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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『それぞれの音を探しに』



◆01

『琥姫姉ちゃん、ライブしようよ!』
 それが、矢鏡・小太郎(やきょう・こたろう)が神楽・琥姫(かぐら・こひめ)に送れる精一杯のメールだった。
 ここ最近、琥姫の元気がないことには気がついていた。以前より笑顔でいることが少なくなったし、バイト先ではよくため息をついているという。何より、新作の服を仕上げたという話を全然聞かないのだ。
 原因はたぶんわかっている。実家で何かあったに違いない。琥姫の様子は、この間の帰郷を境にガラリと変わってしまったのだから。
 しかし、小太郎はそのことについて直接は聞けずにいた。幼馴染みとはいえ、神楽の家のことについて小太郎はまったく知らなかったし、琥姫は名字で呼ばれるのを嫌がるほど実家の話題を避けていたからだ。
 何があったのかわからないのに無責任に「元気出してよ」とは言えない。励ましているつもりで傷つけてしまうかもしれないから。しかし、小太郎は何とかして琥姫の笑顔を取り戻したい。そう考え抜いた末のライブの誘いだった。
「琥姫姉ちゃん、オーケーしてくれるといいな……」
 じりじりとメールの返事を待つことしか、小太郎には出来なかった。

「ふふ、こたろーちゃんったら」
 小太郎から届いたメールを見て、琥姫の顔には久しぶりの笑顔が浮かんでいた。
 小太郎が誘ってくれたのは、前にも同じことをした河川敷ライブのことだろう。雑草をむしって即席のステージを作って、動物たちを前に歌ったり踊ったりしたのはとても楽しかった。琥姫と小太郎にとっては大切な思い出だ。
 たぶん小太郎は、琥姫に何かがあったことを知っている。
 先日の帰郷以来どうしても吹っ切ることが出来ない琥姫の様子に、あの優しい幼馴染みが気がつかないわけがないのだ。しかし、彼は琥姫の心に直接土足で踏み込んでくるような真似はしない。ライブの誘いは彼なりのきっかけ作りなのだろう。
 そんな小太郎の心遣いが今の琥姫には何より嬉しかった。
 小太郎の優しさに応えたい。その思いが、琥姫にメールの返事を自然に打たせていた。
『やろうやろう! 衣装は私がコーディネートするから、期待してね!』



◆02

 河川敷ライブは大成功だった。
「みんな、ありがとうねー!」
 歌を担当した琥姫が集まった動物たちにヒラヒラと手を振る。ハーモニカでその伴奏とつとめた小太郎は、まだ楽器を口から話さず音階を上がったり下がったりして、ライブ終了後の余韻を盛り上げていた。そんな二人に、動物たちは人のように拍手は出来なくても、耳をひくつかせたり尻尾をぱたつかせたりして賞賛の意を表してくれる。
「うわっとと……」
 そんな熱狂さめやらぬ中、一匹の猫が小太郎の腕の中に飛び込んできた。一応ステージと客席の間には石を並べて区別していたが、猫にとってはそんなものは無意味なのだろう。あるいは、わかっていても飛び越えずにはいられないほど小太郎たちの音楽に感激したのか。
「あはは、こたろーちゃん、相変わらずモッテモテだね」
 小太郎に頭をすり寄せる猫を見て琥姫が笑った。
「へへー、いいだろう、琥姫姉ちゃん」
 猫の頭をなでながら小太郎が答える。
 そんなやり取りを羨ましく思ったのか、他の観客の犬猫たちもステージとの境界を踏み越えて二人の周りに集まってきた。しばらく彼らを抱き上げたりなでたり、あるいはリクエストに応えるように鳴き声に合わせて歌ったりする。
 けれど、楽しい時間には必ず終わりが来る。
 橙色の太陽が山の端にもうすぐ隠れてしまおうとしていた。空の大部分は群青に染まっていて、気温も急に下がってきたような気がする。
「ほら、お前たちそろそろ帰りな。またライブする時には必ず呼ぶからさ」
 そういいながら小太郎は動物たちを散らしていく。散らすと言ってもそこに追い立てるような乱暴さはなく、あくまで彼らの自主性に訴えているのが小太郎らしい。一匹、二匹と動物たちは去っていき、やがて河原には小太郎と琥姫の二人だけが残された。
「琥姫姉ちゃん……?」
 琥姫はぼうっと夕焼けを見つめていた。その瞳にライブで見せたような快活さはなく、どこか寂しそうで――
「綺麗な夕焼けだね」
 そう呟いて琥姫は微笑んだ。光のない瞳のまま。
 そんな琥姫を見ていられなくて、小太郎はうつむいてしまう。落ちた視線の先には、琥姫がコーディネートしてくれたネクタイがあった。市販のものとは思えない柄のそのネクタイには、ぽつんと足跡が付いていた。おそらくはじめに飛びついてきた猫の仕業だろう。
「姉ちゃん、ごめん。これ、汚しちゃった」
 その足跡を見せるようにネクタイを外そうとする。と、琥姫が小太郎の手を止めさせた。
「大丈夫、洗えば落ちるから。それともそのままの方がいいかな? 猫のあしあとのワンポイントなんて、すごくこたろーちゃんっぽいし」
 そういって小首を傾げて服飾のことを考えている琥姫は以前と変わらないように見えるのに、どうしてかどこかにいなくなってしまいそうな儚さを秘めているのだ。
 だから、小太郎は琥姫をここに留めようと努力する。
「じゃ、第2ステージだね」
 そういって小太郎は花火セットを取り出した。
「季節外れだけど今年の夏は僕、あんまり花火出来なかったからさ。よかったら一緒にやろうよ」
「すごい、嬉しい! 私も今年は花火やってなかったんだ」
 両手を合わせて琥姫がはしゃぎ出す。その様子を見て小太郎はそっと安堵の息を吐いた。



