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<東京怪談・PCゲームノベル>


【大迷宮の管理人】

 藤田あやこは今“落ちて”いた。
 道端で喋る猫に助けろと言われ、意気込んで了解したまでははっきりと覚えているのだが。
「……なんで、落ちてるのよー!!!!」
 まっ逆さまに。広くて青い綺麗な空からまるでスカイダイビング。そうやって叫んで見ても凄まじい風圧で自分ですら声が聞こえない。
 地上はまだまだ先だが、このまま地面に激突など考えるのも恐ろしい。
 エルフの翼を広げてみれば助かるかと思ったが、そういえば飛空もまだ上手く出来た覚えが無かった。
 とはいえ、少しでもこの紐無しバンジーもといパラシュート無しスカイダイビングから生還の見込みがあるのなら、とあやこは折りたたんだ翼を青空に広げた。

「いったったったった……なんなのよもう…」
 翼を広げたまではよかったが、あんな緊急時に慣れない飛行が成功するわけもなかった。
 運よくも大きく枝葉を伸ばした巨木の幹にひっかかり、それがクッションとなって大怪我は免れた。多少の擦り傷はあったが、これくらいなら可愛いモノだ。
 軽く打ち付けた頭を擦りながら、あやこは身を起こす。ここが何処なのかを確かめなければいけなかった。
「お、落ちるっ! 助けろ、女!」
 左右違う色の瞳で周囲を見回していたが、そこに切羽詰ったそんな声がした。
 何事かと思えば、道端で声をかけてきた黒猫が今にも滑り落ちる様な姿で枝にしがみ付いていた。それを見て、一緒に落ちてきたのかと思ったあやこは、一息落として猫を引っ張り上げていた。
「女じゃなくて、藤田あやこ。それで、ここはどこなの?」
 助けた猫と共にあやこは木から下りる。ぐるりと辺りを見回したが、背の高い木ばかりでそれ以外は何も無い。
 森の様な場所だと言う事だけは理解が出来たが、それ以外はさっぱり。なら、此処に連れてきた張本人である猫に聞こうと話しを向けたわけだが。
「さあなぁ…俺にもわからん」
 と、そんな無責任な返事が抱いた猫から一つだけ返ってきていた。
「ちょっと! それじゃあ困るじゃない、助けろって言うから付いてきたってのに…」
「……まあ、そんな怒るな。とりあえず言えるのは、此処はお前がさっきまで居た世界とは違うという事。ちゃんと元の世界には戻すから、心配するな」
 するっと、あやこの腕から抜け出して木の根の張り巡らされた地面に降りた猫は実に暢気に言った。
 本当に大丈夫なのだろうか…。声をかけられたあの時と同じように、長い尻尾をゆったりと揺らして歩き出した黒猫を見てあやこは溜息を落とす。
 とはいえ、くっついてきたのは自分だ。それに、今までもこんな奇想天外の出来事には何度も遭遇しているわけで、こんな時は途方にくれるより何かしら行動した方がいいのだと解っていた。
「ま、…なるようになる、か」
 何事も悪く考えるよりは、前向きに考える方が良いに決まっているわけで。
 そんな風に思えれば後は気楽に考えるだけだ。今にも木の影に隠れてしまいそうになっている黒猫を追いかけるべく、あやこは歩き出していた。

