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<東京怪談・PCゲームノベル>


あっぱれ! ハロウィン娘

「仮装だ、仮装、仮装!」
 葛織紫鶴は世話役の耳元で何度も叫んだ。
 世話役、如月竜矢は耳をふさいで、
「そんなに怒鳴らなくても聞こえます。――仮装というとハロウィンの?」
「そうだ、仮装だ!」
「何の仮装なさるんですか」
「それを、皆に決めてもらうんだ!」
「はあ?」
 紫鶴は両手を拳に握り、空中を見ながらきらきらした瞳で言った。
「皆が私用に衣装を持ってきてくれて。私はそれを全部着てみせるんだ! それでご希望の方にはその衣装で剣舞を舞うんだ! 今年はこれに決めた!」
「……はあ」
「そうだノワール殿にも紫音殿にも手伝っていただこう! どうだろう!」
「それはいい提案ですが……」
「早速皆に連絡を取ってくれ、竜矢!」
「……分かりました」
 竜矢はぽりぽりと額をかく。
 そんな衣装、持ってきてくれる人はいるだろうか……?

     ☆ ☆ ☆   ☆ ☆ ☆   ☆ ☆ ☆

 まず最初に、竜矢からの連絡に快く承諾したのは榊船亜真知[さかきぶね・あまち]だった。
 話を聞き、
「なかなか面白そうなお話ですわね」
 とくすりといたずらっぽい笑み。
 さあそうと決まったら衣装選び。何にするか、何にするか。
「紫鶴様は洋装が多いようですし……」
 そもそもハロウィンパーティ。ハロウィンと言えばオーソドックスに『魔女』というのもいいけれど、着ぐるみ系でもいいかもしれない。
「あ、でも……」
 ふと思って唇に指先を当てる。
「『巫女』装束も可愛らしくてお似合いかも知れませんわね」
 現在13歳の紫鶴。あの不思議な赤と白の入り混じった長い髪に、青と緑のオッドアイ……
 明るい印象の『巫女』になってしまうかもしれないが、それはそれでいいかもしれない。
 亜真知はにっこり笑って、衣装の用意を始めた。

 次に仮装衣装の話に反応してくれたのは、黒冥月[ヘイ・ミンユェ]だった。
「……何か間違ってないか?」
 電話の向こうの竜矢にぼそりと言うが、竜矢が「仕方ないんですよ」と苦笑すると、
「まあ……紫鶴が楽しいならそれでいいか……」
 というわけで参加を決めた。
 それから、自分が影の中にしまっている服の中から、紫鶴に合いそうなものを選んでみる。
 もちろん悪戯心もあったのだけれど。

 最後に竜矢の連絡に喜んだのは、柴樹紗枝[しばき・さえ]とその相棒の白虎、轟牙[ごうが]、さらに紗枝と同じサーカス団に所属し、紗枝の親友でもあるミリーシャ・ゾルレグスキーだった。
「仮装ならサーカス団の私たちに任せて……っ!」
 紫鶴のためにホワイトクラウンの移送を改造し、ミリーシャと相談してあれこれ決めた。
 何でも紫鶴の友人も来るということで、その友人のことも下調べしておいた。
「うーん、赤白髪、オッドアイの紫鶴に金髪赤目ちゃんのノワールさんか」
「……黒髪の……お姉さんも……」
「うん、あの人瞳が紫だね」
 そういうところもしっかりチェックして、その日中に2人は衣装を詰め合わせた。


