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虚飾の声“side=0”―不夜城奇談―
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その日、月刊アトラス編集部の長である碇麗香は、東京総合電波塔の正面に立っていた。
数日前に原因不明の爆発を起こし、展望台の硝子壁が全壊した塔は、現在、関係者以外の立ち入りを禁じて修繕作業を行っていた。
普段であれば地方からの観光客で賑わっているはずの土地に、不気味な沈黙の帳が下りている。
それはまるで、展望台を全壊させた爆発と同日に判明した奇妙な事件が、いまだ終わっていない事を訴え掛けて来るようだった。
自殺しかけた少年、人を殺しかけた女性、…それほどまでに思い悩んでいた人々の傍で唐突にラジオ番組が流れ、彼らの凶行を回避させた。
放送時間も番組名も不明のラジオに「救われた」という投書が、怪奇記事を専門に扱う編集部で目立つようになったのは必然だったように思う。
しかしその後、少年に自殺を考えさせるまで追い詰めた同級生、女性に殺意を抱かせた女子大生らが次々と失踪し、今日から三日前、この電波塔の爆発事故と同日、彼らはこの場所で発見された。
ラジオが原因と思われる失踪者三十四名、全員がだ。
「……“十二宮”か…」
修理中の塔を見上げて麗香が呟くのは、失踪していた彼らが搬送先の病院で警察の質問に対して口にし、失踪時の状況など誰もがあやふやな説明しか出来ない中、共通した唯一のもの。
そしてその名を、麗香はずっと以前に聞いたことがあり――。
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秋晴れの空を、小さな影が行き来する。
東に、西に。
蝶に似て異なる四枚の羽を鱗粉と毛で覆い、糸状の触覚を持つそれらは、一般に蛾と呼ばれる節足動物である。
しかし、その意識下にあるのは主人、藤田あやこへの厚い忠義。
日中に活動することで人々に嫌な顔をされつつも、あやこが自分一人では難しいと認識し、一定条件下にある人間を自分に代わって常時監視しているようにという命令を忠実に遂行しているのだ。
そして、運命の日。
――……
事態は動く。
「同時に二人？」
聞き返すあやこに、蛾は常人には聞こえぬ声で主人に伝える。
問題の東京タワーと、その西に四百メートル地点で、自殺を試みる監視対象が現れたこと。
東京タワーの方には既に能力者が数名、救出に向かっていること。
「なら東京タワーの方は任せましょう」
位置的にも、もう一方の現場の方が彼女には近かった。
このときのため、以前から準備していた道具、強靭な生の執念で作ったエクトプラズム投網弾を仕込んだオペラグラスを手に、駆ける。
数分後、あやこが目にしたのは人気の無いビルの屋上から飛び降りようとする女性の姿だった。
「まったく！」
呆れているのか、怒っているのか。
どちらとも取れない感情を滲ませて言い放ったあやこは、立ち止まるなり、銃器を構えるようにオペラグラスを対象者に向けた。
距離はある。
だが、届く。
刹那。
放たれた弾は、飛び降りた彼女に空中で命中し、その威力を発揮する。
「よしっ」
自分のコントロールに満足し、更に女性との距離を詰めようと、再び走り出した。
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辿り着いた先で、あやこは自分の弾による強い粘着と、弾力を併せ持つ網に完全に自由を奪われ、アスファルトの地面に横たわる女性を発見した。
その顔を見ると同時に、やはり彼女が、先日まで世間を騒がせていたラジオ番組に関わり失踪していた人物だと確認する。
「ちょっと」
落下の影響か、意識を失くしている彼女を強引に目覚めさせた。
呼吸は正常だ。
怪我をしている様子もない。
「起きなさい、寝ている暇なんか無いの」
「ん…っ」
年の頃は五十代半ば。
嫁姑の関係が悪く、夫婦喧嘩の要因となり、夫婦の子供達を悲しませていた老婦人だ。
「ぁ…私は…」
「気付いた？ 自殺なんて厄介な真似しないでちょうだい」
言い放つ。
すると本人も自分がしようとしていた事を思い出したらしく、途端に声を上げて泣き出した。
「どうして私は…っ…アンタかい！？ アンタのせいかい！？ なんで楽に死なせてくれなかったんだい！」
「冗談！」
死ねなかったことに対してあやこを責める女に、あやこはあっさりと言い捨てた。
「自殺なんかされたら、その迷惑であっちこっちに要らぬ負担が広がるのよ！ それに死ぬのは勝手だけど、あなたが死んだらこっちだって勝手にあなたを蘇生させるわ、何度だってね！」
「なっ…何をバカなことを言っているんだい！ 人間、命は一つきりなんだよ！ 死んだら終わりさ！」
「あら、私はそうして此処に居るわ」
「……っ…馬鹿をお言いでないよ！ そんなこと出来るわけないじゃないか、気持ち悪い小娘だねっ」