 いい加減この森林から抜け出さない物かと思い始めた頃、黒猫が思い出したように喋り出した。
「多分、此処は水にまつわる物がある迷宮空間だな」
「水? っていうか、迷宮空間って?」
 小さいとはいえ、獣の猫とは違って二本の脚で歩くあやこにはこの森林は歩きにくい事この上なかった。
 短かなスカートが災いして、低い位置に生えている草木で自慢の美脚に小さな傷がまた増えてしまった。あやこはそれに溜息を落とす。
「そうだなぁ…、この場所は大迷宮と俺達は呼んでいる場所なんだが。古くから、人の手に負えなくなった悪い物やら怖い物やらを放り込んで来た空間だ。大迷宮と呼んではいるが、別に迷路になってるわけじゃない。色々に入り組んだ空間だからそう呼んでるんだな」
「ふーん。じゃあ、粗大ゴミ置き場みたいな所なのね」
 処分出来ない物を放置する場所。つまりゴミ集積所の様な所。そう理解したあやこだが、ゴミ捨て場にしては綺麗な緑が沢山ある場所だと今一度周囲を見回す。
 耳を澄ましてみれば鳥の囀りは聞こえるし、草木と共に髪を揺らしてゆく風は花の香を乗せているのかほんのりと甘かった。
「まあ…考え方としては、そんな感じで正解だ」
 ゴミ捨て場。などと言ったからなのか、黒猫が苦笑するような声で頷いた。
「それで、水にまつわる物と言う話しだが…」
 その後に再び話しが続く様だったが、それより先に森が開けた。眩しい光と、想像を超えた物凄い光景があやこの瞳には飛び込んでいた。
「うわぁ…なに、これ! 凄いじゃない! 粗大ゴミ置き場っての、撤回するわ!」
 さっと開けたその視界の先、広がったのは大きな湖。それもただの湖なんかではない。どんな原理になっているのか、空中に浮かぶ浮島から落下する滝水を受け止める湖だ。そんな浮島に驚き空を見上げれば、高く高く数々の島が点在していて、まるで物語の中の空間である。
 滝の足元には大きな虹がかかり、時折不思議な魚がキラキラと飛び跳ねている。
 こう言うのを楽園とでも呼ぶのかと思いながら、はやる気持ちを抑えきれずにあやこはそのまま走り出す。
 そういえば出しっぱなしだった翼が木の枝に引っかかったが、構わず一度羽ばたいて枝を退けていた。
「やれやれ…、あんまりはしゃぐと転ぶぞ」
 説明を途中で折られてしまった黒猫は、走り出したあやこを眺めながらそんな注意をしていたが、翼が飛び出て背中が大きく破けている彼女の衣装を見るや否や、驚いたように尻尾で口元を覆って青い眼を数度瞬かせていた。


 靴を脱いで、湖の縁に座るとそのまま脚を水の中へ。
 ばしゃばしゃと動かすと、小さな魚達が驚いた様にいっせいに散らばって逃げて行った。
「持ってきたぞ。こんなもんでいいのか? 長い枝」
「うーん、そうね。コレくらいの長さがあればなんとかなりそう」
「何、するんだ?」
 作った擦り傷を水で洗っている間、黒猫に長くて丈夫な枝を持ってくる様に頼んでいた。
 猫が持って帰って来た枝を受け取って、強度を確かめる。
「釣りよ、釣り。何か釣れたら、ご馳走してあげる」
「おお、それはいいな。大物が釣れるといい」
 横にちょこんと座って此方の様子を伺う猫の頭を撫でてあやこが言えば、流石猫と言った所か舌なめずりをした後に嬉しそうに尻尾を振っていた。
 そんなわけで釣りの開始である。
 釣竿は枝で、釣り糸は破けてしまっていたあやこの上着を細く裂いて捩って代用。万が一の為にいつでも服の下にビキニを着ていたからこそ、出来た技であった。そして餌は後ろの森に生っていた実を使った。
「本当に不思議な場所よね…エルフの国もこんなかしら」
 釣り糸代わりの紐を垂らして、ぼんやりと空に浮かんでいる不思議な島を見上げる。お伽話の様な此処は、ふと自分が肉体交換をしたエルフと言う物を連想させる。自然の中に生きて、不思議な力を使うのがエルフだというそんなイメージがあるからだろうが。
「エルフ?」
「っそ。今、私エルフの王女なのよね」
「…今ってのはまた不思議な事を言うもんだな」
「まーね。色々、あんのよ」
 猫の疑問ももっともだった。猫の言葉に軽く笑うと、あやこは釣竿をくいくいと引っ張る。まだ当たりはない。
「それにしたって、こんな綺麗な所に本当に悪い物なんて置いてあるの?」
 穏やかで、今にも眠ってしまいたくなる様な気持ちの良い場所である。こんな所に物騒な物があったり、居たりなどとは到底考えられず。あやこは思わず猫に聞く。
「当然だ、有るし居る。そういう物の力が集まりに集まって、こんな不思議な空間を作り出しているんだからな」
「そう言われても、あんまり実感無いのよね…って、きた! これは、大物っぽい!!」
 のほほんと釣りなんてしているのだから、実感が無いのも当然だと猫の声に返した直後。掴んでいた枝竿に思いも寄らぬ力が掛かる。 
 水の中へ引きずりこまれそうになり、慌てて水から脚を上げて地面で脚を踏ん張るがしなりにしなる枝が今にも折れそうだと思った瞬間、大きな大きな水しぶきが上がった。
「……に、逃げるぞ! あやこ!! ここの水辺の主だ!」
「え? え、ちょっと! 折角釣ったのに!」 
「あんなの、食べたら腹壊すだろ!」
 上がった水しぶきを頭から豪快に被り、水浸しになったあやこがそこに見たのは見上げる程に巨大な蛇だった。
 なるほど、確かにちょっと食べるには大きすぎるサイズかもしれない。寧ろ此方が一口で丸呑みされてしまいそうだ。
「こんな大きなのがいるのなら、…最初から説明してくれたってよかったじゃない!!」
 愛銃を持っていればなんとかなったかもしれないが、生憎手ぶら。
 爬虫類の獰猛な瞳に見下ろされたあやこはそう叫んで、脱いだ靴と猫の尻尾を引っつかんで走り出す。
「だからっ、危険な物を放りこんで置く空間だと最初に説明しただろうよ! それに、尻尾を掴むなーっ!」
「説明不足! 運んであげてるんだから、文句は言わない!」
 そんな騒がしいやり取りをしつつ、あやこは無事に最初の森へと走りこんだ。

