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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


かぼちゃ料理コンテスト

【オープニング】
 あやかし町商店街で買い物をしている途中、零は店頭に貼られたポスターに気づいて、ふと足を止めた。
『第1回 かぼちゃ料理コンテスト開催!』
 ポスターの一番上には、そんな文字が躍っている。その下の説明文によれば、あやかし町商店街では、十月一日から三十一日までの一ヶ月間をハロウィン月間として、さまざまな催し物を行う予定なのだという。かぼちゃ料理コンテストもその催しの一つで、開催期間は三日間。トーナメント形式で、何人かずつが制限時間内に料理を作り、それを審査員が味や外観などをチェックして審査するらしい。
 ちなみに、料理はかぼちゃを使ったものなら和洋中華なんでもOKで、お菓子でもかまわないとあった。ただ、コンテストにエントリーする際には、自作のかぼちゃ料理を持って行く必要があるようだ。エントリー受付窓口の者がその味を確認し、ちゃんとした料理ができることを判断して初めて参加が認められるという方式らしかった。
「なんだか本格的なんですね。……でも、ちょっと面白そうです。私も参加してみたくなって来ました」
 ポスターをじっくりながめて内容を確認すると、零は小さく呟く。
 優勝者には家族で京都旅行が、準優勝者にはかぼちゃ一年分が贈呈されるともあった。それも魅力的だと零は思う。
(でも、一人で参加するのもちょっとつまらないです。誰か一緒に参加して下さる方がいると、楽しいんですけれど)
 それを見やって、小首をかしげて零は胸に呟いた。
 参加はどうやら、個人のみのようでグループでのものは受付ていないようだ。だが、他に誰か知っている人が参加していれば、自分が早々と負けてしまっても、その人たちを応援するという楽しみも持てるではないか。
(誰か参加する方がいないかどうか、事務所に帰ってから誘ってみましょう)
 ややあって零はそう決めると、ポスターの前を離れ、残りの買い物を済ませるために商店街の中を再び歩き始めたのだった。

【1】
 コンテスト開催の当日。
 シュライン・エマは、零と共に会場であるあやかし町商店街振興センターを訪れていた。商店街の真ん中に、今年の春に建てられた五階建てのこの建物は、中にこうしたイベントのための広々としたフロアを持っている。会場はそうしたフロアのある三階だった。
 エレベーターで三階まで昇ると、そこから近い場所に受付ができており、出場者らしい人々が列を作っていた。ちなみに、この受付はすでに申し込みをすませてある出場者らの出欠を確認するためのものだ。
 シュラインと零もその列に並ぼうと、そちらに歩み寄った。その時だ。シュラインは、列の中に見知った顔を見つけた。
「恵美さん、それに綾さんも」
「あら」
「なんや。あんたらも参加すんの?」
 声をかけられふり返ったのは、因幡恵美と天王寺綾だった。
 恵美はあやかし荘の管理人、そして綾はそこの住人の一人である。
「ええ。零ちゃんに誘われて」
 うなずくシュラインに、恵美が小さく目を見張った。
「シュラインさんも? あたしもなの。天王寺さんが、一緒に参加しないかって」
「そうはいうても、会場では一対一なんはわかってるんやけどな。でも、一人で参加ってなんや寂しい思て」
 綾が苦笑して彼女の言葉を補足する。
「それ、わかります。私もそうでしたから」
 うなずいたのは、零だ。
 やがて並んでいるうちに、彼女たちの受付の番が来た。名乗って名簿をチェックしてもらうと、番号札と共に自分の順番が何時ごろに回って来るのかと、注意事項の説明を受けてシュラインはそのまま中に入る。
 ちなみに、コンテストに参加するのは三十二人だそうだ。トーナメント形式ということで、対戦そのものは一対一になるらしい。が、調理自体は一度に八人が会場となるフロアに集まって行うことになっていた。
 会場に入ると、そこはかなりの広さがあって、よくテレビの料理対決番組などで見るように、流しと調理台のセットが八つ並んでいる。二つずつブースで区切られているのは、対戦する相手同士が隣り合って調理できるようにだろう。その後ろには、オーブンレンジやジューサーミキサー、フードプロセッサーなどが並んでいた。それと、小型の冷蔵庫も用意されている。まさに、テレビ番組さながらだ。
