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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


初めての学校

「学校?」
「そんなもん知らね」
 彼らは興味なさそうにあっさりとそう言った。
 ピンク色に金の瞳が映える少女、クルール。
 灰色の髪に赤い瞳が鋭いフェレ。
 共に、喫茶「エピオテレス」に住む人物である。
「やっぱりねえ……」
 喫茶店の店長、エピオテレスは頬に手を当てながら腕を組んだ。
「あたしたちがまっとうな人間の生活を踏んでるわけないだろ」
 クルールが素っ気なく言う。
 そう、クルールは天使であり。
 またフェレは、幼少時代から暗殺者として仕込まれてきた過去がある。
「もったいないわ」
 エピオテレスは小さくため息をついた。「もったいない」
「何が」
 フェレがパスタをつつきながら心底不思議そうに言った。
 エピオテレスはそんな2人をじっと見つめていたが――
「そうだわ」
 ぽんと手を打った。
「誰かに頼みましょう。あなたたちに学校生活を味わわせてくれって」
「はあ?」
「場所は……そうね、神聖都学園がいいかしら。後は、協力してくれる人が必要ね」
「いや、そんなのいらねーって」
「いいから行ってらっしゃい。楽しいわよ」
 不満そうな顔の歳下の2人に、エピオテレスはにっこりと笑った。

     *** *** ***

「この国において――」
 と、その少女は話し出した。「学校は現在でも大多数の人間がその少年青年期の時間を多くに過ごす場所である」
 深夜に神聖都学園にやってきたクルール、フェレ、そして黒冥月[ヘイ・ミンユェ]は、突然始まった亜矢坂9・すばる[あやさかないん・―]の話を呆気にとられて聞いていた。
「そういう場所への理解、曰く『まっとうな人間の生活』への理解が深まれば、あなたたちがどんな仕事をしているのであれ、その活動への一助になるのではないかと思われる」
「……何を言っているんだ?」
 冥月が、早速げっそりし始めたクルールとフェレを見ながらすばるに言った。
「すばるの学校理論だ」
 すばるは当然のように言った。
 彼女はエピオテレスに依頼を受けて、特別にやってきた。自身色んな学校を転校しながら学校生活を送っているため、学校には馴染みが深い。
 ……その正体は文武火学省特務機関所属の特命生徒、アンドロイドだったりするが。
 それを言ったら冥月も元暗殺者である。何だかすごい人々に依頼をしたものだ……エピオテレスも。
「同年代の事を知るに良い機会だ」
 すばるは腰に手をあて、胸を張ってクルールとフェレを見た。
「ようこそ学校へ、神聖都学園へ」
「ど……どうも?」
 クルールは引きつりながらもなんとか笑顔を見せた。
 フェレはいつもの通り仏頂面で、何も返事はしない。
「なお、この学校見学は、非公式ではなく公式に通ったことになる。安心するといい」
「あ……そう」
「それこそどうでもいいが」
 冥月は眉間のしわに指先を当てた。
「エピオテレスのやつ……一体何をしろと言うんだか」

 何で私まで、とぶつぶつ言いながら、すばるの言うままに学校見学をする冥月。
「席に座ってみるのも良いと思う」
 ある教室に来て、すばるは3人を促した。
「……変な椅子」
 クルールが正直にぽつりとつぶやく。
「これが大学などなら、また違った椅子になるが」
 すばるは言った。
「んで? この椅子に座ってどうすんだよ」
 フェレが頬杖をつく。
「この机が教卓。教師がここに立つ。そしてこれが黒板。チョークで勉強内容を書いていく」
 すばるがこんこんとチョークで黒板を叩きながら説明する。
 クルールは思い切り伸びをして、欠伸をこらえながら、
「ねえ、冥月ー」
「なんだ」
「冥月もこんなの経験してきたのか?」
「………」
 冥月は椅子に座ったまま、腕組みをして過去を思い出す。
「まあ……私のいた組織はただの殺し屋集団じゃないからな。座学もとことんやらされた」
「へえ」
「ではあなたが教師役をいったんやってみるのも良いのでは」
 すばるがチョークを渡してきた。
 は、とあごを大きく下に下げた冥月に、やれやれーとフェレが適当にはやしたてる。
 そんなフェレを白い目で見やり、
「お前だけ特訓するかな……」
 冥月は重い腰をあげた。
「これはどうだろうか」
 すばるが何かを差し出してくる。
 ……眼鏡。
「何でこんな」
「教師の必須アイテムだ」
「それは偏った認識だろうがっ」
 すばるは無表情で、何を言っても動かないような様子だった。
 冥月は渋々、眼鏡をかけた。
「あ、結構似合うー」
 とクルールに言われ、少し赤面したのは秘密……

