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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


A jack-in-the-box


 ■

 バアル、アガレス、ウッサーゴ、――とある時代に名を刻んだ王が召喚したという七十二の悪魔や精霊を記した魔法書がある。
 召喚術によって呼び出した存在と交渉し、時として供物を捧げて目的を果たす手伝いをしてもらうわけだが、この王の召喚術は神や天使の名を呪文に含むことで、自らを神の威光の元に相手よりも上位に置くという特徴を持っていた。
「おかしな話…」
 白樺雪穂は日課とも言える読書の最中にそのような一文を見つけて、小さく呟く。
 元来が人ならば、たとえ王であろうと神の名を呟くだけでその威光を借り、召喚した悪魔の上位に立つなど滑稽だ。
 願いを叶えて貰うならば必ずその代償を払わねばならない、それを雪穂は身を以って知っている。
「…なっちゃん遅いな」
 再びぽつりと呟き、自分以外には誰もいない広い屋敷を見渡した。
 もともと此処に住んでいる人間自体、少ないのだが、双子の夏穂が所用で出掛け、執事見習いの彼も何かがあるとかで今日は帰りが遅くなると話していたのを思い出し、今しばらくは一人きりの時間が続くのだと気付く。
「……簡単なのなら、いいかな」
 しんと静まり返った屋敷に少女の呟きが響く。
 一人ということは、何をやっても誰にも迷惑を掛けずに済むという事。
 せっかくの機会なら有効利用すべきだと考えた。
 …ほんの少し、読んでいた魔術書の記述に気分を害していたことも否定はしない。
 雪穂は、自覚があるかどうかはともかくとして、高位の者達を容易に呼び出す事が出来る術師であり、魔道具までも作り出してしまう器用さを併せ持つ一方、下位の者を呼び出す喚起にはミスを起こしやすいという欠点があった。
「練習、練習」
 広いスペースを確保し、その中心に立って紡ぐ言葉は、彼女の足元にゆっくりと、わずかな狂いも見せずに複雑な円陣を描いてゆく。
 幾何学模様に見える、何処のものとも知れぬ言語。
 記号。
 無の空間から生じる風は黄金色に染められ、少女を軸に舞い上がる――。
「……あ」
 ぽつりと一声。
 直後に天井から辺り一面に落ちてきた物体が、黄金の風すら踏み潰した。




 ***

 ドドドドドドドドッ……

「えっ…」
 その時、夏穂に会うため白樺邸の敷地内に足を踏み入れていた杉沢椎名は、突然の轟音に思わず動きを止めた。
 咄嗟に嫌な予感がした。
 このまま何かを見る前に方向転換してしまえと本能が訴える。
 理性もそうすべきだと言っている。
 だが、体が動くよりも早く。
「!!」
 それが何かは知らない。
 しかし超高速でストライクを狙う野球ボールのごとく、椎名の真横を飛び去りかけた何かを、指先から放った蜘蛛の糸による網で捕えたのは、それこそ本能。
「な、なに…っ?」
 捕えたはいいが、あまりの速度に引き摺られて尻餅をつき。
「なになに、一体なに!」
 慌てて網の中を確かめてみると、捕まった衝撃のせいか、それは目を回していた。
「――」
 回っているのだ、目が。
 野球ボールと同じくらいの大きさの白い球体はふにふにとした柔らかさ。
 左右、…と言ってもいいのか定かではないが、両目の斜め下に、手に見えないこともない二本指の手があって、顔、…顔もどこまでがそう言えるのか自信はないのだが、その半分を占める丸い目が時計の針のようにぐるぐると回っている。
「何なのコレ!」
 叫ぶと同時。
「シーナ?」
 聞き慣れた少女の声に振り返れば、ピンク色の豪奢なドレスを着た雪穂がいる。
「ゆ、雪サン…っ」
 夏穂が彼女を「雪」と呼ぶこともあり、しかしそれほど親しいわけでもないことから「雪サン」と呼ぶ椎名は、先ほどの嫌な予感が輪を掛けて自分の内側に広がっていくのを止める事が出来ない。
「良い所に来た…」
「えっ…」
 確かめたことはないが、あまり良く思われていないらしい彼女から聞ける言葉だとはとても思えず、案の定、椎名はとんでもない事態への入り口に立たされていたのだ。
「少し手伝って」
「いや、でも…、シーナは夏穂に会いに来ただけで…」
「なっちゃんに言うよ」
「――」
「僕のお願いを無視したって、なっちゃんに言う」
「…っ」
 選択の余地など最初から無いのである。




