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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


蘇る亡霊(シュライン・エマVer.)

■オープニング
 第二次大戦末期、満州(現・中国東北部)に司令部を置く陸軍第731部隊において開発を進められていたもう一つの心霊兵器「魔仙丹」――それを大量服用した者は己の命と引き替えに、数日間とはいえ鬼神のごとき無敵の兵士と化す。
 心霊特攻兵器「魔仙兵」と名付けられたそれは、実戦投入される前にソ連軍参戦とその後の敗戦という混乱の中で永遠の闇に葬り去られた――はずだった。

 草間興信所に国内有数の大企業「光亜製薬」会長・徳田隆三が依頼人として訪れた。
 高校入試に挫折して以来自宅にひきこもりを続けていた孫の和也が、突然失踪したのだという。
 ありふれた家出人捜査。そう思い気軽に依頼を受けた武彦に、隆三は突然己の過去を語り出す。
 かつて731部隊所属の軍医であった隆三は、中国古来の秘薬「仙丹」に目をつけその研究に没頭し、その結果呪われた薬「魔仙丹」を生み出してしまった。魔仙丹の記録は歴史から抹殺されたが、唯一残された試薬のみが隆三の手により密かに保管されていた。家出した和也はその試薬を持ち出したのだ。
 和也はインターネットを通して関わった心霊テロ組織「虚無の境界」の手引きにより、魔仙丹の存在とその保管場所を知らされたらしい。

 時を同じくして、新宿駅地下に姿を現した和也が「虚無の境界」構成員・「メイ」と名乗る少女と接触していた――。

■AM10:00 草間興信所

「もう一度いう。この件は、零には絶対に話すなよ!」
 朝から十何本目かの吸い殻をやけ気味に灰皿へと押し込み、草間・武彦は怒鳴った。
 次の一本を取ろうと煙草の箱に手を伸ばし、もう空だと判ると握り潰して床へ叩きつけた。
「でも、和也君はどうするの? 見殺しにするつもり?」
 所長席の前に腕組みして立ち、切れ長の目と中性的な美貌を備えた若い女が、面と向かって武彦に詰め寄る。
 興信所の最古参事務員、かつて武彦と共に数々の怪事件に関わってきたシュライン・エマだ。
「もちろん捜索はするさ。強欲ジジイとヒッキーのボンボンがどうなろうと知ったこっちゃないが、依頼は依頼だからな!」
「もう徳田家だけの問題じゃないわ。もし魔仙丹が『虚無の境界』の手に渡ったら――」
「そんなこと、いわれなくても判ってる!」
 世界を道連れに自殺したがっている愚か者など、掃いて捨てるほどいる。
 もしそんな連中にあの薬をばらまかれたら?
 それはあまりに忌まわしい想像だった。
「それに、和也君がもう魔仙丹を使っていたとしたら……武彦さんも危険だわ。やっぱり、今回は零ちゃんの協力を――」
「あいつに、何をさせろって?」
 武彦が上目遣いにエマを睨み上げた。
 普段はしっかり者のエマの尻に敷かれっぱなしの武彦も、今回ばかりは一歩も引く構えを見せなかった。
「零は兵器なんかじゃない、俺たちの妹だ! おまえは、そう思ってなかったのか!?」
「そんな……私だって、零ちゃんのことは……」
 気丈そうなエマの顔が辛そうに歪み、青い瞳が微かに潤む。
「いや、すまん……ついカッとなった」
 武彦の右手が、とうに切れた煙草を求めるようにデスクの上をさまよった。
 長年行動を共にしたパートナー同士、相手の気持ちは痛いほど判っている。
 そして今、世界の命運と彼らの愛する「妹」を秤にかける、苦渋の決断を迫られつつあることも。
「どうしたんですかー? 外まで聞こえるような大声出して」
 二人がぎょっとして顔を向けると、扉の前に買い物カゴと兎のヌイグルミを抱えたあどけない少女が立っていた。
 買い物を口実に朝から外出させていた零が、ちょうど帰ってきたのだ。
「あ、エマさん泣かせてる! お兄さーん、今度は誰と浮気したんですかぁ?」
「バ、バカ! 人聞きが悪い――」
「そうなのよ、零ちゃん。何でもないの。ちょっと仕事のことで熱くなっちゃって……」
 慌てて涙を拭き、エマが無理に笑ってみせる。
「なら、いいんですけど……いくら『喧嘩するほど仲がいい』っていっても、やっぱりみんな仲良しが一番ですからね!」
 そういうと、零は少し首を傾げてニパ! と笑った。
 どんな荒んだ心も和ませる、春風のような微笑み。
 だが少女がこんな風に笑えるようになったのは、本当にごく最近のことだ。
 数年前、ある事件がきっかけでこの興信所に引き取ったとき、彼女はただ「笑え」といわれれば笑うだけの、ロボットのような娘だった。
 武彦やエマ、その他大勢の人々と触れ合うことで、ようやく手に入れた人間らしい「心」。
 いま零を魔仙兵と闘わせることは、その「心」を捨て去りかつての心霊兵器に戻れと命じるに等しい。
「――判ったわ。では、こうしましょう」
 エマが武彦に向き直る。
「まず武彦さんは徳田氏にもう一度会って、何とか『魔仙丹』の解毒剤が作れないか交渉してみて。そしてその間、零ちゃんに徳田氏を護衛してもらうこと――これなら、問題ないでしょ?」
「どうだかな……あの爺さん、もう和也のことは見捨ててたようだが」
「でも、それだって本心でいったのかどうか……やっぱり見放して欲しくないもの、お孫さんのこと」
「新しいお仕事ですかー!?」
 買い物袋を床に置き、ワクワクした様子で零が駆け寄ってくる。
「零ちゃん。悪いけど、これから武彦さんと一緒に出かけてくれる? 場所は、ええっと……」
 徳田隆三が置いていった名刺を取り上げる。「光亜製薬」本社ビルは西新宿にあった。
「ハーイ!」
「私は、徳田氏の自宅へ行ってみるわ。和也君のPCや徳田氏の書斎に、何か魔仙丹に関する手がかりが残ってるかもしれないし」
「仕方ない……とりあえず、アポだけでも取ってみるか」
 渋々いうと、武彦は手を伸ばし、昭和の遺物ともいうべき黒電話の受話器を取った。

