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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ 日々徒然に〜言の葉遊戯〜 ■


 ■

 カタン、と小さな物音がした。
「…なんだろう」
 自室のベッドで雑誌を広げていた三島玲奈は小首を傾げつつも立ち上がると、音の正体を確かめるべく玄関に向かった。
 そうして目にしたのは、自分の靴だけが置かれた土間に無造作に放られた一通の封書。
「手紙…」
 郵便受けにではなく、わざわざ――それも意味深にここまで届けに来た誰かの意図を感じながら、玲奈は警戒しつつ拾い上げた。
“三島玲奈様”とだけ書かれた真っ白な封筒には、自宅の住所はおろか、差出人の名前すらない。
 玲奈はそれを持って居間に戻り、はさみで封を切る。
 中を覗き込むと、雑誌の切抜きと思われる紙の束に、手紙らしき白い紙。
「……虎穴に入らずんば虎児を得ず!」
 一瞬は躊躇したものの意を決して中身を取り出した。
 だが、そうして中に入っていたものを目にした瞬間に、彼女は一切の思考を失った――。




 ■

「どういうことなの! 説明して!」
 泣き叫ぶように悲痛な声を荒げながら訴える玲奈に、しかし対応者の態度は冷ややかだった。
「これ以上の領域には許可を受けた者しか入ることは出来ない」と淡々と繰り返すばかりで。
「卑怯者! ちゃんと説明しなさいよ……!」
 IO2――怪奇現象が民間に害を及ぼさないよう監視すると共に、その原因を追究すべく日々様々な研究が行われている超国家組織の、更に奥。
 限られた者達の、選ばれた頭脳だけが結集した研究所の扉は、取り乱した少女に対してどんな道を示すこともなかった。
「何なのよ…っ…どういうこと……!?」
 その手に握り締めるのは、匿名の封書に入っていた雑誌の切抜きと、一枚の手紙だ。
 雑誌には過去にある科学者が唱えた「生命の起源は宇宙だ」とする播種説を引用し、人類は宇宙から地球に放牧されたのだとする突飛な内容が特集で記載されていた。
 しかも同封されていた手紙には、玲奈を「人類滅亡を憂うカルト集団が地球脱出のために有効と考える播種船を建造するための貴重な道具」とし、その正体はIO2が押収した船の転用だと断言していたのだ。
「…っ…私にこんな生産能力があるのは狂信者のための建設道具になるためだったっていうの……?」
 自分の両手を見つめて呟く。
「そのために私を造ったって言うの…!?」
 問い掛ける。
 だが応える者はない。
 この扉の奥に居るであろう“母親”すら玲奈の嘆きに姿を見せはしなかった。




 ■

 誰も教えてくれない。
 この記事が嘘か真実かすら知る術はない。
 玲奈は、それを伝えて来た手紙の主に対してどう思えばいいのか、IO2に何と言ってやればいいのかも考えがまとまらないまま、まるで行き場を失くした小動物のように覚束無い足取りで街を彷徨っていた。
 その心は、人間で溢れかえった土地に在りながらも強い孤独を抱えていた。
「私は何なの……」
 人か、道具か。
「なんのために此処に居るの…!」
 その意味は。
 理由は。
「…卑怯よ……!」
 生かしているのは、なんのため。
 烈しい感情が少女の目頭を熱くさせ、潤んだ瞳から零れ落ちそうになる涙。
 憤りと、悔しさと。
 混乱。
 戸惑い。
 不審。
 ――憎悪。
「おやおや」
「!」
 不意の声に肩を震わす。
 まさか自分に掛けられた声だとは思えなかったが、その声音には現在の玲奈を驚かせるに充分な響きが伴っていたのだ。
「あなた…」
 そうして振り返った先に見たのは、いつかの夜に見かけた男だった。
 母を亡くしたと思い込んだ、あの夜。
 自らを「神様」と呼んだ男。
「せっかく祓ってあげた闇の魔物を再び呼び込むつもりかい?」
「闇の…魔物…っ?」
 聞き返すのは、以前に母から聞かされていた魔物の呼称だった。
 人間の負の感情を喰らうという、靄状の黒い魔物。
「君には視えるのかな」
 言いながら、男は手を翳した。
 直後に生じた、強烈な波動。
「!?」
 玲奈の背後を空間ごと揺さ振り、少女を驚かせると同時に、その視界に消えていくのは黒い靄。
「私にはあれを滅する事は出来ないんだが、まぁ、君の心の持ち様だね。後ろ向きな考えは度を過ぎないように気をつけなさい」
 そう言い置いて立ち去ろうとする彼を、玲奈は呼び止める。
「待って! 闇の魔物って…っ…あなたも闇狩なの!?」
「いいや」
 即答だった。
「闇狩は、魔物を滅する力を持った一族だ。私にその力は無いと言っただろう?」
「じゃあ何なの! 神様ってなに!」
「――その質問に答える前に、一つ、私の質問に答えてくれるかい?」
「な、なによ…」
「闇狩を知る君は、何者だい?」
 何者、と問われて。
 いまの玲奈には答えられる言葉が無かった。




