユリが首をかしげて武彦に尋ねた。
 その瞳に演技の色は見えない。どうやら本気で疑問に思っているらしい。
「お前ら二人、何かあったんだろ?」
「……ぅ。まぁ、無かったって事はないですけど」
「だったら、士気が落ちるような要因は連れて来ないさ。アイツ自身、かなり凹んでたし、あの状態じゃ役に立たんだろ」
「……そうですか。凹んでましたか」
「お前まで落ち込むなよ、面倒臭い。役に立たないと思ったらすぐに外すからな」
「……はい。がんばります」

 武彦がここまでキツく言うのにも理由はある。
 今回の犯人は強力な結界も打ち破り対象を殺すほどの魔法、若しくは能力を操ると言う。
 小さな油断がメンバーを危険に晒すなら、小太郎なんか連れてこない方がマシだ。
「さて、じゃあ早速探し始めますか」
「……アテはあるんですか?」
「頼みの綱はこれだな」
 言いながら、武彦がジャケットから水晶を取り出す。
 それは淡く光っており、中心に青い色をした光が浮いていた。
「犯人の魔力サンプルと、それに反応するクリスタルだそうだ。犯人が近くに来たら輝きが増すらしい」
「……探知機、みたいな物ですかね」
「近いだろうな。これを一応人数分貰ってきたから、これを持って数人で手分けして探すのが良いだろうな」
 方針も大体決まった所で、犯人捜索を始める事になった。