 ■

 白樺邸は、現在はまるで珍獣ばかりを集めた動物園。
 しかも、ほとんどの獣がぬいぐるみのように顔の半分を目で占めており、ふにふにと柔らかく、その全てを捕獲し再度の術で元の世界に戻さねばならないのだが、やる気を出そうにも、その矢先から気を削がれての繰り返しだ。
「何でこんなヘンテコな連中を召喚なんかしたんだよ!」
 片手で一匹の首根っこを掴み、片腕で一匹を抱え上げた椎名が「もうイヤだー!」と内心に喚きつつ抗議すれば、雪穂はキッと一睨み。
「黙って捕まえて」
「はいーっ」
 決して逆らわせない雰囲気に椎名は泣きたくなった。
 人の手だけではとても足りず、二人は自分達の使役する獣にも協力を頼む。
 普段は雪穂の肩にいる白虎の白楼や、大亀の緑邦、白梟の白雪、黒色の猫又、黒涼など。
 椎名は影に潜む炎属の獣、紅炎も呼んで召喚獣捕獲に奮闘した。
 いや、奮闘していたのは紅炎だけか。
「……珍獣ビックリ箱…」
 獣達に埋もれながら一休みしていた椎名は呟く。
 世間一般の“普通”から掛け離れた日々を送っている自覚はあったが、さすがにこんな光景を目にすることはそうそうあるまい。
 ある程度を捕まえたところで、雪穂が術を発動させる。
 それを繰り返す内に、ようやく残り何体かを数えられるようになり、一つ一つの顔を確認することも出来るようになった。
 ぬいぐるみ型の獣は動きが鈍いこともあって既にゼロ。
 残りは動物型のものばかりとなり…。
「僕、あの系統には好かれないんだ」
「は?」
 雪穂が言った直後だった。
 ドンッと屋敷の天井に穴が空く。
 その真下には空のように澄んだ青色をした管狐。
 相対するのは雪穂の白虎、白楼だ。
 椎名は眉を寄せた。
 白楼だって動物型である。
「好かれないって、あいつは?」
「特別」
「緑邦や白雪や黒涼は!」
「特別」
「雪サンの特別ってなに!?」
「特別」
「〜〜〜〜っ」
 それ以上は話すつもりがないと暗に言われて歯噛みする。
 直後に二度目の爆発で屋敷の壁に穴が開く。
「どうすんの、あれ!」
「どうしようかな」
 犬猫は飼い主に似ると言うが、使役する獣達も同じなのだろうか。
 青い管狐と白楼の間には明らかな敵意が増幅し、捕える側と逃げる側の攻防は屋敷を破壊しかねない。
「紅炎! あの二匹を止めろ!」
 椎名の命令に炎属の犬が駆ける。
 幸い、紅炎は白楼と仲が良い。
 間に入って仲介出来ればと考えたのだが、こちら側を敵と認識した管狐は荒ぶる気を抑制するどころか、立ち昇る力を更に増した。
「うわうわうわっ」
 西欧の魔女が為すと言われる害悪と良く似た悪さをする管狐には、更に他の生き物に憑くという技がある。
 各所に空けた穴も、能力のある獣に憑いての仕業だ。
「と言う事は…」
 雪穂は考えた。
 管狐と、それが憑いた獣。
 更に、その周りには椎名や自分を敵視する、誤ってこちら側に呼んでしまった獣達が集まっていた。
 大きな陣を描けば一度で送り返せるかもしれない。
 万が一にも椎名が巻き込まれるようなことになれば、……それはそれだ。
 優先すべきは、双子の夏穂が戻る前に迷わせてしまった獣達を帰す事。

 ――……

 沈黙が風を生む。
 異郷の言語が魔法陣を描き、術が発動される範囲に結界となる輪を刻んだ。
「げっ」
 そうなって初めて自分の置かれた立場に気付いた椎名は目を丸くした。
 片足の爪先だけだったが、椎名も確かに彼女の術の範囲に重なっていたのである。
「ちょっ…雪サン!?」
「痛くないから大丈夫」
「そういう問題じゃないー!」
 このままでは結界内の中に入っている足先だけが、何処とも知れない世界に飛ばされる。
 そんなのは御免だ。
 だが体を移動しようとすれば雪穂の厳しい声が飛ぶ。
「いま動かれたら術が失敗する、そしたら何が出るか判らない」
「だからって足消されるのはヤだよ!」
「あきらめて」
「ンなの無理ーっ!」
 二人の遣り取りに獣達も異変を察して荒ぶる気をぶつけ合う。
 会話のせいで雪穂の集中も途切れがち。
 更に椎名も術から逃れようと必死だ。
「お願いだから、術、止めて!」
「いや」
「足だけ持ってかれるなんて困る!」
「なら体全部入って。内側に向かうなら結界の修繕は可能だから」
「それって外に出ても大丈夫ってことなんじゃないの!?」
「無理」
「何がどう違うのさ!」
「無理だから」
「これって嫌がらせ!?」

 イ ヤ ガ ラ セ

 椎名の抗議に、ふと雪穂の中で何かが合わさる。
「――かもね」
「雪サン!?」
 あっさり返した雪穂に、椎名の驚愕。
 それぞれの意思が渦巻いて。
 一際大きな爆音が辺りに轟いた。