◆03

 花火遊びといっても、二人きりだから騒いだりはしなかった。
 種火を挟んで、向かい合ってしゃがむ。そして、時折お互いの火を移し合うくらいで、二人は無言のままパチパチとはぜる火花を見つめていた。
 小太郎は赤い火に照らされる琥姫の顔をそっとうかがい見る。夕焼けを見つめていた時のような儚さは今の琥姫にはない。けれど、いつものようにまぶしいほどに明るい琥姫でも決してない。彼女は、ただ静かに微笑んで花火を眺めている。その表情はどこか大人びていて、幼馴染みの小太郎でさえも知らないものだった。
 何とか元気づけようと、琥姫をここに誘い出した。しかし、いざこうして向かい合ってみると、どんな言葉をかけたらいいのかわからない。そんなジレンマを抱えたまま、小太郎は琥姫と花火を交互に見続けていた。
 そんな小太郎の様子に気付いて、琥姫はクスリと笑う。そして、新しい花火を手に取り、火薬が燃えだしたのを確かめて口を開いた。
「こたろーちゃん、ハーモニカ上手になったね」
 琥姫が口にしたのは、小太郎のハーモニカへの賞賛だ。
 誰に習うわけでもなく自己流で楽器を覚えた小太郎だったが、以前のライブの時よりも今日は確実に上達していた。そのことをすごいと琥姫は褒める。
「こたろーちゃんは頑張りやさんだもんね」
「……そんなことないよ」
 琥姫の真意が見えなくて、小太郎は月並みな謙遜しか言うことが出来ない。そんな小太郎を上目遣いに見てから琥姫は視線を花火へと戻した。
「それに、こたろーちゃんの音楽は、とても優しい。……羨ましいな」
 ポツリと落とされた羨望の言葉は、耳を澄ましていないと気付かないほど小さかったのになぜかしっかりと小太郎の胸に突き刺さる。どうしていきなりそんなことを、という疑問よりも先に小太郎の口をついてでたのは、琥姫を擁護する言葉だった。
「そんなの、琥姫姉ちゃんだって同じだよ。琥姫姉ちゃんの歌、僕大好きだよ!」
 必死の小太郎にむかって琥姫は静かに首を横に振った。
「ううん、私は駄目なの。駄目だったんだ」
 琥姫は手にした花火を小太郎へと渡した。小太郎はそれを受け取ることしかできない。
「夏に私が実家に帰ったのは知ってるよね?」
 そして、琥姫は語り出す。おそらくは小太郎が一番聞きたがっているであろう話を。
「神楽のお家はね、表は呉服問屋さんだけど裏では退魔のお仕事をしているの。だから、年に一度の集まりって言うのも本当は神事のためのもの。この間私が帰ったのもそのため」
「……」
 琥姫の実家がただの家でないことは小太郎も気付いてはいたが、まさかそんな秘密があったなんて。
「私は本当は次期当主にならなくちゃいけないんだけど、そんな力、私には全然なくって……親戚の人もみんな呆れているの」
 そういって琥姫は髪を結い上げている飾りに手をかけた。
「私が沢山アクセサリーを着けてるのは、趣味もあるけど本当はおしゃれのためじゃなくってこれ、全部封印具なんだ」
 怖かったり気持ち悪かったら言ってね、と小太郎に告げ琥姫は髪飾りを外した。はじめに右のものを、ついで左のものも。封印されていた力の一部が流れ出し、ふわりと風もないのに髪がなびいた。その一瞬後、茶色のはずの琥姫の髪は輝く銀色になっていた。
 その神秘的な光景に、小太郎は目を見張った。
「これが力を使う時の私の本当の姿。神楽の家の人は、代々この力を使って魔を退けてきたの」
 そう言って琥姫は小太郎にむかって笑いかけた。
「やっぱり小太郎ちゃんは優しいね。私のこんな姿を見ても、全然負の感情が流れてこない」
 封印を解いた琥姫の力は人や霊、自然物などあらゆるものの思考を読み取ることが出来る。その力を発現させているのに、小太郎からは嫌悪や拒絶の意志がまったく流れてこないのだ。せいぜいが驚きや戸惑いといったところだろうか。
「当たり前だろ! どんな力があっても、どんな格好をしてても、琥姫姉ちゃんは琥姫姉ちゃんだよ!」
 真摯で誠実な言葉。それが嘘でないことは、力を使うまでもなく琥姫にもわかった。
「ありがとう、こたろーちゃん。……だけどね、神楽の当主になるためには、これだけじゃ駄目なんだ」
 夏に実家であったこと。思い出すだけで胸が抉られるように痛むけれど、これを乗り越えなければきっと琥姫は前に進めない。
「神楽って名前の通り、神事の時には神様に音楽と舞を奉納するんだけどね。それは型だけじゃなくて、気の流れを読まなくちゃいけないから私がする時には封印を解かなくちゃいけなくてね、この間もみんなの前でやってみたんだけど――力を暴走させちゃって、上手くできなかったの」
 だから、また親戚の人達に軽蔑されちゃった。
 そう言って琥姫はうつむいた。
「神楽の家の音楽は、私には難しすぎるよ……」
 琥姫の細い肩が震えている。けれど、涙は零れていなかった。それは悲しくないわけでも、必死でこらえているわけでもなく、心が痛すぎる時には泣くことすら出来ないからだ。小太郎はそんな辛い経験をしたことはなかったけれど、なぜかそうだと確信できた。