■AM10:20 西新宿

 東京・西新宿。整然と立ち並ぶ高層ビル街の一角に、光亜製薬本社ビルもあった。
「解毒剤? そんなもの、作れるものならとうに作っておるわ!」
 最上階の会長室で、徳田隆三は受話器に向かって怒鳴った。
「じゃが、いかんせん肝心のサンプルがない。これでは分析もできんわい」
〈でもあれを作ったのはあんただろう? 記憶から何とか再現できないのか?〉
 電話の向こうで、武彦が必死で食い下がる。
「よいか? 仙丹とは中国仙道でも秘伝中の秘伝! その製法は複雑怪奇、主な成分だけでも薬草から生物、鉱物まで数百種類におよぶ。中には今の日本では入手すら困難な――」

「たとえば、健康な人間の生き肝とか?」

「……うぬっ?」
 背後からかけられた声に、思わず振り返った老人の顔が驚愕に固まった。
 地上200m、分厚い強化ガラスのすぐ向こうに、見覚えのある少年が浮かんでいる。
 パーカーのポケットに両手を突っ込み、少し俯き加減でこちらを見つめながら。
「かず……や?」
「メイから教えて貰ったナンバーで金庫を開けたとき、何で内側にベタベタ御札が貼ってあるのか不思議だったけど……初めてアレを飲んだとき判ったよ」
〈おい、徳田さん? どうしたんだ!?〉
 床に落ちた受話器から、武彦の叫びが虚しく響く。
「人体実験やアレの材料にするため、随分と殺したんだね……金庫の中に封じられてた怨霊たちが、みんな教えてくれたよ」
「ま、待て! わしの話を――」
「さよなら、爺ちゃん」
 凶暴な衝撃波が薄氷のごとく強化ガラスを突き破る。
 己の肉が裂け、骨が砕け散る音――それが、老人の最後に聞いたものだった。