 そしてハロウィンパーティ当日――


「皆! よく来てくれた……!」
 相変わらずの服装の紫鶴が両手を広げて亜真知、冥月、紗枝に轟牙、ミリーシャを迎えた。
 いつものあずまやに行くと、臨時お着替えスペース――というか縦長の箱――が置いてある。
 そしてあずまやには、ロザ・ノワールと紫音・ラルハイネがいた。
 ついでに竜矢もいて、どうやらパーティと言ってもこれだけの人数でやるらしい。
「竜矢、結界の方は?」
「草間さんに頼んで強力な人に結界を強化してもらってます。大丈夫ですよ」
「よしっ!」
 紫鶴が屋敷敷地の結界を気にしたのは、まだ昼間とは言え『魔寄せ』となる剣舞を舞う気まんまんだからだ。特に今日はわざと新月とはずれるように、本来のハロウィンの日より半月早い満月の日にした。
 満月は紫鶴が元気な代わりに、魔寄せ能力が全開になる。
 結界を気にするのは当然だ。

 あずまやのテーブルにはかぼちゃランタンがぽうっと火を灯している。クッキーがある。ひょっとしたらかぼちゃ味だろうか。
 置いてあるお茶は普通の紅茶であるようだ。
「さ、皆。まずはゆっくりして」
 紫鶴はにこにこしながら皆を席へ促す。
 ――本当に機嫌がよさそうである。
「……毎年ハロウィンはこの調子なのか?」
 冥月がひそっと竜矢に訊いてみると、
「いえ。確かに元からこういう行事はお好きですが……今年はお客様がいるからなおさらハイテンションなんですよ」
 竜矢は苦笑した。
 屋敷の敷地内に閉じ込められた少女。敷地は広いとは言え――どこまで走っても1人きり。
 だから紫鶴は普段から、庭園を走り回ることがなかった。あずまやで竜矢と2人、今日はどうしよう明日はどうしようと思考を巡らせている方がまだ孤独を感じない。
 普段は、わら人形を庭にいくつも立たせ、剣を使ってそれを舞うように斬るのも趣味だったが。それさえも竜矢が傍にいる時にしかしない。
 けれど今日は、竜矢がいなくてもよさそうだ。
 亜真知は、パンプキンパイを持ってきていた。
「紅茶の葉も数種持ってきておりますが……まだ紫鶴様のものが残っておりますので、どうぞ先にお茶菓子を」
 出されたパイを食べた女性陣は、舌鼓を打った。
「美味し〜い!」
 紗枝がぱたぱたと手足をばたつかせる。
「ガル……(訳:行儀が悪いぞ、紗枝……)」
「……足りない……」
 大喰らいのミリーシャには足りなかったようだ。
「ええとええと。誰の服から着させてもらおうかな……」
 紫鶴がテーブルに手をつき足だけでぴょんぴょん飛び跳ねながら、頬を紅潮させて客人たちの顔を見回す。
 まったく、と苦笑した冥月が、
「ならまず私から行こうか」
 少しかがんで、自分の影から服を取り出した。
「冥月殿! どんな衣装――」
「大人の女を目指すならこれだ」
 取り出したるは――すけすけのネグリジェ。
 すかさず竜矢がネグリジェを奪い去った。紫鶴がきょとんとする。
 竜矢は冥月をにらんだ。
「あのですね、冥月さん……」
「分かった分かった」
「なあなあ、今の何だ?」
 竜矢に訊いても苦笑いをして背中の後ろに隠し、教えてくれない。
「今の何だった?」
 紫鶴は他の人々にも訊いた。くすくすとふりそでで口元を隠して笑っている亜真知、
「確かに大人の女性ねえ」
 と苦笑したのは紫音。ノワールは無表情。
「ま、負けないわよ……っ!」
 変な対抗心を出しているのは紗枝。拳が震えている。
「ガルル……(訳:お前のとは趣向が違うと思うぞ……)」
「………」
 ミリーシャ、無言。
 冥月は眉をひそめ、
「なら、これでどうだ」
 荷物から取り出したのは、赤い……チャイナドレス。
「これは私が紫鶴と同じ歳の頃にパーティ等で着ていた物だ」
「わあ、本物を見たのは初めてだ!」
 紫鶴が手を叩いて喜んだ。
「着替えてくるか?」
「……自分で着替えられるかな?」
「仕方ないな。あのボックスは大きいから、一緒に入って手伝ってやる」
 冥月は紫鶴にチャイナドレスを着せるために、一緒にお着替えボックスの中に入った。
 中から、「わっ」「にゃっ!」「ちょちょちょ冥月殿っ!」とか慌てた紫鶴の声がする。
「これぐらい平気にならんでどうする。将来男が出来た時に――」
「冥月さん!」
 ボックスの外から、大声で竜矢が遮った。
「分かった分かった」
 本当に分かっているのか分からない冥月の返答。
 やがて、ボックスのカーテンがしゃっと開いた。