 ■

 自分の名前と、闇狩を知っているのは母から聞いたからだと彼女の名前と併せて伝えれば、相手はそれで納得したらしい。
「その女性の名前は聞いているよ、うちの狩人達が何かと世話になったようだね」
 闇狩ではないと言いながら、狩人を身内として語る彼に、玲奈は正体を教えるよう詰め寄った。
 すると彼は微笑う。
「正体も何も、神様だと言ったろう」
「…っ、何なのよ! あなたも十二宮みたいな何かの宗教の教祖!? 十二宮に代わってこの世を支配しようとでもいうの?」
「十二宮に代わって?」
「そうよ、だってお母さん達が十二宮を斃したでしょう?」
 言うと、彼は一時目を丸くしたが、すぐに小さな声を立てて笑った。
「あぁ…そうか、君のお母さんは、あの場にはいなかったね」
「?」
 何のことかと小首を傾げた玲奈に、男はようやく合点がいったらしく二度頷いた。
「なるほど。だったらその話から始めようか」
「その…?」
「十二宮は斃れてなどいないよ」
「――」
「それは個人の名ではなく、組織の名だ」
「組織、って…」
「私は里界(りかい)という名の、地球とは別の惑星で神と呼ばれている。君が知る闇狩の始祖だよ」
 ある時を境に生じた新たな生物――闇の魔物が人間に害為すものだと知れたとき、里界神は新たな対抗力として闇狩一族を興した。
 彼は、風火水土をそれぞれに司る四人の里界神(りかいしん)と呼ばれる神々の一人であり、この四人が同時に能力を解放することによって一つの世界を創造するという。
 本来であれば、創造した後の未来はそこに息吹く生物次第として里界神が関わることはないのだが、闇狩一族には魔物の討伐という使命を課したこともあり、親交があるのだと彼は続けた。
「今回の十二宮はね、色々とあって地球に転生した我々里界神の民、里族が結成した組織なんだ。故に闇狩一族に組織壊滅を命じた。地球の未来を、魂の根源を地球に持たない者達が左右することは許されないから」
「地球の未来を左右? それが十二宮っていう組織の計画?」
「そう。彼らの目的は人類の滅亡」
 ドキリとした。
 人類の滅亡、同じフレーズを玲奈はつい今しがた目にしていた。
 匿名の投書。
 播種説。
 自分は、人類滅亡を憂う宗教団体の建設道具となる役目……。
「地球を生かすために最も不要なのは人類だと言うのが彼らの主張だ。…まぁ、それは間違っていないと思うけれど、地球人がそれを選ぶならば、それで構わない。ただ、里界の民に関わらせるわけにはいかないというのが我々の取り決めでね。生まれたのが地球なら地球人だろうと思うかもしれないが、保持している能力が里界のものなら、それはこの地上において異分子に他ならない」
 男の言葉が、やけに遠く聞こえた。
 少女の感情を逆撫でる。
「身勝手だと言いたいかい?」
 隣から感じる少女の怒りのオーラに、だが里界神は笑っていた。
「なら君は、十二宮を止めず、地球を救うために人類を滅ぼせと?」
「そんなこと言ってない!」
「そうだね」
 笑う男に、玲奈は必死に心の中に散りばめられた言葉を整理していく。
 十二宮が人類を滅亡させようとするから、里界神は闇狩に命じてその計画を阻止しようという。
 それはいい。
 十二宮を彼らが止めれば、解決だ。
 人類は助かる。
 異分子が異分子に相殺されて、残るのは在って当然の日常だけ。
 だが、助かった人類は。
 人類を生かす地球は。
「……っ…」
 混乱する。
 何が言いたいのか。
 何を望むのか、自分でも解らなくなる。
