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<東京怪談・PCゲームノベル>


NEMUS ―trial and error― act.1



「この森の中の洋館に和彦さんたちが……」
 初瀬日和の言葉に、羽角悠宇は「ん」と呟く。
 悠宇は日和の手を掴んで森の中に入って行く。どうしても日和がついて来ると言ったので連れて来たのだが、不安だ。
 まだ昼過ぎなのだが、早めに行動して悪いことはないだろう。



「さて、と」
 草間興信所によって調べてもらったのだが、この先か……。
 ここに来るまでにも交通費がかかっている。これは、欠月を見つけたら文句を言ってやらねば。
 空にはまだ太陽。夕方になるまでには噂の洋館に到着したい。梧北斗は決意して森の中に踏み入れた。



 森の前に菊坂静が立ったのは北斗が森の中に入ってからすぐ後だった。ハイキング程度の装備しかできなかったのが、悔しい。
(この先に兄さんが……欠月さんがいる……)
 深呼吸一つ。静は歩き出した。



 館の前に一番に到着したのは、悠宇と日和だった。全ての窓の雨戸を閉められているのが正面からでもわかる。重厚な正面扉だけでも、かなり金がかかっていそうだ。
 バルコニーやベランダはない。上から見ればこの建物は長方形に見えることだろう。
 二階建てではあるが、かなり大きな建物だ。正面からでも窓の数が多い。ということは、部屋数も多いということだ。
「正面は危険だから、どこか入れるところがないか探してくる。日和も一緒に来る?」
「私はいい」
 日和は不安そうに洋館を見上げていた。
 周囲に人の気配はない。館も人の気配がなく、しんと静まり返っている。それほど危険ではないようだ。
「何かあったら俺を呼べよ、日和」
「わかってるから」
 大丈夫と言う日和を残し、悠宇は館をぐるりと回ってみることにする。
 締め切られた雨戸は古い。壊れた箇所がないかと見上げたまま移動をしているが、ない。全くない。

 残された日和はどこか座れる場所はないかと周囲を見回し、手頃な切り株に腰をおろして悠宇を待った。
 色々と考えることはある。この館の謎や、帰ってこない和彦のこととか。
 ぼんやりと地面を見つつ頬杖をつく。
 そんな時だ。背後で人の気配がした。
「すげぇ坂道……。疲れるっての」
 声に振り向いた日和と目が合う。少年は「あ」と洩らして後頭部を掻く。
「えっと……。こ、こんちわ」
「……こんにちは」
 呆然と返す日和を少年は観察してくる。妙な空気が流れた。
 そこにさらに一人現れる。荒い息を吐き出す華奢な少年は、硬直している二人を見て怪訝そうにした。
「えと……?」

 とりあえず互いの自己紹介を終えて事情を話す。
「えっと、あんたの彼氏はまだ戻ってこないわけか……。どうすっかなぁ。俺は中に入って調べるぜ?」
「あ、僕も中に入って調べます」
「でも正面からは危険だと……」
「相手の誘いに乗らなきゃ進展しないかもしれないぜ? まぁ、その彼氏さんによろしくな。危ないから早く帰ったほうがいいぞ」
 早々と正面のドアに向かっていく北斗に、静も続く。残される日和はおろおろするばかり。
 悠宇の話では正面から乗り込むのは危険だというが……。
 二人はドアに手をかける。だが開かない。
「あれ? あれれっ!?」
 北斗がドアを押したり引いたりするが、びくともしない。



 車を停車させ、也沢閑と染藤朔実は降りる。
 朔実は森のほうを見遣った。この先に噂の心霊スポットがあるのだ。そのために色々と準備もしてきた。
 懐中電灯と燃料、それに寝袋とラジオ。心霊写真用にデジカメも持参だ。数日分の食料もある。ちょっとした山登り気分だ。
「……朔実……その大荷物、どうするんだよ?」
「もちろん、おまえと俺で運ぶんだよ!」
 元気よく言うと、閑が露骨に嫌な顔をする。かなりの重量になるので当たり前だろう。寝袋だって二人分ある。食料だってそうだ。
「ここから先は歩きなんだけど……」
「山登りみたいだ!」
「…………」
 朔実の言葉に閑が軽く嘆息する。閑は、せっかくもらった貴重な休みに自分は一体何をやっているんだろうかと疑問になった。
 時刻は夕方。そろそろ行かないとすぐに暗くなるだろう。森の中で迷子になるのだけは御免だ。