 だがそんなふうになっているのは会場の半分だけで、間仕切りで区切られた残り半分には、パイプ椅子と長机が並べられていた。その一画に大きな冷蔵庫があるのが、幾分奇妙でさえある。
 こちらのスペースは、いわば出場者たちの控え室のようなものだった。
 第一日目の今日は、申し込みの時に持って来た料理をもう一度作ることになっており、材料は各自で用意する必要があった。それで冷蔵庫が置かれているのだろう。
 ちなみにシュラインの料理は、カレー風味のかぼちゃのピクルスのスープだった。長時間寝かせたり漬け込んだりしなければならないものは、自宅でその工程をやって来てもいいことになっていたので、シュラインはとりあえずカレー風味のかぼちゃのピクルスを作って持参していた。
 零はともかく、恵美と綾もなんとなく一緒にやって来たので、その二人を見やってシュラインは尋ねる。
「あんたたちは、何を作るの?」
「うちは、タコとかぼちゃの煮物や。関西――殊に大阪ではポピュラーな料理やけど、関東の人にとっては珍しいかもしれへん思うてな」
 綾の言葉にシュラインは、たしかにそうかもしれないとうなずく。
「あたしは、かぼちゃの羊羹。以前、ネットでレシピを見つけて作ってみたら、けっこう評判良かったから」
 恵美が言って、シュラインさんと零さんは? と問うて来る。
「私は、パンプキンパイです。シュラインさんは、ピクルスを使ったスープです」
 零が代表して答えた。
「ふうん。うち、かぼちゃのピクルスなんて食べたことないわ。……それって、美味しいん?」
 聞くなり綾が首をかしげたので、シュラインは苦笑した。
「まずくはないと思うわよ。なんなら、食べてみる?」
「ええの?」
「ん。漬け込むのに四、五時間かかるから、ピクルス自体は家で作って来たから」
 問われてシュラインはうなずくと、肩から提げていた大き目のトートバッグを机の上に降ろし、中からタッパーを取り出した。コンテストで作る分量は七、八人分を目安にしてほしいと事前に言われていた。対戦終了後に、参加者や見物人らにも食べてもらうことになっているためだ。なので、彼女が持参したピクルスもそれなりに多い。だからといって、普通に食べてしまっては当然ながら、材料が減ってしまうことになる。
 綾もそれはわかっているのだろう。ほんの一切れを口に放り込む。
「うわ、美味しい」
 食べるなり、彼女は声を上げた。
「カレーの風味がよう効いてるわ。そのくせ、ほんのり甘いのがまたなんとも……」
「あたしも、食べてみていい?」
 綾の感想に、恵美も言い出した。
「ええ、どうぞ」
 シュラインがうなずくと、彼女も一切れを口に入れた。
「ほんと。美味しい……!」
 感嘆の声を上げた後、彼女は溜息をつく。
「シュラインさんって、ほんと料理上手だよね。……やっぱりあたし、出場したの間違いだったかなあ」
「誉めてくれてありがとう。でも、コンテストはまだ始まってないんだから。やってみないとわからないわ」
 シュラインは苦笑して返す。
「でも……」
 思わず顔をくもらせる恵美に、綾も横から口を出した。
「そうそう。シュラインさんの言うとおりや。何事も、挑戦してからや」
 その時、会場内にコンテスト開始のアナウンスが流れた。
 気づけば、控え室の中はすでに人で一杯になっている。女性ばかりかと思いきや、男性もけっこういた。それも、学生のような若い年代から、老人までさまざまだ。
 最初に対戦する八人が、それぞれエプロンや割烹着に身を包み、食材を手に調理場の方に出て行こうとしている。零も、この最初の組の中にいた。
「じゃあ、行って来ます」
「がんばってね、零ちゃん」
「はい」
 シュラインが声をかけるのへうなずいて、彼女は出て行く。それを見送り、シュラインは恵美たちをふり返った。
「私はこの後の組だけど、あんたたちは?」
「うちらは午後の部や」
 綾が答えて笑う。
「なんと仲良う、同じ組や。……対戦相手やないけどな」
「そう。……じゃあ、けっこう時間があるのね」
「ええ。でも、自分の番が来るまでは、他の人のを見て楽しむつもりにしてるの」