「本当にやれんのかよ」
 とフェレが机につっぷした状態に近い姿勢で教卓の方を見る。
 冥月はフェレを冷たい目で見た。
「相対性理論を小学生でも判る様に説明してやろうか、身近な物で爆薬でも作るか?」
「それはすばるにもできる」
 ちゃっかり生徒席にすわったすばるが手を挙げて言う。
 ……何かちょっと負けたような気分になった。こほんと咳払いをして、
「第九を歌うのもいいな。お前の祖国はどこだ。お前の国の言葉でお前の国の歴史を語ってやってもいいぞ」
「だいくってなにさ? 大工さん?」
 クルールが案外真面目にそう言ったので、冥月は噴くところだった。
「祖国……」
 俺日本ー。とフェレが面倒臭そうに言う。
 それは楽だ。冥月はふふんと、
「国産み神話から日本の先史をすべて並べてやろうか?」
「……何か役に立つのかそれ」
「歴史は常に変わる。今も過去の発掘・研究発展途上にて、正しい歴史をすべて並べるのは無理と思われる」
 すばるが冷静につっこんできた。
「………」
 冥月は眉の間にしわを寄せて、何てうるさい生徒たちなんだとぶつぶつ言った。
 聞いていたクルールが困ったように、
「あたし天界だけど?」
 む、と冥月はちょっとたじたじになる。
「天界の歴史ってなんだろうなあ。あんな時間もないような世界に歴史なんてあるかなあ」
 クルールは自分で考え込んでしまった。
 冥月はつい、自分が負けを認めるのを承知で訊いてしまった。
「お前、日本語をどこで習ってきたんだ」
「習う? そうじゃないよ、落ちてきた場所に勝手に適応するんだ、天使の体は」
「ほほう。それは興味深い。それはつまり、もしアメリカに落ちていたら英語を話していたということか」
「そう」
 すばるの問いにあっさりとうなずいて、クルールは冥月を見る。
「……で……」
「ん?」
 冥月はいったんぽかんとして――から、慌てて、
「ああ、そうだったな。教師の真似事真似事……」
 自分は散々勉強してきた。他国に怪しまれず潜伏する為に、その国の言語と歴史を知っておくのは必須だった。世界主要言語は普通に読書き会話可能なのだ。
 そんな日々を思い出してしまっただけに、余計に今が何だか悔しい展開だったので、大学に潜入するために習わされた数学の問いを黒板に書いた。東大・早稲田仕様である。
「さあ、解いてみろ」
 クルールとフェレがぽかんとした。そもそも2人には、問いの意味さえ分からなかっただろう。
 しかしすばるだけは、
「フーリェ近似か」
 ぱっと手を挙げた。
 冥月はぎょっとしてから、すばるを呼んだ。
「……お前大学レベルも出来るのか」
「先生。これは大学の内容ではない、大学入試レベルだ」
 そう言えばそうだったかな、と冥月は自らの失敗を悔やんだ。
 そしてチョークを手に取ったすばるは――
 すらすらすらすら。
「……ん?」
 すばるの回答を見て、冥月は呆気に取られる。
「お前な、内容めちゃくちゃじゃないか」
「答えが一致すればいいかと」
「そんないい加減な話があるか」
 安心してすばるからチョークを取り上げ、正しい解答を黒板に書く。
「これが答えだ。いいなお前たちも――」
 ひょいと見たクルールは席から立ち上がって窓の外を見ており、フェレに至っては眠っていた。
「こら!」
 冥月が投げたチョーク。
 びしっと見事にフェレの頭に命中した。
「痛っ!」
 フェレが飛び起きる。
「うむ」
 すばるがうなずいた。「眠っている生徒にはこうでないと」
「クルールも! 何を見ている!」
 冥月は声を上げる。
「ねー、外にあるあの広い場所なに? 何するためにあんな広い場所とってあるのさ?」
 クルールは窓の外を指差す。
 おそらくグラウンドのことを言っているのだろう。
「あそこは運動場……もしくはグラウンドと言って、主にスポーツをするための場所だが」
 すばるが説明する。
「スポーツ?」
 クルールの目が輝いた。「ヤキュウとか、さっかー、とかか?」
「何だ。あなたはスポーツの経験がないのだな」
 クルールの言葉の微妙なニュアンスを感じ取り、すばるは言う。
「では、スポーツをやるのはどうだろう、先生」
 振り向いてくるすばるに、冥月は迷った。この真夜中にグラウンドでスポーツというのも……
「……体育館じゃだめか」
「良いのではないか。夜中にグラウンドで暴れているとなかなかどうして周囲の住居にうるさく響くものだ」
「まあな」
「学校の十七不思議に含まれるかもしれん」
「……じゅうなな?」
「たくさんありすぎて正式数は分からないのだ」
 すばるの無表情の淡々とした声は、本気か冗談か分からない。
「十七不思議ってなんだ?」
 クルールが妙なところに関心を持ってしまった。「ねえ、十七不思議ってなんだ?」
「学校につきものの……ああもう、説明が面倒くさい――ってフェレ、また寝るんじゃない!」
 ごつっとフェレの頭に肘鉄を落とした。
「〜〜〜〜〜〜っ!!!」
 フェレは頭を押さえて跳ね起きた。
 すばるがそんなフェレの腕を引っ張って席から立ち上がらせる。
「何だよ。今度は何だ?」
「体育館に行くのだ」
「体育館? 何しに」
「スポーツをやりに」
 すぽぉつぅ? と面倒くさそうな声をあげるフェレの首根っこをむんずとつかんで、彼を引きずりながら冥月は歩き出した。
「すばる。体育館まで案内してくれ」
「承知」
 すばるは先頭を歩き出す。
 クルールが嬉しそうに跳ねた。

