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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆朱夏流転・肆 〜夏至〜◆


「……長、メイド長!」
 自分を呼ぶ声に、篠原美沙姫はハッと意識を戻した。
 いつの間に思いに耽っていたのだろう、すぐ傍には自分の部下であるメイドたちが立っていた。
「ああ、ごめんなさい。何か問題でもありましたか?」
 そう言って用件を促すものの、メイドたちは何を言うでもない。どうしたのだろうと内心首を傾げる美沙姫。
 そしてそのメイドたちの内の1人――中でも古株のメイドが、苦笑しながら口を開いた。
「いえ、特に問題はありません。しいて言うなら――メイド長のご様子が問題だと思いますが」
「え?」
 予想外の言葉を言われて戸惑う美沙姫に、メイドたちが代わる代わる言葉を重ねる。
「最近はことあるごとに溜息をついていらっしゃいますし」
「物思いに耽って上の空、ということも日常茶飯事」
「色々と気にかかることがおありの様子」
「そこで私達、考えたのです。…ですから、メイド長」
 そして、声を揃えて。
「どうぞ、気晴らしに散歩にでも行ってらしてください」
 極上というほかない笑みで、そう言った。
 そうして、あれよあれよという間に、美沙姫は半ば追い出されるように外へと出されてしまったのだった。