 ■

「今の爆音は……?」
 自宅近くの小路を、普段のように九尾の子・蒼馬を肩に乗せ、手には購入して来たばかりの蒼馬達の好物がたくさん入った袋を持って歩いていた白樺夏穂は、それに気付いて怪訝な表情を浮かべて見せた。
 屋敷の方から聞こえて来たように思うのは気のせいだろうか。
「あれは…」
 しかし、それが考え過ぎでなかった事はすぐに知れた。
 前方の空から次第に大きくなってくる複数の影は、本来であればこの世界に在るはずの無い姿形をしており、その内側に凝縮された能力の大きさも尋常ではない。
 やっぱり、と吐息が漏れる。
 中には珍しい色をした管狐も混ざっていた。
「おいで」
 空に向かって手を差し出し、一声掛けた。
 直後。
 頭上を通り過ぎようとしていた獣達は一斉に動きを止めて彼女に視線を向け、数秒後には、尾を持つ獣はそれを左右に振りながら、まるで糸で引かれた人形のように、夏穂の足元に集まったのだ。
 空色の管狐は、彼女の肩に乗った九尾の子に興味津々といった体で探るような視線を向けていたが、夏穂が「おいで」と再び口にすると、仔犬のように、差し出された手に擦り寄った。
 そのうち、獣達とは異なり、アスファルトの道を足で書けて来る少年――杉沢椎名の姿も見えてくる。
「シーナ」
「夏穂!」
 どうやら彼も巻き込まれたらしいと、所々が傷ついた衣服を着ている相棒に、二度目の吐息が漏れ出た。
「あっ、こいつら!」
 夏穂の足元に集まった獣達を見やって声を上げる椎名の反応から、自分の予測が正しかった事を確信する。
「やっぱり夏穂はすごいな、もう手懐けちゃったんだ」
「……苦労したみたいね」
「そうだよっ、もう大変だったんだから!」
 いろいろとあった末に、もう手に負えなくなって逃げ出して来た椎名は、もはや夏穂に頼るしかないと彼女を迎えに来たのだ。
 何はともあれ、この獣達を本来の世界に戻す事が第一。
 椎名は、夏穂が獣達を先導する最後尾について白樺邸へと戻った。


 帰宅した二人を迎えた雪穂は、椎名には普段と変わらずに見えるも、夏穂には別だ。
「…雪、またやったのね」
 すっかり荒廃した屋敷の内装に呆れて告げれば、彼女も事の大きさは自覚している分、素直に「ごめんなさい」と頭を下げた。
 双子にはそれで充分。
 夏穂が納得してしまえば、椎名の抱えている不平不満などもはや誰の耳にも届かない。
 あとは、執事見習いの彼が戻る前に、この惨状を修復するだけだ。
 最も、それに間に合わず、この惨状を見た執事見習いの反応を想像すると、それも面白そうだと思わないでもないのだが。




 ***

 動物型に好かれる夏穂の協力もあって、その後は順調に進んだ。
 内装は修繕され、屋敷から逃げ出した魔物達もすべて在るべき世界へ戻された。
 ただ、一匹。
「…ほら、自分の世界にお帰り」
 夏穂が告げて雪穂に委ねようとするも、空色の管狐だけは決してその言葉に従わない。
 むしろ、夏穂の傍から頑として離れようとしないのである。
「どうせだから使役してやれば?」
 どこか愉しむような響きを伴った椎名の言葉に双子は顔を見合わせる。
「……ここに残る?」
 夏穂の問い掛けに、管狐が弾むような声音で応える横で、蒼馬もいつになく和んだ視線を向けていた。


 不思議な双子の暮らす白樺邸は、まるで何が出てくるか判らない“びっくり箱”。
 今日もその屋敷を訪れば、摩訶不思議な生物達が来訪者を迎えることだろう。




 ―了―

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【登場人物】
・7192/白樺雪穂様/女性/12歳/学生・専門魔術師/
・7182/白樺夏穂様/女性/12歳/学生・スナイパー/
・7224/杉沢椎名様/男性/12歳/学生・蜘蛛師【情報科&破壊科】

【ライター通信】
この度は雪穂嬢、夏穂嬢、そして椎名君の三人のノベルを書かせて頂けることになりとても嬉しく、また感謝しております。
しかしながら、大部分を当方の主観で執筆させて頂きましたので、呼び方や人間関係など、PL様のイメージにそぐわない描写も多いのではないかという不安もあります。
今回のノベルで「ここは違う」という箇所がありましたら、どうぞ何なりと仰ってください。
少しでも、彼女達の、彼女達らしい物語をお届けしたいと思っております。

そして願わくばまた彼女達にお逢い出来る事を祈って――。
ありがとうございました。


月原みなみ拝

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