***********************************

「さて、これから犯人探しを始めるわけだが、その前にお前らに言っておきたい事がある」
 まるで遠足の注意事項を言うような言葉だが、武彦の顔にふざけた色など一片もない。
 一応、真面目な話なのだ。
 それを理解したうえで、武彦の周りに今回のメンバーが集まる。
 藤田 あやこ、黒・冥月、黒榊 魅月姫、シュライン・エマ、あとついでにユリも。
「今回の敵はどうやらIO2が張った結界すら破るほどの力を持っているらしい。だから、この仕事はとても危険だ」
 全員の顔を見回し、武彦は適当に指を折る。
 左右の指を三本ずつ折ると、一つ頷いてメンバーを一人ずつ指をさした。
「あやことシュラインとユリで一つ、冥月と魅月姫と俺で一つ。この二つのグループを作って犯人捜索をする。単独行動は出来るだけ慎むように」
 広い町の中から犯人を探すには手分けをした方が良い。
 だが、だからと言って一人だけで行動していては何かと危険がある。
 そこでグループを作り、三人一組で行動すれば危険も幾らか回避できるだろうと言うわけだ。
 グループ分けが終わると、武彦は全員に水晶を配った。今も淡い光が灯っている。
「これを東京中にばら撒いて探すって事は出来ないのか?」
 訝しげに水晶を眺めながら冥月が尋ねる。それに答えたのは魅月姫だった。
「IO2が体裁を気にするならば無理でしょうね。こんな粗雑な作りでは内部の魔力を探られて、今回の事件が明るみにでる可能性もあります」
「どういうことだ?」
「水晶の中に入っている魔力は個人を特定できる程度のもの。もしこれを東京中にばら撒いたとして、魔術に造詣のある誰かが誤って手に入れた場合、犯人に接触してしまう可能性もあります」
「まぁ、下手な事をして危険を広げたくないのさ。俺らだけでやれる事をやる。それが今回の依頼だ」
 アバウトな姿勢のように見えるが、これも武彦なりの仕事スタイルの一つだ。
 気にする必要のない事にいつまでも縛られていては、正確な判断も出来なくなるかもしれない。
「犯人探しに出る前に、幾つか確認しておきたい事があるんだけど……」
 シュラインが前に出て武彦を見やる。
 武彦は黙って続きを促した。
「佐田が死んだ時の状況や、第一発見者が発見した時間や状況なんかを詳しく教えてくれるかしら?」
「佐田は自分で自分の首を絞めて死んだそうだ。普通なら自分で首を絞めようとすると途中で気絶して力が抜けるって言うから、これで自殺の線が消えたわけだな。第一発見者は看守で、妙な物音と声がしたから様子を見に行ったらしい。事が起きてから発見までそれほど時間は経っていないな」
「だったら蘇生は出来なかったのかしら?」
「どうやら牢屋に物理結界も張られていたらしくてな。それを解くのに手間取ったらしい。近づけた時には手遅れだったってよ」
 強力な結界を解くにはそれなりの魔力と知識と技術が必要になる。当然、解呪には手間取るのだ。
 そう考えるとユリの力はある意味有用なのかもしれない。
 それに佐田が自分の首を絞めていたのも、彼が死ぬ前なら『それが脱獄するための演技かもしれない』と言う疑念もあったろう。
 異常な行動を見せてドアを開けさせる。子供でも考え付きそうな幼稚な手だが、効果がないわけではない。
 それで易々と脱獄されては、それもまたIO2の名に響く。
「じゃあ、その拘置所の結界や、その周りに何か異変はなかった? 結界が破られたんでしょ?」
「そこが妙なんだよなぁ」
 そう言って武彦はうーんと唸る。
 首をかしげながら彼が言うにはこういうことだった。
「結界には何の異変もないんだ。ブチ破られたなら破壊された痕跡が残ったり、それ以外でも干渉を受けたなら結界を維持している術者なんかが気付くはずなんだよ。まさか術者が居眠りこいていたわけはないだろうし、破られた痕を完全に治すなんてのは無理だろうし」
「結界には何の以上もなかったって事?」
「ああ。結界どころか、拘置所の敷地内にあるもので異変が起きたのは佐田だけだ」
「誰も気付かない内に佐田が操られ、そして殺された……? だとしたら、どうして魔法で操られたってわかったの?」
 武彦は確か、シュラインに『佐田は魔法的なもので操られて殺された』と言っていた。
 佐田の死に方が不自然だからと言って、何処からか飛んで来た魔法の所為にするのはおかしい気がする。
「佐田の中に見つかった『別の人間の魔力』を判別したんだそうだ。詳しい事は俺にはわからんが、その魔力がIO2関係者のものでも、その時間にいた部外者のものでもなかったらしい。だとすれば、信じられないが外部からの遠距離魔法だろう、と言う結論になったそうだ」
「誰にも気付かれずに結界を通り抜ける魔法……。それって本当に可能なのかしら? 聞いている限りだと難しい気がするんだけど」
 結界を維持している術者も、IO2で働いている人間ともなれば一流なのだろうし、魔力が飛んできて結界に触れればすぐにバレるはず。
 だとしたら、今回の事件は不可能犯罪な気もしてくるのだ。
「それは俺からじゃ答えかねるな。魅月姫はわからないか?」
「可能でしょうね」
 事も無げにサラリと答える魅月姫。
 彼女も話を聞いている間ずっと考えていたのか、顎に手が添えられている。
