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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


浮かぶ生首

「はい、はいよ、わかった。それじゃ、こっちは好きにやらしてもらうぜ」
 そう言って、武彦はIO2から支給された携帯電話の通話を切った。
「……本部はなんと?」
「どんな仕事よりも優先して佐田殺害の犯人を探し出せ、やり方は任せる、とさ。向こうも必死になってるな」
 軽く笑って、武彦は傍らにいる少女、ユリを見る。
 彼女は佐田の殺害犯捜索メンバーに加わらなかったものの、武彦の助っ人として参加する事になった。
 パートナーである真昼の方は符の方を探っているらしく、今回は欠席だ。
 武彦の側も、小太郎は欠席だ。
「……やっぱり、嫌われてしまいましたよね」
「どうだかな。だが、今回はそんな理由で連れて来なかったわけじゃない」
「……どういうことです?」
 ユリが首をかしげて武彦に尋ねた。
 その瞳に演技の色は見えない。どうやら本気で疑問に思っているらしい。
「お前ら二人、何かあったんだろ?」
「……ぅ。まぁ、無かったって事はないですけど」
「だったら、士気が落ちるような要因は連れて来ないさ。アイツ自身、かなり凹んでたし、あの状態じゃ役に立たんだろ」
「……そうですか。凹んでましたか」
「お前まで落ち込むなよ、面倒臭い。役に立たないと思ったらすぐに外すからな」
「……はい。がんばります」

 武彦がここまでキツく言うのにも理由はある。
 今回の犯人は強力な結界も打ち破り対象を殺すほどの魔法、若しくは能力を操ると言う。
 小さな油断がメンバーを危険に晒すなら、小太郎なんか連れてこない方がマシだ。
「さて、じゃあ早速探し始めますか」
「……アテはあるんですか?」
「頼みの綱はこれだな」
 言いながら、武彦がジャケットから水晶を取り出す。
 それは淡く光っており、中心に青い色をした光が浮いていた。
「犯人の魔力サンプルと、それに反応するクリスタルだそうだ。犯人が近くに来たら輝きが増すらしい」
「……探知機、みたいな物ですかね」
「近いだろうな。これを一応人数分貰ってきたから、これを持って数人で手分けして探すのが良いだろうな」
 方針も大体決まった所で、犯人捜索を始める事になった。

***********************************

「さて、これから犯人探しを始めるわけだが、その前にお前らに言っておきたい事がある」
 まるで遠足の注意事項を言うような言葉だが、武彦の顔にふざけた色など一片もない。
 一応、真面目な話なのだ。
 それを理解したうえで、武彦の周りに今回のメンバーが集まる。
 藤田 あやこ、黒・冥月、黒榊 魅月姫、シュライン・エマ、あとついでにユリも。
「今回の敵はどうやらIO2が張った結界すら破るほどの力を持っているらしい。だから、この仕事はとても危険だ」
 全員の顔を見回し、武彦は適当に指を折る。
 左右の指を三本ずつ折ると、一つ頷いてメンバーを一人ずつ指をさした。
「あやことシュラインとユリで一つ、冥月と魅月姫と俺で一つ。この二つのグループを作って犯人捜索をする。単独行動は出来るだけ慎むように」
 広い町の中から犯人を探すには手分けをした方が良い。
 だが、だからと言って一人だけで行動していては何かと危険がある。
 そこでグループを作り、三人一組で行動すれば危険も幾らか回避できるだろうと言うわけだ。
 グループ分けが終わると、武彦は全員に水晶を配った。今も淡い光が灯っている。
「これを東京中にばら撒いて探すって事は出来ないのか?」
 訝しげに水晶を眺めながら冥月が尋ねる。それに答えたのは魅月姫だった。