 最上階が吹き飛ぶと同時にビル内の数カ所で大爆発がおき、巨大な光亜製薬本社ビルはトランプの城のごとく脆くも崩落して行った。
 建物の中にいた数千の人命と共に。
 その光景を、空中に浮いた和也は顔色一つ変えず、ただ無表情に見下ろしていた。
「ご苦労さま、和也」
 ふいにその隣に黒衣の少女が現れ、甘えるように少年の肩に手を回して寄り添った。
 見た目は10歳くらいの幼い女の子。
 長い銀髪、ゴスロリ風の黒いドレスがよく似合ってまるで人形のようだが、血のような紅い瞳には名状しがたい邪悪な光が宿っている。
「これで魔仙丹の秘密を知るのは、あたしたちの組織だけ……お母様も、さぞお喜びになるわ」
「……僕には、優しい爺ちゃんだったんだ」
 独り言のように、少年がつぶやいた。
「テストで一番になると、父さんや母さんよりも大喜びして……その晩は、いつも得意の中華料理でご馳走してくれた」
「あなたが『ご自慢の優等生』だったうちは、でしょ?」
 和也は頷いた。
「僕は、第二でも第三志望でもよかった……ただ高校に進学して、みんなと勉強したかっただけなのに……それをあいつは『格下の高校に通わせたら家名に傷がつく』とか言い出して、僕をあの屋敷に閉じこめた……大検を取って、直接東大を受けろって」
「あらあら可哀想……でも、よかったじゃない。これで、あなたはもう自由よ」
「あまり先のない自由だけどね……」
 そこで、初めて少女の方へ振り向いた。
「……で、次はどこをやればいい? 何なら、今日中に東京を廃墟にしてやろうか?」
「ウフフ。貴重な『残り時間』を無駄遣いしちゃダメよ。あとは、たった一人殺ってくれればいいから」
「霊鬼兵って奴か? 昨日君がいってた」
「そう。今のあなた同様、大日本帝国が遺した60年前の亡霊……ただし、あなたと違って周囲の怨霊を自在に操る力があるけど」
「キモい野郎だな」
 自分のことは棚に上げ、和也が嫌そうに顔をしかめた。
「安心して。怨霊どもの方はあたしが引き受けるから」
「互いにハンデなしの勝負ってわけかい?」
「そうよ。でもねえ、ここまでお膳立てしてあげて、それで負けるようなら……」
 少女の瞳が、三日月のようにニイっと残酷な笑みを浮かべた。
「あんた、死ぬまでおちこぼれよ」
「……!」
 ギリッ――少年の歯が食いしばられ、唇を切った血が顎を伝い落ちた。

■AM10:50 草間興信所

 TVの画面の中で繰り広げられる惨状を、興信所の面々はただ為す術もなく眺めていた。
『9・11の再来』『国内史上最悪のテロ』――そんなレポーターの悲壮な叫びも、ただ虚しく耳を素通りしていく。
 何も出来なかった。
 事前に惨劇を予期しながら、罪もない人々が死んでいくのを止められなかった。
 武彦とエマの肩に、ただ無力感と徒労感が重くのしかかっていた。
「聞こえる……」
 同様に呆然としてTVを見つめていた零が、突然つぶやくようにいった。
「――零ちゃん?」
「たくさんの人の悲鳴が……痛い、怖い、苦しい……いくつもの想いが……散っていく……」
 大きく見開かれたつぶらな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「あれをやったのは私……もうひとりの私、なんですね?」
「違うのよ零ちゃん! 落ち着いて!」
 慌てて駆け寄ったエマが、両手でそっと少女の手を取る。
 何か言ってやりたい――だが言葉にならない。
「私、行きます……行って、あの子を止めなくちゃ」
 零は武彦を、そしてエマをかわるがわる見やった。
「お兄さん、エマさん……心配しないで下さい。私、必ずここに帰ってきますから――今の私のままで」
「……すまない」
 立ち上がった武彦が、ただ深々と頭を下げる、
「約束よ、零ちゃん――たとえ何があっても、あんたは私たちの家族なんだからね!」
 少女の華奢な体を抱き締め、エマは耐えきれず泣き出した。