 そんな二人が到着したのがすっかり暗くなってからだった。
 洋館の前に座り込んでいる四人組に驚くしかない。
「……やっぱり温泉にすればよかった……」
「なにジジくさいこと言ってんだ!
 ていうか、俺たちの他にもいるってことは……やっぱここって出るんだっ!」
 嬉しそうな朔実は静まり返った館を一瞥し、座り込んでいる四人組に近づいた。
「ねぇねぇ、皆さんも肝試し?」
「はあ?」
 一番元気の良さそうな少年がすぐさま返してくる。彼は手をひらひら振った。
「知人を探しに来たんだよ、俺たち全員。でも中に入れなくてさ」
「中に入れない?」
 瞬きをする朔実はもう一度館を見上げる。そして近づいていき、正面ドアを押した。
 ぎぃ、と低い音と共にドアが開く。先に来ていた四人が「ええっ!?」と驚愕して立ち上がった。
「開いちゃった、けど」
「朔実……何した?」
「何もしてないってば!」
 ほらほら、と朔実は閑にドアを開いたり閉じたりしてアピールする。朔実は大きなリュックを背負い直し、中に踏み込む。
「朔実!?」
 すぐさま続けて閑が中に入る。



 現れた二人組に続いて北斗と静が中に入ってしまう。外に残されたのは悠宇と日和だけだ。
 日和は悠宇のほうを見る。悠宇は正面から入るのを危険視しているのだ。動かないのも当然といえる。
「悠宇……みんな、入っていったけど」
「……正面からはちょっとな……」
「でも……」
 このままここで夜を明かすのだろうか? 自分達はろくな装備もしていないというのに。
 少し肌寒い。日和は膝を抱えた。
「そういや日和も色々とここを調べたんだろ?」
「ネットとかで……。でもそんなに詳しいことはわからなかったの。ここから無事に戻った人の話とか聞けたらよかったんだけど、そういう人はいるみたいだけど」
 二人は一介の高校生だ。なんの肩書きもなければ、こづかいだってたかが知れている。話を聞きに行くにも無料で行けるわけはない。電車にもバスにも、お金が必要なのだ。
 悠宇も悠宇で調べてはみたが、自分のできることは限られている。その限られた中でできたことは、ほとんどない。
「この館の持ち主とか、調べようがないもんな……俺たちじゃ」
「うん。専門家じゃないから仕方ないよ」
「そうだな」
 専門家の欠月たちが入念に準備をして挑んだ館だ。自分達程度ではどうにもできないだろうことは、わかっていたことだ。
「もう一回館の周囲を探してみる。日和も今度は行こうぜ」
 一人で残されては困るので、日和は悠宇のその言葉に頷いた。



 中に入った四人は暗い廊下を見る。左右に伸びる廊下。目の前はフロア。二階に続く、昔は豪奢だったであろう階段が見えた。
 人の気配はやはりない。
「よーし、探検開始!」
 そんな朔実の言葉に閑は首を横に緩く振った。
「俺は休憩させてもらう」
「え〜?」
「休めそうな部屋を探して休んでから、手伝うから」
「……わかった」
 仕方ないなぁという感じで懐中電灯を取り出してずんずん歩いていく。閑も微かな灯りを頼りに廊下を目指して足を踏み出す。
 静は自分の荷物から同じように懐中電灯を取り出すとさっさと歩き出した。
 残された北斗は「うーん」と唸る。腕組みをした。
(さっきの二人に警告とかしたほうが良かったのかなぁ……。何しに来たのか知らないけど、ここは物騒だと俺は思うんだよなぁ)
 まぁでも。
(怪しげな気配はないし、大丈夫だろうけど……)
 自分も自分で行動しなければ。
(ったく欠月のヤツ、見つけたら殴ってやる……!)