 体育館に到着。
 すばるが自分の持っている器具でライトをつけてくれる。
「4人でできるスポーツ……」
 冥月はぐるっと体育館を見渡し、ふとバスケットゴールに目を留めて、
「バスケだな、やはり」
「ばすけっとぼーる?」
 クルールが冥月の話をよく聞こうと真剣に近寄ってくる。珍しい反応なので、冥月は微笑ましくなった。
 すばるは上に上がっているバスケットゴールを下げに行く。
 冥月は影からぽんとバスケットボールを取り出した。――体育館倉庫は鍵がかかっているし、壊すのも面倒だったのだ。
 不機嫌そうなフェレとクルールを見比べ、
「お前たち、バスケの経験は?」
「俺はあるよ」
 フェレは仏頂面で答える。
「あたしはない……TVで観るくらいだ」
「分かった」
 すばるがとことこと戻ってきて、
「ではホログラム映像を一度お見せしよう」
 と突然体育館の壁にバスケをしている選手たちの映像を映し出した。
「いいか、バスケというのは基本的に単純だ。ボールをこうやって床につく……ドリブルと言うんだが、それと仲間内でのパスを駆使して、相手にボールを取られないようにして――」
「ゴールに入れるんだね!」
 クルールはやる気まんまんだ。
 冥月はにっと笑って、
「それじゃあクルールとフェレで1チーム、私とすばるで1チーム、2対2の対戦だ」
「はあ? ど素人のクルールと一緒にやれってのか?」
 フェレが難色を示す。
 クルールが顔を真っ赤にしてフェレにつかみかかった。
「あたしじゃ不満だっての!?」
「不満だよ!」
「ほー。ならフェレ、私とチームを組むか?」
 冥月は片眉を上げる。
 フェレはむかっとした様子で、
「冗談! むしろあんたを負かしたいっつの!」
「すばると組むか?」
「………」
 じーっと見つめてくるすばるを見たフェレは、
「……得体が知れねえ……」
 恐れを感じて、結局クルールと同じチームで合意した。
「ほら、先制はお前たちだ」
 ボールをフェレに投げやると、フェレはその場で軽くドリブルを始めた。不機嫌そうだった。
 冥月はクルールの肩を抱き寄せ、その耳元で囁いた。
「フェレは猪突猛進で協力して戦う性格じゃないだろう。それは奴の為にならない。このバスケで“お前と”力を合せる大切さを学ばせてやれ」
「あのフェレだよ、難しいよ」
「心配するな、嫌でもお前の手を借りることになる」
 冥月は唇の端をあげた。
「助け合う、これも学校教育の一環だ」