■PM09:00 西新宿

 日没の後も、崩壊した光亜製薬本社跡地ではレスキュー隊、及び都知事の要請を受け防災出動した自衛隊による懸命の救助活動が続けられていた。
 その一方で、2次災害防止のため周辺街区一帯には警察・消防・自衛隊関係者を除き一切の立ち入りが禁止され、普段から夜間人口の希薄な西新宿一帯は殆どゴーストタウンのごとき様相を呈している。
 上空数百メートルを夜陰に紛れて漂いながら、逢魔・冥(おうま・めい)はじっと人気のない街を見下ろしていた。黒衣に身を包んだその姿は、さながら不吉な大烏のようだ。
 既に魔仙丹のサンプルは組織の元に送り、魔仙兵の実戦テストもまずまずの成果を上げている。
 残された最後の任務は、これから始まるであろう魔仙兵対霊鬼兵の戦闘を見届けること。相手は別に零でなくともよかったのだが、魔仙兵の寿命が限られている以上、やはり近場にいる彼女をおびき出すのがもっとも好都合だった。
(来たわね……)
 使い魔である冥の超知覚が、新宿駅方面から近づく3体の生命反応を捕らえた。
 うち1体は明らかにヒトではない。
 オフィス街の手前あまり表沙汰にはされないが、西新宿一帯の高層ビルではなぜか飛び降り自殺の件数が多く、成仏できぬ怨霊がさまよう隠れた心霊スポットの一つでもある。
 さらに昼間の高層ビル倒壊により死亡した数千の亡魂が加わり、中途半端な霊能力者が近づこうものなら錯乱しかねないほどの怨霊飽和状態と化していた。
(怨霊を操る霊鬼兵にとっては格好の戦場……でもね、世の中そう甘くはないのよ)
 冥は両手を広げ、全身から不可視の波動を放った。
 霊波ジャミング――半径数qに渡って死者・生者を問わずあらゆる心霊能力を無効化する、彼女の特殊能力。
「さあ、いらっしゃい零……これで、あんたは裸も同然よ!」

「何だ……女の子かよ?」
 闇の奥から現れた零の姿を見るなり、和也は拍子抜けしたようにいった。
「まあいいや……どうせ、中身は僕と同じ心霊兵器だろ?」
「……何で、あんなひどいことしたんですか?」
 零は立ち止まり、静かに問いただした。
 普段、自身の暴走を抑える「安定剤」として持ち歩いている兎のヌイグルミは、後方で見守るエマに預けてある。
「何で? アハハ……理由なんか、もうどうだっていいや。どうせ僕の命も残りわずかだし」
「あなたは死なせません。生きて罪を償って頂きます……人間として」
「生意気いうな! バケモノのくせに!」
 いきなりキレた和也が、スニーカーで路面を蹴って猛然と突進してくる。
(みんな……力を貸して!)
 零は瞼を閉じ、周辺を漂う怨霊たちに呼びかける。
 しかし、いつもなら彼女の手足となって身を守ってくれるはずの怨霊たちが、鳴りを潜めたように反応を示さない。
 ハッと目を開いた時には、既に間合いを詰めた和也の蹴りが襲いかかっていた。
 とっさに右手を挙げて受け止める。
 ボキッ――何かが折れる鈍い音。
「――痛っ!」
 すかさず骨折した右腕を超回復で治癒させるが、そちらに気を取られた瞬間、次は回し蹴りがまともに脇腹に入り、小柄な少女の体はひとたまりもなく吹っ飛んだ。
「口ほどにもないな……おまえ」
 道路脇のガードレールに激突し、苦しげに咳き込む零へ向かい、ゆっくりと和也が近づいた。