 言って、恵美が誘ったので、シュラインも二人と共に最初の八人の調理を見に行くことにした。

【2】
 会場内は最初から白熱していた。
 制限時間は一時間だがメニューが統一されていないので、それよりもっとかかる料理もあれば、逆に短時間で仕上がるものもある。そうした部分をある程度解消するためか、この日の対戦はそれぞれ同じような時間でできるメニューを用意した者同士で組まれているようだった。
 零たちの調理の様子を半分ほど見たところで、シュラインは控え室に戻って自分の用意を始めた。
 持って来た食材をチェックし、手順を反芻する。
 そこへ一回戦を終えて戻って来た零が、勝ったことをシュラインに告げた。それを一緒に喜んでいるところに、次の八人に調理場の方へ来るようにとのアナウンスが入る。シュラインは割烹着を身にまとうと、食材を手に調理場へと向かう。彼女の対戦相手は五十代半ばぐらいの、いかにも主婦という感じの女性だった。彼女を、まるで値踏みするかのように上から下まで眺めると、「勝った」とでも言いたげに口元をゆがめる。彼女の若さと垢抜けた格好に、たいして料理などできないと、勝手に判断したのかもしれない。
(料理は見た目でするものじゃないんだけれど)
 シュラインは、内心に小さく肩をすくめて呟いた。だが、表面上はそ知らぬふりをして、自分の場所に入ると、持って来た食材を並べ、用意されている調理器具を点検する。
 やがて全員がそろい、調理がスタートした。
 シュラインが作ろうとしているカレー風味のピクルスのスープは、ピクルスさえ作ってしまっていれば、あとは比較的簡単だ。まずオリーブオイルを熱して、豚のひき肉をぱらりとするまで炒め、更にピクルスも炒める。そこにピクルスの漬け込み液と水を入れて煮立たせ、食べやすい大きさに切った白菜を加えてしんなりするまで煮込むという手順だった。最後に塩と胡椒で味を調えれば、完成である。
 完成品は少しすっぱいがスパイシーで体が芯から温まる、これからの季節にはぴったりなものだった。
 途中、主催者側から残り時間が読み上げられる。
 シュラインのそれは、かなり時間を残して出来上がった。ちなみにこのスープは、冷めても味がしっかりしているため、多少ぬるくなってしまっても問題がなかった。
 そうこうするうち残り時間も過ぎ、調理終了の合図が鳴らされる。
 シュラインが隣を見やると、こちらもどうやら完成したようだった。調理台の上に載っているのは、煮物らしい。やわらかそうな緑とオレンジの対比が、美味しそうだ。
(ああいう素朴なものが、案外すごく美味しかったりするのよね。……主婦としても年季が入ってそうだし、あっさり負けたりして。でもこのスープ、武彦さんと零ちゃんには、好評だったんだけどな)
 軽く眉間にしわを寄せて、シュラインはついつい考えてしまう。
 そこへ、五人の審査員が回って来た。審査員といっても、全員が商店街の人間だ。商店街の振興組合会長と副会長、ケーキ屋に惣菜屋、そして喫茶店の主である。シュラインにとっては顔見知りばかりだった。もっとも、彼らの店で買い物をしたことはあっても、彼らの方ではシュラインの料理を食べるのはほぼ初めてかもしれない。商店街での催しがあっても、手伝いに行くのはたいていが零なので、料理の腕を披露する機会がなかったのだ。
 どやどやとやって来た五人は、まずは隣の主婦の煮物をそれぞれ試食する。
「ほう。なかなか悪くないですな」
「そうですか? 私はちょっと辛すぎるように思いますが……」
 などと小声で感想を述べ合いながら、試食を終え、今度はシュラインのスープの試食にかかった。
「かぼちゃのピクルスとは、珍しいものをご存知ですね。スープとしても美味しいが、ピクルス自体がなかなかいい味だ」
 そう声をかけて来たのは、喫茶店の主だ。
「ありがとうございます。ピクルスは日本の漬物と同じで、いろいろな野菜でできると知って作ってみたんですけど」
 穏やかに答えるシュラインに、振興組合の会長も「いや〜、このスープはなかなか美味いですよ」と絶賛する。審査員たちの受けは悪くないようだ。
 試食が終わると、いよいよ点数がつけられる。
 結果、対戦相手の主婦は八十八点、シュラインは九十五点で圧勝だった。
「シュラインさん、よかったです」