 懐中電灯で先を照らす。静はどくどくと鳴る心臓をうるさく思った。こんなに不安になるなんて……。
(欠月さん……どこにいるんですか?)
 心の中で問い掛けても応えてくれるはずがない。
 人の気配どころか、なんの気配もない。
 雨戸が閉められているせいで光は一切入ってこない。懐中電灯の当たる空中には、ほこりが舞っている。
 何かいる……? 本当に……?
 けれど何かいなければ欠月は無事に戻って来たはずだ。おかしいんだ、この館はきっと。
(おかしいんだ……。ねぇ、返してよ)
 返して、あの人を。
 気分が悪くなってきた静は足を止める。個室のドアを押す。簡単に開いた。中はほぼがらんとしている。ベッドだったものもある。
 そうもそうだ。ここは廃屋で、家具などはほとんどない状態なのだ。



(幽霊とかいないのか〜?)
 うきうきして歩き回る朔実は、片っ端からドアを開けていく。何もない。何もない。
(ほんとにガラクタばっかだ)
 せめてオーブとかない? ほら、幽霊が出るときとかなんか発生するあれ。
 そもそも霊感がないのだから、いるかどうかなんてわからない。
 デジカメを構えつつ、暗闇を見てみた。何もない。怪しげな光など映らない。映るのは懐中電灯のものだけだ。
(ちぇー。つまんないのー)
 目を細めて嘆息するが、すぐに気を取り直す。
 こういう館にありがちなのは、地下室、隠し部屋、屋根裏部屋!
 床とか叩けば階段がっ!?
「ふひひ……」
 妙な笑い声を出して、朔実はそろりそろりと歩き出した。怪しげなところがあればやってみよう。隠し部屋と地下室はきっとあるはず!
 すでに肝試しではなく単なる探検になりつつあることに、本人は気づいていない。



 これだけ部屋があるが、やはりどこも汚い。
(寝袋が一番安全のような気もするなぁ……)
 閑はやれやれと思う。こんな何もないところ、何が楽しいというのか。
 肝試しに興味があったが、幽霊なんて出そうな気配はない。いや、気配というか、雰囲気というか。
「お。ここは比較的使えそうかな」
 ベッドもある。寝袋を上に敷いたほうがいいかもしれない。
(朔実のほうは……まぁ大丈夫だとは思うけど)
 とりあえずここで一休みだ。



 お〜い欠月ぃ〜、と声を出しながら歩いたほうがいいのだが。
 いくらなんでもそんな短慮なことはできない。そこまで北斗はアホではない。分別はある。
(まぁ、専門家だしな俺も)
 欠月までとはいかないけれど、自分もそうだ。
 だが欠月にできないことを自分にできるだろうか?
 ドアを開けながら中を確認する。気配はゼロ。
(でけぇ家だなぁ。全部調べるのにどれくらいかかるんだ……?)



 中で四人がそれぞれ行動をしている最中、館の外では悠宇と日和が連れ立って歩いていた。
 悠宇が確認した時と変化はないようだった。雨戸はどこも閉まっている。入れるような、壊れている場所はない。
 裏口も開いていない。しかも、しっかりと木を打ち付けて入れないように閉められている。
「……やっぱり入れるところはないみたいだな」
「外から見た感じだけど、何も変なところはないね」
 小さく洩らす日和は、それでも館を心配そうに見ている。悠宇としては内心イライラものだ。
(欠月はまぁ俺のダチだからしょーがねーけど、和彦はなぁ……)
 脳裏に、へらへら笑いつつ毒舌を披露する欠月の姿が蘇る。
「ねえ悠宇。さっきの二人、いいのかな?」
「さっきの二人って、梧と菊坂?」
「その二人じゃなくて、その後の二人」
 大きな登山用リュックを背負った二人組を思い浮かべ、悠宇は「あぁ」と納得した声を出す。
 明らかに一般人だ、あの二人は。
「……何もないといいんだけどなぁ」
「うん……」
 何もない、とは言い切れない。和彦と欠月が揃って姿を消したのだ。何もないわけが……ない。

 眠気が襲い、日和はしばらくして眠った。悠宇はそうはいかないので、徹夜になる。
 館には何一つ変化はない。朝になったらどうしよう? 一旦帰るか?