「はぁっ…はぁっ…、もー…最悪」
 大蛇が追いかけてくる気配が無いことを知ると、走るのをやめて猫と靴を放り出す。
 崩れる様にして座り込むと、横から水が飛んでくる。猫が水を切る為に小さい身を震わしたのが原因で、それにむーっとしたあやこは、思わず猫の尻尾をぎゅっと掴んだ。
「痛いっ! 痛いっ! な…何するんだっ!!」
「それは、こっちのセリフ! そもそも、猫助けって何だったのよ」
 尻尾を離してから、あやこは口を尖らせて聞く。
 “猫助け”と言う名目で自分はこの不思議空間へ連れてこられたと言うのに、それらしきことは一切やっておらず、空から落ちたり大蛇に追いかけられたり、そんなとんでもない目にばかり有っているではないか。
 しっかり説明しろと、あやこは黒猫に言った。
「最初に、言ったじゃないか」
 握られた尻尾を痛い痛いと、毛繕いした後に猫は喋り出した。
「何をよ?」
「少しだけ、大迷宮に来て欲しいだけだ。と」
 確かに一番最初に猫に声を掛けられた時、そういわれたのは覚えている。
「…それはわかってるの。私が聞きたいのは“猫助け”の部分」
「だから、それが“猫助け”だと言ってるんだ」
 理解しろ、と言わんばかりに猫はこちらをじっと見上げて言ってくるが、正直さっぱり理解不能である。
 それでも、あやこなりに理解しようと頑張ったが分からず眉間に皺が寄り出すと猫は漸く説明する気になったようだ。
「簡単に言うと、大迷宮という空間が有る事を知って欲しかったわけだ。此処ではな、度々問題が起こるわけだ。さっき見たいな化け物が大暴れしたり、危険な道具が暴走したりとな。そんな時、力のある者に此処の存在を知ってて貰えれば、力を貸して貰い易いんじゃなかろうかと、思ってな」
 名案だ。と猫は胸を張って言っていた。 
 そんな猫を見てあやこはやれやれ、と肩を落す。
「今回は観光みたいなもんだったが、もしかしたら今日がいつかの俺の為になるかもしれん。猫助けだろ?」
「それって、後々私に力貸せって事…? でもっま、楽しい時間は過ごせたから良しとしようかな」
 滅多に出来ない経験と言えばそんな気がしないわけでもなくて。結局あやこは怒る事無く笑う。
 猫助けと言われたが、もしかしたらこの不思議空間の存在を知った事で自分にも何かのプラスが有るかも知れない。
「まあ、何か有ったらそのエルフの女王の力とやらを借りて見たいとは思う所だな。――っさ、戻るか。風邪引きそうだ」
 冗談だか本気だか、言って猫がクシャミをする。
 また一番初めの様に猫がゆったりと歩き出すのだが、あやこはそこでふと重要な事を思い出した。
「ねえ、私まだあなたの名前聞いて無いんだけど?」
「そういえば…俺は藍星(ランシン)。大迷宮の六代目の管理人をやっている。よろしくな、あやこ」
 ニヤっと猫が笑うと、なんだか素直によろしくと返したら駄目な気がしたが、そこは気のせいだと自分に言い聞かせ、あやこは今更ながらにそんな挨拶を返した。
 そうしてから一人と一匹は無事、もとの世界へと戻って行ったのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7061/藤田・あやこ(ふじた・あやこ)/女性/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト】

(NPC)藍星/男/5?/鳥居聖堂の飼い猫・大迷宮六代目管理人

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■         ライター通信          ■
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藤田 あやこ 様

お初にお目にかかります、ライター神楽月です。
この度は「大迷宮の管理人」にご参加有難う御座いました。
釣りを、と言うプレイングを受けていたのでそこからお話を広げさせて頂きました。
猫とはそれなりに仲良し?なノリになって頂けたのではないかなぁと思いますが、如何でしょうか。
全体的にドタバタ騒がしいお話になりましたが、お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、またご縁が御座いましたら宜しくお願いいたします。