「結界を強力かつ広大にしようとすればするほど、小さいものへの粗というのは多くなってきます。強力と言われる結界ほど小さな魔力をスルーしてしまうのです。例えるなら、パンのように空気穴が幾つも開いているような状態ですね。ですが腐ってもIO2の結界です。そこまで甘くはないでしょうからその空気穴も出来うる限り小さくしているでしょう。その中を通るくらいの大きさで、更に人間の精神に異常をきたすほどの魔法を詰め込むとなると、その術者はとてつもない達人でしょうね」
「つまり……魔法を結界の中に開いている小さい隙間を潜らせて佐田を殺したという事か」
「恐らく。口で言うのは簡単ですが、実際やってみようとすると、とてつもない魔法センスと集中力が必要になります。常人にはまず無理でしょうね」
 常人ではない魔女が言うんだからそうなんだろう、と全員が納得する。
 だとすると犯人はかなりの術者であるという事になる。
「とすればだ。それほどの術者なら魔力がそこそこ強いんだろうし、水晶の中にあるサンプルを使えば、魅月姫の力でどうにか発見できないか?」
「試してみましたが、発見は無理だと思います。東京中に同じような魔力を感じます。その内いくつかは水晶、他のほとんどはニセモノでしょうね」
 最早試していたらしい魅月姫から否定され、武彦はため息をついた。
 こうなると当初の予定通り、足を使って探すしかないだろう。
「あ、武彦さん、最後に一つ。佐田の死体はどうなってるの? サイコメトリーみたいな人がいたら、佐田の記憶を探って符の研究記録なんかを複製できるんじゃないかしら? そうなると符を得たい側にも、符を消したい側にも狙われそうだと思うんだけど」
 シュラインの言葉に、ユリが身を固くする。
 言われて見ればそうだ。モノの記憶を読み取るサイコメトリー能力があれば、死体から佐田の記憶だって抜き出せる。
 もしもそんな事になっていれば、ユリが符を全て回収するのも難しくなるだろう。
「佐田の死体は事件後に別所に移され、すぐに死刑を執行した事にしてそのまま処理したそうだ。その間、怪しい者は近づけさせてないし、多分符の記録が流出するような危険は無いだろう」
「でも、こないだの爆破事件で使われていたのは『新しい符』だったわけよね? それを考えると、もしかしたらってこともあるんじゃない?」
 あやこが口を挟むがそれにはユリが首を振る。
「……あの符は全く別の生成方法で作られたものだと思います。外見を真似るだけ真似ているだけで、中身は全然違うものでした」
 IO2に持ち帰った後、隅々まで調べた結果がそうなったそうだ。
 中に収められている能力を解放する術式、能力を収められる容量など、いろいろな所で相違点が見つかったのだと言う。
「……それに加えて、やはり使用者を操る能力が付与されていました。これは符に収められた能力ではなく、後から付けられた力だそうです」
「一度爆発を起こす符を作り、その符に対象を操る能力を付与させたってことね」
 ユリは黙って頷き、肯定した。
 操る能力を符の中に入れるわけではなく、外側に付与するのなら『符は一つの能力しか収められない』と言う制約を破っていないし、ありえない事ではない。
 そんな様子を見て冥月がフムと唸る。
「新しい符の事件、ユリと北条の再会、今回の佐田殺害、ついでに小僧とユリの痴話喧嘩、もしかしたらどこかで全部繋がってるかもな」
「……どういうこと?」
 冥月の独り言を聞いて、あやこが寄ってくる。
「符に付与されていたのは『対象を操る能力』、佐田を殺したのも『対象を操る能力』。この共通点と幾つか同時に起きた『普通ならありえない事件』。こういう異常事態の時には、全部の事件がどこかで繋がっているものだ」
「まぁ、わからないでもないわね。特に最初の二つの共通点は確かに疑わしいわ」
「そう考えると、この場に一人足りんと思わんか?」
「……北条、か。そうね、確かにあの人には話を聞いてみるべきだと思うわ」
 思い返してみると、佐田死亡と同時期に起きた符による爆破事件。その時ヒョッコリとユリの前に現れたのは北条。
 そして北条と出会ってからおかしいユリの様子。それによって勃発した痴話喧嘩。
 全て北条が中心にいる様に思える。
 チラリ、とユリの様子を見ると、どうやら二人の会話は聞こえてないらしい。
 武彦と一緒に犯人捜索の打ち合わせをしている。
 どうやら北条に懐いているらしいユリに、北条に対して懐疑を抱いていると知られると面倒だろう。
「でも、こういう事はしっかり教えておいた方が良いわ。北条さんを調べるには彼女の協力も必要になると思うし」
 話を聞いたシュラインが一つ付け足す。
 確かに、集まったメンバーの中で、北条と直接面識があるのはユリだけ。
 そうなると北条に会う所からユリの協力が必要になるだろう。
「それに、ユリちゃんはもう少し自分を客観的に見る必要があると思うの。明らかにおかしい心境変化に対して原因追求をしてないみたいだし……。もしかしたら何か外的要因があってそれが出来ないのかもしれないけど」
「外的要因……。それも『対象を操る能力』かもな」
「ありえない事ではないですね。そうなると、北条と言う男がますます怪しくなります」
「探し出して話を聞く必要はありそうね。よぅし、漠然と探すのは面倒だけど、少しでも目標があればまだやる気が出るわ」
 四人の秘密会議も一段落ついたところで、二人で話していたユリと武彦もこちらに気付いたようだ。
「何やってんだよお前ら。そろそろ始めるぞ」