「IO2が体裁を気にするならば無理でしょうね。こんな粗雑な作りでは内部の魔力を探られて、今回の事件が明るみにでる可能性もあります」
「どういうことだ?」
「水晶の中に入っている魔力は個人を特定できる程度のもの。もしこれを東京中にばら撒いたとして、魔術に造詣のある誰かが誤って手に入れた場合、犯人に接触してしまう可能性もあります」
「まぁ、下手な事をして危険を広げたくないのさ。俺らだけでやれる事をやる。それが今回の依頼だ」
 アバウトな姿勢のように見えるが、これも武彦なりの仕事スタイルの一つだ。
 気にする必要のない事にいつまでも縛られていては、正確な判断も出来なくなるかもしれない。
「犯人探しに出る前に、幾つか確認しておきたい事があるんだけど……」
 シュラインが前に出て武彦を見やる。
 武彦は黙って続きを促した。
「佐田が死んだ時の状況や、第一発見者が発見した時間や状況なんかを詳しく教えてくれるかしら?」
「佐田は自分で自分の首を絞めて死んだそうだ。普通なら自分で首を絞めようとすると途中で気絶して力が抜けるって言うから、これで自殺の線が消えたわけだな。第一発見者は看守で、妙な物音と声がしたから様子を見に行ったらしい。事が起きてから発見までそれほど時間は経っていないな」
「だったら蘇生は出来なかったのかしら?」
「どうやら牢屋に物理結界も張られていたらしくてな。それを解くのに手間取ったらしい。近づけた時には手遅れだったってよ」
 強力な結界を解くにはそれなりの魔力と知識と技術が必要になる。当然、解呪には手間取るのだ。
 そう考えるとユリの力はある意味有用なのかもしれない。
 それに佐田が自分の首を絞めていたのも、彼が死ぬ前なら『それが脱獄するための演技かもしれない』と言う疑念もあったろう。
 異常な行動を見せてドアを開けさせる。子供でも考え付きそうな幼稚な手だが、効果がないわけではない。
 それで易々と脱獄されては、それもまたIO2の名に響く。
「じゃあ、その拘置所の結界や、その周りに何か異変はなかった? 結界が破られたんでしょ?」
「そこが妙なんだよなぁ」
 そう言って武彦はうーんと唸る。
 首をかしげながら彼が言うにはこういうことだった。
「結界には何の異変もないんだ。ブチ破られたなら破壊された痕跡が残ったり、それ以外でも干渉を受けたなら結界を維持している術者なんかが気付くはずなんだよ。まさか術者が居眠りこいていたわけはないだろうし、破られた痕を完全に治すなんてのは無理だろうし」
「結界には何の以上もなかったって事?」
「ああ。結界どころか、拘置所の敷地内にあるもので異変が起きたのは佐田だけだ」
「誰も気付かない内に佐田が操られ、そして殺された……? だとしたら、どうして魔法で操られたってわかったの?」
 武彦は確か、シュラインに『佐田は魔法的なもので操られて殺された』と言っていた。
 佐田の死に方が不自然だからと言って、何処からか飛んで来た魔法の所為にするのはおかしい気がする。
「佐田の中に見つかった『別の人間の魔力』を判別したんだそうだ。詳しい事は俺にはわからんが、その魔力がIO2関係者のものでも、その時間にいた部外者のものでもなかったらしい。だとすれば、信じられないが外部からの遠距離魔法だろう、と言う結論になったそうだ」
「誰にも気付かれずに結界を通り抜ける魔法……。それって本当に可能なのかしら? 聞いている限りだと難しい気がするんだけど」
 結界を維持している術者も、IO2で働いている人間ともなれば一流なのだろうし、魔力が飛んできて結界に触れればすぐにバレるはず。
 だとしたら、今回の事件は不可能犯罪な気もしてくるのだ。
「それは俺からじゃ答えかねるな。魅月姫はわからないか?」
「可能でしょうね」