 ついでに髪型も冥月が変えたらしい。赤と白の髪は上で結い上げられ、中国式の化粧も軽くそれを引き立て、不思議な形のスカートに紫鶴は少し足をもつれさせながらも楽しそうに笑った。
「わあ……チャイナドレスって着心地いいな」
 ――それはたまたまその服が絹で出来ているからだ、とは冥月は言わなかったが。
 紗枝がぱちぱちと拍手をした。
「似合う! 似合うよ紫鶴!」
「本当か?」
「本当本当!」
 紗枝は突然マジックでどでかい鏡を取り出した。等身大はあるその鏡に、紫鶴は自分の姿を映した。
 そして、赤くなる。
「ちょちょちょちょっと、大人っぽすぎて不釣合いじゃないか?」
「そんなことないない!」
 確かにチャイナドレスは体の線がくっきり出てしまう服ではあるが、紫鶴は13歳にしてはプロポーションがいい。それはつまり、13歳の頃の冥月もスタイルがよかったということなのだが。
「懐かしいな……この服も」
 冥月は唇の端を和らげながらつぶやいた。
 ――パーティで着た服。ただし……そのパーティへは暗殺者として忍び込んだ。
 そんな暗い影を、紫鶴が着ただけで吹き飛ばしてくれた気がする。
「うむ、いい女だぞ。私はもう着れないし、これは記念にあげよう」
「わあ、ありがとう!」
 紫鶴の笑顔に邪気はなかった。
 ちなみにミリーシャがデジカメを持っていて、紫鶴の新たな服装はぱちりと冥月と一緒に写った。

 さて、チャイナドレスのまましばらくあずまやで談笑し、次は亜真知の番になった。
「わたくしはまずこれを持ってまいりました」
 亜真知は楚々とした仕種で、持っていた袋からとんがり帽子とマントを取り出した。
「あれ? それは……」
 紫鶴が何かに気づいたように目をぱちぱちさせる。
 亜真知はにっこり笑った。
「ハロウィンにつきもの、『魔女』服の基本です。他の服と合わせることが可能だと思ったので、あえて中は持ってまいりませんでした」
「ならそのチャイナドレスに合わせてみるか」
 冥月が面白そうに提案する。
 紫鶴は亜真知の持ってきたとんがり帽子とマントを、チャイナドレスに合わせた。
「お〜! 何だか不思議風味な魔女さんだ!」
 紗枝が感心したような声を出す。ミリーシャが、ぱち、ぱち、とまばらな拍手をした。
 ノワールがほんの少し微笑む。紫音は、
「なかなか合うものね。素敵だわ」
 と笑った。
「まーじょ〜だ〜ぞ〜」
 意味不明なことを言う紫鶴。ハロウィンの魔女はそんなこと言ったっけな、と全員首をかしげた。
 その状態でまたデジカメがパチリ。
 亜真知は微笑む。
「それから、こちらですが……」
 と、取り出したのは――普段亜真知が着ているのと似たような『巫女服』。
 さらに、猫耳セット。
 紫鶴はチャイナドレスのまま猫耳をつけて、周りを笑わせた。デジカメぱちり。
「他のサイズもございますので」
 亜真知はにっこりとノワールや紫音、冥月を見る。サーカス団の少女2人を見なかったのは、彼女たちはこういうのは慣れているかもしれないと思ったからなのだが。
 紫音がさっそく手を伸ばし、
「はい、ノワール」
 すぽっとノワールの頭につけた。
「………」
 ノワールは特に嫌がりはしなかったが、ちらちらと鏡の方向を見ている。どうやら自分がどうなっているのかが気になるらしい。
 紗枝は「はいっ!」と鏡をノワールに向けた。ノワールはびくっとしてから、自分が猫耳をつけている様子を見て興味深そうに身を乗り出した。
 デジカメぱちり。
「私もつけようかしら」
 と紫音。すぽっと自分の頭にはめて、
「そちらの方は?」
 と冥月を見る。
「わっ。私が猫耳だと?」
「似合うと思うぞ冥月殿!」
 ……この世で一番悪意がなさそうな紫鶴の笑顔で、冥月KO。
 渋々サイズのあった猫耳を探し、嫌々自分の頭にはめた。
「わあ! よく似合う!」
 紫鶴が思い切り拍手をする。
 紗枝が鏡を向ける。
 似合っている自分が情けなくなる冥月だった。
 もちろん紫音も冥月も、デジカメでぱちり。