 ピー!
 ――すばるがいつの間にか首にかけていた笛で、試合の始まりを指示した。
「すばる! すまないが私に任せてくれ」
「了解した、先生」
 フェレが猛然とゴールに向かって、思った通り1人でドリブル一直線。
 足は速い。それは冥月もよく知っていた。
 だが、足の速さなら冥月も負けていない。
 クルールは参加しあぐねていたが、すばるが「とりあえず同チームの者を追うのがいいと思う」とアドバイスした。
 もちろん離れているのも作戦の内にはなるが、今のフェレとクルールの間では、そんな作戦は成り立たない。
 フェレがゴール下まできて、にやっと笑った。高く跳びあがり、
「スラム、ダーン――」
 ク、と言う前にボールは弾かれていた。
 冥月とフェレは長い間空中にいた。
 呆然とするフェレに、冥月はあははと笑って挑発した。
 弾かれたボールは素早くフェレの後ろに回った冥月の手へ。
 そして冥月は反対のゴールへ一直線――
 軽く、ダンクでゴールを決めた。
「くっそ……」
 フェレは顔を真っ赤にした。
 クルールがゴール下からのパスをする。フェレはもう1度ゴールへ一直線。ダンクに限らず色んな方法でゴールを決めようとしたが、すべて冥月に阻まれ、逆に3Pを決められたりして屈辱を受けた。
 そんなことをしばらく繰り返した後――
 ぼーっと突っ立っていたすばるが、
「そろそろではないだろうか」
 とクルールに言った。
「え?」
 情けない顔をしていたクルールは、次の瞬間今までと違う様子を目にした。
 今までフェレがゴールを決めようとするまで追うことに徹していた冥月が――
 フェレの足を止めた。ディフェンスに入ったのだ。
 青年はドリブルをやめていなかった。そのままひょっとしたら、冥月のディフェンスをぬけることができたかもしれないが――
 冥月はするんと腕を差し込み、ぽんとボールを上へ弾く。
 フェレはそれを慌てて手に取った。
 クルールは走っていた。フェレの傍に、フェレの傍に――
 そして毎日顔を突き合わせているピンク色の髪の少女の姿を目にした時、
 フェレは反射的にクルールにパスをしていた。
 クルールは慣れない手でドリブルをする。冥月は今度はクルールにつこうとする。
「――クルール、パス!」
 フェレの言葉に顔を上げて、クルールは冥月の圧力にも負けず、フェレにボールをパスした。
 冥月がクルールの方を見ていたのをいいことに、フェレは今度こそシュートする。
 ぱさ……っ
 綺麗に弧を描いて、シュートは決まった。
「入った!」
 クルールは無邪気に喜んだ。いつものスレた彼女とは別人のようだ。
 冥月は腰に手を当てて、ふふんと笑む。
 フェレは口をへの字に曲げて歩いてきたが、
「……クルール」
「何だよ?」
「お前ドリブル下手」
 フェレはふんと横を向いた。
「……それじゃうかつにパスもできねえ。これからたくさんパス回すから、実践で練習しろ」
「―――」
「……パスの仕方は、うまかった」
 そして彼はすばるが投げようとするゴール下のボールのディフェンスに回る。
 クルールは声を立てて笑った。
「笑ってんな!」
「ごめ……ごめん……!」
 クルールの笑いに冥月の笑い声が重なり、体育館は明るい雰囲気に包まれた。

 そこからは今度こそ2対2の勝負。
 冥月はすばるにパスしてみたが、すばるはドリブルを1回もせず、すぐに冥月に戻してしまう。
 しかし彼女のそんな動きさえも冥月は利用した。
 クルールのドリブルもすぐにうまくなった。もとより運動神経がいいのだ。
 ただ、ゴールはまだうまく決められないようだったので、シュートはもっぱらフェレ頼み。
「こらこら、自分から挑戦しないとうまくいかないぞ」
 冥月は笑いながらフェレのシュートをブロックし、反対に自分のゴールへと。
 悔しくなったクルールは、思い切って冥月のシュートとともに跳びあがり、ボールを弾いた。
「よっしゃ!」
 落ちたボールをフェレが奪い、また走る。
「クルール。お前意外と跳躍力があるな。フェレ以上じゃないか」
 冥月が感心したように言うと、
「……身軽が身上だからね」
 クルールは照れたように、そっぽを向いた。
「スラムダーンク!」
 フェレの大声が聞こえた。「どうだ、見たか!?」
「あ」
「見てなかった」
「てめえらーーー!」
 こうして楽しいバスケは続いていく……