 事も無げにサラリと答える魅月姫。
 彼女も話を聞いている間ずっと考えていたのか、顎に手が添えられている。
「結界を強力かつ広大にしようとすればするほど、小さいものへの粗というのは多くなってきます。強力と言われる結界ほど小さな魔力をスルーしてしまうのです。例えるなら、パンのように空気穴が幾つも開いているような状態ですね。ですが腐ってもIO2の結界です。そこまで甘くはないでしょうからその空気穴も出来うる限り小さくしているでしょう。その中を通るくらいの大きさで、更に人間の精神に異常をきたすほどの魔法を詰め込むとなると、その術者はとてつもない達人でしょうね」
「つまり……魔法を結界の中に開いている小さい隙間を潜らせて佐田を殺したという事か」
「恐らく。口で言うのは簡単ですが、実際やってみようとすると、とてつもない魔法センスと集中力が必要になります。常人にはまず無理でしょうね」
 常人ではない魔女が言うんだからそうなんだろう、と全員が納得する。
 だとすると犯人はかなりの術者であるという事になる。
「とすればだ。それほどの術者なら魔力がそこそこ強いんだろうし、水晶の中にあるサンプルを使えば、魅月姫の力でどうにか発見できないか?」
「試してみましたが、発見は無理だと思います。東京中に同じような魔力を感じます。その内いくつかは水晶、他のほとんどはニセモノでしょうね」
 最早試していたらしい魅月姫から否定され、武彦はため息をついた。
 こうなると当初の予定通り、足を使って探すしかないだろう。
「あ、武彦さん、最後に一つ。佐田の死体はどうなってるの? サイコメトリーみたいな人がいたら、佐田の記憶を探って符の研究記録なんかを複製できるんじゃないかしら? そうなると符を得たい側にも、符を消したい側にも狙われそうだと思うんだけど」
 シュラインの言葉に、ユリが身を固くする。
 言われて見ればそうだ。モノの記憶を読み取るサイコメトリー能力があれば、死体から佐田の記憶だって抜き出せる。
 もしもそんな事になっていれば、ユリが符を全て回収するのも難しくなるだろう。
「佐田の死体は事件後に別所に移され、すぐに死刑を執行した事にしてそのまま処理したそうだ。その間、怪しい者は近づけさせてないし、多分符の記録が流出するような危険は無いだろう」
「でも、こないだの爆破事件で使われていたのは『新しい符』だったわけよね? それを考えると、もしかしたらってこともあるんじゃない?」
 あやこが口を挟むがそれにはユリが首を振る。
「……あの符は全く別の生成方法で作られたものだと思います。外見を真似るだけ真似ているだけで、中身は全然違うものでした」
 IO2に持ち帰った後、隅々まで調べた結果がそうなったそうだ。
 中に収められている能力を解放する術式、能力を収められる容量など、いろいろな所で相違点が見つかったのだと言う。
「……それに加えて、やはり使用者を操る能力が付与されていました。これは符に収められた能力ではなく、後から付けられた力だそうです」
「一度爆発を起こす符を作り、その符に対象を操る能力を付与させたってことね」
 ユリは黙って頷き、肯定した。
 操る能力を符の中に入れるわけではなく、外側に付与するのなら『符は一つの能力しか収められない』と言う制約を破っていないし、ありえない事ではない。
 そんな様子を見て冥月がフムと唸る。
「新しい符の事件、ユリと北条の再会、今回の佐田殺害、ついでに小僧とユリの痴話喧嘩、もしかしたらどこかで全部繋がってるかもな」
「……どういうこと?」
 冥月の独り言を聞いて、あやこが寄ってくる。
「符に付与されていたのは『対象を操る能力』、佐田を殺したのも『対象を操る能力』。この共通点と幾つか同時に起きた『普通ならありえない事件』。こういう異常事態の時には、全部の事件がどこかで繋がっているものだ」