 さて、そろそろと亜真知は巫女装束を紫鶴に渡した。
「ぜひこれを着て、舞を舞って欲しいのですけれど」
「これで剣舞? こんな綺麗な服で……。似合うかな」
「大丈夫ですとも。ぜひ」
 巫女装束も着るのがなかなか難しいものである。というわけでお着替えボックスには亜真知も一緒に入った。
 「ひゃっ」「わっ」「ええとええと」「こ、こうか?」
 とボックスの中からまた怪しい紫鶴の声が聞こえたりもしたが。
 やがてボックスのカーテンが引かれた時、そこから巫女装束となった紫鶴が神妙に出てきた。
「ん? 大人しい紫鶴もいいものだな」
 冥月が、竜矢に言ってもってこさせたお酒を飲みながら言った。
 紫鶴の腰まである長い髪は、背中のところでまとめてリボンをかけてある。
 紗枝が鏡を向ける。紫鶴は今までとはがらっと印象の変わった自分が不思議だった。
 デジカメがぱちりと鳴り、
 亜真知が紫鶴の両肩を叩き、
「さ、約束でございますよ」
「あ、うん」
 紫鶴は慌てて両手に精神力で作る剣を手に取った。
 あずまやからよく見える場所で――
 今日は秋晴れ、ほどよく風も吹く。
 巫女装束はさらとゆれ。
 紫鶴の髪もゆらとゆれ。
「服……汚してしまうな……」
 紫鶴は戸惑った後、思い切って地面に片膝をついた。
 うつむく。両手の剣を下向きにクロスさせる。
 剣舞開始の儀式――
 やがて、しゃらんと両手の剣を打ち鳴らして紫鶴は立ち上がった。
 さん 足が庭の土の上をすべる。
 2振りの剣が複雑に、からみあうように踊った。まるで荒れ狂う川を表すように――
 そしてそこで、剣を上下から縦に合わせる。――女神が立った。
 荒れ狂っていた川がおさまった。――すうっと剣が下へと走る。