 琥姫は今、とても傷ついている。

 ならば――。

 小太郎はギュッと手を握り、それから琥姫の両肩に腕を伸ばした。肩を優しく掴んで琥姫に自分の方を向かせる。
「こたろーちゃん……?」
 突然の小太郎の接近に琥姫は首をかしげた。その目をのぞき込んで小太郎ははっきりと言い切る。
「だったら、琥姫姉ちゃんは琥姫姉ちゃんの音楽を探せばいい」
「え?」
 思いもかけない小太郎の言葉に琥姫は目を丸くする。
「今の神楽の家の音楽じゃなくて琥姫姉ちゃんだけの音楽がきっとあるんだよ」
「でも奉納舞ってね、すごく長いしきたりの中で培われてきたものだから――」
「それでも! 琥姫姉ちゃんだけがそんなに傷つかなくちゃいけないのって絶対におかしいよ」
 だから、琥姫だけの音楽がどこかに。
 そう言う小太郎の瞳は揺るがない。
「琥姫姉ちゃん、僕の音楽を優しいって言ってくれたよね。だけど、僕だって毎日試行錯誤しながら練習してるんだ。正直まだまだだと思う。だから、僕の音楽もこれからきっと変わっていくよ」
 そう、なのかもしれない。この優しくて真っ直ぐな幼馴染みの音は、これからもっと研ぎ澄まされて、けれど優しさは失わないまま変わっていく。
 じゃあ、琥姫は?
 傷ついてうずくまっているのは簡単だ。何もしなくていいのだから。だけど、そうはならないのだと決意して、この東京に戻ってきたのではなかったか。
「あるの、かな……私の音楽が。神楽の家にも認めてもらえて、私が自由に奏でられる音が……」
「きっとある。琥姫姉ちゃんにとっても優しくて、神楽のお家も納得して、神様にも喜んでもらえる音楽が、どこかに絶対あるよ」
「……あるといいな」
 力強い小太郎の言葉にようやく琥姫は微笑みを浮かべた。それを見て、小太郎もようやく安心して微笑み返す。
「絶対ある。だから、一緒に探していこう」
 一緒に。その言葉はとても自然に小太郎の口から滑り出た。
「一緒に……いてくれるの?」
「もちろんだよ。だって僕は琥姫姉ちゃんの――」
 そこで小太郎は初めて言葉に詰まる。琥姫姉ちゃんの、何だろう。
 琥姫は――小さい頃から一緒にいて、本当の姉のように小太郎の世話を焼いてくれて、だけど今は傷ついて震えている。いつの間にか身長は逆転して、肩は小太郎が簡単に掴まえられるくらい細い。守ってあげなくちゃ、と思う。
「――幼馴染みなんだから。絶対に琥姫姉ちゃんは僕が守るよ」
「こたろーちゃん、それじゃ幼馴染みじゃなくて王子様みたい」
 ふふ、と琥姫は笑った。
「似合わない?」
「ううん、そんなことない。格好いいよ」
 だから、一緒にいようね、と。琥姫は肩にかけられた小太郎の手に自分の手をそっと重ねた。
 琥姫の探し物はどこにあるのかまだわからない、本当に存在するのかすら定かじゃないものだけれど、一人じゃないから。こたろーちゃんが一緒にいてくれるから。
 だから大丈夫。きっと見つけることが出来る。
 今度こそそう信じることが出来て、琥姫は心からの笑みを浮かべた。



 <END>



////////// 登場人物一覧 //////////

【6541 / 神楽・琥姫(かぐら・こひめ) / 女性 / 22歳】
【6615 / 矢鏡・小太郎(やきょう・こたろう) / 男性 / 17歳】