「まぁ、わからないでもないわね。特に最初の二つの共通点は確かに疑わしいわ」
「そう考えると、この場に一人足りんと思わんか?」
「……北条、か。そうね、確かにあの人には話を聞いてみるべきだと思うわ」
 思い返してみると、佐田死亡と同時期に起きた符による爆破事件。その時ヒョッコリとユリの前に現れたのは北条。
 そして北条と出会ってからおかしいユリの様子。それによって勃発した痴話喧嘩。
 全て北条が中心にいる様に思える。
 チラリ、とユリの様子を見ると、どうやら二人の会話は聞こえてないらしい。
 武彦と一緒に犯人捜索の打ち合わせをしている。
 どうやら北条に懐いているらしいユリに、北条に対して懐疑を抱いていると知られると面倒だろう。
「でも、こういう事はしっかり教えておいた方が良いわ。北条さんを調べるには彼女の協力も必要になると思うし」
 話を聞いたシュラインが一つ付け足す。
 確かに、集まったメンバーの中で、北条と直接面識があるのはユリだけ。
 そうなると北条に会う所からユリの協力が必要になるだろう。
「それに、ユリちゃんはもう少し自分を客観的に見る必要があると思うの。明らかにおかしい心境変化に対して原因追求をしてないみたいだし……。もしかしたら何か外的要因があってそれが出来ないのかもしれないけど」
「外的要因……。それも『対象を操る能力』かもな」
「ありえない事ではないですね。そうなると、北条と言う男がますます怪しくなります」
「探し出して話を聞く必要はありそうね。よぅし、漠然と探すのは面倒だけど、少しでも目標があればまだやる気が出るわ」
 四人の秘密会議も一段落ついたところで、二人で話していたユリと武彦もこちらに気付いたようだ。
「何やってんだよお前ら。そろそろ始めるぞ」

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 チームで行動するため、ユリとは別々になる冥月。
 彼女はふとユリに目をやり、その微妙に気落ちしてそうな顔にため息をついた。
「ユリ。ちょっと来い」
「……なんですか?」
 冥月の手招きに、ユリは仔犬か何かのように素直に寄って来た。
 手元に来たユリに、冥月は頭をクシャと撫でる。
「……わ、突然なんですか?」
「色々不安はあるんだろうが、あまり気にしすぎるなよ」
「……皆さんにはやっぱり見透かされてるんですね」
 苦笑してユリは俯いた。やはり図星なんだろう。
 常々、ユリは小太郎に似てきていると思ってはいたが、ユリの行動や思考も大分単純になってきたようだ。
「……私、どうしちゃったんでしょうね。ついこないだまではこんなに不安に思うこともなかったのに……」
「恐らく、その不安は過去の記憶か体験が原因だろう。昔のトラウマって言うのは気付かぬ内にも出来るものだ」
「……そう……でしょうか?」
 ユリは冥月の言葉に反論するように言う。
「……私はほとんど生まれてすぐ、母が死に、父……佐田 征夫に軟禁されて育ちました。人付き合いもあまりありませんでしたし、誰かを想って不安に思う事なんて初めてです」
「だが北条とは仲が良かったんだろ?」
「……あの人は確かに良くしてくれました。でも……小太郎くんとは違う、なんていうか、お兄さんみたいな人なんです」
「じゃあ小太郎はお前にとって、兄弟ではない何かなワケだ?」
 冥月にからかうような笑みで尋ね返され、ユリは頬を少し染めながらも、微妙に頷いた。
「……その、はず……です」
「だったら、お前はその気持ちだけ育てれば良い。お前の前に立ちふさがる不安は私たちが取り除いてやろう。ユリは小僧が好きだと言う気持ちだけを大事にしろ。それがアイツの助けにもなる。不安の原因は……そうだな、その内見つかるだろう」