***********************************

「まぁ、私も今回の件を追うに辺り、色々考えたわけだ」
 腕を組みながらあやこが武彦の元による。
「ん? 何を考えたって?」
「犯人の事とかユリの事とか、色々。聞いてくれる?」
「まぁ、聞かんこともない」
 武彦が聞く体勢になったのを見て、あやこも一つ息を吸う。
 何から話そうか、適当に順番を決めて一つの話題を取り上げる。
「まず、犯人の目的から」
「ほぅ?」
「次の標的は恐らくユリだね」
 キッパリと言い放つあやこ。武彦は黙って頷き、次の言葉を待っていたのだが……なかなか出てこない。
「すまん、一つ聞いていいか?」
「なに? まだ色々あるんだけど」
「次の標的がユリだと思う根拠は?」
「……勘?」
「アテにならねぇ!?」
 当てずっぽうのあやこの勘に、武彦も思わずツッコミを入れてしまう始末。
 そんな彼にあやこは笑って言う。
「ウソウソ、ホントはもう少し深く考えてるよ」
「頼むぜホント……」
 一気に脱力した武彦を放って、あやこは続きを話す。
「佐田が作った符があるじゃない? あれは誰でも使えるって話よね」
「まぁ、大体の人間は使えるって事になってるな」
 試した事はないが、特に適正を問うような道具ではなかったはず。
 それはIO2から聞いた話なので、恐らく間違いないと思われる。
「だったら、子供でも使えるのよね? 実はユリのために遺したものだったりしないかしら?」
「ユリ? ……佐田がユリのために符を作ったと?」
「そう。って言っても私はその佐田って人の事はよくわからないから、これは勘なんだけどね」
「残念ながら、俺が思うにその勘は外れだと思うね」
 武彦がタバコに火をつけながら反論する。
「俺が見た限り、あの男はユリをなんとも思っちゃいないだろうね。ユリの事を平気で殴るんだぜ? 気絶するぐらいキッツイのを一発な。家庭内暴力どころの話じゃないと思うね」
「っう、そうなの……」
「まぁ、親心以外の何かで符を遺したって言うなら話は別だけどな」
「それだ! 符に何か特殊な使い方があるのよ!」
「と言っても、符は一つの能力しか収められないんだぞ? 別の使い方ったって……」
「そうよねぇ……うーん、外れかなぁ」
 考えが外れたことに軽く肩を落とすあやこだが、すぐに気持ちを切り替え次の話題を取り上げる。
「じゃあさ、佐田が殺された理由なんだけど、犯人との仲違いとか、符の生成ノウハウを封じるつもりだったりとか!」
「符の生成ノウハウを封じる、ってのは薄いんじゃないか? 研究資料は全てIO2が押収したし、研究に関わっていたもので生きていたのは佐田だけ。その佐田も拘置所にいたんだぜ? だったらほとんどノウハウは外に出てこないんじゃないか?」
「生きている内に誰かに教えちゃうかもしれないじゃない」
「拘置所の中にいるのはほとんどIO2の人間だし、面会は極力させなかったみたいだし、実際誰も面会には来なかったらしい。外に出る危険はほとんど無かったんだ」
「その事を知らないで殺しちゃったとか?」
「仮に知らなかったとして、動機が『符のノウハウを封じる事』だとすると、その犯人は符の事を少なからず知っているわけだ。更に符を作っている人間が佐田だという事を知っていて、佐田が拘置所に入れられている事まで知っている。その状態で符に関する情報が外に出にくい事に気付かないとは考えにくいだろ。だったらわざわざ危険を冒すとは思えないね」
「うーん、そうかぁ……」
 二つ目もどうやら的外れだった事に気付き、あやこはガックリ肩を落とす。
 しかし武彦は一つ引っかかる事に思い当たる。
「だが……仲違いってのはあるかもな」
「ん? なになに?」
「北条って男、今回の件について色々怪しいしな。アイツが佐田の元部下だった事を考えると、何か共謀していたって事も考えられなくは無い」
「その根拠は?」
「勘だよ、勘」
「私の勘はアテにならないって言っておいて?」
「それはそれ、これはこれ」
「一度殴ってやろうかしら……」

***********************************

「霊界ラジオを用意したい」
 チームでの活動を始めた直後、あやこがそんな事を言った。
「霊界ラジオって……亡くなった人の声が聞こえるっていうアレ?」
「そうよ! それで佐田の声を聞いて、犯人を聞き出すの! 良い考えでしょ?」
「とは言っても、佐田が殺されたのは『遠距離魔法』って話でしょ? 犯人の姿は見てないと思うんだけど」
「だったら、その心当たりとか。誰かに恨まれた覚えはないですか? ってな具合で」
「……あの男は数え切れないほどの人間の恨みを買ってると思います」
「それに、そんなモノを用意してたら、犯人に逃げられちゃうかもしれないわ。ただでさえ事件から時間が経ってるのに」
 と、そんなわけで霊界ラジオ案は却下された。
「……それに、あの男の声なんて聞きたくありません」
「こらこら、仕事に私情を挟まないの」
「……すみません、失言でした」