 キン

 剣が剣を弾いた。またもや激しく剣が動き出す。無限大の形を生み出しながら動く。激しく動く。

 キン

 中央で剣が触れ合う。
 ぴたりと動きが止まった。

 巫女装束が震え、今にも剣によって斬られそうな位置で。剣は器用に、紫鶴の手首の返しだけで動いていた。
 亜真知は微笑んでそれを見ていたが――
 やがて彼女も、そんな紫鶴の舞にあわせるように、すすと紫鶴の前に進み出る――
 扇を使って。亜真知は腰を落としたまま横へすっと扇を這わせた。
 それから静かに腰を上げ、扇をひらひらと蝶のように舞わせながら反対側へと一直線に。
 紫鶴はそれに見とれかけたが、亜真知の動きは彼女の剣舞をも促していた。
 2人で舞を――
 扇は上からひらひらと桜が散るように。
 背中を合わせて、
 剣は上からさわさわと柳を思わせるかのように。
 剣が豪雨を起こせば、扇はさらっとそれをすくいて豪雨を止める。
 剣が洪水を起こせば、扇はさらっとそれを留めて洪水を収める。
 亜真知の金の瞳は、女神のように輝いて美しく扇の動きを飾る。
 やがて――
 亜真知の差し出した扇の上に、紫鶴がそっと両の剣の刃を乗せて……舞の終了。

「綺麗……」
 紗枝がぼんやりとした様子で言った。
「いつ見ても素敵ね、紫鶴の舞は……でも亜真知の舞も素敵だわ」
 紫音がルージュを乗せた唇で微笑む。「ねえノワール?」
「………」
 ノワールが無言だったので、紫音は彼女の代弁をするように――ノワールの猫耳を指でぴこぴこと動かした。
「あははっ! ノワール殿かわいい!」
 戻ってきた紫鶴に言われ、ノワールは少しだけ頬を染めた。
「最後に紫鶴様、こちらをどうぞ」
 亜真知はもう1つ服を用意していた。巫女装束ではない、振袖。
「わあ、和装だ……」
 き、着られるかな。不安そうに言う彼女をまたお着替えボックスに誘い、亜真知は着付けをしてやった。
 再びボックスから出てきた紫鶴。髪型も整え、かんざしも挿し、動きづらい服装でわたわたと出てくる。
 柄は桜色をバックに黄緑の木々、そこに止まる白い鳩。
「ふむ。いい柄だな」
 冥月がうなずいた。
 紫鶴は紗枝が向けてくれた鏡にきゃいきゃいと喜んだ。デジカメぱちり。
「わたくしからは以上です」
 にこっと亜真知の笑顔。「紫鶴様の紅茶がちょうど切れたようですので、わたくしがお持ちした葉を使わせていただいてよろしいですか?」
「あ、ありがとう!」
 紫鶴はにこにこと上機嫌だった。