「……その内……ですか?」
「そう、その内だ。別に急ぐ必要なんか無いさ。ゆっくり探して、原因がハッキリした時には、もうそんな不安なんてどうでもよくなってるよ、きっと」
「……そうなれば良いです」
 笑顔を向けてきたユリに、冥月も笑顔を返した。
 二人を見守る自分に出来る事は、二人が悲しい結末にならないように、少しだけ手を添えてやる事。
 好き合ってる二人が離れ離れになるのは寂しい事だから。

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「さて、これから犯人を捜しに出るわけだが……」
「ちょっと待ってくれ」
 武彦が歩き出そうとした所で、冥月が空かさず止める。
「どうしたんだ? 何か忘れ物でも?」
「大きな忘れ物を一つな。水晶をもう一つ貸してくれないか」
「この水晶が忘れ物ってワケじゃないだろ。……まさかとは思うが、小僧を連れてくるつもりじゃないだろうな?」
 しかめっ面の武彦に対し、冥月は笑って頷く。
 それを見て武彦は、取り出しかけていた水晶を再びポケットにしまいこんだ。
「最初に言っただろうが。あんな不貞腐れた小僧を連れて来てリスクを負うくらいなら、連れて来ない方がマシだってな」
「という事は、不貞腐れて無ければいいという事ですか?」
 武彦の言葉に魅月姫が問い返す。確かに武彦の言葉を聞いただけだとそういう事になろうか。
 口篭る武彦に対し、魅月姫も薄く笑う。
「私も冥月さんに協力します。あの人にはその内、喝を入れてやろうと思っていたところですから」
「二対一、決まりだな?」
 何か言いたそうに口をパクパクしていた武彦だが、結局何も言葉に出来ず、二人に従う事になった。

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 興信所では自分の机に突っ伏している小太郎がいた。
 零はどうやら外出中のようで、今のところ部屋には小太郎一人だ。
 彼の表情に生気はまったく感じられず、半ば生ける屍と化しているようにも見えた。
「このまま放っておけば、土にも還りそうだな?」
「……あ、師匠、魅月姫姉ちゃん、草間さん……」
 冥月が声をかけるとノロノロと首だけを動かして、小太郎は三人を見た。
 今の状態の彼を見ては、武彦の判断は間違いではなかったと思わざるを得ない。
「私が先日、励ましてあげたばかりだと言うのに、何の効果もなかったみたいですね」
 魅月姫が多少苛立たしげに言って見せるが、小太郎は陸上に打ち上げられた魚のように口をパクパクするだけだった。
 そんな様子の小僧を見て、ため息をついた武彦が助け舟を出してやる。
「お前の言葉が聞かなかったわけじゃないんだよ。アレからコイツも色々やってみたみたいなんだ。ユリに会いに行ってみたり、電話をかけてみたり。俺からすれば多少ストーカーじみていた様にも思えるが、コイツなりに頑張ってたんだろうよ」
 だが今の様子を見るに、結果は芳しくなかったのだろう。
 手を尽くしてみればみるほど、ユリからの拒絶を受けて凹んで凹んで、凹みきってしまったのだろう。
 とは言え、先程ユリの気持ちを確かめてみた所、別に嫌っているわけではなく面と向かって話すのに怖がっているだけのようだ。
 相手は自分の気持ちに整理がつかないだけ。となれば時間を置けば解決できそうなものだ。
「とりあえず、シャキッとしなさい」
「痛っ!?」
 魅月姫は小太郎の背中に思い切りビンタをかまし、その痛みと衝撃で小太郎は背筋を伸ばした。
「ぅぉぉぉ……」
 その後、長引く痛みにもだえる事になったが。
「貴方がそんな様子では、上手くいくものもそうでなくなってしまいます」
「……んな事言われたって」