「まずは犯人の手がかりを掴みたい所ね。広い町の中で闇雲に探すのは無理があるわ」
「……そうですね。でも、手がかりなんてそう簡単に見つかるんでしょうか?」
 ユリが尋ねるのに、シュラインは少し『うーん』と空を見上げ、幾つか言葉を選んでみる。
「そうね、ユリちゃんは今回の犯人、誰だと思う?」
「……え? ええと……わかりません」
「『この人が怪しい』とかもないかしら?」
「……今言ったように、佐田は多くの恨みを買っているはずです。その中であの男を殺したいほど憎むような人は……私が思いつく限り、私かお母さんです」
 これはまた、意外なところから意外な情報が飛び出してきた。
 ユリは何となく、佐田のことを恨んでいてもおかしくない気がするが、その母親まで同じとはどういうことだろう。
「ユリのお母さんって、今どうしてるの?」
「……母は、死んだと聞かされてます。私を産んですぐに」
「あ……そりゃ、ごめん。軽率すぎたわ」
「……いえ、気にしてません。あまり母の記憶もないですし、私にとって母親はいないのが当然なので」
 気丈に振舞っている、と言うわけでは無さそうだ。
 今のが本心からの言葉なら、寂しい少女である。母親の温もりを知らずに育ったのだから。
 だが、今は彼女を慮っている暇は無い。事件の解決のために何かをしなければならない。
「話を続けてもらえるかしら?」
「……はい。私の事はともかくとして、母は佐田から随分な仕打ちをされていた、と北条さんから聞きました」
「北条って人は、ユリのお母さんと仲が良かったの?」
「……母と北条さん、そして佐田の三人はとても仲が良かった、と聞かされています。一度、母を挟んで三角関係にもなったとか」
 メロドラマのあらすじでも聞かされている気分だ。
 その後、なんやかやがあって佐田とユリの母が結ばれ、北条はオオタ製薬に就職し、佐田の元で働いていた。
「……母と結婚してすぐの頃は、あの佐田も夢を持った好青年だったらしいですよ。北条さんから聞かされた時は、正直笑っちゃいましたよ」
 少女には似合わないような卑屈な笑みを浮かべるユリ。
 ともすれば『何が好青年? 何が夢を持つ? 笑わせるなよクソオヤジ』と心の声も聞こえそうだった。
「……それからしばらくして、私が母のお腹に居る時に佐田の態度が一変したそうです。その時から符の研究を初め、そして私が生まれ、母が死んだ」
「態度が一変した……って言うのは、どんな風に?」
「……家庭内暴力、って言うんですかね。私も聞かされた話なので詳しくは知りませんが、酷かったそうですよ」
「まさか、それが原因でお母さんが死んだって事はないわよね?」
「……それは違うと言っていました。原因は別にある、と。それ以上は尋ねても教えてくれませんでした」
 大体の話は終わったようだ。
 確かに、暴力を振るわれていたなら程度によっては殺意が芽生える事もあるだろう。
 佐田とユリの母の場合、酷かったと聞かされただけでは判断しにくいが、可能性が無いでもない。
「その辺の事もあわせて、北条さんには話を聞いたほうが良いかもしれないわね」
 事件に関係のある人物乃至、真犯人ぐらいにまで思っていた北条と会う理由に、新たなものが加わった。
 ユリの母が事件に関わってるのなら、その話も聞いてみたい。
「でも、ユリのお母さんは死んでるんでしょ? 関係なくない?」
「蘇生術、若しくは屍鬼使役なんかが使える人間がいるとしたら考えられなくは無いわ。蘇ったユリちゃんのお母さんが佐田に仕返し、と言うのもありえる話よ」
 そして、万一彼女が現世にいるとして、北条と共謀している可能性も無くはない。
 以前は仲の良かった二人だ。考えられない話ではない。
「……でも、今は北条さんを探すより犯人を捜すのが先決では?」
「ユリちゃん……話は変わるけど」
 突然、シュラインが話題を転換する。
 急な展開にユリは驚いていたようだが、『……は、はい』と頷いた。
「ユリちゃんは今、小太郎くんに会うのが怖い、って言ってたわよね」
「……は、はい」
「それが貴方の為だ、っていう風にも感じている、って事で間違いないわね?」
「……はい。そんな声が聞こえる気がするんです」
 あやこはその声が佐田のものではないか、と考えたが、佐田からユリへの仕打ち、二人の親子関係を考えて、それはない気がしてきた。
 そんな事を考えているあやこを他所に、話は続く。
「そう考え始めた頃に、何か新しく身につけたものとか、傍に置いてある物、変わった食べ物を口にしたりしなかったかしら?」
「……なんですか、いきなり?」
「大事な事よ。考えてみてくれる?」
 言われてユリは、短く唸りながら首を捻る。
 その内、思いついたことでもあったのか、顔を上げて答えた。
「……身につけたものや、傍にあるものに変わりはありませんが、最近は外食が増えましたね」
「外食……? レストランやなんかで?」
「……はい。北条さんに奢ってもらう事が多かったので」
 やはり来た、北条。
 シュラインの読み通り、やはり北条が関わってきた。
 あの男の怪しさは増すばかりである。
「感情に変化が現れた頃に北条さんとよく会っていた。この事を念頭において、今回の事件を考えてみて?」
「……佐田が殺された事件ですか?」
「そう。佐田が殺された原因は確か、『対象を操る能力』よね? それがもしかして相手の感情や思考に影響を及ぼす能力だったら?」
「……! もしかしたら、私にも同じような能力がかけられているかもしれない」
 ここで話題を転換する前の話に戻る。
 果たして、犯人を追うのに北条を追いかける事が徒労になるだろうか?
「……確かに、言われてみれば北条さんは怪しいですね」
 そのユリの言葉にちょっと意外に思った。
 北条がユリに何か術をかけているなら、自分を疑われないように誘導する事もできるはずだろうし。
 しかしユリはすぐに北条を疑い始めている。術は完璧ではないのだろうか?
「ユリ、北条の居場所はわかる?」
「……いえ、携帯電話の番号は知っていますが、居場所までは……」
「かけてみてくれるかしら?」
 言われて見て何度かかけてみたが、電話は繋がらなかった。
「……だめみたいですね」
「そう……じゃあ、地道に探すしかないわね」
「あー、っと。ちょっと待ってくれる?」
 歩き出そうとしていたシュラインとユリに、あやこが声をかける。
「この水晶、やたら光り始めてる上に、結構ヤバめな雰囲気なんだけど……」
 言われて回りを見てみれば、どこかで見かけたような妖魔に囲まれつつあった。
 とは言っても人込みに紛れており、妖魔の数は少なそうだ。
「……あの妖魔……佐田の部下の黒服が使っていた符に入っていたヤツです」
「とにかく、この場を離れないと。一般人にまで迷惑かけられないわ」
 と言うわけで、三人は素早くその場を離れた。