「ククク……その調子よ、和也。いっそバラバラにしちゃいなさい」
 スポーツ観戦気取りで眼下の闘いを見物していた冥が、ふいに何かを察知したように夜空を見上げた。
「邪魔が入ったようね……いい所だったのに」

■PM09:40 西新宿

「もうやめてぇーっ!!」
 和也の猛攻に手も足も出せず、ただ一方的にいたぶられるだけの零の姿に、エマは顔を覆って叫んだ。
「な……何で怨霊を使わないんだ? 零……」
 武彦も悔しげに呻くが、普通の人間である彼にはどうすることもできない。
 超回復能力のため目立った外傷こそないものの、零の体の各所に青白い火花が走り、確実にダメージが蓄積されていることを物語っている。
 サンドバッグのごとく数知れぬ拳と蹴りを受けた末、ついに少女の動きが止まり、ガクガクと痙攣しながら路面にくずおれた。
「ハァハァ……弱すぎだよ、おまえ……本当に霊鬼兵なのか?」
 和也もまた、攻め疲れしたように息を切らしている。
 キイィ――ン!!
「うわっ!?」
 唐突に甲高い高音が和也の耳を撃ち、一瞬三半気管を狂わされた少年がグラリと上体を揺らす。
 もはや我慢ならなくなったエマが、武彦の制止を振り切って飛び出し、唯一の戦闘能力である超高音ボイスを浴びせたのだ。
「いい加減にしな、このガキ! 私が相手になってやるよ!」
「……なら、おまえから殺してやる」
 そういいながらエマの方へ歩き出す和也の片足を、倒れた零の手が弱々しくつかんだ。
「エマさんには……お姉さんには……手出し……させません」
「しぶといやつだ……」
 再び向き直った和也が、今度こそ確実にとどめを刺すべく、零の頭部を踏み潰そうと高く足を上げる。
 そのとき。
 ――フゥオォォォォォン
 生暖かい風が吹き抜け、足を上げた姿勢のまま和也が固まった。
「な、何だ……あぐっ!?」
 霞のような何者かが少年の全身にまとわりついたかと見るや、宙につり上げ魔仙兵の怪力をも凌ぐ力でギリギリと締め上げ始めた。
「ぎゃああああっ!?」
 零が肘をついて上半身を起こした。
 なぜかは判らないが、今まで沈黙していた怨霊たちが一斉に動き出したらしい。
 しかも、いま和也を襲っている怨霊の大半は他でもない、彼自身に殺された人々だ。
「ダメ……気持ちは判るけど、この子を殺してはいけません……」
 それでも零は、怨霊たちに自制を命じた。
「ぐぐっ……好きにしろ……どうせ、僕の命はもう――」
「お待たせーっ!」
 状況に全くそぐわぬ元気一杯の声が、和也の言葉を遮った。
 翼を広げたエルフのような少女が、天使のごとく武彦たちの前に舞い降りる。
「凄い科学で地球を護ります☆ IO2宇宙圏防衛軍所属、三島・玲奈ただいま参上!」
 その両手には、一見ライフルのような武器を抱えている。
「遅くなってゴメン。霊波ジャミングかけてた敵の使い魔は追っ払ったよ!」
「IO2……ようやく腰を上げたか」
 武彦が安堵のため息をついた。怨霊操作能力さえ戻れば、もはや魔仙兵など霊鬼兵の敵ではない。
「えっと零ちゃんだっけ? お願いだから、そのボウヤ押さえといてね!」
「ハイ!」
 身動きできない和也を狙い、構えたライフルから数発の銃弾を撃ち込む。
「何の……真似だ? 僕の体に、銃なんか――」
 だが、その言葉はすぐ悲鳴に取って代わられた。
 少年の衣服が破れ、全身の筋肉が暴走したように膨張しビクビク蠢動している。
「フフン♪ どう? 特製・癌化ウィルス弾のお味は」
「癌化ぁ? おい、そんなもの使ったらこいつの命も……」
「あ、だいじょーぶ。癌は狂ったDNAを壊死させる防衛本能でもあるの。たとえ魔仙丹の成分は不明でも、『本来のDNA』から逸脱した細胞を選択破壊したら一緒に死滅するよう、キチンとプログラムしてあるよん」
 その言葉通り、十分ほど後には和也の肉体は元に戻り、そのままガックリと意識を失った。
「終わったんですね……」
 自身の超回復、加えて怨霊たちにダメージを癒してもらいながら立ち上がった零を、駆け寄ったエマがぎゅっと抱き締めた。
「頑張ったね。よく頑張ったね、零ちゃん……!」
 エマには判っていた。
 仮に「心」を消去して元の霊鬼兵に戻っていれば、霊波ジャミング下の格闘戦でも魔仙兵に遅れを取ることはなかっただろう。だがあえて零は自らの「心」を捨てず和也の攻撃に耐え抜いたのだ。その痛みも恐怖も、全て受け入れて。