 すがるような視線を涙眼で送ってくる小太郎に、魅月姫はそれ以上何も言わなかった。
 代わりに冥月がため息をついて言葉を継ぐ。
「ユリとは会わなくて良いから、手伝え」
「おい、冥月……!」
 武彦が口を挟もうとしたが、冥月はそれを気にせず続ける。
「佐田はユリの父親だったようだ。そしてその佐田はつい最近殺された」
「……アイツが?」
「ユリも色々あって混乱しているだろう。精神的にも参ってるかもしれない。そんなあの娘を放って、お前は一人で不貞寝を決め込むつもりか?」
「そんな事言われたって俺は……」
「誰かの役に立ちたい、誰かを助けたい。そう思ってユリの手を取ったんだろ? 最初の気持ちを忘れるな。今、お前がどうしたいか、考えろ」
 冥月の言葉に、小太郎は一度大きく眼を見開いた。
 言われるまで忘れかけていた。何をしに家出までしてここまで来たのか。
 大事な事を見落としていた。
 どうやらそれに気付いたらしい小太郎に、冥月も『これ以上何も言うまい』と笑って水晶を小太郎の机に置いた。
「気が向いたら追いかけて来い」
 その言葉を最後に、三人は興信所を出た。

***********************************

 興信所を出てすぐの通りで、冥月と魅月姫は足を止める。
「ん? どうしたんだ?」
 慌てて武彦も足を止めて振り返る。
 彼女ら二人の様子になにやら緊張が立ち込めているように感じた。
「草間、さっき小太郎に渡した水晶、見たか?」
「水晶? いや、見てないが……何か変わったところでもあったか?」
「何の光も灯してませんでしたね」
 言われて見て武彦は記憶を掘り返してみると、確かに光ってなかったように思える。
 みんなでいた時には確かに淡く光っていたのだが、今になってみるとそれがない。
 という事は……。
「あの近くに犯人がいたってことか!?」
「若しくは、犯人と同じ魔力を有した何かがあった。それはもしかしたら『対象を操る能力』にかかった誰かかもしれませんね?」
 魅月姫の言いたい事は、その場にいた二人とも大体わかった。
 今この場にいないメンバーで、『対象を操る能力』を受けた人物がいる。
 それは恐らく、ユリ。
 目に見えて情緒不安定な彼女は、予想した通りおかしな能力の影響を受けているのだろう。
「ですが、そうなると妙ですね……」
 小さく首をかしげて魅月姫が呟く。
「能力によって感情が不安定になったのなら、それは私たちがユリさんに会いに行った時には既に能力の影響を受けていたはずですよね」
「私もそう思う。あの時、いやあれよりも少し前からだな。ユリの様子は明らかにおかしかった」
「あの時、私は何の魔力も感じませんでした。あの時だけでなく、さっきまで一緒にいたにも拘らず、私は気付けませんでした。幻術の類をかけられていたのならば、すぐに気付けるはずです」
「……という事は、何か特殊な能力と言うことか。魅月姫が探知できないような……」
「それか、若しくは本当に犯人があの近くに居たか、ってところだな。まずいね、こりゃ」
 冷や汗をたらして武彦が零す。
 確かに、あの近くに犯人が居たのだとすると、向こうのチームが危ない事になる。
 武彦は慌てて携帯電話を取り出して、向こうのチームと連絡を取ろうとするが、慌てすぎてポケットから水晶を落としてしまった。
 それを拾おうとして屈んだ武彦は、しかし途中で動きを止める。
 何故なら、水晶が異常に輝いていたからだ。
「……どういうことだよ、これは」
 武彦は水晶を拾い上げてから周りを警戒し始める。
 冥月も魅月姫も、武彦より早く周りに気を配っていた。
 これほど水晶が輝くという事は、犯人がすぐ近くにいる、という事だ。
 そして周りを見回せば目に付くのは一人の男性。奥まったこの通りにあの男以外に人はいないようだ。