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「思ったんだけど」
 場所を変えている途中、あやこが手を上げて発言する
「これってもしかして、こっちが逃げてると思ってるけど、実は追い込まれてない?」
 逃げる先々に妖魔が待ち伏せしており、その時々で近くにあった曲がり角を曲がっていると段々と人気のない場所に追い込まれている気がする。
「罠かもしれないわね……。とりあえず人影もなくなったし、ここらで迎撃してみる?」
「私は構わないわよ? ただ、ちょっと相手の数が問題かもね。ちょっと多すぎじゃない?」
 あやこが言うように、確かに周りに浮いている妖魔の数はとても多い。
 迎撃するにしても、一斉にかかってこられると逆にやられかねない。
「私の持ってる武器は、今のところこのスプレーだけだし」
 そう言ってあやこが取り出したのはIO2から支給された対魔スプレーが二つ。。
 聖水を拡散させて広域の敵に対応できるが、元がスプレーだけに射程距離は微妙に短い。
 そうなると心許ない気がする。
「私の方は武彦さんから預かったこの銃だけよ」
「……私も銃とスタンガンだけです。でも、あの程度の妖魔なら私の能力で吸い取れますよ」
 言われて見れば確かに、ユリの能力であの妖魔を吸い取るところを、シュラインは見た事がある。
「じゃあそれでチャチャッとやっちゃってよ!」
「……では……ん?」
 ユリが能力を発動しようとした時、何かが視界の中に入ってきた。
 妖魔ではない、別の宙を漂うもの。それは生首だった。
「……あ、あれ!」
「え? どうしたの?」
 ユリが指差す先を見たシュラインとあやこ。だが、そこには既に何もなかった。
「……な、生首が飛んでました!」
「生首? 妖魔を見間違えたんじゃないの?」
「……違います。確かに生首でした! それに……」
 水晶を取り出してみると、先程よりも強く輝いている。
 これは犯人が近くにいる証拠だ。
「……きっと今の生首が犯人です!」
 駆け出しながらユリがそう叫ぶ。
「待って、ユリちゃん! 一人で行動するのは危険よ!」
「大変な所悪いけど、向こうもやる気満々になったみたいよ」
 あやこの声にシュラインも気付く。
 妖魔が俄かに殺気を増している気がする。すぐにでも襲い掛かってきそうだ。
 だが、ユリには目もくれていない。どうやら標的はシュラインとあやこだけのようだ。
「これは……誰かの意図を感じるわね」
「あやこさん、後ろ任せて良いかしら? ユリちゃんを追いかけないと」
「やるだけやってみるわ」
 手短な作戦会議の後、二人は同時に走り出す。目標は走ってすぐそこの角を曲がっていったユリ。
 ユリを追いかけて二人が動き出すと、妖魔もそれを合図に襲い掛かってくる。
 前方からの妖魔はシュラインが銃を何発か撃って牽制し、道を開ける。
 後ろからの敵はあやこがスプレーを撒き散らして足止めする。
 これで敵は銃弾とスプレーを避けるので精一杯なようで、二人には手を出してこなかった。
「戦闘に慣れていないのかしら? 動きが鈍すぎる……」
「だったら好都合じゃない。このままユリの所まで行くわよ!」
 あやこの言葉通り、無傷でユリが曲がっていったところまで辿り着く。
 奥を覗くと、そこは袋小路になっており、突き当たりの壁の前にユリがボーっと突っ立っていた。
「ユリちゃん! 戻ってきなさい!」
 シュラインが声をかけると、ユリはユルユルと後ろを振り返り、足取りは遅く、ふらついている様にも見えるがこちらに戻ってきた。
 その内、遅すぎる歩みに痺れを切らしたあやこがユリの手を掴んで引っ張り、三人で固まる。
「生首なんていなかったわよ?」
「やっぱりユリちゃんの見間違い?」
「……わかりません」
 ハッキリしない答えではあるが、今は目の前の妖魔を退けなくては。
 シュラインとあやこでスプレーを振りまく。
 すると、案外アッサリと、妖魔たちは空へ消えていった。
「逃げていく……? おかしいわね。向こうの方が優勢だったのに」
「何かトラブルでもあったんじゃないの? なんにせよ、危機は脱したみたいね」
「……そうだと良いけど」
 何か引っかかるが、確かに間近に迫った危険は無くなったはずだ。
 一息ついて、その場で休憩する事にした。