 最後まで見ていたのだろう、零が駆け寄って声をかけて来た。
「零ちゃん、ありがとう」
 二人が喜び合っていると、この後四十分の休憩に入るとアナウンスがあった。会場には、出場者以外にも見物に来ている者たちが多くいて、最初に聞いていたとおりコンテストで作られた料理が、その人々や出場者にもふるまわれるようだ。それと、午前中の勝利者たちには、この休憩の間に明日の説明が行われるようだった。つまり、その説明を聞いた後は、自由行動で帰りたければ帰ってもいいということらしかった。
 シュラインは、いくらか空腹でもあったので、説明を聞いた後は午前中の出場者たちの料理を試食して回ることにした。ちなみに、この際の接待はコンテストの運営本部がやってくれるので、シュラインたちが直接自分の作った料理を他人にふるまって回る必要はない。もっともシュラインとしては、他の人間の反応にも興味はあったけれど。
 ともあれ、こうして一回戦は無事に勝利を収めたのだった。

【3】
 そして。
 すでにコンテストは三日目を迎え、シュラインは決勝戦に臨んでいた。
 対戦相手は、誰あろう因幡恵美である。
 一日目の一回戦を勝利したシュラインは、二日目の二回戦、三回戦も順調に勝ち進んだ。
 ちなみにメニューは二回戦がポタージュスープ、三回戦がかぼちゃとエビの和風春巻きである。
 二回戦のポタージュスープは、対戦相手も同じメニューを選んでおり、最初は幾分不安もあったものの、味付けの点で審査員たちは彼女に軍配を上げた。三回戦のかぼちゃとエビの和風春巻きも好評で、これまた彼女は勝利を収めた。
 そしてこの三日目。シュラインはまず準決勝に挑んだ。
 そこまで勝ち進んだのは、彼女と零、因幡恵美と天王寺綾の四人である。シュラインもまさか、この四人で勝敗を競うことになるとは思ってもいなかったものだ。しかしながら、ここまで来た以上は相手が誰であっても負けられないという気分に、彼女はなり始めていた。
 準決勝では、彼女はかぼちゃソーメンを作った。これは、繊維に沿って薄く切ったかぼちゃを、片栗粉をつけて熱湯でさっと茹で、つゆをつけて食べるというもので、喉越しの良さと調理方法の新鮮さが勝利の決め手となったようだ。
 この時の対戦相手は綾で、メニューはかぼちゃご飯だった。かぼちゃの炊き込みご飯のようなもので、後でシュラインももらって食べたが、これはこれで美味しいと感じたものだ。
 一方、恵美もまた一日目の一回戦はもちろん、二日目の二回戦、三回戦を勝ち進んだ。
 メニューは、一回戦が羊羹、二回戦がカレー、三回戦がパンプキンケーキと至ってシンプルというか素朴な、誰もが味をよく知っているものばかりだった。準決勝では零と競ったわけだが、彼女のそれはやはりシンプルに茶碗蒸しだった。そうしたシンプルな料理でここまで勝ち進んで来られるということは、それだけ美味しいということだろう。
(まさか、恵美さんがここまでやるなんて、思っていなかったわね。お掃除は達人レベルだって聞いていたけど、料理の腕については何も聞いたことがなかったし。でも、ここまで来たら私も優勝を狙いたいわ)
 シュラインは胸に呟き、改めて決意を固める。
 決勝戦はこれまでと違い、制限時間は一時間半と拡大され、前菜・メイン・デザートの三品を作ることになっている。もちろん全部、かぼちゃを使ったものに限定されていた。
 シュラインは、いろいろ検討した結果、かぼちゃのサラダとチーズグラタン、それに茶巾絞りのデザートの三品を作ることにした。このメニューならば、下ごしらえは一緒にレンジでできるし、途中から調理方法を分けて行けばいいだけなので、時間を有効に使うことができると考えたのだ。
 こうして、決勝戦はスタートした。
 会場には、朝から草間も応援がてら見物に来ている。もちろん、他にも大勢の見物人や、早い段階で敗退した者たちも勝敗を見ようとやって来ている。
 かぼちゃを茹でるためにレンジに入れてしまうと、まず最初にシュラインが手をつけたのは、チーズグラタンのソース作りだった。三品の中ではチーズグラタンが一番手間がかかると思われたし、何より焼く時間が必要だ。他の二品は、グラタンを焼いている間に作ることができる。