『今の私のまま、必ず帰ります』――彼女はその約束を守り通したのだった。

■エピローグ〜草間興信所

『現在、徳田和也はIO2の隔離施設にて療養中。容態は快方に向かいつつも、記憶の大半を喪失している模様……』
 PCに事件の報告を一通り打ち込み終わり、武彦は新たな煙草に火を点けた。
 もっとも、この報告書を出すべき依頼人はもはやこの世にいないのだが。
 和也の記憶は果たして回復するのか。
 回復したとして、彼は己の犯した罪とどう向き合って生きていくのか――。
(一生記憶喪失の方が……本人にとっては幸せかもな)
 そんなことを思いつつ、ぼんやりと煙草をふかす。
 その日の家事を一通り終えた零が、妙にウキウキした様子で事務所に入ってきた。
「お兄さん、お電話お借りしていいですか?」
「おう、どうぞ」
 受話器を持った零が、電話の向こうに出た相手と何やら楽しげに話している。
「そういや、あいつ最近よく電話してるな……相手は誰だ?」
「玲奈ちゃんよ。あの事件以来、すっかり仲良しになったみたい」
 傍らで書類を整理していたエマが、微笑ましそうに答えた。
「ああ、IO2の……ん? 彼女、確か普段は衛星軌道で待機してるんだよな? いったいどうやって電話してるんだ」
「ええと……確かアメリカにあるIO2本部に国際電話して、そこから回線を回して貰ってるって……」
 そこまでいいかけ、武彦とエマはハッとしたように顔を見合わせた。
「零ぃ――っ!!」

 その月の草間興信所の電話代が、膨大な額に上ったことはいうまでもない。

〈了〉

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
(PC)
0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
7134/三島・玲奈(みしま・れいな)/女性/16歳/メイドサーバント

(公式NPC)
草間・武彦(くさま・たけひこ)/男性/30歳/草間興信所所長、探偵
草間・零(くさま・れい)/女性/??歳/草間興信所の探偵見習い

(登録NPC)
逢魔・冥(おうま・めい)/女性/10歳(外見)/「虚無の境界」使い魔

(その他NPC)
徳田隆三(とくだ・りゅうぞう)/男性/88歳/「光亜製薬」会長
徳田和也(とくだ・かずや)/男性/17歳/徳田隆三の孫

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■         ライター通信          ■
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はじめまして! 対馬正治です。今回のご依頼、誠にありがとうございました。
ベテランPC様からのご指名、ライターとして光栄の至りです。
プレイング内容も大変ご丁寧に書いてくださり、特に「そっと手に取り……」のくだりは読んでて思わずジ〜ンとなりました。あの一行で後半のプロットが決まったようなものです。ただその分、せっかく緻密に考えて頂いた捜査系のプレイングが充分に反映できなかったことをお詫び申し上げます。
今回、零ちゃんにはだいぶ辛い思いをさせてしまいましたが、エマさん(&武彦)と彼女の「心の絆」が少しでも描けていれば……と思っております。
では、またご縁がありましたら、よろしくお願いします!
(なお「エマVer.」及び「玲奈Ver.」はほぼ同一ストーリーですが、部分的なPC視点に相違があります)