 亜真知が超一流の腕で美味しい紅茶を出し、パンプキンパイで一息ついたところ。
「さぁ〜て、私たちが今度は紫鶴たちをだいたーんに変身させちゃおっかな」
 紗枝がにいっと笑って親友を見る。ミリーシャは何も言わなかったが、デジカメをひとまずテーブルに置いて箱を取り出した。
「紫鶴と、ノワールさんと、紫音さん全員分ね!」
 ちなみに、と紗枝は立ち上がりくるっと回って見せた。
 魔女風の帽子とマント。黒いロンググローブ。黒いビキニ。黒い膝上のロングブーツ。
 いくら秋と言っても寒いんじゃないかというほど露出度が高い。
「本当はホウキで空を飛びたかったんだけどね〜」
 くるくる回って見せながら紗枝は軽く言う。
 隣で白虎が嘆くように、
「ガル……(訳:紗枝、そのカッコウだと風邪ひくぞ……;)」
 とやはり心配していた。
 そういう轟牙は、黒いレザーの帽子に黒いレザージャケット。サングラスまでかけていて、
「ガル……(訳:周りが暗く過ぎてよく見えん……;)」
 ……サングラスを使うものの宿命である。
 一見バイカーのようでいて……
「どこかの腰振り芸人のようだな……」
 冥月がぼそっと言った。
「ガル……(訳:ほっとけ)」
 轟牙は冥月に向かって牙をむき出しにした。……図星なのだ。
 さてそんな親友たちの会話を黙って聞いていたミリーシャは、紫のポンチョにかぼちゃの被り物、鎌を持っていた。しかもその中は旧ソ連軍のモスグリーン色の制服だ。
 さすがロシア人。軍服が好きである。
「ミリー、お願い」
 紗枝が親友に声をかける。
 ミリーシャが箱から丁寧にたたんであった服を取り出した。
「……これ……紫鶴の……」
 とまず紫鶴に渡したのはたたんである状態では何だか分からなかった。シルクハットがあるのは分かったが。
「それは紫鶴1人でも着られると思う。着てみて?」
 紗枝が片目をつぶってみせる。
「???」
 紫鶴は疑問符を浮かべながら、渡された衣装を持ってお着替えボックスの中に入った。
 ……沈黙。
 やがて、カーテンがしゃっと開いて、
「さささ、紗枝殿!」
 真っ赤になった紫鶴が出てきた。
 ぱちり。すかさずミリーシャがデジカメ攻撃。
「わわ! 写さないでくれ……!」
「え? いいじゃない。お似合いよ?」
「まあ似会わんことはないな」
 冥月がぽつりと言った。
 紫鶴が着ている服は――
 コウモリ羽が付いた黒い燕尾服。
 やや小ぶりなシルクハット。
 かぼちゃパンツ状のフリル付きアンダーウェア。
 白黒横縞ニーソ。
 厚底のショートブーツ。
 サーカス団員と魔女が重なったような服装だった。
「わ、わ、わ、ここここんな格好してもいいのだろうか」
「いいに決まってるじゃない。さーて、お次はノワールさんね」
 ミリー、との紗枝の呼びかけに、ミリーシャはまた箱からたたまれた何かを取り出す。
 ノワールは少し警戒しながらそれを受け取った。
「ノワールさんもお着替えスタート!」
 ノワールは首をひねりひねりボックスに入っていく。
 ……沈黙。
 やがて、カーテンが静かに開いた。
 きゃー! と紗枝が喜んだ。ミリーシャのデジカメがぱちりと写真を撮る。
「………」
 ノワールは慌てることはしなかった。ただ、心なしか少し紅潮しているようだ。
 白い燕尾服。
 うさ耳&尻尾。
 白のレオタード。
 白いくしゅくしゅブーツ。
 純金の懐中時計。
 ウサギの縫いぐるみを手に持って。
 彼女の金髪と赤い瞳、黒薔薇には意外と似合う色合いだった。
「ノワールはレオタードなんて初めてよ」
 紫音が驚いたような顔で口に手を当てる。「まあ。似合うものね!」
 事前にしっかり下調べをしてある。紗枝たちの見立てに間違いはない。
 ノワールはすすすとうつむいて席まで戻ってくると、席で小さくなった。
 そしてふと紫鶴と目が合い、お互い真っ赤になった。
「そんなに恥ずかしがらなくても!」
 紗枝がばんばんノワールの肩を叩くが、
「ガル……(訳:普通は恥ずかしい)」
 轟牙のつっこみが入った。
「さてさーいご」
 ミリー! と上機嫌の紗枝に呼ばれ、ミリーシャは箱から最後の衣装を出した。
 紫音に手渡す。
「私はどうなっちゃうのかしら」
 大人の余裕でくすくす笑いながら、紫音は受け取るなりボックスへ向かった。