 ちなみにサラダは、中身をくりぬいて残った皮を器に使い、そこにかぼちゃの実とブロッコリー、剥きエビ、フルーツトマトを混ぜたサラダを入れ、かぼちゃの種を混ぜたヨーグルトをかけたものだ。また、デザートは茹でてつぶしたかぼちゃにクリームを合わせ、抹茶、ココア、胡麻をそれぞれ混ぜたものを茶巾に絞ったものだった。
 途中、経過時間が大声で読み上げられるのが、いやでもプレッシャーを誘う。だがシュラインは、とにかく焦らず一つ一つ工程を自分でたしかめながら丁寧に進んで行くことをこころがけた。
 やがて、オーブンレンジに入れたチーズグラタンがこんがりと焼き上がる。他の二品もできあがり、彼女はそれをきれいに盛り付け始めた。それが終わるころ、調理時間終了の合図が鳴った。
 シュラインは小さく吐息をついて、額の汗を拭う。そして改めて自分の作ったものを眺めた。少なくとも、手順にミスはなかったと思う。盛り付けもきれいにできている。
(大丈夫。完璧よ)
 胸にうなずき、ようやく彼女は隣を見やった。
 恵美の調理台に並んでいるのはコロッケと、前菜は酢の物だろうか。デザートは、見た目だけだとわらび餠のように見える。
 決勝戦ということもあって、今回は二人がそれぞれ、出来上がった料理を審査員席まで運んで試食してもらうことになっていた。恵美の方が先に、盆を手に審査員たちの元に向かう。
「料理の紹介をして下さい」
 言われて恵美が口を開いた。
「前菜は、かぼちゃの酢の物です。千切りにしたかぼちゃを、お酢としょうゆとだしの素、しょうが汁を合わせたもので和えました。緑色のは大葉です。メインはかぼちゃのコロッケです。そしてデザートはかぼちゃの葛餅にきなこをかけたものです」
「ほう。酢の物はなかなか彩りもいいですね」
「コロッケも美味しそうだ」
「かぼちゃ入りの葛餅とは、珍しいですね」
 彼女の説明に、審査員たちがそれぞれ感想を漏らす。そして、一つ一つ試食し始めた。
 恵美も緊張しているだろうが、シュラインの方も手のひらにじっとりと汗をかいていた。審査員たちは、恵美の料理に手放しで舌鼓を打っている。殊に一見なんの変哲もないコロッケは絶品らしく、口を極めてほめちぎる。
 やがて恵美の分の試食が終わり、シュラインの番になった。料理の乗った盆を審査員席に運び、料理の説明をする。それを聞いた後に、審査員たちは試食を始めた。
「このグラタンは、なかなかいけますな」
「ええ。ソースがとても上手くできているし、かぼちゃの甘みともよく合っていますよ」
 組合会長の言葉に、大きくうなずいて言ったのは喫茶店の店主だった。
「サラダも美味しいですしね」
「デザートも味が何種類も楽しめるのがいいと思いますよ」
 言ったのは、ケーキ屋の主である。とりあえず、審査員たちの反応は悪くはないようだ。
(問題は、どっちがどう――ということよね)
 シュラインは、おちつかない気持ちで胸に呟いた。
 ともあれこうして、二人の料理の試食が終わった。後は審査員たちが点数をつけるだけである。
 まず、恵美の料理の点が発表された。九十六点である。そして、シュラインの点数は――。
「シュライン・エマさん、九十三点。――よって優勝は、因幡恵美さんに決定しました!」
 組合会長が、マイクを片手に大げさな身振りで発表する。
 見物人の間から、大きなどよめきと拍手が湧いた。
「ああ……」
 シュラインは、思わず深い溜息を漏らす。優勝を逃してがっかりしたというよりも、緊張が解けたためだ。
 拍手が収まるのを待って、組合会長が更に言葉を続ける。
「お二人の料理はどちらもすばらしいもので、とても美味しく、甲乙つけがたいものがありました。しかしながら、因幡さんのコロッケはまさに絶品であり――これ一品だけでも群を抜いた味だということで、今回の優勝となりました」
 その言葉が終わると共に、おそらくCDだろうが、どこからともなく音楽が流れ出し、恵美とシュラインは審査員席の横に用意された少し高くなった舞台の上に招かれた。そこで恵美は優勝のトロフィーと共に、商品である京都旅行の目録を手渡される。シュラインにも、準優勝を示す小さな楯とかぼちゃ一年分の目録が渡された。
 授賞式の後は、今二人が作った料理を見物人らにふるまう試食会の流れとなる。
「シュライン、惜しかったな」
「武彦さん。……まあね。でも、楽しかったわ」