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「よぉ、大丈夫か?」
 シュライン、あやこ、ユリの元に武彦たちが合流する。
「こっちはなんともないわ。でも……恐らく敵のであろう襲撃は受けたけどね」
「詳しい話は後で聞こう。まずは興信所に戻ろうぜ。今日のところはこれで終わりだ」
 自分の肩をトントンと叩きながら、ため息交じりに武彦が言った。
 その言葉に、誰も特に反論しなかった。
 疲れたと言うのは同感だったからだ。

「あ、ユリ」
 武彦たちが連れて来た小太郎。久々にユリと面と向かえた。
 ユリの方も特に逃げる様子は見せず、小太郎に相対す。
「ユリ、あの……ええと……」
 小太郎が何を言っていいやらわからず、頭の中で考えを纏めようとしている間に、ユリは小太郎に向けて微笑む。
 単純な小太郎にとってはそれだけで十分だった。
 また、元通りになると思っていた。

 それからしばらくの間、ユリは姿を現さなかった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / IO2オカルティックサイエンティスト】
【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 藤田 あやこ様、シナリオに参加してくださり本当にありがとうございます! 『探すと言うより向こうからやってきた感が』ピコかめです。
 結局の所、あまり捜索らしい捜索はしてない気がしますね……。

 スプレー両手に立ち回っていただきましたが、どんなモンでしょう。
 なんと言うか、得物がスプレーって言うと戦闘というよりは痴漢撃退な気がしますね。
 痴漢妖魔、それはそれで厄介な敵という気もします。
 では、次回もよろしければ是非!