  ◆

(コウ様…お元気でいらっしゃるでしょうか……)
 屋敷を出てなお、美沙姫は考え事をしながら歩いていた。
 考えるのは、赤い髪と金の瞳を持つ、決意と悲しみを纏う男性――コウのことだった。
 彼に会うのは偶然に頼る他ない。だから前回の邂逅から今まで、こうして思い耽ることしか出来なかったのだが――。
 前方に立つ人影にふと顔を上げ、心臓がはねた。
 それは、たった今思い描いていた相手――コウが佇んでいたからだ。
 しかし次の瞬間、違和感に気づき美沙姫は眉根を寄せる。
(精霊が、いない…?)
 コウの周りにだけ、精霊が居ないのだ。まるでコウを避けるかのように。
 怪訝に思いながらもコウに会えたことが純粋に嬉しく――また会えたことに幾分かほっとしながら、彼の元へと近づく。
「あれ、美沙姫さん?」
 気配に気づいたのか、美沙姫が声をかける前にコウが振り向く。そして笑みを浮かべ、朗らかに挨拶をしてきた。
「ちょっと久しぶり、だな。つーかすっげータイミング。ちょうど今美沙姫さんのこと考えてたとこだった」
「お久しぶりです。コウ様も、お変わりないようでよかった、…」
 自分のことを考えていた、などと言われて少々焦りながらも何とか平静を装って言葉を返した美沙姫は、ふとコウの身体に目を留めて言葉を途切らせた。
 大分気温も上がってきて人々も薄着になり始めたこの時期に、コウは長袖を着ていた。それは個人の自由だからいいとしても――。
(包帯……?)
 彼の袖口から除くのは、病的なほど白い――包帯だった。
 怪我をしたのだろうか。しかし彼の動きに不自然なところは見られない。そしてコウは包帯について言及しない。
 ならばそれについて触れられたくないのかもしれない。
 腕の包帯について訊こうか訊くまいか悩む美沙姫。その様子に気づいたらしいコウが、小さく苦笑した。
「…気になることがあるなら、訊いても構わないって。美沙姫さんなら、別にヤじゃねぇし。…これだろ?」
 そう言って軽く腕を上げる。
「あの、どうされたんですか? お怪我でも…」
 コウの言葉に背中を押され口を開いた美沙姫に、彼は微妙な笑顔を浮かべた。
「怪我じゃない。ただちょっと『隠す』必要があって――。『解除』…っつーか、これは『降ろし』にも関わるけど、呪を刻んであるんだよ。留めたり繋いだり――そういうこと用の呪がな。見て気分いいモンでもねぇし、人目に触れさせると効力が落ちることもあるっつーから包帯してるだけだ」
「刻む、って――肌に、ですか…?」
「ああ」
「そんな…」
 肌に刻んでいる、ということは、素肌に何らかの形で呪を残しているということだ。言葉からすれば、ただ書いているだけでないことは明白。故に言葉を失った美沙姫に、コウはおどけるように肩をすくめた。
「や、ンな顔すんなよ。どーいう想像してっかわからねぇけど、そんな酷いもんじゃねぇって」
 気にするなとでも言うように、コウは手を横に振る。
「それより、こないだはホントありがとな。色々すっきりしたし。なんか、美沙姫さんには迷惑ばっかかけてる気がするけど…返せるモンとかあればいいんだけどな」
「気にしないでください。私は迷惑だなんて思っていませんし…。ただ、」
「ただ?」
 逡巡し、そして意を決して美沙姫は口を開いた。
「私はコウ様のお手伝いは出来ませんけれど、お話を聞く事は出来ます。お一人で抱え込まずに、どうか胸の内をお聞かせ下さい」
 美沙姫の言葉にコウは少しばかり虚をつかれた様だった。
「や、十分美沙姫さんには助けてもらってるし――」
「少しでも、近くにいたいんです。助けになりたいんです。…支えに、なりたいんです」
「な、……」
 コウは、絶句していた。
 そして、泣きそうに顔をゆがませて、小さく小さく呟いた。
「…ンで、そーいうこと、言うんだよ。もう、迷わないって決めたってのに。優先するものは決まってんだから、だからもう迷わねぇって…」
 美沙姫が聞き取れるぎりぎりの声の大きさでそこまで言ったコウは、何かに気づいたようにはっと振り返った。
 つられてコウの視線の先を見た美沙姫は、驚きに息を呑んだ。
「てめえ…ッ! どうしてここに?!」
 出会ってから初めての、コウの怒鳴り声が響いた。その相手は美沙姫ではなく、いつの間にかコウの背後に立っていた、恐ろしいほど整った顔に底知れぬ笑みを浮かべた人物だったが。
「やだなぁ、怒らないでくれるかい? コウ。私だってたまには散歩くらいするさ」
「ざけんなよ。てめえが散歩だのなんだのって外に出るわけねぇだろ。しかもわざわざここまで来るなんて天地がひっくり返ったってありえねぇな。…何しに来た」
「さすがにそれは言い過ぎって言うものじゃないかな、コウ。…何しにきたって? そうだねぇ、第一はそこの彼女を一目見ておきたくて」
 そう言って、美沙姫に見惚れるような笑顔を向ける。そしてそれに何か言おうと口を開いたコウに、すっと近づき、耳元で囁いた。
「第二は、君を迎えに来たんだよ、コウ。そろそろ『くる』頃だと思ってね?」
「ッ…!」
 その人物が言い終えると同時、コウの身体が崩れ落ちる。
「コウ様!!」
 思わず叫んだ美沙姫に、意識を失ってしまったらしいコウを支えたその人物は、にっこりと笑った。
「大丈夫、ちゃんと生きてるよ。聞いただろうけど、今コウの身体には呪が刻んであってね。その影響でこうなっちゃってるわけだ。流石に4つ目ともなると、大分ガタがきちゃってるみたいでねぇ。それでも絶対にやりとおすっていうから、好きにさせてるんだけど。……ねえ、篠原美沙姫さん」
「え、」
 名を教えていないのに呼ばれて少々驚く美沙姫に、コウを支えながらその人は尋ねた。
「貴女はコウのことをどう思ってる?」
 予期せぬ質問に刹那戸惑うが、ぐっと拳を握り締め、答える。
「大切な人です。…初めてお会いした時は思い詰めた感じから不憫に思えましたが、今は違います。人に仕え尽くすメイドとしてではなく、人として彼を慕っています。……ですから彼を支えたいと思います。彼の側で支えてあげたいです」
 美沙姫の言葉に、その人は満面の笑みを浮かべた。
「そう、それはよかった。私もそれを聞いて嬉しく思うよ。……だとしたら、貴女にとってコウは『必要』なのだろうね?」
「勿論です」
 間髪いれず答える。迷うことなくそう答えられた。
 それに、また目の前の人物は笑う。そしてコウをいとおしげに見下ろした。
「私にとってもコウは大切だよ。可愛い可愛い我が子『たち』のひとりだし、ね。――だから、篠原美沙姫さん。貴女がコウを留めてくれればいいと思う。これを私が言うのはおかしいんだけどね。私はコウたちが言うところの『当主』――コウが今こうなっている原因なんだし」
「だったら、…だったら、止めさせればいいのではないのですか?! どうしてコウ様に『解除』をさせるんです! 大切だというなら、どうしてっ…」
 息が詰まる。瞳を伏せたコウの面は、明らかに初めて会った頃よりもやつれている。倒れた拍子に解けた包帯の隙間から見えるのは、何らかの刃物で刻まれたのだろう呪。
 大切だというのなら、どうしてこんな風になっても止めないのだ。
「仕方ない。だって彼らはそのためにいるんだ。それは私がそれを望んでいるからでもあるし、彼らの存在の根幹がそこにあるからでもある。既に彼らは私の手から離れてしまった。だから私に止めることは出来ない。…コウに『解除』を止めさせることが出来るとしたら、貴女だ」
「私…?」
「そう。コウの優先順位を貴女がひっくり返すことが出来れば、もしかしたらコウを留めることが出来るかもしれない。コウの行く末は、まだ定まったわけじゃないからね」
「コウ様を、留める…」
 繰り返す美沙姫に、その人は満足げに微笑み、決して屈強には見えない外見から予想できない膂力でコウを抱え上げた。
「さて、そろそろコウをちゃんと休ませないとね。…あ、そうそう、私のことは『式』とでも呼んでくれたらいい。また会う可能性は低いけど。それと、コウのことは呼び捨てにしてあげてくれるかな。呼ばれるたび内心きっと嵐だろうからさ。コウは様付けにいい思い出ないはずだから」
 そうして、『式』と名乗ったその人は、意識のないコウ共々消えた。
 残された美沙姫は、式が告げた言葉たちにただ呆然とするしかなかった――。 




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4607/篠原・美沙姫(ささはら・みさき)/女性/22歳/宮小路家メイド長/『使い人』】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、篠原さま。ライターの遊月です。
 『朱夏流転・肆 〜夏至〜』にご参加くださりありがとうございました。

 色々な要因が重なって少々長くなってしまいました…。一番の原因は当主だと思います。
 プレイングを盛り込みつつ、これからの展開に向けての下地を作らせていただきました。
 篠原様をかなり動かさせて頂いてしまったので、イメージと外れてないか少々不安ですが…。
 ご要望のありました名前呼び捨てに関しては、次回からということになりそうです。

 イメージと違う!などありましたら、リテイク等お気軽に。
 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 それでは、本当にありがとうございました。