「さて、最後にだが」
 バスケで一汗かいた後、すばるがおもむろに言い出した。
「すでにお2方は学校見学をする体力もなさそうに見受けられる」
 異論はなかった。冥月は平気な顔をしていたが、冥月に遊ばれた分、フェレとクルールはそれなりに疲労したのだ。
「というわけですばるのホロ映像で」
 適当な教室をひとつ見繕い、そこですばるはごそごそやり始めた。
「ここはひとつ映像にて、ダイジェスト学校生活を見学していただこうと思う」
 ぱっと明るく黒板に映った映像――
 普段の生徒たち、教師たちの様子。授業の様子。
 お昼の時間の購買部の様子。
 グラウンドで体育の授業をやっている様子。
 色んな場所で部活動をやっている様子。
 などなど。
「なお、一部省略させてもらった」
「……どこをだ?」
 冥月が首をかしげる。一通りあった気がするが……
「先生の長い訓辞」
「……ああなるほど」
 かくんと冥月は首を前に倒した。
 日本の学校に潜入する時は、あれに悩まされたものだ……
 スポーツで目が冴えたフェレとクルールも、今度はちゃんと見ていた。
「変なの」
 それが彼らの感想だったが……。

 どちらにしろ、彼らは集団生活には向いてないだろう。冥月はそう思う。
 いや――
 最初から集団の中で生きていれば、もっと違ったのかもしれないが。

「かように、あなた方と同年代の人々は過ごしているのである」
 すばるは言った。
 クルールが沈黙する。彼女は17歳だったか。
 フェレが「あー……」と天井を見やって嘆息する。彼は20歳だったか。
 どの道、すばるも冥月もまともな学校生活は送っていない。
 今回依頼する相手を決めたエピオテレスは、なかなかいい目を持っていたのかもしれない。

 朝の4時になって、別れの時間。
「……ありがとう」
 クルールとフェレは、すばると冥月に向かって小さな声でそう言った。
「なに。学校生活に関心を持ってもらえるならすばるは嬉しい」
「ま、お前たちも少しはこういうのに触れてみると、たまにはいいだろうな」
 冥月は腰に手を当て、「興味を持ったら編入もできるぞ。考えてみるといい。確かここは寮もあったはずだ」
「……喫茶店の仕事があるし」
「フェレはただの居候だろう」
「ほっとけよ」
「編入も良い。すばるは待っているぞ」
 無表情なすばるが――
 ほんの少し、笑った。

     *** *** ***

「どうだった? 2人共」
 朝早く喫茶店に戻ってきたクルールとフェレを、エピオテレスは笑顔で出迎えた。
「………」
 2人は無言だった。店の中に入り、こんな朝早くになぜかエピオテレスの兄ケニーまで起きているのを見ると、2人でケニーのところに行き、
「……なあケニー」
「なんだ」
「あたしら、この店にいると邪魔?」
 エピオテレスが青くなる。
「2人共! 私はそんなつもりで――」
「阿呆共が」
 煙草の煙を吐いて、ケニーは2人の居候の頭を叩いた。
「邪魔ならとっくの昔に捨てている」
 2人は痛そうにしながらも……笑った。
「下らんことを言っているくらいなら、早く寝て仕事に備えろ」
「はい、副店長」
 クルールが明るく返事をする。
 フェレが、「あー俺は昼過ぎまで寝てよ」と伸びをすると、
「お前には退魔の仕事が入ってる。9時に起きろ」
「げっ。マジ!?」
「お〜いってこいフェレ〜」
「ごめんねクルール、あなたもなの……」
「なぬ!」
「うははは巻き添えだぜ!」
 ……エピオテレスとケニーはひそかに目を見交わす。
 何やらクルールとフェレの仲が良くなっているような気も。
「……いい経験だったのね、きっと」
 エピオテレスがそっとつぶやいた。
 依頼した2人の顔を思い浮かべ、ありがとうと囁いた。
 この思い出はきっと消えない――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2748/亜矢坂9・すばる/女/1歳/日本国文武火学省特務機関特命生徒】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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亜矢坂9・すばる様
大変お久しぶりです。笠城夢斗です。
このたびは依頼にご参加くださり、ありがとうございました。
納品が遅れまして申し訳ございません。
スポーツをやるにあたってすばるさんが一騒動起こすかどうかで悩みましたが、結局この形で落ち着きました。いかがでしたでしょうか。
よろしければまたお会いできますよう……