「…どうして関係ないなんて言うの…っ…播種説って知っている?」
「生命の起源は地球本来のものではなく他の天体で発生した微生物の芽胞が宇宙を渡って地球に辿り着いたとする、地球の科学者が唱えた説だろう」
「それが真実なら里界だって誰かの被造物で! もしかしたら地球と同じ芽胞から進化したかもしれないのに」
「誰かとは?」
「――」
「真実とは誰が決めるだろう。誰が宇宙の起源を知るだろう。例えば播種説が真実であったとしても、ではその芽胞は誰が創造したのかと、謎は奥へ深まるばかりで決して明かされることはないし、地球の生物は地球上で発生したという説を否定する根拠だって存在しない」
 その答えを、誰かが知ることはおそらく未来永劫ありえない。
「一つ真実があるとするなら、我々には里界という故郷があることだ」
 地球人に地球が在るように。
 里界の民には、里界が在る。
「地球が滅びても、我々には帰る場所があり愛すべき者達がいる。闇狩も同様、彼らには彼らの故郷があって、守るべき者が在る。では彼らが魔物を狩り、地球人を守るのは何故か――魔物が我々と同様の異分子に他ならないからだ」
 地球の未来を、地球を故郷とする者達の手から放す事がないよう見守るのが、異郷の民の務め。
「それとも君は、地球人には地球を救えないから代わりに助けろと言うのかい?」
 違う。
 そうじゃない。
 この世界にだって、もしかすると進化した人類が創造主に成り代わる可能性がある。
 見えない未来を決めることなど、それこそ誰にも出来はしない。
「地球は君達、地球人の故郷だよ」
 帰る場所は此処にしかなく、愛する人々が暮らすのも、この惑星。
「…もしも地球が人間によって滅びたらどうするの?」
「その滅び行く姿を目に焼き付けるよ。我々はあの星の人類のような間違いは繰り返すまいとね」
 彼らだけじゃない。
 生物が進化した惑星が他にもあれば、その全てが同じように思うのだろう。
 あの星は、人類の進化を誤ったのだと。




 ■

 君と人類の進化や科学について語り合うのは悪くない、と。
 そういって寄越された連絡先のメモ用紙と、匿名で送られてきた投書を見比べて、…投書を捨てた。
 頭の中に渦巻く疑問と、疑惑を、一晩かけて涙と一緒に流し切った。
 人類が自分の建設機械のように扱うなら十二宮の人類滅亡もいいと思うようになりかけていた心には…。

 ――…地球は君達、地球人の故郷だよ……

 いま、新たな思いが生まれていた――……。




 ―了―

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■ 登場人物 ■
・7134/三島玲奈様/女性/16歳/メイドサーバント/


■ ライター通信 ■
この度はゲームノベル「日々徒然に」へご参加下さいましてありがとうございます。
今回お届けしました物語でプレイングに頂きましたご要望にお応え出来ていますでしょうか。
里界神の性格上、会って二度目の女性に何から何まで話すことはありませんし、十二宮に関しても、その全てを知っているわけではありませんことをご理解頂ければ幸いです。
ご意見等ありましたら何なりとお申し立てください。
誠心誠意、対応させて頂きます。

それでは、狩人達と再びお逢い出来ます事を願って――。


月原みなみ拝

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