「まず間違いなく、あの人でしょうね」
 魅月姫が小さく零した。水晶の中の魔力を読み取り、更に男性の魔力も読み取って照合してみたのだろう。
 そしてそれが合致した。となればあの男が犯人。
「なら、さっさと捕まえようか」
「そうですね」
 言うと同時に、冥月と魅月姫が男に向かって駆け出す。
 二人の臨戦態勢に、一瞬驚いたような素振りを見せた男は、すぐに二人に対応する。
 ある程度、戦闘になりそうな予想はしてきたのだろう。偶然、ここで出会ったというわけでは無さそうだ。
「止まってもらえますか」
 男の声が聞こえる。
 止まってもらえますか、と言われても、止まるつもりはサラサラない。
 冥月も魅月姫も男への突進を止めなかった……のだが。
 突然、両足に違和感を覚えた冥月はその場で倒れてしまった。
「な、なんだ!?」
「危ない!」
 すぐに立ち上がろうとした冥月だが、やはり足が動かない。
 その冥月に男は攻撃に移ろうとしている。背後から浮遊型の式神を発現させ、それを真っ直ぐ突進させて来る。
 式神を操って戦闘させる、と言うより体当たりさせてダメージを与える、と言うスタンスなのだろう。
 猛スピードで迫り来る式神は、しかし冥月を捉える事はなく、代わりに地面を深く抉った。
「大丈夫ですか?」
「ああ、怪我はないが……足が動かん」
 冥月を抱えて敵の射線上から離れた魅月姫。
 すぐに冥月の足が動かない原因を看破し、それを取り除く。
「幻術に近いものですね。眼を合わせた相手に軽い暗示をかけているんでしょう」
「お前はなんともないのか?」
「私は魔女ですから、術を防ぐくらいなんとも無いですよ。それより、相手の眼を見ないように気をつけてください」
「ああ、やるだけやってみるさ」
 術に対してほとんど無防備な冥月。相手が術を使ってくるとなると劣勢かと思ったが、無防備は無防備なりに生きているのだ。対策は幾つか思いつく。
「眼を見なければ良いんだな?」
「恐らく」
「よし、それなら……」
 冥月は手早く影を操り、相手の瞼から落ちる影によって相手の目をふさぐ。
 これで相手の視界を塞ぐと同時に、術にかからなくなった。
 視界を塞がれた敵は、周りに式神を多く出現させる。守りを固めたのだろう。
 その程度の防御手段ならすぐに切り崩してやろう、と思ったのだが、現れた式神の数は半端じゃなく多かった。
 これでは全ての式神を始末するのは骨が折れそうだ。
「待ってくれませんか。俺は別に戦いに来たわけじゃありません」
 式神の壁の奥から男の声が聞こえてきた。
 式神出現もピタリと止み、俄かに静寂が降りた。
 冥月と魅月姫の二人が動きを止め、様子見の体勢になったと見た男は、一息ついて言葉を繋ぐ。
「俺は三嶋 小太郎くんに用があってここまで来ました、北条と言います」
「北条……お前が?」
 北条と名乗った男。どうやら小太郎に用があるという。
 とは言ってもこの男が本当に北条ならば、今のところ犯人有力候補。それに水晶が反応した事もある。
 無理にでもここでとっ捕まえたい所だ。
「さっきもIO2の人に襲われたんですけど、もしかして光る水晶持ってませんか? それ、間違いですから!」
「何を言ってるんだよ。間違いなわけないだろ」
 それには物陰に隠れていた武彦が反論した。
 いくら作りが粗雑と言っても、IO2がエージェントに配布した『犯人の手がかり』だ。
 間違いな事はないはず。
「俺に反応するのは間違いないと思うんですが、それは多分、俺の能力を込めた符を使った犯人の罠です!」
「……あ」
 言われて見れば、符にも元能力者の魔力が封じられている。
 という事は、符を使って佐田を殺したとなると、犯人ではない別の人間に反応するはずだ。
 だがそうなると妙だ。IO2はそれにまんまと騙されたんだろうか?