「お客様」
 そんな声が耳元でする。へ? と思って飛び起きた。
 目の前に黒髪の娘がいる。綺麗に三つ編みにした髪を垂らし、メイド服でこちらをうかがっている。コスプレかと思うが、あまりにも不自然さがない。昨今の奇抜なメイド服ではなく、正当なもののように見える。
「そろそろ朝食の用意ができますので」
「は、はぁ?」
 わけがわからない。頭の上に疑問符を幾つも浮かばせている朔実の心など気づかないようで、メイドの娘はにっこりと微笑んだ。
「場所はおわかりですか?」
「へ?」
 あ、いや……と、口の中でもごもご言う。そういえば閑は?
 視線を部屋の中で動かす。ぎょっとしてしまった。
 疲れて眠った、昨夜までの汚い部屋ではない。ベッドにはシーツがきちんとかけられ、整えられている。きちんと家具もあり、まるで客室のようだ。
(昨日までと全然違う……?)
「お客様、どうなされました?」
「ええっ?」
「眠り足りないのでしたら……」
「あ、いや、起きます。起きますから」
 なぜか丁寧に喋ってしまう。あまりの異常さに動揺してしまった。幽霊とか怪現象なら怖気づいたりしないのに……。
(だって、目の前に時代錯誤なメイドがいて、昨日までと部屋の様子が違ってたら驚くって!)
 まるでそう、これが「夢」のような――。
「そちらのお客様も起こしたほうがよいでしょうか?」
 メイドはベッドの上に視線を遣っている。そういえば朔実は床にいる。正確にはベッドのすぐ横の床だ。昨日、ベッドを使ったのは閑で、朔実は床で寝ることにしたのだ。
 どうやらベッドの上にいるらしい閑はまだ眠っているようだ。
「俺が起こすから、いいですよ」
「そうですか。では失礼いたします」
 頭をさげて出て行く娘に手を軽く振り、朔実は「う〜ん」と洩らした。一体どうなってる?



 一睡もできなかった静は館の中の変化を見逃さなかった。それは北斗もなのだが。
 館の中が突如、変わった。汚かった壁や床が綺麗になり、見違えた。まるで、まるで――。
(廃屋になる前に戻った……?)
 結界などの術の作用ではない。そんな違和感はなかった。
 廊下の隅にうずくまっていた静は立ち上がる。これはもしかしたら好機なのかもしれない。
(欠月さん……!)
 もはや渇望だった。静は激しくなる動悸を抑えつけ、歩き出す。
 先ほど調べた部屋のドアを開けてみる。ほとんどが客室に様変わりしていた。
 廊下の先から歩いてくる人影に怪訝そうにする。見覚えのない顔だ。というか、メイド?
「お客様……お早いですね。どうしましょう、朝食の用意はまだなのですが」
 申し訳なさそうに言う彼女を、静は凝視する。生きている、なんの変哲もない人間だ。本当に、何が起こった?



 一休みをしていた北斗は「んー」と頭を悩ませた。考えても閃くわけではないが。
(何かあったのか? 変化するようなキッカケが)
 ソレがわかれば何かヒントになるかも。
 そう思いつつ部屋から出てきた北斗は、雨戸を開けているメイドと目があった。あ、結構可愛いかも。などと頭の隅で思う。
「おはようございます!」
 元気いっぱいに挨拶され、戸惑いながらも「おはよ」と返してみた。
 開かれた雨戸からは、朝日が差し込んでくる。
「今日もいい天気ですね」
 そう言って微笑む彼女に、北斗は曖昧に笑ってみせた。窓に近づき、外を眺める。
「ほんと、いい天気……」
 言葉が止まる。景色が、変だ。
 森ではない。目の前に何もないのだ。何もないという言い方はおかしいのかもしれない。
 一面全てが砂漠……だ。
(外と切り離された……?)
 北斗には直感でわかってしまった。外からは変化はないことだろう。それどころか、中に入った自分達は完全に消失しているはずだ。
 そして自分達は……ここに閉じ込められたのだ。間違いなく。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6370/也沢・閑(なりさわ・しずか)/男/24/俳優兼ファッションモデル】
【6375/染藤・朔実(せんどう・さくみ)/男/19/ストリートダンサー(兼フリーター)】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生、「気狂い屋」】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、羽角様。ライターのともやいずみです。
 正面以外からは出入り口は存在していないようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!