「わー、潔くてかっこいー!」
 紗枝が両手を組み合わせて喜ぶ。
 ……沈黙。
 やがてカーテンがしゃっと開き、
「こんな具合でいいかしら? お嬢さんたち」
 紫音は笑った。
 黒いシルクハット。
 紫の燕尾服。
 紫の蝶ネクタイ。
 黒いコルセット
 黒いハイレグショーツ。
 黒いロングブーツ。
 露出度の高いそれは、紗枝たちサーカス団の本来のサーカス衣装だった。
「わー、似合う似合う!」
 紗枝がまた喜んだ。冥月が苦笑した。紫鶴とノワールは赤くなり、亜真知は困った顔をしながら袖口で口元を隠す。ミリーシャはデジカメでぱしゃり。
 そんな、微妙に色っぽい3人娘が集まったところで。
「……お前、席はずした方がいいんじゃないか」
 冥月は後ろを向いた。そこに竜矢が立っている。
「いかがわしいぞ」
「……俺のせいですか……」
 竜矢はがっくり肩を落とす。しかし「これは責任だ」とそこから動かなかった。別に下心などない。満月だから警戒しているだけだ。
 冥月は巨大かぼちゃの被り物を出した。
「そっちの娘がやっているように、これは西洋のハロウィン時にかぶるもので……」
 紫鶴にかぶせようと思ったが、紫鶴はシルクハットをしていたので、しばらく考えた冥月はおもむろに立ち上がり、竜矢の頭にすぽっとはめた。
「………! ちょっ……!」
「似合うぞ、竜矢」
 ぱしゃりとデジカメの音。
「こんなものまで写さないでください!」
 竜矢は嘆いた。
 笑った冥月は――ふと思い出し、
「そうだ。こんなものもあったな」
 と自らの影の中からぽんっと三着の服を取り出した。
 それは、9月いっぱいまで放送されていた特撮美少女ヒロイン物の衣装だった。
「あ、それ知ってる! 『大地に代わっておしおきよ!』っていうのが変身台詞で、地球を汚すやつらは許さない! って3人の女の子が戦って、戦闘が終わると『また1つ……地球が綺麗になったわ』っていうのが決め台詞なの」
 紗枝が興奮する。
 紫鶴が「そんなのあったのか?」と目をきらきらさせた。
「子供向けなのによく知ってるな」
「だってその衣装好きだったんだもの。そのミニスカート。ひらひらフリル。かわいー」
「いかがわしいって評判だったんだがな」
 この番組は妨害を受けていた。冥月はその護衛に入っていた時期があり、その礼にと無理やり押し付けられた報酬なのだ。
「その3人娘とやらが、剣弓杖で戦う3人だったんだ。リーダーの剣役は紫鶴にぴったりだろう。残りの弓と杖もノワールと紫音で着て……3人でやってみろ」
 ノワールと紫音が顔を見合わせた。
 ……まあどっちがどっちをやるかは、それほど困ることでもない。
 面倒なので3人まとめてボックスに入り、一斉に着替えた。これで裸の付き合いだ。……少し違うか。
 そしてカーテンが開かれ、現れたのは、
 上下フリフリロリータ系の服。白地の上に剣の紫鶴は赤のリボンやらスカートやら、弓の紫音には緑のリボンやらスカートやら、杖のノワールは黄色の……右に同じ。
 冥月は「よく似合うぞ」と笑った。ミリーシャのデジカメがぱちり。
 紫音もノワールも、先ほどのサーカス衣装よりはマシだと判断したのか、なにやら安心したような顔だった。すでに感覚がズレてしまっている。
「さあ紫鶴、その剣で剣舞だ」
「え!?」
 紫鶴は慌てふためいた。
「無理じゃなかろう。何も2本剣でなければ剣舞は舞えないわけじゃないだろう?」
「そ、そうだ、けど」
 こんなフリフリの格好で舞うのは初めてだ。紫鶴は一本剣の時に行う剣舞の始まりの儀式……目を閉じて、剣の柄を胸の高さにし、刃を下に向ける。
 そして舞い始めた。
 なぜか服装が影響するのか、くるくると回転するような舞になった。
 風を起こす。剣が空を切る。音がした。斬るものなど何もないのに。
 紫鶴は手首の返しをしなやかに、1本の剣を生きているかのようにしならせる。
 そして急に、敵が立ちはだかったかのように斜め切り。斬った後の構え。すぐに背後へと足を踏み込み斬り上げる動作。斬った後の構え。
「あれは割りと雰囲気にのまれやすいな」
 冥月は竜矢に言った。
 パンプキンを頭からはずした竜矢は、
「赤子に似たような人ですから。影響されやすいですよ」
「……そうだな」
 剣舞はまだ続いている――