「そう？ でもあなたが、今度こそ死ぬと言うならあなたもそうなるのよ」
「…っ」
「現代科学を甘く見ちゃダメ。あなたの知らないところで技術は日々進歩しているんだから」
にっこりと笑うあやこは、この女性に科学技術の進歩を説きたいわけではない。
特に信じてもらわなければ困るというわけでもない。
ただ、それを拒む気持ちを抱いて欲しかっただけだ。
「私には、あなたがどうして死にたがるのかなんて理由は知らないけれど」
――想像はつくけれど、知っていることを明かしてはかえって不審がられるだけだと判っている。
だからそう言葉を選ぶあやこに、彼女は唇を噛み締めた。
「死んだら、生きている人間に好き勝手な事を言われて、されて、それだけよ」
嘆く者も、喜ぶ者もそれぞれだろうが、長くは続かない。
いずれ忘れ去られて、それで終わりだ。
「だったら生きなきゃ損じゃない。自分から終わらせるなんて、それこそ馬鹿だわ」
「…けど…私なんか居ないほうがいいんだよ……っ」
彼女は眉間に深い皺を何本も刻み、声を震わせながら語る。
「私がいたら息子夫婦がまた喧嘩になるんだよ…孫達にも可哀相なことを…っ」
「だから死ぬの？ 自分たちのせいであなたが死んだって考えることになるご家族のことは無視？」
「――」
「それって、人生最大の身勝手ね」
「……っ…」
言葉を選ばずに、…否、あえて突き刺すような言葉を告げるあやこに、女は泣き崩れた。
彼女に言われて、ようやくそこに思い当たったらしい。
「…万人に好かれるなんて不可能よ。相性の悪い相手なんてどこにだって必ず居るんだもの、そこは割り切って他に目を向けてみれば？ 外に出るようになれば、夢中になれることが見つかって、お嫁さんの言動が気に障ることだって無くなるかもしれないし」
死を願ったほどの苦痛を忘れなければ、これからの自身の言動だって変わる。
相手との関係も、連鎖的に変化していくかもしれない。
「生きなさいよ、楽しむためにね」
告げるあやこに、女は泣き続ける。
まるで其処には居ない家族に許しを乞うように、いつまでも泣き続けた。
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もう死ぬ気は無くなったらしい女を見送った後で、あやこは手下の蛾が伝えてきた情報に眉を上げた。
「精神汚染…？ そう、狩人も動き出したのね…」
件の失踪者達の心に闇の魔物を根付かせているらしい。
「…なるほど」
それならばと、蛾の羽に特殊な粉を纏わせ、先ほどの女の頭上で旋回しておいでと命じた。
半永久の自分の命を燃焼する事で生じさせた灰を魔物に憑かれた女性に撒いてみたら、どのような反応を示すか。
試してみたいという、科学者の好奇心もあった。
即日の結果は望めないため、しばらく蛾にはそのまま監視することを重ねて命じ、彼女自身は帰路につく。
同行する別の蛾は、東京タワーで起きていた自殺騒動、その展開を逐一、主人に報告してきた。
どうやら顔見知りでもある月刊アトラス編集部の長が“十二宮”に関わっているらしい。
彼女の祖父が現役の刑事時代に起きた、数万人規模の失踪事件。
関与していた組織、十二宮。
そして当時の失踪者は、北海道で起きた大地震を機に一斉にその土地で発見され、今回の失踪者たちと同じく、十二宮という名前以外は何の記憶も持たずに家族のもとへ戻ったという。
「どいつもこいつも厄介な……」
深い吐息交じりに呟き、とりあえずはアトラス誌に読者欄の休載を勧めてみようかと考える。
不特定多数の意見集約の場は恰好な悪意の巣であるし、悪用される可能性もないとは言えない。
「四万年後、私が戴冠するまで地球は渡さないわよ」
時間は充分にある。
十二宮の言うような、人類滅亡が地球存続のための唯一の方法だとは絶対に認めない。
「人間は考える事が出来るのよ、意識改革だって不可能じゃないんだから！」
意気揚々と語るあやこは、そうして陽が傾き始めた魔都を強い足取りで歩いていった。
―了―
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【登場人物：参加順】
・7061／藤田あやこ様／ＩＯ２オカルティックサイエンティスト／
【ライター通信】
このたびは「虚飾の声」にご参加下さいましてありがとうございます。
発注文書を最大限反映するために今回は個別という形を取らせていただきましたが、如何でしたでしょうか。
台詞の引用等、こちらの解釈に誤りがございましたらご指摘頂ければ幸いです。
なお今回のタイトルですが…
・side=A⇒碇女史との会話中心
・side=B⇒精神汚染解除・狩人参加
・side=C⇒情報収集・水主参加
・side=0⇒個別――となっております。
碇女史の祖父につきましては当方の個人設定ですので、この点はご了承下さい。
それでは次回の「不夜城奇談」シリーズでまたお逢い出来ます事を祈って…。
月原みなみ拝
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