 まだ完全に信用できる相手ではないような気がする。
「草間さん! ちょっと良いか!!」
 と、そこへ空気を読まない小僧の声が聞こえてくる。
「渡された水晶、なんかスゲェ光り始めたんだけどっ!!」
「バカ、小太郎、出てくるんじゃねぇ!!」
 武彦が注意するのも遅く、小太郎は北条の前に姿を晒す。
 北条の方も式神の壁を手早く取っ払い、いつの間にか眼を覆っていた影も解除していた。
 方法はわからないが、能力を解除する手段も持っているらしい。
 すぐに冥月と魅月姫が対応に移るが、それよりも早く、北条と小太郎の目があった。
「小太郎くん、こちらに来てくれないか?」
 北条がそう言う。眼を合わせた、という事は先程冥月にかけたように幻術を使ったのだろうか。
 一瞬、何が起きるかと身構えたが、
「え? イヤだけど」
 やはり空気を読まない小太郎の拒否の声で、一気に緊張が解ける。
 まさか、北条の能力を跳ね返したのか? 小太郎に防術の心得なんてなかったと記憶していたが……。
 北条も自分の能力が跳ね返されたと思ったのか、動きを止めている。
 その隙に取り押さえようと近付こうとしたが、また式神が壁のように立ちはだかった。
「話をしに来ただけって言ってるじゃないですか!」
 幾分苛立ったような北条の声が聞こえる。
「今のは別に俺の能力は使ってませんよ。小太郎くんに話があるだけなんです!」
 弁解の声はどうやら冥月と魅月姫がケンカ上等体勢を崩さないから苛立っているらしい。
「断られたなら……まぁ、また別の機会にするよ」
「あ? 誰だよ、アンタ?」
「俺は北条。覚えておいてくれ。また近い内に会いに来るから」
 そう言った北条は警戒のためか、しばらく式神をそのままにして姿を消した。
 二人は一応式神を片付けて後を追おうとしたが、どうやら何か能力でも使ったのか影すら捕まえる事はできなかった。
「……逃げられたか」
「しかし、アイツの影の形は記憶した。近くに現れればすぐに確認できる」
「私の方も魔力の特徴は掴みました」
「ならまぁ……いいか」
「なぁ、なんなんだよ?」
 一人だけ取り残された小太郎をそのまま放置し、一行はとりあえず向こうのチームに合流する事にした。

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「よぉ、大丈夫か?」
 シュライン、あやこ、ユリの元に武彦たちが合流する。
「こっちはなんともないわ。でも……恐らく敵のであろう襲撃は受けたけどね」
「詳しい話は後で聞こう。まずは興信所に戻ろうぜ。今日のところはこれで終わりだ」
 自分の肩をトントンと叩きながら、ため息交じりに武彦が言った。
 その言葉に、誰も特に反論しなかった。
 手がかりの水晶にも若干の不安が出来た。このまま捜索はし辛い。

「あ、ユリ」
 武彦たちが連れて来た小太郎。久々にユリと面と向かえた。
 ユリの方も特に逃げる様子は見せず、小太郎に相対す。
「ユリ、あの……ええと……」
 小太郎が何を言っていいやらわからず、頭の中で考えを纏めようとしている間に、ユリは小太郎に向けて微笑む。
 単純な小太郎にとってはそれだけで十分だった。
 また、元通りになると思っていた。

 それからしばらくの間、ユリは姿を現さなかった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / IO2オカルティックサイエンティスト】
【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 黒・冥月様、シナリオに参加してくださり本当にありがとうございます! 『探すと言うより向こうからやってきた感が』ピコかめです。
 結局の所、あまり捜索らしい捜索はしてない気がしますね……。

 能力が幻術に近い北条との小競り合いがありましたが、以前のように完全にしてやられるようなことはありませんでしたね。
 二体一でしたし、数的にもこちらが優勢だったから、と言われればそれまでなんですが……。
 これから『対象を操る能力』を有した敵と対する際に、何かの参考になれば良いですね。
 では、次回もよろしければ是非!