 歩み寄って来た草間に言われて、シュラインは小さく笑う。優勝は逃したものの、ここまでがんばれたのだから、悔いはなかった。それよりも、審査員たちに絶品だと言わしめた恵美のコロッケに興味がある。
「恵美さん、コロッケ、私も一つもらっていいかしら」
「もちろん、どうぞ」
 幾分恥ずかしげな顔でうなずく恵美に笑い返し、シュラインは試食用に用意されたブースの皿に盛られたコロッケを一つ取った。
「美味しい……!」
 一口食べて、自然とそんな言葉がこぼれる。さくっとした衣の味わいといい、中のかぼちゃの味付けといい、たしかに絶品と言っても過言ではない。
「すごいわね。……こんな美味しいコロッケが作れるなんて」
「これ、祖母に教えてもらったものの中で、あたしが一番上手にできる料理なの。食べてくれた人はみんな美味しいって言ってくれるから、これならと思って……」
 シュラインの言葉に、恵美はまた恥ずかしそうな顔で言う。どうも当人は、このコロッケがどれだけ美味しいか自覚していないようだ。
(それもすごい話だけど……こんなに美味しく作るコツが、きっと何かあるのよね。後でレシピを教えてもらわなくちゃ)
 シュラインは、そんな恵美を見やりつつ思う。すでに、コンテストの勝敗への興味は消えうせてしまっている彼女だった。

【エンディング】
 それから数日後。
 シュラインの元に最初の一月分のかぼちゃが届いた。
 そう。コンテストでもらったかぼちゃは、一年分一度に送られて来るのではなく、毎月配送されて来るのだった。
 どういう計算なのか、一月分として届いたのは、中ぐらいの大きさのものが十五個あった。さすがに全部自分で料理して食べるとなると飽きるに決まっているので、シュラインは友人・知人で料理好きな者たちにおすそわけすることにした。そんなわけで、その日シュラインは、あやかし荘に来ていた。
「コンテストの商品やのに、うちがもろうてもええの?」
 あやかし荘の玄関前でそう訊いたのは、天王寺綾である。
「いいのよ。毎月送られて来るんだし、一人で十五個もとても食べきれないもの」
 苦笑して言うシュラインに、「そんなら、おおきに」と綾はかぼちゃの入ったビニール袋を受け取る。もっとも、シュラインの手にはもう一つ、かぼちゃの入ったビニール袋が提げられていた。
「そっちはどうすんの?」
「恵美さんにおすそわけ。それと、試食してもらいたいものもあって……。彼女、いるかしら」
 尋ねるシュラインに、綾は小さく肩をすくめる。
「さっき、階段の掃除してんの見たさかい、今ごろはたぶん二階の廊下か窓あたりを掃除してるんと違うやろか」
「そう、ありがとう」
 礼を言って綾と別れ、シュラインはあやかし荘の中へと入って行く。この日ここを訪ねたもう一つの目的は、恵美に先日教えてもらったレシピで作ったコロッケを試食してもらうことだった。草間や零は美味しいと言ってくれたが、自分的には今一つ恵美の味と違う気がするのだ。
(他のかぼちゃレシピも試してみたいけど……今はともかく、あのコロッケをマスターしたいわ。幸い、かぼちゃはたくさんあるんだし、絶対ものにして見せるわよ)
 中に入って行きながら、決意を新たにするシュラインだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/ シュライン・エマ/ 女性/ 26歳/ 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


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■         ライター通信          ■
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●シュライン・エマさま
いつも参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
今回は、たくさん料理を書いていただき、とても助かりました。
こんな感じに仕上げてみましたが、いかがだったでしょうか。
楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、次の機会があれば、よろしくお願いいたします。