 戦隊ショーも終わり、亜真知が感想を笑顔で言いながらお茶を淹れ直す。
「写真、プリントアウトしたら送るからね!」
 紗枝がぐっと親指を立てた。ミリーシャがデジカメを手にゆっくりうなずいた。
「あはは、楽しかった!」
 紫鶴の、少しだけ汗がにじんだ体を、秋風がなでていく。
「いい子だ、紫鶴」
 冥月は紫鶴の髪を撫でた。
「ノワールも、いい子だ」
 ノワールが口元に持っていこうとしていたティーカップを持つ手を止めて、口をつぐむ。
「『ありがとう』でしょ? ノワール」
 ノワールは口に出来なかった代わりに、こくんとうなずいた。
「ノワール殿〜〜〜」
 紫鶴がノワールに抱きついた。
 意味があったわけではないだろう。しいて言えば……愛おしかったのか。
「プリントアウトしたもの、わたくしにもくださいね」
 亜真知がミリーシャに言った。
 紗枝が、ミリーシャの代わりにぐっと親指を立てた。
「ガル……(訳:俺のは入れるなよ……)」
「え、なんで?」
 こうして夜が更けるまで、少人数のパーティは続いていく……

     ☆ ☆ ☆   ☆ ☆ ☆   ☆ ☆ ☆

「本当にありがとう」
 紫鶴は来てくれた人々全員に、深く頭を下げていた。
「こんなに楽しかったハロウィンは初めてだ。……ありがとう」
「わたくしもですわ、紫鶴様」
 亜真知が紫鶴の手を取る。「どの衣装もよくお似合いで……」
「私たちも楽しかったよ、紫鶴!」
 紗枝がにこっと笑った。「ね、ミリー」
 ミリーシャは表情が出なかったが、ぺこっと頭を下げた。
「ガル……(訳:俺には訊かないのか)」
「あれ、訊いてほしかった? その服がかっこいいと思うかどうかって」
「………」
「私もそこそこ楽しめたぞ」
 冥月もそれなりに満足そうだった。暗い思い出のあるチャイナドレスも、紫鶴の元にあれば明るく光輝くだろう。
「私たちもね、ノワール」
 紫音が傍らのノワールを見る。
「………」
 ノワールは視線を揺らした後、少し前に出で紫鶴の手を取った。
「……また」
「え?」
「行事があるなら……呼んで」
 紫鶴は目を丸くし――そして破顔した。
「もちろん!」

 月は明るく特別ハロウィンパーティを祝福する。
 紫鶴は、今日特別に呼んだ結界師の人々にも丁寧にお礼を言い、かぼちゃクッキーのおみやげを渡した。

 後日。
 紗枝の名前で、ハロウィンの着せ替え写真が送られてきた。
 それを時折誇らしく、時折恥ずかしく見た紫鶴は、それでも満足していた。
「……永遠に残る……思い出……」
 竜矢が買ってきてくれた小さなアルバムに挟み込み、パタンとアルバムを閉じる――
 思い出がつまったアルバムは、ずっと大切に彼女の胸に。
 これからも。何歳になろうとも……。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1593/榊船・亜真知/女/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【6788/柴樹・紗枝/女/17歳/猛獣使い&奇術師?】
【6811/白虎・轟牙/男/7歳/猛獣使いのパートナー】
【6814/ミリーシャ・ゾルレグスキー/女/17歳/サーカスの団員/元特殊工作員】

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■         ライター通信          ■
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柴樹紗枝様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
シーズンノベルにご参加いただき、ありがとうございました。
またすごい衣装になっちゃった!みたいな感じですw実際に絵にしてみたらどうなるかなと。

このノベルは向日葵絵師とのコラボレーションです。
向日葵絵師の個室にて、異界ピンやPC&NPCピンにできますのでよろしければそちらもご利用くださいね。
それでは、またお会いできますよう……